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死が彼らを巡り合わせるまで  作者: 直紀けい
第一章 砂上の贄柱 スナトリ
14/33

3-5 どうして、僕なのでしょう

 目的は達成したものの、隗斗は砂漠の地にしばらく滞在することが決まった。体力を戻すのも大事だが、物資…食糧の調達を行いたかったので丁度良い。

 旅をする以上、食糧の確保は第一条件にも等しい。隗斗の中での優先順位は、一に水、二に食糧、三でようやく寝床になる。その寝床も、最上が屋根がある場所で、最底辺が獰猛な獣の少ないところだ。

 (食糧はどうしようか…なるべく日持ちするものがいいな)

 簡素な保存食はご免こうむるが。食い意地を張ってるつもりはないが、わりと美味しいものは好きだ。

 ご当地グルメ、スイーツ、特産物…次に行くところはそういう美味しいものがある国がいいな、と、思考が逸れた。

 荷物は出来るだけ少なめにしている。食糧も、現地調達以外では最低限に抑えているのだ。雄大な砂漠を渡るには、隗斗が準備していた水と食糧では足りないにもほどがあった、反省しよう。


 一旦体調が悪くなれば、ある程度まで回復を待つのが吉である。砂漠を越えるのにも、山登りや空を飛ぶのも、体力は必須。

 気力もそこそこ要るだろうし、疲弊した状態で再度砂漠を渡ろう!と今は思えない。砂漠に挑戦するには、食糧も体調も万全にならなければお話にもならないだろう。

 あれから改めて目出度く民に歓迎され、晩御飯をご馳走になった。うーん、やっぱり晩御飯だけは狩猟民族っぽいぞ!この民は!



* * *



 出入り口から「こんばんは、起きていらっしゃる?」と聞き覚えのある声がした。

「夜分にごめんなさい。もう寝る時間だったかな」

 頭に浮かんだ人物通り、そこにはみくが佇んでいた。隗斗はにこりと柔和に笑う。


「いえ、荷物の整理をしていただけですよ。僕に何かご用ですか?」

「ええ! 中でお話しても?」

「大丈夫…というか、僕専用のテントではないですから。どうぞ遠慮無く」

「ありがとう。失礼しまーす」


 そう言ってみくは簡易テントの中へと入る。

 この少女に対して、夜遅くに異性のところへ訪ねるなど無用心である、だの、僕が危ない人だったらどうするのか、だの言っても無駄な気がしてきた。

 始めから抱いていた彼女の警戒心の無さに、苦言を呈したことは一度も無いのだけれど。みくはテントの中の惨状を見て「あら」と声をあげる。


「やっぱり…出直したほうがいい?」

「いえ、すぐ片付きますよ。飲み物でも作りましょうか」


 隗斗は床に散らかした物を端に寄せる。大雑把な動作にみくが小さく笑う気配がした。

 ベッドに腰掛けていた隗斗とお話するために、みくは端のほうで存在感を薄めていた椅子を引っ張り出しつつ返答する。


「それじゃあ、甘いものがあればそれが欲しいな。あったかいほうで」

「では、ココアにしましょう」


 日も暮れて、真昼の酷暑は夢だったのかと疑うほど砂漠の夜は肌寒い。色んな場所を旅して、様々な環境を体験してきた隗斗でもこの落差はびっくりした。

 しかし、砂漠の民であるみくは慣れっこなのだろう、昼間と同じような薄着で隗斗のもとへやって来たのだ。違う意味で目に毒だ…思わず上着を肩にそっと掛けたくなる。

 (お説教をしにきた、ってわけじゃなさそうだ)

 見たところみくは何も手に持っていない。手ぶら状態。ということは、何かしらの対話に来たと思われる。

 隗斗は持参していた粉末状のココアを二つ取り出し、湯を沸騰させる幾許の間予想してみる。彼女が何の話をしに、わざわざ単身で訪れたのか。

 一、旅の話。二、隗斗の話。三、砂漠の民スナトリの話。四、それ以外。予想外の話。少女は飲み物が用意される刹那の間、にこにこと柔和な笑みを浮かべたまま崩れない。

 ありえるのは一かな、と隗斗はマグカップにココアを投入。ほかほかと湯気が立ち、指の先を温めた。熱いから気を付けて、とみくに手渡す。「ふふ、はじめて飲むわ」そう幼く笑って受け取る。


「それで、お話とは何ですか」

「あのね…隗斗、お昼に奇跡を起こしていたでしょう?」

「奇跡?」


 (奇跡ってなんだ?)

