6-4 君の目に、僕はどう映る?
寄せては返し。引いては満ちる。月の満ち欠けのようにその音は永遠に続くのだ。孤独を望む者ですら、その深海へと誘うように。
ざあ、と風に身を任せる砂漠のオアシスはどこか海の音にも聞こえた。隗斗の重い足取りも、自然と軽やかになる。人の意思などお構いなしに。自然の力は抗いようもなく寄り添い、襲い掛かり、連れ去って、またどこかへと消えていく。
昼間に干した洗濯物は既に取り込んでテントへと運んだ。夕食を平らげた後に訪れるのは健全な眠気ではなく、不穏でいて安寧の誘い。呼ばれたような気がして外を出た。誰に呼ばれたのか分からないが、そういう日もあっていいだろう。
砂漠の民のオアシスをなぞるように当て所無く歩いていた隗斗は、ふと人の気配がして蒼紅の視線を上げる。さらりと流れる前髪から覗く瑞々しいマスカット色の目は、海に似た砂漠のオアシスをジッと見詰めていた。
(ああ、あの子が呼んでいたのかな)
柔らかな栗色の髪が風に遊ばれ、清潔感溢れる真っ白なワンピースがふわふわと膨らんでいる。
砂漠の夜の下よりも、真夏の太陽に照らされるほうが似合うであろう少女が隗斗の姿を捉えて笑む。朗らかに。和やかに。まるで古い知己のように、警戒心も何も構えずに旅人に笑いかけるのだ。
「こんばんは、隗斗」
「やあ、みく。良い夜ですね」
少女、砂取みくの。もうすぐ誕生日を迎える十三歳の女の子。
大人に保護されるべき未成年の子ども。幼い頃に両親を亡くし、一年前に実の姉さえも失った孤独の少女。身勝手に彼女の傍を離れていった肉親達は、この少女の微笑みすらもう見られないのか。無念と言うか、何と言うべきか。
隗斗は目を細め、身の内に住まう感情を押し殺す。どうにも形容し難い感情だ。上手く言語化しようにも、言葉を舌に乗せた瞬間に霧散してしまうような、隗斗自身も全容を掴み取れない心の動き。霧の向こうにある気がするのだが、はて。
「今日はいつもみたいに体調を崩されたりしてないの?」
刹那、隗斗の思考が止まる。
労わると言うよりは、からかいの色が強いだろうか。少女にも揶揄の心を持っているとは驚きである。
「君、僕のことを虚弱体質と思ってますね? …崩してませんよ、ご心配をお掛けしました」
「ならいいのだけれど」
にこり、よりも、にやり。
真っ直ぐ一本線を歩くような愚直さ。清濁も聖俗もまだ分からない善人寄りの明るい性格。くるくると喜怒哀楽の表情を躍らせる普段の彼女を考えると、目の前のみくが嘘のようだった。
まるで気紛れな猫を相手にしているような気分である。チェシャ猫、だったか。相手をからかう言葉を投げ掛けてはリアクションを大いに楽しむ愉快な性質を持った猫。
各地を巡り、様々な人物を目にしてきた旅人の隗斗からすると、可愛らしい範疇から逸脱しないのだが。ずるりと腕の中から滑り出しそうな洗濯物を抱え直していると、少女の頼りない足が砂漠のオアシスを掻き分け、隗斗の眼前に立つ。
「でも、なんだか寂しそう…何かあった?」
マスカットの瞳が覗き込まれる。その瑞々しく眩い瞳に吸い込まれそうになる。
──ここの人達は、どうしてこうも鋭いのかな
隗斗は少しばかり驚き、すぐに表情を整えた。みくに他意は無いだろう。悪意や害意から遠い場所…そう、透き通る水面に映る自分に質されたような。美しい鏡面に見える己に問われたような。
無駄な反発も、無為な激情も湧かない、素直に申し訳ないと感じる罪悪感に苛まれる。隗斗が捻くれた人間だったならば、だから何だと牙を見せ吠えていたかもしれない。あるいは関係無いだろうとそっぽを向きその場を去っていたかもしれない。
しかし、隗斗は枠組みを作る。自分と他人を線引きし、客観的な視点を極めて正確に図ろうとする旅人は、言い訳や嘘は吐かずに正直に述べてみようと脳内で提案した。神の前で懺悔する気持ちが多少なりとも、欠片ほどあったのは事実である。
「ええ、ちょっと…何と言うか雪彦と喧嘩しまして。デリカシーの無いことを口走ったからなんです…その、僕が」
「喧嘩? まあ、それはいけないことよ。雪彦と仲直りはした?」
