【2】ー23 怪物と、鍵の器
「リン!」
レヴァンが大声で呼んで、リンの横に並ぶ。彼女の体はところどころ煤にまみれているようだったが、大きな怪我などは無いようだった。
「……アミナんの言うとおりだったみたい」
リンがそうつぶやいて、目の前のものを見る。その、すでに人とは呼べないようなカクタスの姿を見て、寂しそうにつぶやいた。
「アタシ……騙されてたんだ、ね……」
人間から拒絶された少女が、育ての親からも拒絶されていた。そんな事実が、リンの心を暗く染めていた。
唯一、その気持ちがわかる少年は、そっとリンの頭を撫でた。
「え……?」
「……」
言葉はない。ただ、リンはしばらく戸惑ってから、心地よさそうに目を細めた。そして、
「ケリを……つけるぞ」
「……うん」
レヴァンとリンは、同時に目の前のカクタスだったものに向かい合った。その視線にカクタスが後ずさりをする。二人は行動を開始した。
まずはレヴァンが瞬間的に距離を詰め、そのまま掌底を胸の魔鉱石に打ち出した。グゥっとカクタスが苦悶の声を上げると同時、その魔鉱石から魔力の揺らぎを感じられた。
――不安定になってる。今なら……。
レヴァンはすぐに行動に移った。
「リンッ!」
「わかった!」
レヴァンの背後からリンの追撃が来る。
リンはナイフを同時に三本取り出し、そのうち二本を投擲。カクタスがそれを両手で払った動きの隙をつき、リンは残ったナイフを構えてカクタスの懐に潜り込んだ。
そのときレヴァンはカクタスの背後にまわり、退路を塞いでいる。カクタスの足元はミグルスが凍りづけにしている。
カクタスは完全に動きを封じられ、
「これで最後だよっ。マスター!」
リンの渾身の一突きが魔鉱石を砕こうとした所で、
カクタスが吠えた。
先ほどとは比較にならないほどの高圧な魔力を受け、レヴァンとリンが弾き飛ばされる。同時にミグルスの魔氷も砕け散った。
「がっ!?」
「きゃっ!?」
レヴァンたち二人が床に叩きつけられる。しかし、圧倒的な存在感を感じ、すぐに立てなおす。そのままカクタスを見ようとして、そこにはもうカクタスという人間はいなかった。
牙を剥き、目からは血を流し、身体中に張り巡らされた青筋から少しずつ噴き出して出血している。そして最も目を引くのは、身体から立ち昇る黒い湯気のような……。
それは、まるで冥種そのものだ。
フロルは歯の根が合わない様子で、アミナは目を背けたくてもできない様子で、それぞれ恐怖していた。
リンは、いままで自分が知っていた人物と目の前のモノに共通点を見いだせず、困惑していた。それに加え、先ほどの咆吼で魔症を起こし、体が思うように動かせていない。
そしてレヴァンは、目の前のモノを忌々しく睨みつけていた。
「レヴァン……やめて……」
一歩踏み出そうとしていたレヴァンをフロルが止める。震える唇で彼女は懸命に紡ぎ出した。アレを倒すのは無理、と。
レヴァンは足を止めた。
たしかに目の前の怪物は、恐ろしい気を放っている。殺気だろうか、心臓を握りつぶすような圧迫だけでも、下手すれば人間は死んでしまうかもしれない。
それでも、レヴァンをそう簡単に殺すことはできないだろう。
――アイツと相討ちになるとしても、ここで討っておかないとどうなるか……。
レヴァンがそこまで考えた所で、戦局に変化が訪れた。反射的にレヴァンは構える。しかし、思いもつかないことに。ここで怪物はレヴァンたちに背を向けて、この場を離れようとしだした。
「……ッ!? 待て! どこに行く!」
レヴァンがその背中を追おうと足に力を込めた所で、レヴァンの耳をザザッという砂嵐のような不快な音がレヴァンの頭に響いた。
【《鍵の器》……。オマエハ、イツカ僕ガ破壊シテヤル……】
