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死が彼らを巡り合わせるまで  作者: 直紀けい
第一章 砂上の贄柱 スナトリ
25/33

5-4 そこを突かれるとは。ちょっと痛いな

 強い日差しに目が眩む。引きこもりを止め、旅人用簡易テントからぬるりと身を出した旅人は目的地も無いまま歩き出す。

 リハビリ代わりの散歩とでも洒落込もうか。熱中症と頭痛による失神のダブルコンボを喰らって体は鈍り出した頃だろう。事実、天高く熱を放射する太陽に旅人は今にも負けそうだった。

 (…ん、何か聞こえた、ような)

 ふと、途切れ途切れに紡がれる声が隗斗の興味を引く。ぼそぼそと言葉が落とされる方向へ足を転換。

 声の主はさほど離れた場所には居なかったようで。気配も足音も特に隠さずに歩けば、目的の人物はぱっと弾かれたように顔をあげていた。


「こんにちは。声が聞こえたので、つい来てしまいました」


 会釈をする隗斗をジッと見詰める鶯色の双眸は糸で引っ張られているように垂れている。そよ風に遊ばれる黒鳶色の髪は細く、指を通せばするりと逃げていきそうだ。

 名前はアキ。隗斗と同じくらいの年頃の青年であるアキは、黙っていれば男にも女にも見えた。

 椅子に腰掛けたまま動かないアキは隗斗を品定めする。頭の天辺から、足の爪先まで遠慮無く視線を寄越され、ここまで露骨だといっそ清々しいなと隗斗は思う。やがてアキは「ああ」と小さく零し、遅れて会釈を返した。


「…思い出した、旅人の」


 どうやら、無遠慮の視線は思い出す材料を探していたらしい。よほど他人に興味が無いのか、それとも記憶力に自信が無いのか。

 そのまま会話が発展するかと思いきや、アキは唇を閉じ鶯色の目を瞼で覆い隠す。片方の手を己の膝で動かしているので、何だろうと疑問を持った隗斗はアキに近寄った。

 知らない人間の気配が近付いたため、アキの膝の上に居た生き物がぴくりと反応を示す。小さな体を丸めて寝ていたその生き物は、少しだけ目を開けて隗斗を視認する。

 鬼灯に似た形の長く大きな耳。先っぽになるにつれ白い毛に染まる尾。零れ落ちそうな円らな瞳と、可愛らしい造形のそれは──、


「フェネックスナギツネ、ですよね」

「うん、俺の友達」


 フェネックスナギツネ。大きな耳が特徴的な動物は、確か砂漠のように暑い場所に多く生息しているという。余談だが、酷暑で生きる動物は耳が大きく、極寒に住まう動物は耳が小さいらしい。

 (かや)色の体毛だと砂漠では見つけにくいかもしれない。ただ、黒々とした目と鼻がおおいに目立つので、それを頼りに捜索すれば捕捉も可能だ。ほっそりとした足は見た目通り俊足を誇り、人間の脚力では万が一でも追いつけない。

 しかし、痩躯故のデメリットもある。俊敏を得る代わりにフェネックスナギツネの耐久度は脆い。ひとたび他種との交戦となればフェネックスナギツネの勝ち目は無いだろう。

 争いを苦手とするからなのか雑食性で、鮮血滴る肉よりも新鮮で瑞々しい果物を好むと言われている。

 警戒心が薄く人懐っこい性格のフェネックスナギツネはペットで飼育するにはイージーだろう。事実、アキの膝の上で丸まっているフェネックスナギツネの顔は穏やかだ。


「お名前は何というんですか」

「ツナヨシ」


 フェネックスナギツネ、改めツナヨシは興味深そうに隗斗を見詰める。隗斗はアキの傍で跪き、驚かせないようにゆっくりと人差し指を差し出してみた。

 真っ黒な鼻でふんふんとにおいを嗅ぎ取るツナヨシ。余所者のにおいを瞬時に覚えたツナヨシは元の場所に顔を埋めた。やけに緩慢とした動きだったので、怪訝な顔をアキに向けてみる。