仲直り。戻すほどの仲が築かれていたかどうかは不明だが、明確に許しを得たか分からない。
大丈夫だ、とは言われたが許した、とは口にしていなかったはず。律儀で神経質な彼なら曖昧な表現は避けるだろう。
「ちゃんと仲直りは出来てないかと。僕の謝罪を受け取って、そのまま…帰ってしまいました」
「うーん、雪彦が喧嘩したまま放り投げて帰るなんて、少しおかしいね」
「おかしいとは?」
己が発言した言葉の一部を鸚鵡返しされたみくは、小首を傾げて逡巡する。
思考の合間にええと、えーっと、と呟くのは彼女の癖なのだろうか。思案を纏める際に零れ落ちるただの独り言なだけかもしれないが。
やがて隗斗の質問の返答が出来上がったのか「ほら、」と口火を切る。
「悲しいなって思うこととか…嬉しいなって感じることは長続きしないでしょ? ずっと同じ感情のままでい続けるなんて、ムリじゃない? 雪彦は人一倍そういう人なの」
確かに。言い得て妙だ。
同一の感情は永遠ではない。特定の相手だろうが、過ぎ去った思い出だろうが、ひとつの対象へ同じ想いが一身に注がれるとは考えられない。
もって三日。一瞬で燃え上がり、次の瞬間には灰と帰しているのが生物の感情だと隗斗は思っている。それが歓喜であれ、悲哀であれ、名前のつけられない感慨だって刹那の旋風だ。
もしそれが容易に出来るならば、人としての機能が著しく低下しているか、正気を失っているかのどちらかだろう。感情が永続するならば、もはやそれは一種の概念と化している。呪いにも近い。
「だからね、おかしいって言ったの。ねえ、明日で良いから雪彦とちゃんと仲直りしてあげて」
「わかりました。雪彦が許してくれるか分かりませんが、謝ってみますね」
「ええ、ええ! 仲違いは悲しいもの…当人ばっかりじゃなくて、周りの人たちも含めて、悲しくなるものね」
少女はそう言って背を向ける。細く、未発達で幼い背中だ。隗斗が軽く押しただけでも崩れ落ち、転んでしまうであろう子どもの背。
(こんな小さな背で、ひとり孤独を抱えて生きているのか)
思考の渦に嵌まりそうになり慌てて止める。まただ。根無し草の旅人が気に掛けることじゃない。たかが世界を巡る一旦の逢瀬。たかだか集落の内の女の子ひとりを相手に、僕は何をお節介なことを考えているのだろう。
両親が亡くなり、姉を失った少女。彼女の背負う苦しみは彼女だけのものだ。他人が推し量るのも差し出がましい愚行。推測するのも邪推するのも失礼千万だろうとも。隗斗は己の思想を無理矢理、意図的に妨害しこれ以上掘り進めるのを止めた。
隗斗の苦悩など露ほども知らない少女、みくは優雅に振り返る。ふわり、と大きく膨らんだスカートが彼女を優美に飾り立てた。
「今日は、このまま外で授業をするのかしら?」
「君が構わないのなら、それでもいいですよ。野外授業はお嫌いですか?」
「いいえ、いいえ。気持ち良い風が吹いているんだから今日はここが良いわ」
みくの言う通り、涼やかで気持ちの良い夜風だ。
昼の風が、憂鬱さえも吹き飛ばす豪快な日差し混じりの風なら。今、二人を包んでいる風は悲しい気持ちにそっと寄り添い、心を優しく彩る風だった。
隗斗はほう、と表情を緩める。この砂漠の地スナトリの人間ではない自分にさえ穏やかな郷愁のにおいがする。この地を訪れてから初めてだろうか、このような爽快な風を浴びるのは。まるで黄金のそよ風だ。望郷のような感傷になる。
「ちょっとだけ湿った、でも、やわらかい風…」
微風がみくの頬を撫でる。
栗色の髪が揺れ、それを上から少女の手が押さえつけた。
「きっと明日は雨ね」
天気予報にしては妙に確信した言い方。断定的で、既に明日を見て来たようで。
隗斗は思わず「分かるんですか」と問い掛ける。みくは困った顔で憂愁の色を滲ませた。
「自然と分かるようになったって感じ。他のみんなも…同じように気付いてると思う」
鈴をころころと転がせる少女の声が、僅かに震えている。悲愴。哀惜。悲嘆。哀傷。全てを綯い交ぜにして、結合し、ひとつの涙を抽出する。
