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死が彼らを巡り合わせるまで  作者: 直紀けい
第一章 砂上の贄柱 スナトリ
30/33

6-3 あいつもあいつで意地っ張りだし、アンタはアンタで大人気ねぇ

 さて。客人用簡易テントにいそいそと戻ったところでやることもさして無いのが現状だ。ムーことヒロムネの店から買い取った商品をリュックに詰め込むのはものの数分で片付いたし、差し迫った用事も特になし。

 思考に耽るための疑問点──レーレイ遺跡やみくの姉・みつきの失踪事件その他諸々──は数多かれど、今はもういい。胸いっぱいお腹いっぱい、これ以上考え込むと満腹通り越して胸焼けでも起こしてしまいそうな昼下がりであった。

 路銀を稼ぐようなクエストも現在請け負ってはいないので本当に暇である。スナトリの民の生活を邪魔するわけにもいかず、隗斗は柔らかくないベッドの上でごろごろと無為に転がるしか無い。蒼髪がシーツの海を泳ぎ、無駄な皺を作る。

 旅人のくせに、時間を潰す術はそれほど持ち合わせていない。張り込みや浮気調査など幅広い仕事をする探偵や、ターゲットに怪しまれないようにする暗殺者とは無縁である。気ままに自分の足で世界を練り歩くのが旅人たる所以なのだ。

 自由の醍醐味こそ自分が最も望むもので、無駄な時間を過ごすのとはまた違う。は~ヒマ、一人でしりとりでもしようかなと考えていると、ざくざくと容赦無く砂を蹴る足音と嬉しそうにスキップを繰り返す軽やかな足音が鼓膜をノックした。


「か~い、とっ! えへへ、いますか?」


 ころころと猫が甘えるような声がする。おそらくニコだろう。洗濯物は終わったのだろうか。

 居ますよ、と佇まいを直す前に「邪魔すんぜ~」と勝手に侵入する狼藉者一名。こちらも顔見知りとなったスナトリの民、カナタであった。突然差し込む強烈な光に当てられ、反射的に目を細める。


「あ? はは、なんだ。ベッドで転がって昼寝でもしてたのか?」

「入っていいとはまだ言ってませんよ。僕が着替え中だったらどうするんですか」

「ヤローの着替えとかべつにどっちでもいいって」

 カナタの隣でニコがギョッと「えっそれはこまりますよ!」と可愛らしく抗議している。彼女も良識派だったので存分に援護してもらおう。

「君が良くたって女の子を連れていたら別です。教育に悪いですよ~えっち」

「…? えっちってなんですか?」


 やべ、自分のほうが情操教育に悪いことを口走っている。隗斗はカナタをからかう表情を崩さずに前言撤回をしたかったが後の祭り。すぐさま身体を起こして「いえ」だの「ええと」だの、その中間の言葉にならない声で口ごもる。

 きょとりと丸い目がしっかりと旅人を見据えている。鸚緑(おうりょく)色の瞳は新たな知識を求めて煌いていた。対するカナタはつまらなさそうな顔を一変させ、ニヤニヤと子供らしい表情でことの成り行きを楽しんでいる。


「それよりも、何かご用ですか? 力仕事とか雑用も喜んでやりますよ、暇だったので」

「話を逸らしやがって。ババアに何か言われてもかばってやんねぇぞ」

 ばばあ、とは誰だろう。ニコの祖母だろうか。吐き捨てる口調で言うわりには随分と好意的な顔のカナタを他所にニコは「ええ!」と眩い笑顔でお行儀の良い返事だった。

「隗斗の体調を見にきました! そういう当番のようなものです。カナタはニコのつきそい? です!」

「逆だろ。オレのおまけがお前だって。クニミツの言いつけで見に来てやったんだよ。感謝しろよ」


 名前のようににこにこと笑うニコ。ふん、と鼻を鳴らして不服そうに仁王立ちするカナタ。

 そういえば、と隗斗はふと思い出す。突如体調を崩した自分を助けてくれたのはこの二人だったのだと。あの時の記憶は朧で紐解こうとすれば曖昧に霞んでしまうのだが、それでもニコが傍に居て、カナタが助けに来たのは覚えている。

 実り神の湖。あれを目の当たりにした途端に突き刺すような頭痛に襲われたのだ。今思えば、水面で乱反射した日差しに目をやられたのかもしれない。眼球は意外と柔なので、些細な刺激が体調に悪影響を及ぼす可能性もゼロじゃない。

 涙まじりに旅人の身を案じてくれたニコ。年端もいかない少女に、大の大人が呻き声を漏らしながら蹲る光景を──不可抗力とはいえ──見せてしまった。下手なトラウマになっていなければいいのだが。幼い精神に衝撃を与えてしまった。

 ニコに連れられてきたカナタだって、精神的にショックを受けたかもしれない。ニコよりもお兄さんでも、隗斗より大分離れた年下の男の子。狩猟を主に生活の中心としている彼であれ、上背のある自分を運ばせてしまった負い目もある。

