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死が彼らを巡り合わせるまで  作者: 直紀けい
第一章 砂上の贄柱 スナトリ
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5-1 健やかであることが一番だよ

──現実世界 八月二十四日・side【神代隗斗】──




 滞在五日目。体感で言わせてもらうならば四日目である。一日目なんて無様に熱中症をキメてぶっ倒れていただけなので、記憶の彼方へと追いやりたいくらいだ。

 朝食をとり、身支度を整えた旅人。さて、今日は何をしようか。からっとした天気は相も変わらず快晴のそれで。隗斗は頭上にぴこんと電球を浮かばせた。

 (久しぶりに、アレやろう)

 隗斗は軽やかな足取りで自分の荷物に近寄った。リュックサックの側面にあるポケットから薄手の白い手袋を取り出し、きっちりと指を通して嵌める。きゅっ、と隙間を無くせば皮膚のようにぴったりだ。

 そのままリュックサックを覆う蓋をかぱりと開けて、奥に仕舞い込んだポーチを手に取りぱちぱちと軽やかにボタンを外した。ポーチの中身を手の平にごろりと落とす。

 薄汚れた煤塗れの石ころ。その形は様々でハリネズミのようにトゲトゲしたものや、つやつや丸いものがある。その中からごつごつした石を選び、残りをポーチへ戻した。


 旅の資金は無限ではない。ボンボンの坊ちゃんや成金息子ならば話は早かったのだが、隗斗はごくごく普通の後ろ盾の無い旅人である。

 王都を拠点とするならば、魔物や危険な動植物を退治すると言ったクエストに始まり、おつかい、金持ちのペット探し、浮気現場の取り押さえ、恋人・家族・兄弟ごっこなど様々なお仕事が存在する。

 だが、ここは王都から遠く離れた砂漠の地。恩恵など受けられるはずもなく。各地を転々と旅をする隗斗は、どこでも出来る手軽なクエストをいくつか受諾している。

 旅で見つけたものを王都に献上するクエストと言えば分かり易いだろうか。魔物から取れた素材、珍しい植物の欠片、果てには旅先で見聞きした情報といったものを納品し収入を得ているのが現状だ。


 隗斗がポーチから取り出したのは、まだ研磨される前の原石。名をマグマスカ石。

 いつ噴火するか分からない火山から採取したものだ。クニミツへ賄賂代わりに渡そうとした竜王の火炎宝玉も、同じ火山から発見した。

 優しく研いで、慎重に磨き、丁寧に洗練すると綺麗な宝石に変わるという。ただの装飾品に使われる宝石ではなく──もちろん普通に装飾に使えるが──火の魔導の効果アップや能力値向上が期待出来る。

 それを武器職人やショップで売れば結構な額になるだろう。旅費の足しにでもなる、と思いいくつかこのような代物を旅先で頂戴し、リュックサックの中に安置させてある。


 隗斗はふうと短く息を吐き、ベッドの端に座った。

 研磨する腕が鈍ってなければいいが、と思いつつ魔力を練り上げ魔歌(まか)を口ずさむ。


「『(ひじり)の徒。清廉なる領域。汚れなきよう、穢れなきよう──』」


 空間範囲を固定。領域内の不浄を濯ぎ、聖域を創造する。隗斗を中心とした円の中は一切の穢れを寄せ付けない。

 聖域をここに組み立てよう。痛みも苦しみも要らない。在るのはただ安寧と平穏の場所。日溜まりの中で眠れるよう、祈りを捧げよう。


「『不可侵なる(ティルナノーグ)理想郷(アンノウン)』」


 ぴん、と糸が張り巡らされるのにも似た音が鼓膜を叩く。隗斗の属性である光系統の魔法だ。繊細なマグマスカ石を扱うには不浄の地は適していない。ようは空気の洗浄を行ったのである。

 轟々と噴火する火山から採取したマグマスカ石は、採れた場所からは考えられないほど扱いには注意しなければならない。草木も朽ちるような不浄なところで研磨をすれば、たちまち灰となって崩壊する。

 手の平の上で鎮座するマグマスカ石を見詰め、次の魔歌を唱えた。


「『光輝なる(きらめ)き。その心髄を我が眼に映し給え──紡ぎ車の収斂(ホルンピッケル)』」


 か細い雷鳴がマグマスカ石を打つ。傷が入らないことを確認し、かつん、かつんと刀を打つように研磨する。

 ごつごつした鼠色の石は、研がれるたびに色を変えた。はじめは青。次いで黄緑。次第に赤へと変化していく。針の穴を通すように、神経を研ぎ澄まし眼前の石に集中する隗斗。

 薄手の白い手袋をした両手で、磨かれたマグマスカ石をくるくる回し具合を見てみた。ひび割れ無し。欠けたところ無し。研磨の偏り無し。この調子ならば崩壊することなく綺麗な姿を見せてくれることだろう。

 このように鉱石を研磨し宝石に遂げさせるのは、気分としてはゆで卵の殻を慎重に剥いでいくようなものだろうか。柔らかで傷付き易いゆで卵を、ゆっくりと、ゆっくりと優しく殻を取り除いていく。