みくの頬は乾いている。目に見える悲しみの表情を浮かべてはいない。不平不満も、何も述べていない。ごく普通の会話をしているはずだ。隗斗との対話はからかう素振りで始まったと記憶している。
(それなのに、なんでだろう)
涙は出ていないのに、輪郭を帯びた言葉は零れていないのに──、
「雨は…うん、苦手なの。大事なものをぜんぶ洗い流して、ぜんぶ持っていってしまう。強引にね。雨なんて、とっても苦手」
少女は寂しいと言っている。
きらい、とは口に出せずに。きっと少女の温和な性格が強い語調の言葉を遮るのだろう。苦手と言って距離を取り、きらいとは言えずに存在そのものを否定出来ない。
哀れと一言で断じるには、彼女が語る傷を癒せない。同情ひとつでみくの何かが満たされるのならば隗斗はそうしていた。しかし、少女が抱える心痛が形を変えることは、隗斗には不可能だ。
(哀れな子どもだ)
神代隗斗は砂取みくのの家族ではない。当然だが、れっきとした揺るがない事実。
古くからの友人でもなければ、ひとつの組織足り得る集落の人間とはまるで違う。ほんの少し、同じ時間、同じ場所に居るだけの他人だ。
本来なら交わるはずの無かった邂逅。それを、隗斗の足が伸びたことにより言葉を交わし話をしているだけ。旅人の自分から見た少女は、哀しい過去を持っている人間。ただ、それだけの話。
隗斗にみくの心の傷を癒すことは出来ない。諦観の中、確固たる確信がそこにあった。みくも隗斗を救えないだろう。深奥に蔓延る願いなど、この少女の思考に根を張ることはこの先ずっと無い。あってはならないのだ。
「昨日の続きなのだけど…隗斗がお話してくださったことで、気になるのがあって」
不変と停滞の思考を濁らせていれば、少女が己の内に生まれた疑問を零す。どうぞ、と質問の続きを促せばみくは素直に従った。
「身を守るための手段を善人として使う……ねえ隗斗、」
ぱしゃり。
砂漠の民の命綱とも呼べるオアシスの水が跳ねる。
「それを説いてくれたあなたは、いい人なの?」
ざあ、と強い風がみくの姿を浮き彫りにさせた。栗色の毛が風でくしゃりと乱れ、少女の意志の強い瞳を隠してしまう。
両頬のそばかすは彼女をより一層、幼い面持ちに印象付ける。まろい輪郭のそれは触れればどんな感触がするだろう。喜怒哀楽の負を司る表情は下手で、善性溢れる言葉を愛し、光のように眩い感情を好む。
マスカットの如く、瑞々しい若葉色の瞳が柔らかい前髪から見えた。ペリドットの目がジッと隗斗を見定めるように捉えて放さない。鑑定と言うよりは、善人か悪人の識別だろうか。隗斗はしばらく逡巡し、極めて優しい表情をしてみせた。
「君の目に、僕はどう映る?」
途端、夜をも照らすイブニング・エメラルドが翳りを覗かせる。質問を問い掛けで返すのはマナー違反のようで心苦しかったが、みくは然程感情を荒げることなく考え込む。
みくの疑問符に焦点を当てる才能…と言うのは聞こえが悪いか。核心を突く才能は実に素晴らしい。人によっては図星を言い当てられ激情を誘うだろうが、隗斗はある種の感心さえ抱いていた。
もちろん隗斗は善人ではない。しかし、悪人とも呼べない人間だ。
人の痛みに辛苦を覚え、人の涙に胸を締め付けられることもあった。そして同時に、人の苦しみに愉悦を感じ、人の不幸に感動で心を動かされることもあった。
旅をしている以上、全く犯罪に足を突っ込まなかったかと問われると曖昧な笑みで誤魔化してしまうだろう。困っている人の手を取り、教えを説いた過去も持つ。時には風呂の入り方、食事の作法、礼儀などを懇切丁寧に教えたこともある。
要は。善でありながら悪。悪を知りつつ善である。善も悪も尊び、その人間性に隗斗は敬意を表している。善性に振り切っているのも乙だし、悪性へ一直線に進んでいるのも良い。一歩、後ろから見るとこんなに愉快な喜劇は無いだろうとも。
「…難しい、意地悪な質問をなさるのね」
隗斗の思惑などこれっぽっちも知らないみくは静謐な声を落とす。
太陽の力を秘めると呼ばれる至高の宝石。持ち主の災厄を許さないライムグリーンの宝玉。暗闇を晴らし夜を朝に変えるペリドット色の双眸が、淡い月光に包まれ不思議な虹彩を描く。
