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死が彼らを巡り合わせるまで  作者: 直紀けい
第一章 砂上の贄柱 スナトリ
13/33

3-4 若者の元気な姿が一番の宝なんだよ

 困ったな、と隗斗は苦笑する。


「無事で良かった、隗斗、うう、待ってた間、ほっ ほんとうに心配してたんだよ…」


 丸い瞳から涙を滲ませる少女、みくに真正面から抱きつかれる。

 女の子がそう安易に異性に密着するのは如何なものかと思い、やんわりと引き剥がそうとするも腕ごと抱きつかれているため隗斗は身動きが取れなくなった。

 犯人確保、という物騒な言葉が脳内で飛び交ったがおくびにも出さず踏み潰す。こうして、身ひとつで遺跡に突入した旅人の隗斗は、砂漠の民と熱烈な再会を果たした。

 ちなみに。芸が無いけれど、帰り道は行きと同じ無明を連ねるもの(ヴェントスカーラ)…風の階段を作って帰った。確実かつ堅実、大事なことだ。変に凝るとろくな結果にならない。

 みく、意外と力強いですねいたいいたい骨軋んでる。ぎゅうう、と締め上げられる感覚に隗斗は「ぐえ」と握られた蛙のような声が溢れた。みくの胸というかほぼ肋骨が当たって痛い。こんなこと口が裂けても言えない、いや言わないけれど。


「怪我は無いの? 呪いを受けていない? 怖いことや恐ろしい目に遭わなかったかしら?」


 矢継ぎ早に体調を気遣われ、隗斗は一個一個大丈夫ですよ、何も無かったですと口篭る。

 くぐもった声になるのは疚しいことを隠しているわけではなく、単純に息が詰まっているからだ。


「あと少し経っても戻らなかったら、大人たちを呼んでいたわ…」

「たかが旅人の安否をそこまで」

「もう! とっても怖かった! の!」


 ようやく涙が治まったのか、目尻を赤くしたみくが体を離す。おまけと言わんばかりに背中を叩かれた。握り拳でない分マシだったが、平手でも十分に効く。

 みく、なかなか良い殴打です。正当な理由のある暴力を甘んじて受けた隗斗は、痛みを逃がすため身を捩った。旅人の無事を確認した少女が、肩の力を抜いている。


「何事もなくてよかった…」

「みくのおかげで無事に見学出来ましたよ。ご親切にどうもありがとう」

 瞬間、ざあっと引き潮のようにみくの顔から感情という感情が消えた。ぽつりと呟かれた言葉はどう頭を捻っても理解出来ないものだった。

「……隗斗にはもう二度と優しくして差し上げないわ」



※ ※ ※



「えっ!? 遺跡に入ったのかい? 遺跡の外の見学だけではなく?」


 スナトリの長クニミツは目を丸くして驚きを露にする。話でもしていたのか、同じく長老のテント内に居た雪彦も同様の反応を示していた。隗斗の斜め後ろに居るみくが後押しするようにうんうんと頷く。

 遺跡の見学についてはスナトリの皆に内緒だとみくに約束してもらったが、やはり筋は通そうと隗斗はクニミツへ見学を終えた報告を行う。事後承諾とも言えるが、まあ、沈黙より報告するだけマシだろう。

 遺跡探検と呼ぶにはあまりにもお粗末な結果だったが…終えた後、好奇心旺盛なみくに散々と問い詰められながらも、クニミツが居るであろう休憩所のテントへ戻り感想を述べればこのリアクションだ。

 今思えば、クニミツにレーレイ遺跡を観光するという旨を述べた際、あっさりと許可をくれたが、それは中に入ること事態が無謀だったからだろう。

 遺跡の外見のみを見てそれで終わりだと考えていたらしく、クニミツは慌てて「草花に触れなかっただろうね!?」と真っ先に隗斗の体の心配をした。


「違うの、怒らないで長老。あのね、隗斗は風? の階段を作って、草花を飛び越えられたのよ!」


 両手を拳にして興奮した様子で話すみく。目を輝かせながら身振り手振りで伝えようとする様は実に微笑ましい。

 その発想は無かったと言わんばかりにクニミツは「なるほど」と安堵の息を吐く。同胞の命を奪われた彼らにとって、毒は何よりも恐ろしいもので。

 旅で必要な基礎は(水属性以外)全て覚えている隗斗は何一つ不自由は無い。思考を止めて諦める選択肢はなるべく取りたくないのだ。無明を連ねるもの(ヴェントスカーラ)で作った風の階段だって、ごく一般的な発想の末だろう。