 隗斗は素で分からない。引っ掛けや鎌をかけたつもりは無く、頭上でいくつものクエスチョンマークを飛ばす。

 その様子に、みくははっきりとした口調で答えた。


「うん。風の階段…と言えばいいのかな、あれのことよ」

「それは、僕が知っている言葉で言うなら魔法です。奇跡という呼び名は、この砂漠の民スナトリ特有のものですか?」


 控えめで寡黙な青年を思い出す。雪彦は、確か氷の魔術を使っていたはずだ。全くの初見というわけではあるまい。

 魔術、そして魔法はこの世界ではさして珍しいものでは無い。才能ある者、魔力量の少ない者は問わず大小の魔術・魔法はひとつの力として世に蔓延っているのだ。

 可能性として。この砂漠の地スナトリは他国とは切り離された存在で、魔法・魔術を知らずに暮らしていたら。それならば、みくの無知も頷ける。隗斗はココアを一口含む。


「魔法と言うの? 私は、魔法の存在を初めて知ったわ…では改めて」


 みくはしっかりと隗斗に向き直る。

 両手でマグカップを握り、強く鮮やかな瞳で隗斗を捉えた。


「隗斗、私に魔法を教えていただけない?」


 (……仮説四だったか~)

 隗斗は困ったように眉尻を下げる。みくみたいな好奇心旺盛の少女なら、旅で巡った面白い話や隗斗の生い立ち、自身が暮らす砂漠の民スナトリの話をするほうが納得が行く。

 予想を大きく裏切り、みくは第四の仮説、明後日の話題を背負ってここに来たらしい。隗斗の胸中は複雑な感情が絡み合い、苦笑で上塗りをするしか無い。


「…どうして、僕なのでしょう」


 感じた疑問を素直に吐き出す。

 分からないなら本人に直接聞けばいい、相手は幸いと言うのは妙だが純朴そうな少女なのだから。


「魔法は一般的に広がっており、生活の基盤とする国もあります。ですが、それが知れ渡っていない以上…この砂漠の地ではそれほど必要無いと思いますよ」

「うん。私も、奇跡のことを魔法と呼ぶのを今知ったわ」


 神妙そうに首肯するみく。緊張しているのか、表情は強張っており声は昼間よりも細い。

 喉を潤すためにココアを少しばかり飲んでいる。少女は目を伏せず、真っ直ぐ隗斗を見詰めた。


「レーレイ遺跡の毒を除去しようと、過去に亡くなった人がいるってお話、覚えてる?」

「はい。草を掻き分け触れた人が、毒に侵されたのだと」


 みくは突然話題を変えた。レーレイ遺跡の案内人を務めた彼女と雪彦の言を隗斗ははっきりと覚えている。

──「この遺跡は誰も手入れをしてない。いや、出来ないとでも言うべきか。周囲の草花が何者も侵入を許さぬように、毒ばかり持ったものなんだ」

──「猛毒なんだって。昔、手入れしようと草の根を掻き分けて進もうとした人が居たけど、その人…死んじゃったの」

 遺跡を守るように毒の草花が侵入者を拒む。触れた者全てを瞬時に死に至らしめる毒の犠牲者が過去に存在していたとみくは言った。

 真っ直ぐに向けられたマスカット色の視線が、冷淡に真実を物語る。


「その人ね、私の両親よ」

「……それは、心中お察しします」


 隗斗は少女に深い同情を抱く。自身に両親と呼べる者は居ないが、それでも想像は可能だろう。

 人々も釣られて笑ってしまうくらい明るく元気な少女の事情。子供にとって、親──それも両親二人共亡くなるのは相当に辛く悲しいことだ。

 遺跡の毒が彼女の両親を奪ったというのに、案内役を全うしたみくの感情はどうだったのか。今もこうして話に出す心境は、どのようなものか。

 みくは酷く悲しげな表情を浮かべた隗斗を慰めるように「そんな顔をしないで」と慌てふためく。


「私がもっと幼い頃の話みたい。父さんの声も母さんの顔も、もう覚えていないわ」


 それに、みんなが支えてくれたもの。悲しくはないのよ、と少女は穏やかに紡ぐ。

 小さい頃の出来事だとしても辛くないはず無いだろう。隗斗は同情が表に出ないよう強く努める。


「でも、ふと考えてしまって…、」


 少女は言う。

 もしも、誰かが魔術や魔法の存在を知っていたら両親は死ななかったかもしれない。

 もしも、民のみんなが会得したら、あの遺跡のことを恐れずに済むかもしれない。

 もしも、魔術や魔法を使いこなせるようになったら、二度と悲しい思いをする人は居なくなるかもしれない。


「だから魔法のことを知りたいって思ったのよ」


 ごう、と耳の裏で何かが燃える音がする。ちりちりと肌に感じるのは、何だろう。