 途端に情が湧いてしまう。赤の他人である旅人に優しくしてくれた少年少女に、感謝こそすれ疎ましく思う人間が居るものか。隗斗はベッドから身を乗り出し、未だに入り口の前に立っている二人へ歩を進める。少年少女は不思議そうに旅人を見上げていた。

 (こんなに小さいのに、他人のことで必死になれるのか)

 丁度良い位置にある少年カナタの頭に、ぽんと軽く手の平を乗せる。びく、といっそ大げさなほど肩を震わせたカナタは隗斗を見上げたまま動かない。眼鏡のレンズ越しの柚葉色の目が語るのは「いきなり何してんだこいつ」あたりか。

 厄介な癖っ毛と言うよりは、言うことをきかない猫っ毛であった。ふわふわとあちこち飛び跳ねる髪は短く切られており、丸い頭が存外形の良いものだと気付かせる。砂漠の酷暑の下に居たからか、汗でちょっとだけ湿っている。


「ええ、ありがとう。僕を助けてくれて本当に感謝しています。良い子ですね、カナタ」


 よしよし、と声に出して撫でてしまうと怒るかな。このくらいの歳の男の子は複雑だ、扱いを誤ると極端に機嫌を損ねてしまう。隗斗に反抗期らしい反抗期──そもそも反抗する親も居なかったが──は訪れなかったので、いまいち分かりかねるが。

 旅人の行動と言葉をようやく噛み砕いたのか、少年カナタは歯噛みし露骨に羞恥を抱いている…ように見える。色白のため、感情が大きく動くと頬が赤くなって分かり易い。それが激昂か否か、鈍感と自負している隗斗ですら判別は容易かった。


「え、な、う、うっせぇ! マジに感謝すんな! 前から思ってたけどアンタ素直すぎやしねぇか!?」


(照れているわりには手を振り払ったりしないのか)

 隗斗は冷静に逡巡する。指摘すると思いっきり拒絶されそうなので言わない。これ幸いと言わんばかりに手を叩かれそうだ。ぐぎぎ、と歯軋りさえ聞こえてきそうなほど身悶えしている少年が可愛らしく映る。

 うんうん、歳相応のリアクションは普段の澄ました態度より可愛さ倍である。いつもの彼がクソガキとまでは言わないけれど、もう少し素直になればいいのにとは思う。なるほど、子供扱いすると多少は大人しくなるのかと旅人は心に留めておいた。


「ニコも! ニコもそれやって! あ、やってほしいです!」

「はい。ニコちゃんも、ありがとう。君達がお見舞いに来てくれて嬉しいですよ」


 羞恥心に悶えるカナタが珍しかったのか遅れてニコが強請る。少女のトレードマークでもあるピンク色のカチューシャを素早く外しているところを見ると、余程カナタが羨ましかったのだろうか。ふんふんと興奮している様はまるで子猫のそれだ。

 もちろんニコにも感謝の気持ちはあったので、カナタより低い位置にある呂色の頭にそっと手を添えた。少年のカナタより優しく、繊細な少女を傷付けないように心掛ける。さら、と隗斗の指をすり抜ける細い髪は子供らしく柔らかい。

 えへえへと享受する少女ニコは文句無しに可愛らしかった。隣で無言を貫くカナタも、それはそれで愛嬌もある。むすっと顔を顰めてはいるが真っ赤になっていれば意味は無い。少年少女への感謝は、物理的な返礼ではないほうが良かったりする。


「…おい、もういいだろ。アンタが無駄に、む・だ・に元気なのはわかったし。オラはなせ」

 やけに刺々しい声色である。ニコは「うん、じゅーぶんです!」とご満悦の様子。

「感謝の気持ち伝わりました?」

「うっぜぇ…いいっつってんだろ!」

「とっても伝わりました。カナタも言葉はあれだけど、同じだとおもいますよ!」


 花が綻ぶ笑顔で言い切ったニコにカナタは「余計なこと言うな~この~」と少女の頭を押さえつけて黙らせた。ニコはきゃっきゃと楽しそうに笑っているので、それほど痛くはないのだろう。旅人は温かく子供達のやり取りを見守ることにした。




* * *




「あ? ケンカぁ?」


 勝手知ったる旅人用のベッドの上で胡坐を掻くカナタは胡乱な目を隠さない。怪訝に歪めた顔を頬杖で支えている少年に「おぎょうぎが悪いです…」と不潔なものを見るようにニコが囁いた。カナタはちらりと一瞥しただけで少女の言を無視する。

 話の流れというか。世間話に出すには少年少女に向ける話題でもなかったか。しかし雪彦との対話は隗斗の中で消化出来ずに燻っている。同じスナトリの一員でもある彼らに意見を求めるのも、一種の術ではないだろうか。…言い訳になるかな。