* * *




 張り詰めた息を吐き出した、その時。隗斗の施した神聖空間の光魔法に人の気配が引っ掛かる。旅人は反射的に顔をあげた。


「……失礼します、隗斗。起きていらっしゃる?」


 旅人に宛がわれた客人用の簡易テントの外から鈴を転がす可愛らしい少女の声。そういえば昨日の夜に姿を見せていなかったな、と今更ながら思考に至った。

 やけにそわそわと落ち着かない人影にそっと笑いつつどうぞ、と一言隗斗は少女を招き入れる。


「みく、こんにちは」

 心配一色の眼差しで隗斗を見やる少女みくは少しばかり安堵したように「こんにちは」と口角を上げていた。

「体調が優れないって聞いたよ。どうかしら? 様子を見に来たのだけれど…」

「少し立ち眩んだだけですよ、今は落ち着いています。お見舞いありがとう」


 この少女にまで話は届いているのか、と隗斗は羞恥心を(くすぐ)られる。いや、まあ小耳に挟むだろうな。百人にも満たない小規模の民ならば、旅人の様子など一瞬で広がるはずだ。

 それに、と旅人は思考を巡らせる。隗斗が体調を崩した時に一緒に居たのが明朗快活な少女ニコ。ニコのような子供が沈黙を選ぶとは考えられない。ニコからカナタへ、カナタから長老クニミツに伝わっているのかもしれない。

 隗斗の推測を他所に、みくは両手を胸の前で組んで緩やかに(かぶり)を振った。


「いいえ、いいえ。全然構わないわ。隗斗が健やかであることが一番だよ」


 瑞々しい若葉色の目が弧を描く。

 マスカットに似た色が笑むと、爽やかな果汁が弾けるようだと隗斗は思った。


「でも、きちんと休まれてないのは感心しないよ。何をしていたの?」


 小さく唇を尖らせているみくは隗斗の手元を覗き込む。怒っています!と言わんばかりの表情は、どこか下手な演技に映る。おそらく他人…それも民の一人ではない旅人を怒ることに慣れていないのかも、と隗斗は内心でごちる。

 確かに、みくからすれば昨日に意識をぶっ飛ばすほどの頭痛に襲われておきながら、翌日ぶつぶつ独り言を呟きながら石を転がして遊んでいるように見えただろう。一人遊びが過ぎる。

 隗斗は「旅の収入源なので、勘弁してください」と苦笑した。途端。知的好奇心が膨らんだのか、詳しく話を聞きたそうに目を輝かせるみく。おっと、説明するのは骨が折れるぞ。


 みくが話を切り出す前に、研磨途中のマグマスカ石をポーチの中へと納めた。丁寧に丁寧に研いで磨いた鉱石は僅かに宝石の表情を見せている。もう少し作業を進めれば見事な宝石へと変貌する、と隗斗は期待を胸の内へ押し込めた。

 まあ、別段秘める必要は無いが。それでも無関係のみくに聞かせるには退屈だろう。


「では、前回の続き…魔導授業など如何でしょう? それならただのお喋りのうちに入りますよ」


 薄手の手袋を外しながら隗斗は口火を切る。

 少女みくの目的は隗斗のお見舞いがメインだっただろう。きょとりと丸い目が呆気に取られる。


「お体は平気?」

「ええ。むしろ、昨日はたくさん寝てしまったので。お話したいと思っていたんです」

「…じゃあ、よろしくお願いします。ただ無理はなさらないでね」


 みくには魔法及び魔導を教授するという役目がある。隗斗の命を拾ってくれた彼女には恩返しをしなければならない。

 隗斗の言葉も全てが嘘じゃない。睡眠と呼ぶにはいささか暴力的な眠りだったが、広義的にたくさん寝たと言ってもいいだろう。せめて失った分の体力は戻さなければ、と一足早く就寝に至ったのも大きい。

 体調を考慮して今すぐにベッドに逆戻り、ではあまりにも寂しい話だ。やりたいこともある。多少、お喋りしても大丈夫だろうとも。昨晩叶わなかった魔導授業を取り返そうと思うのは当然の帰結だと隗斗は考えた。


