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第10話 月下の毒、秘め事の疼き

刺客を退け、ヒリつくような戦いの余韻が残る中、キザムたちが深い眠りにつくのをノバラは見届けていた。焚き火の爆ぜる音が、かろうじてこの閉ざされた密林の静寂を繋ぎ止めている。

キザムは今日一日の過酷な修行と刺客との戦いの疲労に耐えかね、木の根を枕にして深い眠りに落ちていた。そのすぐ隣では、サンズイが木刀を愛おしむように抱きかかえ、鋭い夢を見ているのか荒い呼吸を繰り返している。

二人の寝息が夜風に溶け込むのを確認したノバラは、ゆっくりと立ち上がった。闇に溶け込むような、音のしない足取り。彼女は水辺で膝を抱え、ただ静かに月を映す水面を見つめるクノの背後に、影のように寄り添った。

ノバラが音もなく隣に腰を下ろすと、毒花の甘い香りと、古酒の芳醇な残り香がクノの鼻腔を容赦なく支配した。ノバラはクノの華奢な肩に細く白い腕を回し、その耳元に顔を寄せる。吐息が、まるで熱を帯びた薄衣のように耳の奥を撫でていく。

「……溜まっているんだろう?」

言葉の終わりを、わざとらしく湿り気を帯びた笑みで濁らせる。彼女の唇がクノの耳たぶをかすめるたびに、クノの全身が電流に打たれたように硬直した。

「あ……っ、ノバラ様……」

「あのガキを見てる時のあんたの瞳、……まるで発情期の牝猫のような、目が離せないっていう熱を感じる。……キザムへのその溢れそうな想い。それとも、もっと直接的な意味かしら?」

ノバラはクノの顎を優しく、しかし決して逃がさないように強引にこちらへ向けさせた。羞恥に濡れ、揺らめく瞳を、慈しむように、しかし冷酷な愉悦を滲ませて見つめ返す。クノは顔を真っ赤に染め上げ、視線を激しく泳がせた。

「い、いえ……そんなこと……そんな風に見てるなんて……っ」

「嘘はお見通しだ。その火照り、その鼓動。アタシには全部、筒抜けなんだよ。あのガキ、無防備すぎて危なっかしいだろ。あんたが守ってやらなきゃ、すぐに焼き尽くされちまう。自分の想いすら制御できずに、どうやってあんな危うい火を抱きしめるつもりだい?」

ノバラはクノの鼓動を確かめるように、さらに強く身体を引き寄せる。クノは押し寄せるノバラの支配的な空気に抗えず、勇気を振り絞って小さく問うた。

「ノバラ様は……キザムのことを、どう思っているの? あんなに厳しく、追い詰めて……。……キザムに対して、何か特別な感情でも抱いているの?」

一瞬の沈黙。ノバラは喉の奥で、ゾッとするほど官能的な音を立てて笑った。

「アタシが、あんな未熟なガキとどうこうなる訳ないだろう。アイツはただの『最高の玩具』、あるいは壊れかけの術式だ。……アンタが望むなら、アタシがあのガキを食ってやろうか?それともアタシがアンタのその指先に、あの子をどうやって溶かし、絡め取るか――秘め事のすべてを、肌を重ねて仕込んでやろうか?」

ノバラは唇の端を妖艶に歪め、まるで獲物を弄ぶ獣のような含みを持たせた笑みを浮かべる。

その冷徹で、かつてないほどクノの本能を逆撫でする言葉に、クノの中の張り詰めていた何かが音を立てて崩れ去った。師匠と弟子という、絶対的な境界線。それが今、この月夜の静寂の中で不意に消失し、クノは初めてノバラに対して深い親愛と、抗いがたい支配の恐怖を同時に感じていた。

「冗談だよ!クノ、あんたには随分と面白い素質があるじゃないか。キザムの火を中和する『障壁ウォール』、そして彼が負う傷を癒やす『治癒ヒール』の天賦の才。あんたの治癒は、もっと深淵へ行ける。……アタシが教えてやってもいい」

ノバラはクノの顎をゆっくりとすくい上げ、顔を密着させる。クノは戸惑いながらも、ノバラの瞳に宿る、底なしの昏い光に吸い込まれた。ノバラは周囲の闇と溶け合うような声で、秘密の毒をクノの意識の深層へ流し込む。

それは、キザムの傷を癒やすための、あまりにも背徳的で効果的な「癒しの奥義」――。

ノバラの唇がわずかに動き、囁きが風に紛れる。その内容は、到底人には言えないほどに禁忌の響きを帯びていた。クノの意識を白濁させるほどの衝撃が、その囁きと共に彼女の心臓を射抜いた。

「……ひゃっ!?」

クノは小さく悲鳴を上げ、頭からボンッと煙を噴き出した。彼女の顔は熟した果実のように真っ赤に染まり、湖畔の冷気を熱気に変えるほどの熱を放っている。

「……あ、あう……そんな、私とキザムが……本当に、そんな効果が……?」

「さあな。試してみればいい。あのガキなら、あんたのその心尽くしの治癒に、素直に従うだろうよ。……そうすれば、あんたの治癒はもっと力を持つ。傷を癒やすだけでなく、相手の魂の芯までをあんたの毒で塗りつぶし、まるごと包み込むことができるようになる」

ノバラは楽しげに肩をすくめ、手元の空になった酒瓶を泥に放り投げた。ノバラは名残惜しそうにクノから離れ、ゆらりと立ち上がる。

クノは混乱と期待、そして耐え難い恥じらいで震える手を、熱を帯びた胸に押し当てた。ノバラが教えた秘術は、クノにとって誰にも言えない秘密の、しかし絶対的な武器となった。

明日、キザムが目覚めたとき、私は一体どんな顔で彼と向き合えばいいのだろう。この熱を抱えたまま、彼に触れるなんて……そんな無防備な自分を想像するだけで、心臓が早鐘を打つ。

ノバラの姿が夜の闇へと消えても、クノの耳には彼女の残した甘い毒が残り続けていた。

夜風がクノの火照った肌をなでる。闇は、少女の決意と恥じらいを、優しく、そして冷酷に隠していた。


本日もお読みいただきありがとうございます。

今回は、ノバラの持つ「妖艶さ」と、密林の夜の「湿度」を表現することに全力を注ぎました。クノが抱えるキザムへの秘めた想いと、それを容赦なく解きほぐすノバラの毒……その空気感が少しでも伝われば嬉しいです。

クノが教わった「癒しの秘術」、一体どんな効果があるのか……それは今後のキザムとのやり取りで明かされるかもしれません。

もし今回の描写で「ドキッとした」「クノが可愛い」と思っていただけたら、ぜひ評価やブクマで応援していただけると非常に励みになります!ポチッとしていただけると、明日からの執筆スピードが格段に上がります。よろしくお願いします!

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