ノイズがそのまま言葉になったような、耳障りな音がレヴァンの耳を撫でた。レヴァンは得体のしれない感触に背筋を強張らせ、足を止める。
「なんだ……今のは……」
視線を先へと向けると、そこにはこちらを血の涙を流した黒一色の瞳で見つめるカクタスがいる。
「今のは、おまえの言葉か……?」
レヴァンが搾り出すように聞くものの、返事はない。すでに人をやめた怪物は、背を向けると、研究所の壁を破壊しながらこの場を去ってしまった。
半分とはいえ魔鉱石を持っていかれた。「鍵の器」。聞かなくてはならないことが山のように出来ている。
しかし、後を追うことができなかった。足が、動かなかった。
「………………くそッ……!」
レヴァンは釈然としない思いで、握りこぶしを固くする。
その場に、虚しく床を殴る音だけが響いた。
◇◆◇
結局、わかったことは少なかった。
魔鉱石は半分だけでも戻ってきたため、都市は再び結界に庇護されることとなった。しかし、結界の核の警護は数段階パワーアップし、浄魔士の仕事を増やすようだ。それにあたって浄魔士自体の数も増やす方針で今後も期待している、と浄法院の方にプレッシャーがかけられたらしい。
カクタスは行方不明。研究所は完全に取り壊されることが決定した。しかし、カクタスの行動の動機も理想もわかっていない以上、それが正しい判断かというのはきっと誰にもわからない。そして、ハンスたちの方も収穫はなしだという。
それにしても、あの最後の言葉。
――鍵の器。おまえは破壊する。
あれは明らかにレヴァンに対して言っていた。その証拠に他の三人には全く意味がわかっていなかった。と言うよりも、そんな声は聞こえなかったと言っていた。
鍵の器とはなんのことなのか。何か大事なことに関係していると思えて仕方がない。
そこまで黙考していた所で、ふと、レヴァンは自分の名前が呼ばれた気がした。それにつられて顔を上げる。
「フロルか……」
「うん……」
今は朝練終了後の休み時間。ぼんやりと外の景色に目をやっていたレヴァンに声をかけたのは、元気がない様子のフロルだった。
スカーレットの少女の元気がない理由を知っているレヴァンは、言葉少なく尋ねた。
「リンはどうした?」
「……お母さん――庇護者に呼び止められてた。周りには浄魔士隊の幹部たちがいたから……」
「……穏便に済みそうにはないか」
魔鉱石を盗んで都市を危険に晒し、カクタスに協力。これは都市で刑法の対象になるほどの重罪行為だ。
リンに悪気がなかったということが唯一の救いだが、それも刑法は見逃してくれない。
そんな話に落ち込んでいると、アミナも会話に入ってきた。
「…………友達になれた、のに」
「……ああ、そうだな」
みんなして暗い表情になる。その空気が苦手なレヴァンもさすがに明るく振る舞うことは困難だった。周りの生徒もその空気に引きずられ、なんだか教室全体が暗くなっている。
そんなとき、教室の扉が開いた。
「ん?」
今は休み時間といえど、教室で待機のはずだ。今頃教室に入ってくる者はパルメル兄妹以外は普通いない。レヴァンは好奇心のままちらっと扉の方を見た。そう、ほんの少しの好奇心だけだった。
しかし、そこには明るい茶髪のポニーテールがいた。
その少女は通常の登校風景のように足音軽くレヴァンたちに近づくと、
「よ。どしたの? みんな暗いねー?」
底抜けに明るい声で朝の挨拶をした。
周りのクラスメイトたちは状況を把握していないので、普通にリンに挨拶をしている。しかし、レヴァンたち三人はしばらくリンを指さしたまま口をパクパクさせていた。
「な」
「な?」
指さすなんて失礼だなーとか言いながら首をかしげているリンに向かって、三人は大声を上げた。
「「「な、なんでここにーーーーーーっ!?」」」
戦闘パート終了です。区切りが悪くてすいませんでした。