「そのおはなし、はじめて聞きました。隗斗、それってどっちもケガはしていませんよね?」

「手が出る喧嘩ではありませんよ。でも、彼を傷付けてしまったかもしれません」

「…? 手はだしてないのに傷つける? ですか?」

 旅人の言い回しがいまいち理解に及ばないのか、少女ニコは小首を傾げてしまう。

「心のほうだろ。アンタ、無害そうなツラしてんのに意外とやるじゃん。ちょっと見直したぜ」

 幼いニコのフォローをしたかと思えば、人を喰ったような悪い笑顔を浮かべているカナタ。一体今の話でどこを見直されたのか。

「ケンカはいつからだ? もしかして、アンタがぶっ倒れた時に何かあったか」

「倒れた時…は違いますね。もう少し後で、言い合いになったといいますか。いえ、喧嘩と言うには僕が完全に悪いんですが」


 質問を投げ掛けた側としては「ふぅん」と興味の薄い反応である。カナタにとって、人畜無害そうな旅人が不穏な気配を漂わせたのが意外性を持っていて面白かっただけなのか。それはなんだが、ちょっと意地が悪いぞと思ってしまう。

 (いや、底意地が悪いのは僕だな)

 客観的に見て、子供を相手に雪彦との対立を吹き込んでいる現状だ。何か変わったことあったか? と問われ、雪彦とちょっと…と言いよどんだ時点で止めるべきだった。口を閉ざす選択肢を早々に捨てたのは紛れも無い自分である。

 別に、カナタやニコを味方につけようだなんて微塵も思っていない。悪いのは百パーセント自分であると痛いくらい自覚しているので、雪彦に謝罪しようと足踏みする旅人の背を押してほしいのだ。むしろ背中を蹴ってほしいとすら考えている。


「…あいつもあいつで、アンタが倒れた時には少しおかしかったんだけど」

「おかしかった、とは。雪彦の様子がってことですか?」

「ああ」

 ずれた眼鏡を直そうとして、うっかりレンズに触れてしまったのか嫌そうな顔をしてカナタは渋々ズボンで拭いていた。それでレンズの汚れは取れるのだろうか、とどうでもいいことを考える。

「放心? いや、心ここに在らずってやつ。いつも何考えてんのかわかんねぇけど、あの時はもっとそうだ」

「いつもむずかしい顔をしていますよ。カナタが言うみたいに、この前はつめたい顔をしていました」

 座ってお喋りは落ち着かないのか、ニコは大して広くもない旅人用簡易テントの中を歩き回る。

「隗斗のことを、なんだか痛そうにみています。それが、ニコはなんだか泣きたくなります…」

「痛そうに…、」


 ニコの簡潔な言葉に釣られ、雪彦の姿が脳裏に浮かぶ。

 氷のように冷たい眼差しをしていた。かと思えば、まるで懇願する信者のような必死な目をしていた。嘲るようでいて、慈しむような。照れ屋さんと揶揄(やゆ)したくなるほど奥ゆかしい性格なのに、隗斗を突き放す言動をするのだ。

 こちらを全身で注意しているのに、いざ旅人が雪彦を気に掛けると意識していませんと言わんばかりに素っ気無い。善意と悪意があべこべの雪彦。体調が優れない隗斗を甲斐甲斐しく介抱する彼はしきりに出て行けと警告を繰り返す。


──アンタ、は。アンタだけは……、俺が………、


 翡翠色の目がジッと見据えるのは。何かを言おうとして唇を開閉するのは。今にも感情が、涙が零れそうな表情を浮かべるのは。頬に添えられた手の平はやけに冷たかった。それなのに、彼の心根は温かさを失わないから不思議だ。

 神代隗斗は人間の感情の変動が分からない。心理学者でもあるまいし、個々の機微など察しようもなかった。幼い子供相手なら思考パターンはいくつか揃えてはいるものの、雪彦のような裏表の激しい青年を前にすると選ぶべき一手を迷ってしまう。


「きっと、隗斗のことをきらってはいません。他のことはわかりませんが、ニコはそれだけはわかります!」

 少女ニコは旅人を元気付けるために陽気に笑う。「いいえ、むしろ!」と意気込む。

「お客さまである隗斗とケンカをするなんて、ダメダメです! ニコがおこっておきましょうか? いけないことですって、チュウサイしますか?」

「いえ、突っ掛かったのは僕なので…謝るのは自分で出来ますから」

 小さい体で憤慨するニコを「そうそう、部外者が口出しするもんじゃねぇぜ」とカナタが止める。

「あいつもあいつで意地っ張りだし、アンタはアンタで大人気ねぇ。そりゃケンカもするって」


 何がおかしいのか、ケタケタ軽快に笑う少年は他人事だからか明るい口調で野次を飛ばす。まあ早いめに仲直りでも何でもしろよ、と助言もそれなりに投げやりだった。

 毒気の抜ける思いだ。いっそスナトリの民の一人を傷付けたと糾弾されたほうがまだ納得出来る。旅人が知る集落とはまるで異なる不干渉な態度が引っ掛かりを覚えるには充分である。「そうですね、そうします」と隗斗は肯定の言葉を吐いた。

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