「……一昨日から、ツナ元気なくて。ごはんも食べないし…一声も出さないし」

「それは心配ですね。病気を疑ったほうがいいのでは?」

「フェネックスナギツネの専門医はこの辺りに居なくって。今まで、こんなことなかったのに」


 再度、アキがツナヨシの頭をひと撫で。されるがままのツナヨシ。黒曜石のようにつやつやの目をうっそりと細め、ただ静かに呼吸を繰り返していた。

 アキの隣で膝をつけた隗斗が「ふむ」と顎に手を当てる。


「失礼、ツナヨシに触ってみても?」

「いいけど…乱暴はしないで」

「しませんよ」


 気性の優しい小動物──しかも飼い主から弱っていると聞かされた動物を相手に乱暴を働く輩が存在するならば、そいつは間違い無く外道のそれだ。

 アキの許可も得たので、さっそくツナヨシを触ってみた。ちら、と投げられる目線は隗斗の出方を窺っていたようで。悪意や害意を含んでいないと解釈したのかツナヨシは隗斗の手の平を享受する。

 短くカットされた体毛は見た目通りモフモフのふわふわ。薄い皮膚の下には硬い骨の存在を感じ取れた。全身を巡る生命の熱が隗斗の指先から手の平へと伝わり、ツナヨシの呼気や鼓動を鮮明に想起させるようだった。

 隗斗は己の手の平をツナヨシの視界に入るよう、見える位置から差し伸べる。顔の形、首の下やその周り、そして頭から背中に一閃を描くように撫でる。


「何してんの」

「手当て、です」


 読んで字のごとく、書いて字のごとく【手当て】だ。

 古来より、手当ては治療の一環とされている。自分の身体はもちろん、相手の身体にも適用されるこの行動は、手で触れることで癒しの効果が得られるのだ。

 人間は熱と湿気が含まれている。血の巡りを促進させ、痛みを軽減させる。怪我・病気はメンタルも大きく関わっているだろう。ヒーリングだって精神医療だと一蹴し馬鹿になんて出来ない。

 生物が生まれながらに持つ自然治癒力は、自身の怪我や病気を自力で治すための能力だ。それを微力ながら手助けするためのもの。投薬や手術よりはささやかだが、何もしないよりマシだろう。


「もしかしたら、ストレスで体調を崩しているのかもしれませんね」

「ストレスって…どういうの? 教えて」


 アキの顔色が変わった。鶯色の双眸が焦燥と不安に彩られる。無理も無いだろう、ペット、いや友達が体調不良になれば心配しても足りないはず。言葉を持たぬ動物の体調を察知するには相当の洞察力が求められる。

 例えばですが、と間を置いて隗斗は仮説を並べ立てた。散歩に行きたい時に行けなかった、アキに甘えたい際に出来なかった、餌が合わなかった、急激に環境が変化した……思いつくのはこれぐらいか。

 フェネックギツネを飼育した経験が無いため、隗斗の仮説はごく一般的なものとなる。フェネックスナギツネ特有の理由があれば隗斗はお手上げなのだが。


「お友達の君と接する時間が短ければ、それもストレスになりますよ」

 思い当たる節があるのか、アキの顔が僅かに歪む。

「…そういや、世話だけで遊んでなかったかも。ツナは走るの大好きだから、それに付き合えなくって…俺が、足、挫いたから」

「過去に大きな病気は?」

「それは、ない」


 大きな病を患っていなかったなら、その後遺症の線は無い。

 アキの言は正しく、彼の左足には湿布が貼られていた。椅子に座っていたのもその所為だと思われる。では、やはりストレスが体調不良の要因だと言えるかもしれない。

 隗斗の手の平がお気に召したのか、ツナヨシがアキの膝の上でごろりと仰向けになる。腹をこちらに見せ付けているのは「ここも撫でろ」と言う合図なのだろう。全く、可愛らしい見た目に反してふてぶてしい性格のようで。

 ふ、と口角を上げ仰せのままに手を腹に持っていく。痩せぎすの体格は標準だからか肋骨がやや浮いて見える。優しく、余計な力を籠めないよう丁寧に撫でているとぐるぐると腹が鳴っていた。

 空腹なのか? そういえば、ご飯を食べていないと言っていた。胃に何も入れていないなら腹が鳴るのは当然だ。しかし、空腹を感じたら食べるだろうに。食べない理由は…胃に問題がある?