「未だかつて、あの遺跡の中まで入った者は居ない…隗斗くん、中は何があったかな?」

 僅かに目を(すが)めるクニミツの問い。


──さて、どう答えたものか。


 隗斗は見たものを思い出す。一番始めに気になったのは、時間が狂ったとしか思えない外と内の喰い違い。

 外見は虫に喰われ、時間の経過に崩れ、幹の太い植物に抱擁されたものだった。だが、中は一転し真新しかった。何かしら施されているか、呪術的な因子か。隗斗は術式の齟齬か、術者の死によって強まったものと考えている。

 そして役目を果たさない冷気の正体。あれらは害は無いにしろ、どうしても気掛かりである。謎と原因が繋がっているようで結ばれていないような、奇妙な違和感を覚えてしまう。答えのない方程式なんてただただ気持ち悪い。

 行く先を防ぐ世界有数の毒花、紅雪花。力の無い者は見かけたら近くの衛兵に一報を、とまで言われている猛毒の死出花。自然とあそこまで数を成すなんて聞いたことが無い。何者かが作為的に仕組んだものとしか思えなかった。

 そして。

 最奥のフロア──便宜上、祭壇の間と呼ぼう。祭壇の間から発生していた呪いあるいは祟りの類。レーレイ遺跡に入った者のみ対象とされると推測出来る。豪雪のごとき冷気は、スナトリの民の涼にはなっていない。


 しかし今それを言うにも、みくや雪彦が傍に居るため叶わない。

 今は落ち着いた様子だが、あれだけ心から心配してくれたみくにこのような話を耳に入れたくない、というのが隗斗の本音である。雪彦にだってもう迷惑は掛けたくないのだ。


 (そもそも、長年あれだけ放置されてきたレーレイ遺跡が、今更砂漠の民に危害を加えるだろうか?)


 毒を含んだ草花は単に遺跡の侵入者を阻むだけの柵。冷気だってそうだ。進むにつれて濃度を増すには、祭壇の間に秘められた民の祖の遺物を荒らされないため。

 未だ発動し続ける罠ともぬけの殻。特に対処すべきでは無いのかもしれない。最後に残ったのは、凄惨たる過去の遺物……あれは、どうにも隗斗の心を踏み荒らすものだった。


 あの人身御供の壁画を、言うか口を閉ざすか。


 真っ黒に塗り潰された人々の闇の腕。嘆きを、憎しみを、怒りを現せた異形のすがた。深海の淵に座するように、身動きの取れぬ底へ沈むような眼差し。

 遥か昔に実際にあったとしても、事実無根だとしても、言うのは(はばか)られるだろう。隗斗は僅かに感じた緊張を解すため、右手の親指で自身の唇を押し上げる。

 あまりにも奇怪。あまりにも不自然。レーレイ遺跡について詮索するのはやぶ蛇だ。獣の尾を踏む行為に等しい。結局、あれこれ考えたものの見たまま正直に答えることにした。


「何もありませんでした。数分ほど一本道を歩き、最奥のフロアには石の台が一つで…他は特に。暗くて何がなんだか」


 嘘は言っていないが、本当のことも言っていない。

 ひとまず隗斗は、胸に秘めておく選択をする。後に探られたら、まあ、その時はその時考えよう。今は他にやるべき行動がある。

 「そうか、そうか」とクニミツが然程気にした様子もなく流す。そう見えるだけかもしれない。隗斗から見たクニミツは好々爺だ、これが演技ならもうお手上げなのだが。


「失礼します、クニミツさん」

「うん? なんだい?」


 砂漠の民スナトリの長老たるクニミツに一言断り、遺跡を見学した後持ってきたリュックを開ける。

 一度点検してからはもう触れていないのか、隗斗が仕掛けたものには何も引っ掛かっていない。こういう善良な面を見せられたら、嫌でも人を信じてしまいそうになるなと隗斗は難色を示す。

 隗斗はリュックの中に仕舞ったあるものを探る。それは間を置かずに見つかり、清潔な布で包まれたものを取り出した。


「砂漠で倒れた僕を助けていただき、そして無遠慮にも遺跡の見学を許してもらい、感謝致します」

 クニミツに向き直り、座ったまま頭を深く下げる。

「生憎、まとまったお金を持たぬ根無し草。お金の代わりに、この宝玉を捧げます。市場で換金すればそれなりの額になるでしょう…受け取ってください」


 少しばかり頭を上げて、手にしたものを皆に見えるよう掲げた。

 テントの隅で固唾を呑む音がしたが、きっとみくだろう。次点で雪彦。


 隗斗が自身の荷物から取り出したのは一欠けらの宝玉。胡桃ほどの大きさのそれは、渦巻いた炎を閉じ込めるように苛烈な美しさを放つ。

 名を、竜王の火炎宝玉。古代に生息していた竜の王から生み出される宝玉は化石の中から偶然発見したものである。何日かかけて磨き上げ、本来持つ神秘な美が姿を現した。

 好きな人は好きだろうし、専門家に渡せばそこそこの謝礼をもらえる代物だ。装備すれば、竜王の火炎の加護も期待出来る。この砂漠の地に換金する場所があるかどうか微妙だが、それでも値を張る一品だろう。


