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死が彼らを巡り合わせるまで  作者: 直紀けい
第一章 砂上の贄柱 スナトリ
18/33

4-2 いいこです! おねえさんがほめてあげますよ!

 雪彦との会話は名残惜しく、離れるには後ろ髪を引かれる思いだが幼い女の子に呼ばれては仕方無い。

 隗斗は飲み干した(ふりをした)コップを雪彦に渡し、少女のもとへ急ぐ。


「お待たせ、ニコちゃん」


 ピンク色のカチューシャが愛らしい女の子、ニコ。

 小ざっぱりとした短めの髪の毛は呂色。黒漆の深い髪色は無垢で、鸚緑(おうりょく)色の双眸が隗斗を捉える。

 オフホワイトのワンピースがひらひらと微風に揺れていた。ニコは大輪の笑みを咲かせ、両手を大きく掲げて左右に振る。ぴょんぴょんと跳ねると子兎のようだ。


「おまたせされたよ! でも、ニコは怒りません。ニコはむやみやたらと怒鳴るひとはキライです! けんお、します!」

「難しい言葉を知ってますね」


 嫌悪とは、自分の胸よりも背丈の低い少女が口にするのは違和感がある。

 ニコは「むふ」と湧き上がるを押さえ込むようにはにかんだ。


「ニコはがんばり屋なので。てーねーなことばをがんばります」


 えっへん、と両手を腰に当て胸を張る動作は可愛らしい。まるで小動物を相手にしている気分になるな、と隗斗は貼り付けた笑みをやや柔らかく溶かすよう努める。

 片膝を地面に落とし、目線を少女に合わせた。丸みを帯びた幼い頬は、にこにこと緩んでいる。思わず釣られて目尻を下げてしまいそうだと隗斗はこっそり思った。


「僕に何か用かな」

「うん! じゃなくて、えと、はい!」

 丁寧な言葉遣いを心掛けているのは本当らしく、慌てて訂正を入れるニコ。

「あのですね、ニコとおなじに、実り神さまのおまいりに来てほしいです」

「実り神とは、スナトリで祀られている神のことですよね」


 確か、みくと雪彦が話題に上げていた。実り神。砂漠の民スナトリが定住するよりも遥かに昔から存在する作物の神。民から愛され、崇められ、祈りを捧げられている神の名前。

 多くの緑が生い茂るこの地は、実り神のご威光ゆえに。その威厳を讃えるため、森の奥地に祠があるとかなんとか。そのお参りに誘われるとは。

 隗斗の思考を裏付けるようにニコがぶんぶんと頭を縦に振った。


「そう。んん、っと そうです! ニコは毎日みくのと行ってましたが、みくのは今日いません!」


 (みくも一緒だったのか。すると、二人はお参り係なのかもしれないな)

