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死が彼らを巡り合わせるまで  作者: 直紀けい
第一章 砂上の贄柱 スナトリ
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6-2 とても、さみしいことです

 リュックの中から洗濯予定のものを取り出し、両手で抱えて目的地まで向かう。

 イーサの言っていた湖の広場とは、ようはオアシスを指す。家屋でぐるりとオアシスを囲んでいるこのスナトリの地は、生活に必要不可欠だからこそ中央にオアシスを据えたのだろう。

 いつでも誰でも水を使えるようにするのは実に合理的だ。両手で洗濯物を持ったままの隗斗は、スナトリの民とすれ違い度に「自分で洗濯するのか?」「俺が代わりにやってもいい」「偉いなぁ」「運ぶの手伝ってあげるよ」と声を掛けられる。

 親切も過剰になれば鬱陶しいな、と吐き出してはいけない感想を内心に留めた。小さな子供じゃあるまいし、一人で出来る。

 もしかして、スナトリの民から見れば隗斗は病弱、あるいは虚弱体質とでも疑われているのではないか。思い当たる節がいくつもあるのが悩みどころだ。そもそも、初っ端から保護されている身としては、スナトリの親切にクレームをつける気にもならなかった。

 手伝いの提案や労いの言葉に、ありがたくお気持ちだけいただきます、と一字一句同じコメントを返す。人に甘え過ぎるのは後々自分が困るので、丁重にお断りである。


 (あ、イーサが言ってたのはあそこか)


 そうこうしているうちに、オアシスに辿り着く。

 全体的に丸い形をしたオアシスから、ひょっこりとはみ出した箇所がいくつもあった。湖と呼ぶには小さく、水溜りと言うには大きいところで洗濯をしているのは子供達だ。

 傍にシーツを広げ、その上に洗濯物を積み上げつつ、水溜りの中でじゃぶじゃぶ踏み付けながら洗濯している。手で洗うよりも、足で踏んだほうがより効率的なのだろう。

 離れたところに大人がぽつぽつと居るので、狩りに出ない子供はこうして危険の無い家事をしているのだと推測出来る。例外は狩りが異常に上手いカナタか。いや、ここに居る子供はカナタよりも年下ばかりなので、彼くらいの年齢になれば自然と狩りに出るのかもしれない。

 余所者の隗斗に気付いた子供達はわいわいと騒ぎ始める。徐々に広がる子供特有の高い声が隗斗の耳朶に響く。旅人さんだ、だの。どうしてここに? だの。こんにちは! だの。

 三者三様の騒ぎっぷりにどうしようかと立ち止まっていれば、子供達の中から比較的見慣れた顔が隗斗の前に出る。


「あっ隗斗! こんにちは! お友だちと会ったらあいさつするのがマナーです!」


 オアシスからはみ出た大きな水溜りの中の一つから、意気揚々と笑顔を輝かせる少女ニコ。

 見知った顔に、隗斗は洗濯物を腕に抱えたまましゃがんで視線を合わせた。鸚緑(おうりょく)色の目が今日も眩しい。


「こんにちは、ニコちゃん。僕もお洗濯まぜてください」

「いいよ! あ、いえ、いいですよ。ニコのとなりにどーぞ!」


 十以上はある大きな水溜りは、丁度ニコの隣が空いていたようで。少女のお誘いを断る理由はなく、隗斗は広げられたシーツの上に自身の洗濯物をどさりと乱雑に置いた。

 観察したところ、子供達は洗濯係、そして洗い終わった洗濯物を干すのが大人達の役割らしい。流石は集落と言うべきか、洗濯物は山のようにあった。

 砂漠の地も相俟って洗濯する衣類も増えるのだろう。猛暑では汗が滝のように出るからだ。

 重たそうに洗濯物を持ち、顔を歪めている老女──目尻の皺がチャーミングなおばあちゃんのレイコが隗斗の横を通り過ぎる。隗斗は咄嗟にレイコの傍へ駆け寄り、彼女の荷物をその細い腕から奪い取った。


「手伝います」

「おお、ありがとうね。でも大丈夫。年寄り扱いはせんでくれ、まだまだ現役だよ」

 白髪を短く切り揃えたレイコが、穏やかな声で微妙に怒っている。隗斗は努めて紳士的に微笑んでみせた。

「いえ、レイコさんはレディですので。せめてこれだけは運ばせてください」

「あら」


 途端に頬を緩めるレイコ。いくつになっても女性扱いは嬉しいのか、険しい表情が影に隠れていた。目尻を柔らかくさせて笑む姿はとても可愛らしく映る。

 どこまで運べばいいのか尋ねると、数分も掛からない場所だった。レイコの言う通りに進んでみれば、風に揺れる洗濯物の数々がずらりと並んでいた。そこで洗濯物を干していたスナトリの民に荷物を預け、元の場所に戻ってみると鸚緑色の目で睨まれた。


