3-6 そもそも、魔力って何ですか!
──夢現世界・side【???】 現在或いは過去又は未来──
ある人間が弱って命を終えた小鳥を哀れに思い、音のない歌を口ずさむ
何処にでも存在する光景 誰にも記憶されず、また、追憶されない時間
すると、異界からやってきた魔物が誘われるように人間の前に降り立つ
──なにがそんなに悲しい?
ふわり、ふわりと宙を舞う朧の陽炎
後にそれは鬼火と呼ばれる類のもの
──悲しくないよ。でも、とても寂しいわ
──さみしい?
人間は小鳥を埋めるための穴を掘る
人の手の平よりも小さく、生を授かったものの成長出来なかった小鳥
所々歪で、不恰好で、親にも兄弟にも見捨てられた可哀相な儚い命
──私は救うことも出来なかった。無力な人間よ
──生命を終えるのは世界の理に他ならないだろう
怪火は抑揚のない声色で紡ぐ
恨み辛みや怨念から生まれた火の玉は揺らめく
人間は、小鳥をそっと抱いて墓へ入れる
苦しくないよう優しく土をかけ、願う
──ただ、安らかな眠りを祈るしか出来ないことが寂しいのよ
──そうか
──そう、か
* * *
──現実世界 八月二十二日・side【神代隗斗】──
「その人間の歌は、当時存在しなかった魔法を奇しくも発動させました」
奇跡の反魂と呼ぶには稚拙で、生命の侮辱とするには幾許か純一。その偶然により、針で刺した程度の穴は完全に開かれたのだ。
小さな隙間は外の世界からの侵入を許した。人間界と魔界が繋がった。魔物と人の間に契約が成立され、楔が結ばれたとされている。
「魔力の籠められた歌。転じて、魔歌と呼ばれます。魔法を行使するための呪文と覚えてください」
「魔歌。覚えました!」
「よろしい。魔法は魔物や神と契約し、はじめて発動するんです」
隗斗は、はたと膝を打つ。
「魔法と、もうひとつ。魔術はご存知ですか?」
「魔法とは違うの?」
「違いますよ。魔法は神と契約し祈りを捧げることで発動する法。魔術は、身ひとつで行使する術」
魔法とは先程述べた通り、尊きものと絆を紡ぎ、魔力を籠めて魔歌を唱え術を発動させるものだ。
魔歌は一種の祈り…信仰であり、その祈りを聞き届けた末に、魔法という形で恩恵を得られると考えられている。
メリットは、魔力と魔歌の二つだけで魔法を使えるため言い方は悪いが便利だ。だが、必ず声言──発声して宣言することが発動条件である。心の中で魔歌を唱えても神には届かないらしい。無常だ。
仮に、敵対する者に追跡されているとする。緊迫した空気、息をする音だって最大限消し、居場所を知られてはならない状況下で魔法を使えば即座に捕まるだろう。他にも様々な場面でデメリットを見せると思われる。
次に、魔術。これは単身で全てを行う。魔力を練り、構成・範囲指定・威力・効果…など、演算し射出する。
これは魔物や神とは契約しなくともいい。複雑な手順を踏まなければ恩恵を受けられないため、その手間が掛からない分メリットと言えるだろう。
デメリットは尋常ではなく疲弊することだろうか。大小問わず魔法に使う魔力を一とするなら、神の恩恵無しの魔術に使う魔力は五ほどと推測される。魔術を得手とする者にとって長期戦は無謀極まりない。
魔法・魔術のことを、魔へ導くと書いて魔導と言う。エネルギーとする魔力は、魔法と魔術双方共に一緒だ。魔法か魔術いずれかの魔導を扱う者を魔導師と呼び、隗斗や雪彦がそれに該当する。
隗斗は荷物から取り出した紙とペンを用いて、なるべく簡単に説明してみせた。
「さて。魔法と魔術はどんな違いがあったか、みくなりに言ってみてください」
説明に使った紙を折り畳み、みくからは見えなくする。みくは視線をやや右へ向けた。
「えっと、魔法は、神様と契約して祈りの下、発動するもので…、魔術は自分だけで術を発動させる」
「はい、合ってます。では、魔法に使う呪文のことは?」
「魔歌!」
「正解。そういえば、質問はありますか? 今更だけど」