──ぶっちゃけ、この宝玉で遺跡に踏み入った罪を咎めないでほしいと思った故の行動だ


 考えてみてほしい。過去の陰惨な儀式を何処の馬の骨とも分からない輩に掘り起こされてみろ。絶対に口封じのために何かしらするだろう。

 死人に口無し。実行も容易かろう。此処には砂漠の民おおよそ四十人が居て地の利も十分。死体は砂漠の果てに捨てればいい。

 如何に惨たらしい死体でも、ああ砂漠の猛獣にでも甚振(いたぶ)られたんだなと納得される。こんなの全面降伏するしかないじゃないですか~。やだ~もう~。

 隗斗は静寂の中、クニミツの返答を待つ。やがて、ふっと張り詰めた空気の糸が緩んだ。


「…その宝玉を仕舞いなさい、隗斗くん」

「しかし、」

 尚食い下がろうとする隗斗に、クニミツは自身の蓄えた真っ白な髭を梳く。

「今…君がこうして健やかに美しく在ること。ワシにとってこれほど嬉しいことはないぞ」

 顔を上げる。長は静謐な目を隗斗に向けていた。慈愛、が一番近いだろうか。

「もう君は砂漠の民スナトリの家族も同然。じじいとしては、若者の元気な姿が一番の宝なんだよ」


 (許されたのか)

 そして、これは試されたな。

 隗斗は一人安堵の心地に着く。先の目は裁定の色を宿していた。余所者の本性を見極めようと剣呑を帯びる瞳。その眼差しを思い出し隗斗は身を縮ませる。

 好々爺と言ったが、それはあくまでもクニミツ個人の話である。

 民の長たる彼は旅人を許した。みくの風の階段を作ったという報告で隗斗が魔法・魔術に長けた者と知れただろう。同時に、灯りの魔法を使えることもバレているはず。

 暗くて何も見えなかった。その言を、おそらくクニミツは【隗斗が遺跡の中身を誰にも話さない】と受け取ったのだ。ぎりぎりセーフの綱渡りでもし終えた気分である。


「…無粋な真似をして申し訳無い」

「いやいや、随分と礼儀のあることだ。今時珍しい」

 隗斗は再度頭を下げ、静かに宝玉を荷物の中へと納めた。

「あれ。隗斗くんの目的は遺跡巡りだったが…それが終えた今、すぐにここを発つのかい?」

「えっ」


 クニミツの疑問に本人よりもいち早く反応したのは、先程からそわそわとしていたみくだった。肯定の言葉を用意していた隗斗はみくの方へ顔を向ける。

 大きなマスカット色の瞳を悲しげに歪ませ「そんな」と情けない声を上げたみく。すぐにイヤイヤと首を横に振って隗斗の腕を掴む。


「まだ全然お話出来てないのに、そんなにすぐ行くことないよ! ね、雪彦!」

「え!? う、うん…」


 子供らしく駄々を捏ねるみくに話を振られた雪彦は、戸惑いながらも同意した。

 縋るような二つの視線に、隗斗は困惑しながらクニミツに助けを求めてみる。


「それは…嬉しいのですが、どうしましょう?」

「はは。随分と気に入られたらしいね。隗斗くんさえ良ければ、ずっと居てくれて構わんよ」


 助けになっていない。

 みくと雪彦に加え、クニミツまで止めに入れば圧倒的に向こうが有利だ。多勢に無勢。この旅は有限だが、そこまで急ぐ必要は無い。

 奇しくも目的としていた遺跡の見学を終え、体力もそこそこ戻っていた頃合だった。旅に必要な物資を補給し、カナタとの狩りの約束を守ってから、すぐにでも発とうと思っていたのだが…

 まあ、望まれているなら。そう思ってしまう隗斗はつい首肯してしまう。


「分かりました。しばらくお世話になります」


ペコリと恭しく頭を下げる隗斗に、みくは「やったー!」と両手を挙げて喜び、雪彦とクニミツは頬を緩めて歓迎した。

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