第100話 紡がれる未来、そして新たな炎
それから10年の月日が流れた。
かつて幾多の悲劇と壮絶な死闘の舞台となった日ノ本の里は、その面影を残しつつも、見違えるほどの復興を遂げていた。
新調された風格ある里長の屋敷を中心に、未来を担う子供たちの笑い声が響き渡る忍術学校、活気ある市場、そして子どもたちが駆け回る公園などが建ち並んでいる。里の外には、復興作業の際に出た瓦礫が未だ片付けられずに積み上げられていた。
戦争の傷痕を乗り越えた里の民たちは、それぞれの日常を取り戻し、確かな平穏を謳歌していた。
里の体制も、新たな時代へとバトンタッチされていた。
新しい里長にはゴンベエが就任し、その懐の深さと確かな統率力で里を支えている。そして、里長直属の護衛部隊長にはジャミが就任し、持ち前の冷静さと鋭い洞察力で部隊をまとめ上げ、里の安全を鉄壁の守りで固めていた。
サンズイは日ノ本の里の剣術指南役として、護衛部隊の精鋭たちを厳しくも温かく指導していた。
日中は里の防衛に力を注ぎつつ、夕方になるとミズノ邸(サンズイの屋敷)に構えた道場に立つ。そこでは、師範である愛妻・トウコと共に、主に里の子どもたちへ「自衛のための剣術」を教えていた。
あの激闘をくぐり抜けた2人の間には、一人娘が誕生していた。
『アメ』と名付けられた少女は、忍術学校に通いながら、真剣なまなざしで木刀を振るう日々を送っている。
一方、クノとチユは医療部隊の第一線を退き、里の中心にそびえる『日ノ本病院』を切り盛りしていた。
日々の生活の中で負ったケガの処置や一般治療だけでなく、彼女たちの研究室には常に膨大な古文書や薬草の香りが満ちている。その最大の目的は、ツキノワが遺した歪な薬によって改造され、今なお元の身体に戻れずにいるヨルたちを救うことだった。
ナナシは、ゴンベエの里長就任と同時に、亡きノバラが遺した『古代文字研究所』を継いだ。
日ノ本の各地に残された未だ見つかっていない『古代文字』の捜索と、その厳重な管理・解析に没頭し、かつての呪縛を完全に断ち切った誇らしげな笑顔で研究室の指揮を執っている。
ヨル、ウルティ、マイコ、ロンロン、タイガ、ミケの6人は、未だに元の肉体を取り戻せてはいない。しかし、彼らに絶望の色はない。
『いつか必ず、クノとチユの薬で元に戻れる』
その希望を胸に、彼らは日ノ本の里への絶対的な忠誠を誓い、自警団【黒の誓い】を結成した。【百合の花束】と共に、昼夜を問わず里の外縁や治安のパトロールを続け、里を守る盾となっている。
そして——キザム。
あの決戦を最後に、彼の身体から【古代文字】のチカラはすっかり失われていた。
だが、彼に落胆の色は微塵もない。かつて師匠であるノバラから教わった言葉や温もりを胸に、キザム自身が【古代文字】の成り立ちや歴史に深く魅せられていったのだ。
現在はナナシの研究所を手伝い、新しい古代文字の捜索に精を出している。
さらに、時折開かれる忍術学校の授業では、特別講師として教壇に立っていた。難解だと言われがちな古代文字を、キザムならではの真っ直ぐで熱い言葉、そしてワクワクするような身振り手振りを交えて教えるものだから、生徒たちの間で瞬く間に大人気科目となった。
「いつか古代文字を必修科目に変えようぜ!」
そんな声が学校中から上がるほど、キザムの授業はいつも活気と笑顔に満ちあふれていた。
キザムの温かな自宅では、夕暮れ時、美味しそうな料理の香りがふわりと漂っていた。
クノが、トントンと小気味よい包丁の音を響かせながら、夫の帰りを心待ちにしている。
そのリビングの隅の特等席で、5歳になったばかりの男の子『ツヅル』と、その2つ下の妹である女の子『シノブ』が、大きな半紙を広げて夢中で筆を走らせていた。
ツヅルは、サンズイの娘である『アメ』よりも2つ年下だ。
「お母さん、見て見てー!」
大きな声を弾ませながら、ツヅルが誇らしげに一枚の半紙を掲げた。
夕食の支度手を休め、クノは優しい笑みを浮かべて振り返る。
「どうしたの、ツヅル……って、まあ!」
そこには、幼いツヅルが知ってか知らずか、見よう見まねで懸命に描いた——あの【火】の【古代文字】が記されていた。
それは、かつて父であるキザムが初めて【火】の文字を書いたときと全く同じように、ほんの少し書き順が間違えている、愛らしい不完全な文字だった。
その瞬間。
ツヅルの描いた【火】の文字が、夕陽の反射ではない、ほんの微かな、しかし鮮やかな光を放ってキラリと輝いた気がした。
「……気のせい、よね……?」
クノは驚きに目を見張り、すぐに愛おしそうに目を細めた。そして、かつてキザムが教えられたように、しゃがみ込んでツヅルの小さな手をそっと包み込む。
「ふふっ、ツヅル。ここはね、こうやって書くんだよ」
母の優しい声に導かれ、子どもたちはまた無邪気な笑い声を上げる。
かつての凄惨な戦争も、深すぎる闇の実験も、すべては過去の彼方へと去っていった。
失われた命の重みを胸に抱きながらも、人々は手を取り合い、明日へと続く道を歩んでいる。
古代文字の奇跡は消えても、人々の心に灯った絆と希望の炎は、決して消えることはない。
受け継がれていく命の温もりと、どこまでも広がる穏やかな未来を乗せて、日ノ本の里の夜が、優しく静かに更けていく。