間を置かない復習は全問正解だ。魔導が当たり前とされているこの世界ではイージー問題ではあるが、根本から何も無い生徒なら話は別。
みくは素直に聞き入り、目を逸らさずうんうんと頷いて理解を示す良い生徒である。質問、と無声で綴った少女はマスカット色の瞳を輝かせた。
「はい! 質問です先生」
「砂取みくのさん、どうぞ」
ピンと綺麗な挙手。
新米の先生は真っ直ぐ彼女を当てた。
「そもそも、魔力って何ですか!」
「そこからですか…、いや、魔導を知らなかったから当然か」
思わずがっくりきてしまいそうだったが何とか耐える。
知っている前提で話してしまったのは自分だった、と内心反省。
「魔力とは、広義的には人間にとっての不可能を可能に変える力、でしょう」
隗斗は返答に窮するも、自身が知る魔力の意味を口にする。
不可能を可能に、とみくが復唱した。すぐに眉間に皺を寄せてうーん?と唸る。
「霊力とは異なるの? 私は、そちらのほうが分かるわ。霊力は魂のエネルギーで、神や精霊と交信する。魔力は、悪魔や妖怪ではなく神そのものと契約をして、人智を超えるためのエネルギーって解釈でいいのかしら」
「そう…ですね。みくの解釈で間違い無いと思います」
魔力は定義上、再生可能エネルギーとされている。資源が絶えることなく次々と補充され、枯渇しない再生するエネルギーとも言う。
細胞の一つ一つ、血の巡り、骨と肉の先から先まで──生命を司る全てのものから流出するエネルギーが魔力だ。無機物には決して宿らない摩訶不思議な力。
そして、神への信仰。日々の祈り、善行・修行を積み上げ魂の鍛錬の末、魔力と編み出されるのが魔歌となる。この二つが無ければ、魔術はまだしも魔法は成り立たない。
自分なりに噛み砕き、飲み込もうとするみくをちらりと見る。彼女は話を聞く限り信仰心は強そうだ。魔歌に問題は無いだろう。控えめに拍手を打ち、みくの注目を寄せた。
「突然ですが、みくは自分の属性を知っていますか?」
「…属性?」
当然、みくは分からないと答える。
属性とは光・闇・火・水・土・風の六つある。此処から更に分岐し、二つの属性を組み合わせた複合属性があるが今のみくでは早いだろう。そう思い隗斗は話を進めた。
属性は生まれた場所、環境や性格、血族、魔力の質で決まるが、時には急激な心の変化によって属性が変化するとされている。
根拠も信憑性も無いのだが妙に当たる属性性格診断という俗説なるものも世界にあるから笑ってしまう。ええと、なんだったか…
光は誠実で真面目な堅実タイプ
闇は神経質でカリスマのある完璧主義者
火は苛烈で情熱的な意志の強いタイプ
水は独創的で冷静沈着な芸術家タイプ
土は気紛れで器量の良いオールマイティタイプ
風は社交的で飄々としている理想主義者
とかなんとか。隗斗は別にこれ言わなくていいか、と思考を別のアクセルへ切り替える。
どうせやるなら、みくの得意とする魔法を教えてやりたい。ここで彼女が水属性なら話は変わるが、さておき。
「僕の見立てでは光か火っぽいのですが…今から調べてみましょうか」
「そんなこと出来るの?」
「出来ますよ。調べるために必要な道具は持ってありますから」
隗斗は散らばり放置されたままの荷物の中から目星をつけ、目的のものを胸の高さまで掲げて見せた。
気泡の入る隙間は無い、不純物の混ざらぬ真白。光を翳せば透明なそれは、より美しくつるりと輝く。
「すっごく綺麗。占いに使う水晶玉?」
「見澄水晶と言います。これで、自分の属性を調べます」
見澄水晶。属性を見極めるために用いられる道具だ。魔力を籠めると中に属性の核たる現象が起こる。水なら水が。土なら土が。
もう一度同じ魔力を籠めると中に発生した現象が無くなり、再利用することが可能だ。
また、反対の属性に位置する魔力を注入すると、中に入っていた核が排出される。それをどう扱うかは多種多様で、隗斗は専ら非常用に使っている。
商品として販売している店もあり、基本的に何処の国でも売っているだろう。未使用の見澄水晶はもちろん、使用済みの物も陳列しているのだ。