 だが、みくは毎朝お供えをしていると言っていなかったか?と隗斗は記憶を掘り起こす。トウモロコシや豆をお供えして、お参りをしていると口にしていた。

 毎日そればっかりでは飽きてしまうかも、などと冗句も重ねていた気がする。まあ、昼を過ぎればニコと二人で行っていただけのことかもしれない。


「そのお誘いは嬉しいのですが、余所者の僕が一緒に行ってもいいのですか?」

「よいです! 実り神さまは、それくらいで怒るような神さまじゃないとニコは思ってます!」


 ニコは、ふん、と力いっぱい両手を握り力説している。

 急激にテンションを上げたせいかニコのまろやかな頬が赤らんでいた。


「じゃあ、喜んでご一緒するね」

 少女の小さな手を取り、頭を垂れてみせる。するとニコはきゃあきゃあと笑い声をあげ、喜びをストレートに表現した。

「わあ! やった! ニコも喜んで隗斗とごいっしょします! わーい!」


 そのままぐるりと回られ、隗斗はニコの動きに合わせて腰を上げる。やや中腰になりながら、少女にされるがまま一回転。

 ニコの歓喜は止まらず二回転。ぐるり。背丈も体重も無いニコが吹き飛ばされないように、手をしっかりと握り締めると「むふふ」と忍び笑いが返される。

 自分と比べるとあまりにも小さな足を踏まないよう気を付けながら三回転……いつまで回るんだ?と苦笑してしまうほど、隗斗とニコはその場で即興ダンスを披露した。


「ニコちゃんは毎日お昼時にお参りへ?」


 ニコの気が済むまでぐるぐる回り、お供え物を取ってからお参りへ。

 少女でも持てそうな荷物だが、ニコよりも歳を喰った紳士として女の子に重いものを持たせるわけにはいかない。隗斗はお供え物を小脇に抱えながらニコに問いを投げる。

 問い掛けられた質問に対してニコはうん、と頷きううん、と首を横に振った。どっちだ。


「そうとも言います。ちがうとも言えます。ニコはおまいりしたい時に行ってますよ!」

「立派なレディですね、偉い偉い」


 お供え物を持っていない空いた手でニコの頭を撫でる。

 少女は「むふー」と笑いを堪え、自分の頭の上にある隗斗の手を取ってぎゅうと握った。


「ニコ、りっぱな れでぃ?」


 鸚緑色の目がきらきらと輝く。この年頃の子供は、年相応の対応よりもお姉さん扱いに憧れるらしい。

 隗斗はニコの手を握り直し、彼女が歩き易いよう重心をニコの方向へと傾ける。短い腕を引っ張り痛がらせるのは趣味じゃない。


「素敵なお姉さんですとも。毎日欠かさずお祈りするの、大変でしょう?」

「おねえさん。よいひびきです! ニコは実り神さまに毎日ありがとーと、これからもよろしくーってお話します」

 隗斗に褒められ、内心嬉しくてたまらないのか繋いだ手をぶんぶんと振っている。

「僕もよろしくってしましょう。お世話になっているんだから、それくらいしなきゃ駄目ですね」

「隗斗はだめじゃないですよ! おつかれだったので、お話むりでした。なので、隗斗はだめではないとニコは思ってます」


 ニコの動作は感情に直結しているらしく、隗斗と繋いでいる手を力いっぱい握り締めていた。

 少女はどうやら純粋かつ大切に育てられている、と感じ取る。ここまで相手を思いやり、笑顔を向けるのは本人の性質にもよるだろうが、環境も大きな要因だ。

 みくも同じような子だし、と隗斗は思う。どこか抜けているところはあるが、人を信じ、害意や悪意とは無縁な表情を浮かべる。なによりも、瞳が皆とても優しい。

 素直で良い子、というのが単純で分かり易い印象だろうか。隗斗は体の全てを用いて精一杯フォローするニコに、隠すことなく感謝の気持ちを述べた。


「ありがとう、ニコちゃん」

「おねえさんなので、とーぜんです! 当たりまえです!」


 ぐいぐいと腕を引っ張られ、何かと思えば屈んでほしそうにしている。

 断る理由も無いので従ってみると、よしよしと紅葉のような手の平で撫でられた。


「隗斗はいいこです! おねえさんのニコがほめてあげますよ!」


 どうやら余程【お姉さん】が気に入ったようで。太陽のように眩い笑顔を真正面から向けられるのは、どこかむずむずする。

 そればかりか、自分よりも一回りも二回りも幼い子供に頭を撫でられるのは、どこか落ち着かない気持ちになった。恥ずかしい、が一番近い感情だろうか。

 自分の頭が鳥の巣のごとくぐしゃぐしゃにされているのが分かった。この年頃ならば人を撫でることよりも、人に撫でられるほうが機会が多いだろうに。

 少女が満足するまで無抵抗を貫けば、やがて「さあ、ほこらに行きましょう!」と腕を引かれた。

 片手には実り神へのお供え物。もう片方はニコと繋いでいる。両手が塞がっているため、髪を整えられないことに気付き軽くショックを受けたのだった。

 隗斗はそれなりに格好に気を遣っている。もちろん身嗜みは大事だが、体裁や年上のプライドが邪魔をするのだ。しかし手を振り払うことも出来ないので、結局ぼさぼさの頭のまま隗斗は祠へ向かうのである。