「前回のおさらいをしましょう」


 教鞭を執る隗斗。

 前回と同じように、隗斗はベッドに腰掛け、みくは椅子を引っ張り出して座っている。お互いの顔を見やった。


「昨日は、魔法と魔術…言わば魔導ですね。そして属性についてお話しました」

「うん。魔法は神と契約した恩恵、魔術は人の手だけで。属性は、その人の最も得意とするもの…だったかな」

「正解」


 隗斗は顔の横で、指を丸の形にしてみせる。

 おさらいを無事に正解したみくは、次第に隗斗への遠慮を溶かしていく。病人への気遣いを残しつつ、魔導の知識を探究する姿勢に変えた。


「みくの属性は火属性でした。それでは、各属性の性質をお話しますね」

 せいしつ、とみくは音を追いかける。少しばかり視線を落とす。

「それは、火は何かを燃やす、光は灯りをつける…みたいなもの?」

「ちょっと違いますね。属性ごとのお仕事…役割と言い直したほうが分かり易いでしょうか」


 みくの言葉は単純な物事の役目だ。火は燃えるもので光は灯りになるもの。属性はそれを前提として、それぞれにとある【性質】が存在する。

 隗斗はそっと手の平を差し出し、魔術を用いて火を起こす。目の前で火が巻き起こったみくは目を大きく見開かせ、おお、と小さく感嘆を零した。


「例えば、みくの属性である火。これは【消却】の役割があります」

「消却…」


 みくに向けた手の平をくしゃりと握る。酸素を持ち逃げする火を消した。

 隗斗の言葉に追従したものの、いまいちピンと来ないのか首を傾げている。


「…隗斗は光だったよね? その役割は何なの?」

「それが、少し難儀な性質でして。順を追って説明しますね」


 火は【消却】

 水は【変化】

 土は【不動】

 風は【包囲】


「光は【優勢】…そして闇は【劣勢】です」


 火、水、土、風の全てに眉間の皺を寄せていたみくが、ぱっと顔を輝かせて笑顔になった。


「なら、闇より光のほうが強いってことね!」


 ぐっ、と握り拳を作り頬を緩ませるみく。地水火風はともかく、光と闇が理解に及んだことに素直に喜んでいた。

 純粋な反応を見せる少女に、隗斗は喉の奥で笑う。わざと勘違いさせるように説明したとは言え、こうも綺麗に引っ掛かってくれると気持ちが良いな、と意気地の悪い愉悦を楽しんだ。


「正確に言うとですね…【優勢に能力を祝う】光と、【劣勢に能力を呪う】闇なんです」

「…ううん? そうなると… ???」


 大輪の笑顔が散る。再び思案の顔になったみくは、うーん?と疑問符を隠さない。

 光と闇は相容れぬ対極。どちらが強い弱いは関係無く、どちらもお互いが弱点と成りえる属性だ。光のほうが強いだの、闇のほうが強力だの、見当違いも(はなは)だしい。

 そもそも、あまり相性は問題視しないのだ。最終的には個人の実力に左右されるもの。他にも属性はあるが、みくに教えていないので除外とする。

 みくは手の平を口元に持っていき、逡巡の果てに至らない。うんうん唸って理解しようとしているものの、閃いた様子は垣間見えない。つまり、よく分かっていないようで。


「えっと…そう、なのね?」

「分かり難いですか? では、少し実演してみますね」


 両手を上に向け、片手に光を。もう片方に闇の球体を浮かばせる。

 どちらも同じサイズの球体をみくは興味深そうに覗く。


「今、同じ威力の光と闇があります。これらがぶつかり合うと、どうなると思いますか?」

「ぶつかると……同レベルなら、相殺してしまうのではないかしら?」

「そう。これが五対五の基準としてみましょう」


 光と闇の球体を同時にぶつけると、みくの答え通り互いを喰らい合い相殺された。しゅう、と消火されたような音が簡易テントに響く。後には何も残らない。

 隗斗は再度、光と闇の球体を作り上げた。今度の球体は全く同じサイズではなく、片方がやや小さくなっている。


「次は、光が五で闇が二。どちらか強いでしょうか」

「光ね! あっ、お互いが弱点でも、威力が強いほうが相手の属性を打ち消すってこと?」


 ようやく正解に辿り着いた少女は喜色満面だ。

 隗斗はにこりと微笑み、「その通りです」と肯定する。矮小な闇に光を宛がい、闇は強大な力に屈して消滅してしまう。片方に残ったのは精密な光。

 片方の手の平の上で踊る光を握り潰し、実演を終了させた。相性は大切だが、やはり最後に勝つのは個人が持つ実力だろうと隗斗は考えている。


「火と水で考えればより分かり易いかもしれませんが、僕は水属性の魔導を扱えませんから」


 火と水は、光と闇と同様にお互いを弱点とする属性である。

 蝋燭のようにか細い火と、豪雨のごとく打ち付ける水ならば水が凱歌(がいか)を奏する。反対に、朝露の微かな水と激しく燃える業火ならば、火が勝鬨を上げる。

 他の属性も似たようなものだ。弱点を突くにしても、まずは鍛錬あるのみ。脆弱では意味が無い。己の腕を磨き、敵を圧倒する力を身に付けるのが最終目標と言えるのではないか。


「要するにこういうことね! 弱点だろうが何だろうが、強いほうが勝つってこと!」

「はは、極論ですが真実ですね」


 隗斗の持論を力任せに言葉にしたのがみくだった。

 言いたいことは分かるし、内容も真っ当だ。何処か間抜けに聞こえてしまうのは、少女の愚直過ぎる感情が先走っているからだろう。

 やっと明るい表情になったみく。不透明で曖昧な情報を、自分なりに紐解いた少女の顔は晴れ晴れとしていた。

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