魔術を扱う最高クラスの魔導師が見澄水晶に魔力を籠めると、とても綺麗で価値が付く。複製不可能の品で、有名な画家が描いた絵並みに貴重とされている。値段も、隗斗ならばまず買わない選択肢を選ぶほど。
取り扱いの説明に気後れしたのか、みくはおずおずと隗斗の顔を窺う。
「ねえ、あのね、隗斗。先に…お手本を見せてくださらない?」
「僕ですか?」
「うん! お願い、先生のやり方を見ればきっと私も出来ると思うの」
生徒の可愛いお願いに先生は簡単に頷いた。いいでしょう、しっかり見ておきなさいと小芝居を忘れずに。
意識を集中する。自身の内側で迸るエネルギーをそっと拾い上げるイメージ。血は漣、揺れては返し、頭の天辺から足の爪先まで滞ることなく巡る。
手の平に乗せた見澄水晶は、みくの目の前で変化した。透明から、光を寄せ集め朝日を具現化する。テントの中にある照明の光を吸い込み、何倍にも変換して周囲を照らす。
「はい、出来ました」
「わあ…綺麗! とっても綺麗ね!」
ぽん、と気軽に手渡された見澄水晶を見て、みくは幼く元気にはしゃぐ。
夜も更けている時間帯だったので、声は抑え目で、と念を押しておいた。
「ああ、すっごく素敵だわ。隗斗の属性はもしかして光?」
「当たり。…そんな大げさに褒めなくてもいいですよ、練習すれば誰にでも出来ますから」
隗斗は少なめに魔力を送った、言わば適当な作品である。魔導の基礎を学び、土台を作ればいずれみくにも出来るだろう。
職人(高名な魔導師)が作ったわけでもないのに、大げさだと再度告げる。子供のように──事実十三歳の子供だが──喜ぶみくは、隗斗に爆弾を落とす。
「あのね、ぶしつけ、を承知で言うんだけど、隗斗、これを私に譲っていただけない…?」
舌足らずなおねだり。今度こそ、隗斗は照れも謙遜も無く驚愕した。
こんなレベルのもの誰でも作れる。お手本として時短に作ったお粗末な作品としか隗斗は認識していない。
少女からすれば違うのだろうか、とどうしても思ってしまう。隗斗の作品は精々お菓子ひとつ(それも低価格のもの)分の価値すらつかない。
「どうして、これが欲しいのか聞いても?」
突拍子も無いみくの言に疑問で返す。
みくはうっとりと笑う。どこかで見た、酩酊にも似たそれ。
「…お昼の、風の階段。あれは風の魔法だったと思うけど、太陽の光を反射して輝く光景はとっても綺麗で、美しかったわ」
あの時の魔法が、光が、私にとっては奇跡だった
その感銘を、こうして手にしていればきっと勇気が湧いてくる
そう思ったら、欲しいって、考えてしまったの
無遠慮でごめんなさい
みくは頬を赤くして言葉を重ねる。魔法を会得したいと覚悟したのも、隗斗が作り上げた風の階段がきっかけだった。
彼女の表情に、隗斗は硬い表情を意識して解く。見澄水晶はまだストックがある。なんなら、どこかの国でまた買い足してもいい。
「あげるのはもちろん大丈夫です。けど、加工をしたいので少しばかり待ってもらえませんか」
「くださるの? ありがとう! いくらでも待つわ、嬉しい!」
ぱっと小さな花が綻ぶように破顔するみく。
(せっかくの誕生日なんだ。どうせあげるなら、それらしくしたい)
魔法を授けるのは、砂漠の地で干乾びかけた隗斗を見つけてくれたお礼。見澄水晶をあげるのは、彼女の誕生日のお祝いのつもりだ。
必然的に滞在期間が延びてしまうが、きっと砂漠の民スナトリは許してくれるだろう。隗斗を引き止めたのはみく自身であり、滞在の延長はみくの誕生日祝いにたった今なったのだから。
みくから使用済みの見澄水晶を返却し、新しいものと取り替える。隗斗では片手で持てる見澄水晶は、少女だと両手で抱えなければならない。
「さあ、次はみくの番ですよ。頑張ってくださいね」
少女はこくこくと無言で首肯し、深呼吸を繰り返す。間を置き、やがて己の指先に魔力を籠める。
見澄水晶の中身に、小さな灯りが見えた気がした。