 年端もいかない少女が、いま、本気で隗斗に対峙しているのだ。真意はどうあれ、みくは全霊の訴えを旅人に向けている。


──ああ、マスカット色の瞳と例えたのは間違いだった。


 彼女の目はペリドットだ、と隗斗は瞼を閉じる。太陽の力を秘める宝石。身につけると災厄を寄せ付けず、暗闇も晴らすと言われているライムグリーン。

 色鮮やかなその宝石は、夜でさえ眩い光を放つイヴニング・エメラルド。真っ直ぐで、情熱的な目に焼かれてしまう。こちらの思惑すら透けて覗かれているようだ。

 透明な彼女の瞳は、まだ原石だと隗斗は思う。磨かれていない路傍の石。だが、純粋かつ透明な少女の心はきっとダイヤモンドよりも尚輝くだろう。その輝きを、ほんの少しでも見てみたい。

 (()()を磨くのは、なかなか面白いかもしれない)

 好奇心を刺激された時点で旅人は根負けしていたのかもしれない。隗斗はゆっくりと瞼を押し上げ、目の前の少女を見定める。


「…分かりました。けれど、僕も魔法の達人とは言えませんし、誰かに教示した経験は無いのでスマートでは無いかもしれません」

 旅人の言に少女は揺れない。これは、相当頑固な子だとこっそりと思う。

「それでもいいなら、みくに教えますよ」

「ええ! ぜひお願い!」


 よろしくお願いします、先生!と継ぎ足されたみくの言葉に、隗斗は思わず声をあげて笑った。

 断られるとでも思っていたのか、みくは誰がどう見ても安堵していた。ホッと一息つき、目尻を緩めて笑っている。白状するんだけど、とみくは一言。


「実は、砂漠の地では誕生日に芸を披露するって決まりがあるのよ……ちょっとだけイヤになっちゃう」

 徐々に冷めつつあるココアを持ち替え、隗斗の目の前の少女は分かり易く落ち込んでいる。

「へえ、面白いじゃないですか。みくはいつも何をしていたんです?」


 芸と聞いて宴会芸を連想してしまった隗斗は笑顔で揉み消す。

 みくのような年相応で可愛らしい少女が腹踊りだの、剣を口の中に飲み込むといった奇妙な隠し芸だのするとは思えない。というか、考えてる時点でセクシャルハラスメントで訴えられそうだから即座に止めた。

 隗斗の脳内を知る由も無いみくは、少しばかり頬を染める。


「実り神様に捧げる踊りを…ほんの少しだけ。踊り子、目指してるの」


 おおっと、踊りか。微妙に惜しかったと感じる自分が腹立たしい。

 神に捧げる踊りといえば、有名なのは神楽だろうか。神座(かむくら)が転じて神楽。神への祈祷を奉納し、長寿、豊穣、身の穢れや災厄を祓うためとされている。

 実り神がこの地を守っているならば、豊穣祈願を第一に信仰しているんだろうな、と隗斗は予想をたてる。


「でも、今年は一味違うわ! 隗斗に魔法を教わって、それをみんなに見せて驚かせてやるんだから!」


 ぐっと握り拳を作り、目を爛々と輝かせる少女みく。キラキラと期待と希望で満ちている彼女は、もしかすると人を驚かせることが好きな人種なのかもしれない。

 その性質は決して嫌いではない。サプライズと言い換えれば、とても好ましいものに見えた。

 みくは勢いを作りすぎたのか、手元のココアが零れそうになっていた。情熱という名の感情をいっぱいにする姿に、隗斗は穏やかな眼差しを向ける。


「気合い充分ですね。ちなみに、誕生日はいつですか?」

「八月二十七日。あと少しなの…十四歳のお姉さんだよ、へへ」


 にっこりと嬉しそうに笑うみく。八月二十七日。あと数日経てばみくは十四歳になるらしい。

 (みく、十三歳だったんだ…もう一つか二つ、足した年齢だとばかり)

 知り合いになったばかりの女の子に対して、年齢についてとやかく言う筋合いは無いかと思い直し佇まいを整える。「そろそろお勉強を始めましょう」と声を掛ければ、みくも隗斗を倣う。

 

「では、まずは魔法の始まりから」

「実際に魔法を行うのではなくて、始まりから?」

 みくは急いでココアを飲み干し、コップをテーブルの端へと置く。

「いきなり魔法に触れるより、理解を深めるために知っておいたほうがいいですよ」

「うーん…そういうものかな。あまり難しい言い回しは得意じゃないから、おてやわらかに」

 隗斗はぴん、とピースの形を作る。

「約二千年前、世界はひとりの魔物を招き入れました」

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