「それか、胃腸の活動が弱っているのかも。動物は色々と敏感ですからね」

「…ちょっと、対策してみる」

 正体不明だった体調不良の原因の尻尾を掴んだアキは、少しだけ表情を柔和にさせた。

「助言、どうも」

「どういたしまして。ツナヨシが早く元気になるように祈っておきます」


 所詮は素人の戯言。医者の発言よりも信憑性が薄い旅人の言。

 それでもアキは安堵を示し隗斗に微笑んでみせる。うん、と小さく首肯し、次いで小首を傾げた。


「…祈るって、何に?」


 (そこを突かれるとは。ちょっと痛いな)

 隗斗の信じる神は居ない。救世主など、この世のどこを探しても存在しない。そうやって生きてきた。

 無神論者の旅人が口ずさむ言葉ではなかった。アキはそこまで意図していないだろうが、隗斗としては発言の穴を突かれた気分である。


「そうですね…お友達を大切に想うアキの気持ちに祈りを添えますよ」


 実り神の信仰が深いスナトリに余計なことは言えない。それに、この言葉も本当の気持ちだった。

 アキとツナヨシの信頼関係は見て分かる。いくら警戒心が薄い性格とは言え、フェネックスナギツネも立派な動物。異種への不信感や疑心は抱くはずだ。いつでも反撃の手を懐に隠し生きるのが道理である。

 それなのに、アキを全面的に信頼し身を任せているのは、つまりそういうことだろう。ツナヨシはアキを信じている。アキもツナヨシを大切に想っている。なら、隗斗の言も滑稽には映らない。


「俺に…祈るの?」

「ええ。君が傍に居れば、ツナヨシはきっと元気になりますとも」

「……うん、ありがと」


 青年は微笑する。

 優しい色をした鶯色の目。触れてみたくなる柔らかそうな黒鳶の髪。男にも女にも見える中世的な顔立ちの彼が笑むだけで、絵画の中に迷い込んだ錯覚をしてしまう。

 人畜無害な一般人なら顔を赤らめて羞恥心に浸るところだったが、隗斗は暢気にも、

 (顔が良いと微笑するだけで絵になるなぁ~)

 と、考えていた。

 言わぬが花。口は災いの元。沈黙は金、雄弁は銀。

 物言えば唇寒し秋の風とばかりに旅人は唇を一文字に結ぶことに全力を注いだ。




* * *




 さて、時は進み夕刻。

 今日も今日とてスナトリは狩猟民族かな? と思わせる夕飯をご馳走になった隗斗は、食後の散歩を楽しんでいた。

 運動をせずに一日を終えるのは堪える。旅人が体力不足になる未来など想像したくもない。ぶらぶらと目的地も定めずに進める足は、一歩一歩人気の少ないほうへと向かって行く。

 みくとの魔導授業までは猶予がある。また今度、と言った手前旅人用の簡易テントを無人にするのは忍びないが、夜風に当たりながらの散歩の魅力には抗えない。今日の風は何故だろう、いつもより心地良い。

 (今晩、魔導授業をするとは言ってないし…)

 言い訳を脳裏で並べてみる。うーん、ちょっと苦しいな。

 夕食を終えたスナトリの人々は昼間の活気が嘘のように静まり返っている。テントから漏れる灯りは、(きた)る明日に備えて就寝の準備でもしているのだろうか。

 隗斗はちらほらと見かける人とすれ違っては、おやすみと挨拶をされた。穏やかな面持ちのスナトリの民。隗斗も「おやすみなさい」と伝える。小さな子供には「良い夢を」と追加して。


 集落から離れ、スナトリの命とも呼べる巨大なオアシスの周辺を歩く。

 みくとの魔導授業もあるし、そろそろテントに戻ろうか。思考を切り替えたところで「おや」と立ち止まる。てるてる坊主に似た特徴的なフードの持ち主がちらりと見えた気がした。

 ほんの一瞬。視界の隅へと消えた見知った人影。追いかけるか否か。二つの選択肢が隗斗の頭上で選ばれるのを待っている。常の隗斗ならば見なかったことにして放っているところだが、今回は違った。


──追いかけてみよう。


 指のささくれに糸が引っ掛かったような。目の中にごみが入った時のような。奇妙な違和感が隗斗の胸中に広がる。

 どこか寒々しい空気を纏った彼を放ってはおけず、旅人は急ぎ足で追跡を開始した。

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