* * *



 (ここが祠か。思ってたよりも随分と、まあ……)

 ニコの足取りは迷いなく祠へと導いた。民の家から離れ、巨大なオアシスから遠のき、森の中へ中へと進んだ先に実り神の祠が在った。


 砂漠の民スナトリを生かす実り神。豊作の神であり、緑を育てた張本人。矮小な人を生かす神。信仰を是とし、人々の感謝を具現化した祠はさぞご立派なものだと思っていたが…

 想像していたよりもみみっちい…もとい、スケールの小さな祠が隗斗の眼前に(そび)えている。手入れがされているのか、こけの欠片も無かった。信仰がこうして形として残っているだけマシだろうか。

 隗斗はニコにお供え物を手渡す。ニコはお礼を言い、実り神の祠へと歩を進めた。その間にぐしゃぐしゃの髪を直す。手櫛でささっと、バレないように。


「こんにちは実り神さま! 本日もトウモコロシです! むしゃむしゃしていただいてください!」

「トウモロコシだよ」

「トウモコロシ」

「殺しちゃいけません」

「トウモロコシ」

「はい、それで合ってます。ばっちりです」


 ニコは「とうもろこし~」と口ずさみながら、祠の前にお供え物を静かに置く。言動と比べると丁重で謹厚である。

 少女はその場で膝をつき、両手を揃えて頭を下げた。背中に定規でも入れているのかと思うほど、ピンと折り目正しい姿に隗斗は舌を巻く。


「実り神さま、この人は隗斗です。たびびと、をやってます。隗斗も見守ってあげると、ニコはとてもうれしいです」

「神代隗斗です。しばらくここで厄介になります」


 ニコに習い、隗斗もお辞儀をする。

 跪かず立ったままするのは許してほしい。隗斗は実り神の信者ではないのだから。


「いまはニコがたんとうです。実り神さま、安心してください。ニコはがんばります! ニコ、はじめてたんとうしてます!」


 何の担当だろうか。「担当って?」と聞いても「なんでもないよ。あ、ないです!」と要領を得ない返答をされた。

 特に深い意味は無いのか、にっこりと笑顔を添えての回答である。邪気の無い表情に、何でもかんでも疑おうとする隗斗の毒気が抜けた。この悪癖、治したほうがいいなと少しだけ反省する。


「今日はですねー、水はアキたちが、ばんごはんはカナタたちがやってますよ。クニミツはいつもみたいにしてるとニコは考えてます」


 ニコは上体を起こし、身振り手振りで民の様子を伝えている。

 ムーはしんせんな果物が手に入ったみたいです! レイコはさいほーしてる! あ、してます! ヤスタカは釣りに行ってるみたいですよ、おおものねらってると言ってました!

 せんたくものはイーサたちがやってますねー。リョウが、今日はちょっとたいちょう悪いみたいです。雪彦は知らないです! いつもどこかへ行ってます!

 次から次へと出てくる名前に、隗斗はニコの後ろでうんうんと相槌を打つ。少女は見ていないだろうし、彼女が伝えている相手は実り神である。

 だが、よく回る少女の舌にただ無言で突っ立っているのは流石にどうかと思い、話を聞いている体を取った。聞いておいて損ではないだろうし、と付け足す。


「みくのが、元気になってよかった! あ、よかったです!」


 話を締め括るように紡がれたニコの言に隗斗は顔をあげる。みくの、いや、みくと呼んでほしいとあの子は言っていた。みくが元気になって良かったとはどういう意味だろう。

 隗斗がこのスナトリの地に訪れる前に体調でも崩していたのだろうか。女の子の体調に関して質問するのも野暮だと感じた隗斗は口を一文字に結んだまま、ニコの言葉を流すことにした。

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