「いい人に見えるよ。優しいし、誠実であろうとしているように見える」
「なら、君の見えている通り。僕は善人を努めているだけの…ありふれた旅人ですよ」
少女の過去を嘆き、少女をひとり孤独に祀り上げた肉親を怪訝に思い──、
もし、仮に。少女が悪に晒された時の絶望の色を見てみたいと胸中に抱いた、ただの旅人だ。
隗斗は自分自身どちらでもないと考えている。自らの善性や悪性に振り回され悩むなど愚の骨頂。損得を考えるからいけないのだ。全ては己のための人生。どっちに転んだとしても、それを他人に責められる謂れはありえない。
「隗斗はどうして旅をしているの?」
「目的のためです。今回、スナトリのレーレイ遺跡に来たのも、悲願のためですとも」
分かり易く表情を曇らせたみく。
言い淀み、やがて意を決して疑問を口にする。
「…旅は、楽しくないのかしら。心躍るものなら、貴方はきっと…もっと素敵な表情をなさっているはずよ」
(楽し、かっただろうか)
決して短くはない旅の記憶を辿る。メジャーなところからマイナーな場所まで、各所を巡り色んな経験が隗斗を脅かし、隗斗に笑顔を浮かばせた。
一言、楽しかったと片付けるにはお綺麗なものばかりでは無かったのが真実だが。それでも、時には観光名所を回り美しい場所も目に収めてきたのも事実だ。
たくさんの人と出会い、別れを繰り返してきた。多少寂しいと思うものの、次の目的地に向かう途中でそれは薄れていく。みくが言った通り、感情が半永久的には続かない。出会えた喜びも、別れる悲しみも。例外は無い。
「結局のところ、縛られることのない生き方が僕の性に合ってるんですよ」
親と呼べる人は居ない。隗斗の認識するこの【生】の始まりに、親の愛情に包まれた記憶は皆無だ。全く存在しないと言ってもいい。
覚えているのは、薄暗い路地裏。冷たい足。耐え難いほどの空腹。灰色の重たげな空。体温を下げる汚い雨。人の喧騒と笑い声。光など差し込まない場所。ゴミとガラクタで埋め尽くされた、地図にすら載らないつまらないところ。
奪い合い、盗み盗まれ、果てには殺し合う獣しか居なかった故郷。それが、隗斗が記憶している過去の記憶。傍らに愛を注ぐ人間は居らず、ひとりで生まれ、ひとりで生きて死ぬ衆愚の集いであった。
そんなくだらない場所で命を落とすなんて、自分自身が許せなかった。這い上がり、どうしても叶えたい悲願のために生きる力を手にして今ここに居る。もう二度と立ち止まらない。だから、定住なんてしたくないのだ。
沈鬱な表情を浮かべていたみくは、瞬きの間に明るい笑顔を模る。
「…私はね、ここの空が空き。スナトリのみんなと暮らしながら見上げる星空が綺麗だと感じるの」
歌うように。踊るように。少女は言葉を紡ぐ。
すっと人差し指で空を示すみく。釣られるように彼女の指の先に目線を滑らせる隗斗。そこには、きらきらと輝く星が頭上に溢れ返っていた。
空気が澄んでいる。穢れなど素知らぬ顔で、人々の営みを見守る星が一等綺麗だ。散り散りの斑な雲は、とても雨を降らせるとは思えない。丸い月が隗斗の目を焼き付ける。
「でも、ここの空しか知らないわ。世界と繋がっている空を、小さく小さく切り取った一部しか、私は見たことないから」
ざあ。一瞬、視界がぶれる。
風か。いや、風の揺らぎではない。砂嵐に襲われたように視界の輪郭がぼやけて荒んでいく。隗斗は後退し、何事かと身構えた。奇怪なその現象は隗斗の双眸に異なる風景を映し出す。
血を垂らせた夕日のような紅の右目は、オアシスの傍で佇む少女みくが見えている。しかし、海のずっと深い紺碧の蒼の左目は、こことはまるで違う光景を目の当たりにさせた。
広がる荒野。吹きすさぶ大地。
生命の気配が一切しない、淋しい場所。
砂漠の柔らかな風を一身に受ける隗斗とは反比例するように、強風に身を削られ立っているのもやっとのレベルだろう。
ばさばさと揺らめく漆黒のマント。他の色を通さない黒く長い前髪は、奇怪な現象を起こしている隗斗の左目の前にあった。
──誰の視点だ?