「ニコもおねえさんですよね? 隗斗はりっぱな、れでぃだと、言ってました! ちがいますか?」


 どうやらレイコへのレディ発言にやきもちを焼いていたらしい。何故。要領を得ない。

 意味の分からない嫉妬だったが子供とは得てしてそういうものだろう。地団駄を踏むように洗濯物を踏んでいるニコに隗斗は苦笑する。


「ニコちゃんのことは素敵なレディだと思ってますよ」

「むふ、でしょう? そうでしょうとも! わかってたけど、あ、ましたけど!」


 荒っぽい地団駄から、可憐なステップを踏むように移行している。

 分かりやすい子だなと思いながら隗斗は自身の衣類を洗濯する使命に取り掛かった。


「お姉さんと言えば……みくにもお姉さんが居たそうですね」

 嬉しそうに鼻歌を奏でていたニコが反射的に返答する。

「みつきののことですか?」

「みつきの、という名前なんですか。ええ、その人のことです」


 (名前ゲット、やっぱり素直そうなニコに聞くのが正解だった)

 今ホットで気になる話題、みくの姉失踪事件。カナタからは名前までは聞き出せなかったが、幼い少女相手だとこうもするりと引き出せる。罪悪感が湧かないほど悪人になったつもりは無いが、善人からはかけ離れたかもしれない。

 欲しい情報を入手した隗斗は脳裏で名前を反芻する。みつきの。みくの三つ上の姉で、一年前に失踪した女性。それが事件か旅か駆け落ちか、ニコに尋ねるのは少々無理があるかもしれない。幼い子供にそこまでの情報は行き渡ってはいないだろう。

 せめてどんな容姿か、どのような性格だったか、姿を消す以前の交友関係・姉妹の状態も知りたかったのだが──途端、ニコの顔が急速に曇っていく。ふくふくと柔らかな頬が僅かな緊張で震えていた。


「ニコはあまり…みつきののことは話したくありません。ないしょ、じゃなくて、きんく…? ええと、ヒミツなので」

「禁句」


 禁句とは、相手の感情を害さないようにタブーとすること。縁起が悪いため言うのを禁止することだ。

 この場合だと、みくに余計な不安と焦燥を与えないようにする配慮に該当するのか。ニコはしょんぼりと肩を落とす。


「クニミツがそうしました。大きな声で言えませんが、じぶんからスナトリを出て行ったそうです。とても、さみしいことです」


 やはり民の長の仕業か。温厚なクニミツならば納得出来る。

 自分から出て行った、という情報を信じると事故の可能性はぐっと下がるだろう。てっきり誘拐だとばかり思っていた隗斗は、不穏な考えを振り払うように洗濯物を踏み付ける。

 (このままニコに問い詰めれば、泣き出しそうな雲行きがするな…やめよう)

 隗斗は少女のご機嫌を伺うため、蒼紅の瞳を伏せて真摯に謝罪した。表情もこう、しおらしくしておこう。


「変なことを聞いてすみませんでした。ニコちゃん、僕を許してくれますか?」

「ゆるしますよ! ニコはおこってないので! あっ、でもニコの言ったこと他のひとに言っちゃダメですよ。そのときはおこります!」


 ぱっと花開く笑顔。感情の切り替えが早いのがニコの美徳だとこの時思った。

 洗剤がなくなったので取ってくる! と俊足で駆ける姿を見ながら、隗斗はみくの姉・みつきのの考察は後に回そう、と己の使命に奮闘する。




* * *




 己の使命を終えた隗斗は分け与えられたスペースに洗濯物を干す。細いロープを辺りに張り巡らせ、山のような衣類が砂漠の風に揺れる。ふわり、ふわり。はたはた、と音を立てる光景を見ると、すぐにでも乾きそうだと思う。

 洗剤の泡だらけになった足をオアシスの水で洗い流し、そのまま歩き出す。裸足に張り付く小さな砂粒を気に留めず気の向くままだ。どうせ、こびり付いた砂もあっという間に落ちて元通りだろう。

 旅人は気にせずスナトリの集落を歩いて渡る。毛色の異なる旅人は目に付き易いのか、顔をあげて声を掛ける民が後を絶たない。顔見知りの人も少しは増えてきたかな、と隗斗は取り留めの無い思考を辿る。ああ、ここにも居た。

 スナトリの地で出来たひとつの縁。一閃の傷跡を顔に残す大男ヒロムネ。鍛え上げられた巨躯に脅威を抱かせないのは、優しく弧を描く垂れ目な柳緑色の瞳が印象的なせいだろうか。ヒロムネもといムーに隗斗は笑顔を浮かべた。


「おう、旅人さん。話で聞く分よりよっぽど元気そうじゃねえか」

「ええ、スナトリの皆さんに良くしてもらっているので今はこの通り。元気ですとも」


 片方の腕を軽くあげ、ムキ、と力を入れて筋肉を作るポーズを取ってみる。冗談のにおいを感じ取ったのか、ヒロムネは豪快に笑い飛ばし「そうかい、そりゃ良かったなぁ」と海のように深い笑みを携えた。

