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死が彼らを巡り合わせるまで  作者: 直紀けい
第一章 砂上の贄柱 スナトリ
16/33

3-7 ここまで、です。また明日おいで

「指先に身体の熱を集めるようイメージしてください」


 今まで生きてきて魔導に全く触れずにいたみくにとって、初めての魔力を練る訓練。難易度を考えるよりも先に、成功するか否か。

 隗斗は意識が集中し易いよう、みくの目元に自身の手の平を当てた。少女は多少身動ぎしたものの抵抗は無い。無言を貫いたまま集中を続けている。

 テントの照明は遮断され、真っ暗な中みくは隗斗の言葉を辿る。見澄(みすみ)水晶を両手で抱え、余計な言葉を零さないようぎゅっと唇を結ぶ。教示の言を待つ。


「魔力は生命のエネルギー。体中を流れる血が燃えて、呼吸をして、肉体を構成する熱を水晶に送り込む」


 隗斗の中で魔力とは水をイメージしている。身体は貯水池で、魔力は水。器以上の水は溢れてしまうだろう。つきっきりで魔導を教わった記憶は無いので、この説明が正しいかどうか隗斗も定かではなかった。

 魔導初心者のみくに魔力量だの保有する量だの残量だの、説明するには荷が重い。それこそ感覚で掴め!と実践オンリーの昔を思い出し、隗斗は苦い思い出をそっと閉じる。

 彼女にとって理解し易いのは炎だと思った。身体が燃料で、中で燃える炎こそ彼女の魔力。隗斗から見て、みくは決して魔力量が少なくない。失敗はさせたくない。そのイメージは要らない。

 見澄水晶の中身に小さな灯りが燈る。蝋燭の火よりも尚儚いそれを目にした隗斗は、自然と笑みを浮かべた。


「もう瞼を上げてもいいですよ。みく、ごらん」

 みくの目元に当てていた手の平を退ける隗斗。少女はゆっくりと目を開き、若葉色の目を(しばた)く。

「……これは、火?」

「ええ。君の最も高い性質、可能性を持つのが火属性です」


 見澄水晶の中心部に、幽かに見えるのは橙色の火だった。

 みくの小指ほどのサイズのそれに、少女は水晶を頭上に掲げて覗き見ている。興味深そうな顔色に、落胆や怪訝な色は見当たらない。


「隗斗がしたものとは全然違うみたい」

「属性も異なるのでそう見えるだけでしょう。籠める魔力の量も、結果に左右されますから」


 観察し終えたのか、みくは若干気を落としていた。

 隗斗の見澄水晶を綺麗だ何だと褒めちぎっていた彼女は、自分が作った作品が想像以上に程度の低いものでがっかりしているらしい。

 そう落ち込むこともない。初めてにしては、むしろ上出来である。魔力の編み方を詳細に教えていない状態でこの結果ならまずまずだ。

 (やっぱり、みくは火だったか)

 隗斗と同じ光属性なら教示もやり易かったが、火でも十分教えてやれるだろう。火は万能で、様々な役割をこなすメジャーな属性だと周知されている。水属性じゃなくてよかった~!


「これからもっと火を育てて、大きく成長させてみせるわ…!」

「工作キットじゃないんですけどね」


 趣旨と違うし、と脳裏で追加しておく。

 見澄水晶の中に燈った灯りを睨み、ぎらぎら闘志を燃やしているみく。何度も言うが、夜だ。これから就寝するはずなのに、この少女はこんなにも興奮していて眠れるのか疑問である。

 隗斗は苦笑を浮かべつつ、みくの手から見澄水晶を取り上げる。水晶をやや高く掲げ、魔法もとい魔導授業の終了を告げた。


「みくの属性も分かったことですし、お開きにしましょうか」

「今日はここまで?」


 水をかけられ消火されたように、みくはキョトンと大人しくなる。

 まだまだ勉強意欲があるのか、彼女の目は疲れを見せない。隗斗は「そうですよ」と再度重ねる。


「ここまで、です。また明日おいで」


 旅人であり、体調を崩して寝込んでいた隗斗に無茶は言えないと悟ったのだろう。

 みくは礼儀正しく頭を下げ、ありがとうございましたと口にする。


「分かった。ココアごちそうさま。また、同じ時間にお邪魔するね」


 出来れば、お昼にお願いしたいと隗斗はこっそり思った。

 だって…別にやましいことしてないけど、傍から見れば夜な夜な少女が青年のもとへ通うのはアウトじゃないか…?

 しかし、彼女だけの性格ではなく砂漠の民スナトリ全体がそうなのかもしれない。警戒心よりも信頼を。倫理観よりも信用を。お人好しが長ならば、民も皆それに倣うように。

 親切で善良なクニミツの人柄を考えれば、何故か納得出来てしまうけれど。手と手を取り合い、助け合う様は確かに善良だ。疑う余地など、どこにも無いほど。


 みくは「おやすみなさい」とにっこり笑い、隗斗のテントを後にした。にこやかに送り出した隗斗だが、背後を振り返って途端に嫌気が指す。

 (この散らばった荷物、片付けるの面倒だなぁ)

 点検及び補給の確認のために自分で散らかしたとは言え、またリュックに詰め込む作業をしていれば眠る時間も減るだろう。ええと、今は日付を跨ぐ一時間ほど前で、片付けていたら余裕で深夜になる。