隗斗は沈黙を守ったまま推測を連ねる。まず子供の視点ではない。少なくとも青年…隗斗よりもやや、少しだけ身長が高い男の視点だろうか。
蒼目に映る知らない景色に思わず左目を手の平で覆い隠す。呪い、いや、何らかのアクセス? なら、アクションなり何なりがあるはずだ。くしゃりと緩く握り拳を作り、左目をそっと開く。見知らぬ風景は未だ隗斗の瞳を食んでいる。
意識の混濁? そんな馬鹿な。仮にそうだとしても双子や遺伝子を同じくする存在しかありえないだろう。視界をジャックされたと考えるのが妥当だが、こんなしがない旅人の見る景色を盗み見る価値なんてあるか?
「ねえ、根無し草の旅人さん。あなたから見れば、私はきっと道端の雑草ね。変わらない景色の中で生きる、名前も無いありふれた一人のひと」
混乱の渦に迷いかけた隗斗の耳に、甘く穏やかな少女の声が響く。
はっと気付けば、不愉快なアクセスは夢のように消えていた。今までの纏わりつく不快感が砂漠の夜風に攫われていく。
「道草の私と…根無し草のあなたが手を取り合えば、どうなるのかしら」
試すように。隗斗の価値を測るように。
碧色の目が裁定をする。少女の天秤には、一体何が乗っているのだろうか。
天上の威光。豊かな地の緑。自然の猛威と、人々の儚く脆い命。死に至る猛毒へ勇猛果敢に挑んだ少女の両親。姉妹ふたりだけになったと言うのに、妹を置いてひとりスナトリを捨てた少女の姉。
同情による救いなど何の意味がある。郷愁に想いを馳せ、死を悼む背中に不躾な問いを振り下ろした己に罪悪感を滲ませる意味は。意味、そう、いや意味なんて……、
「それはもう、踊るしかないですね!」
凶手。最悪の手に打って出た隗斗は、自棄になっていた。
少女の細い手を握り、くるりと回転。軽い。オアシスの水が豪快に跳ねてふたりの服を濡らす。
「きゃっ……、」
隗斗の行動をまるで予想していなかったみくが小さな驚愕を零す。とんとん、と躓きかけたのを何とか立て直したみく。足取りの軽さを見るに、踊り子をやっていると口にしていたのは本当だったらしい。
冷たい無機質なライムグリーンの目は、今では普通の女の子の瞳になっていた。隗斗はホッと胸を撫で下ろし、改めてみくの両手を取り優しく握ってみせる。きょとん、と目を丸くさせる様は物事を知らぬ幼児のようで。
「可愛らしいお嬢さんと、無骨な旅人の僕じゃ釣り合わないかもしれませんが。どうなるかなんて、ずっと先にふと知るものですよ」
面倒くさいことは抜きで。
元々、小難しいことを考えて考え抜いて…結局答えなど用意されていないことを知り放り投げる悪癖を持っている。自暴自棄。良い言葉だ。全てが無責任で構わないと豪語するようで素晴らしい。
みくに抱く不思議な感情。雪彦へ向ける罪悪感と猫を殺す好奇心。何の突拍子も無く唐突に繋がった誰かとの視界。未だに達成されない我が悲願。全部、今はどうでもいい。無秩序であるから、世界は破滅に向かっていても美しく在るのだから。
砂漠の夜。空気は美味しいし、澄んでいて気持ち良い。風は爽やかな心地を守ってくれる。星は綺麗で、月は美しく輝いている。そして、隣には可憐な女の子が砂漠のオアシスで佇んでいるのだ。これで踊らずに何をしよう。
隗斗の自棄を感じ取ったのか、他人を寄せ付けない表情を一変させ愉快そうにからからと笑うみく。
「ふふ、おかしなひと。でも、それも楽しいかも! 絶対に決まっていることなんて、そう多くはないものね!」
少女は隗斗の手をぎゅうと握り返す。細く、頼りないその両手はしっかりと繋がれている。
やっと笑ってくれた、と思った頃には時既に遅く。隗斗は自分が抱える感情を正しく理解し…即興ダンスを再開させたのであった。