 数人の大人が取り囲んだとしても抵抗し見事制圧までしてみせるであろう巨体のヒロムネからすれば、隗斗の細腕など己と比べるまでも無いのだろう。子供の意地っ張りと同等に扱い、包容力の塊みたいな表情になっていた。


「ムーさんのお店は果物以外にも売り物はあるんですね」

「そりゃあ、多種多様なもん揃えてねえと店は成り立たんわな。旅人さんの望むもんはあるかい?」

 露店に並んだ商品を覗き込む。果物屋さん、とは本人の言葉だったか。半分以上が新鮮な果物でずらりと敷き詰められていたものの、旅人としては補充しておきたい品物がいくつか揃えられている。 

「食糧は出来るだけ揃えたいです。あとは救急箱の中身の補充とか…ああ、これもあるんですか。ならこれも」


 これと、これ、あとこれも。白い指が旋律を奏でるようにひょいひょいと動く。

 商人として長いのか、客の示す商品をかごの中に追従させるヒロムネ。その手は淀みなく。


「こんなもんか。他には?」

「今はこれくらいで大丈夫です」

「おう。ああ、これもオマケでつけておけ。夕食までの腹の足しにでもしてくんな」

 はじき出された合計金額をぴったり支払った隗斗の手の平には、大粒の双子がころりと転がる。艶やかで瑞々しいサクランボはさながら宝石のように輝いており、一目で新鮮なものだと分かった。

「ご親切にどうも。ありがたく頂戴しますね」

「旅人さんは線が細っこいからなぁ、もちっと食べてもバチは当たらんぞ?」

「十分食べさせていただいてますので。これ以上お腹に入れたら破裂してしまいますよ」

「そいつぁいけねえ」


 カカ、と快活な笑い声を落とすヒロムネに釣られて旅人は笑みを零す。裏の無い対話とはこうも心穏やかに過ごせるものか、とこっそり胸中に落としておいた。

 冗句のやり取りも程々に、隗斗は一礼してからヒロムネの店を後にした。旅に必要な物資──心許無いものは大体補給出来た。正直品揃えに期待は薄かったのだが嬉しい誤算である。

 さて、思考はそこそこに。思案をしてみようか。蒼紅の瞳は真っ直ぐに向け、逡巡に意識を割く。砂取みつきの。お世話になっているスナトリの民、少女みくの実の姉について思いを馳せてみる。

 (みくの姉であるみつきの。未成年である少女の失踪は中々穏やかな話じゃない)

 天涯孤独の身と思っていた砂取みくの姉は一年前に失踪している。ニコが言うには自分から出て行ったらしいが、どうしても疑惑の念を抱いてしまう。

 誘拐。物騒な単語が脳裏を過ぎる。自発的か否かでは事件性が多いに異なるだろう。まず前提を定めておくのがベストだろうか。そうでないと推測があちらこちらに散開してしまう。それをいちいち掻き集めて整合性を固めるのは面倒だ。

 前提として。容姿、性格、人間関係は不明とする。次いで、今隗斗の手元にある情報を統一させる。スナトリの民はおろか、妹であるみくにさえ何も言わずに集落を出て行ったみつきの。突発的なのか、綿密に計画していたのかはとりあえずおいておこう。

 外部の者に連れ去られたと隗斗は考えている。カナタ曰く、スコールがあったその日にみつきのが姿を消したという。これが事件性を秘めていないとどうして断言出来よう。隗斗はどうにもきな臭い、薄ら寒い感覚に陥ってしまう。

 駆け落ちの線。これは脳内でバツマーク。もしもみつきのの恋人が居たとして、今まで話に全く出て来ないのは不自然だ。カナタやニコといった少年少女から恋だの愛だの機微が育っていないと言ってしまえばそこまでだが、やはり違うと思われる。

 旅の可能性。こちらもなし寄りのなし、つまりありえないと仮定する。みつきのの性格や人物像が分からない以上、完全に否定するのは難しい。だが、たった一人の妹を残していくのは想像でさえ心の痛む話だ。そういう意味でも否定しておきたい。

 どう頭を捻っても連れ去り事件としか執着しない。もしかしたら、スナトリの皆でみつきのを寄って集って苛めていたとか? 無いか。稚拙な思考を鼻で笑い飛ばす。見切りをつける材料がスナトリの民にあるとは考え難い。

──駄目だ、カードが少な過ぎてどうしても誘拐に行き着く。

 隗斗は無意識に止めていた呼吸を行う。ふ、と肺に溜まったものを吐き出すと苦い気持ちになる。いけないな、余所者の自分が過去に起こった出来事を勝手に掘り返すなんて。

 一年前の失踪事件。それはみくの中で過去になっているのだろうか、と旅人は思う。推し量ろうにも無粋に終わる他人への同情。明るく笑う少女の傍らで悲惨なことが立て続けに起こっている。

 彼女の悲しみに寄り添う人が居ればまだ救われるだろう。少なくとも、どん底には程遠い。隗斗は天高く頭上にある太陽から逃げるように客人用の簡易テントへと戻って行った。

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