──片付けるのは明日にしよう。

 神妙な顔付きでひとつ頷き、隗斗はさっさと簡易ベッドに寝転がった。

 ……文句を言っては罰が当たるが、ベッドが硬い。悪目立ちばかりする蒼紅の瞳を閉じ、己の鼓動の音を追いかけているうちに眠気が全身を包んでいた。



* * *



──泡沫世界・語り手【■■■】──



 声も出なかった。

 ただ、身体の奥から這い出る空気同士の摩擦が苦しげな吐息となって溢れる。ごぽ、とこみ上げる何かを吐き出せば血の塊が息と一緒に落ちていった。唇を濡らす緋色のそれは鉄臭さを鼻腔まで運ぶ。

 痛い、と思うより早く「あぁ、ボクは死ぬ」という理解が確固たる思考となった。左目が燃えるように熱くて身体が動かない。細胞から骨、脂肪、筋肉までもが吹っ飛び飛散したのだろう。どこに飛び散ったのかな。

 あまりの激痛に、身体を動かせずに地に伏している。両手で止血を試みたが無意味だった。血が、止まらない。視界が真っ赤に染まっていく。片目だけの視界はどんどんと歪んでいく。

 意識が薄れていく。嫌だ、一人で逝くのはいやだ。誰か居ないの、と片方だけ残った右目で周囲を探る。ぎょろ、と緩慢な動きはどこもボクと同じような人間がおもちゃみたいに転がっていただけで。

 ボクの周りに居る人達はみんな、ボクと似てどこか欠けていた。腕が無い人。足を失った人。お腹からいっぱい血が出ている人も居る。ああ、あそこのボクより小さな子なんて首から上が無いじゃないか。


 其処彼処で呻き声が聞こえる。悲痛の声。憎悪に塗れた声。涙と共に懺悔のような言葉も聞こえる。馬鹿だな、今更言ったってもう遅いのに。

 親も誰も繋がりなんて無かったボクの存在は世界にとって邪魔でしかなかった。放置されるか、処理されるかのどちらかの命の価値。それなら一瞬で死んでしまえば良かった。

 被弾するのは心臓で良かったのに。それか、遠くに居る子みたいに頭を吹っ飛ばしてくれたら良かったのに。何故、どうして、今更になって生にしがみつくのか自分でも分からない。見苦しいにもほどがある。

 恐怖も何もない純然たる死を。静寂な終焉を。そしてボクという存在を誰も知らないまま世界に看取られる。今までと同じ。これまでと一緒。誰の視界にも入らないまま、ボクはごみのように世界から消え失せる。

 なんて素晴らしい。ボクは本気でそう思っていた。それなのにどうしてこんなにも悲しいんだろう。何故こんなにも心が寒いんだ?左目を押さえていた手で、己を抱き締める。それでも寒さはボクから離れない。


 誰か…、おねがい、


 声が出ない。涙ばっかり零れていく。苦痛が全身を蝕んで、それでも今すぐには死ねなくて。


 誰か傍に居てよ、おねがい、だれか


 薄く削がれていく意識の中。最後に目に宿したのは、光を背負った人影だった。


 ■■■に会う、その瞬間まで。

 ■■■の声に、笑みに、全てに救われた。ボクは■■■と出会うために生まれてきたのだと、本気でそう思った。三音の数のなまえ。おそろいで実は嬉しかったんだ。それは言ったことないけれど。

 あなたは聡明で、透明で。それでも世界の汚い部分をたくさん見てきた。孤独を抱いた■■■の背はいつも寂しそうで。それでも、あなた自身の魂は眩しくて仕方なかった。残った目で見てきた。


 あなたを永遠の存在にしたら、どうなるだろう。そしたらボクの魂も永久に救われるはずだよね。

 あなたをこの手で殺したボクが、貴方をもう一度永遠の世に放ったら、■■■、あなたはどうする?


 助けたかったんだ。言い訳みたいに重ねる。

 何が何でも、この身を捧げてでも■■■の心が救われて欲しかった。自分がその役目じゃなくたって、ボクじゃあなたを助けられなくても。誰かがあの人を助けてほしかった。

 けれど世界はいつだって■■■を救おうとはしなかった。何度も見た。何度もこの目に焼き付けてきた。夢にまで出てきた。あの日、あなたがボクの目の前から居なくなったことを繰り返し夢に見る。

 ああ。何故。神は■■■を助けてはくれないのか。胸のロザリオにどれだけ祈っても届かない。父なる神よ。我が身命、我が魂がどうなろうと構わない。それなのに、神はどうして■■■を救わない。

 届かない願いならば。叶わない祈りならば。ボクが叶えてみせる。どれだけ時が流れようとも必ずあの人の魂を救済してみせる。何度失敗したっていい。どんな結果になっても、その結果ごと覆してみせる。


「■■■? ねえ、■■■」


 問いかける声に■■■は答えない。魘されたまま、頬に涙を流しながらあの人は苦しみ続けていた。

 無理に起こして理由を訊いても、怖い夢を見た、まだまだ自分も子供だ、と苦笑しただけでボクを頼ろうとはしなかった。

 早く大きくなりたい。■■■を不安にさせる夢なんて見させないくらいに強くなりたい。それで■■■を抱き締めて頭を撫でて安心させたい。

 いつしか、死しか自分を救えないと信じていた子供のボクを安堵させたように。痛みも苦しみも、ぜんぶ無意味じゃなかったんだって言ってくれたように。

 ボクにしてくれたみたいに、■■な■だねって。■■と同じで、■が■■なんだって。■■■の■だって、左と右で■うけど、でも、ボクにはどんな宝石よりも■■に見えた。

 ■■■の■い髪を梳きながら耳元で囁くんだ。

 もう■■■だよって。もう■■■する必要なんか無いんだよって。もう■■■■■■することも、もう■■■■■の目に遭うことも、■■■や■■■■だって■■■■──、■■■■■■……、


 あ、


 いま


 ボクの、■■■を、見たな?

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