【2】ー22 暴走
激しい衝撃、爆音、そして魔力の余波。それらが機兵とレヴァンの両方に浴びせかけられる。あまりに大きな衝撃のため、周りの壁もミシミシと耐えるような声を出し、天井のパイプがキイィィィっと悲鳴を上げる。極めつけに、機材を破壊した際の黒煙がその場に充満した。
「レヴァン、無事っ?」
作戦通りであってほしいと願うフロルの声に答えるように、黒煙の中から少年が現れた。黒煙をかぶったせいで髪が完全に黒くなってしまってはいるものの、それは確かにレヴァンの姿だった。
「……よかったぁ……」
フロルは胸を撫で下ろす。そして、安堵していたのが油断となった。
「僕に背中を向けるのは危ないですよ?」
「……きゃっ!」
「フロル!」
カクタスがフロルに魔法を放ち、フロルがそれをとっさに魔法陣を作って防ぐ。が、とっさの防御は効果が不十分で、フロルはレヴァンの方へと弾き飛ばされてしまった。
レヴァンは滑りこんでフロルを抱きとめると、カクタスをこれ以上にないほど睨みつける。カクタスはへらへらと笑っていた。
「すごい、すごいですよ、君! まさか僕の魔導機兵を倒してしまうなんて。それもリンを足止めするほどの実力者を背後に残していきながら。いやはや、本当に素晴らしい!」
馬鹿みたいに褒め称えるカクタスをレヴァンがじろりと冷たい瞳で見つめる。すると、カクタスはその目を見開いて固まった。
「……まさか、あなたは……?」
「……今、なんて言った」
下らないものでも見るような目のまま、レヴァンはポツリと口にした。しかし、カクタスは首を振り、「いや、いくらなんでもそれはない……」と自らに言い聞かせるような口調で呟いていた。
レヴァンはそれ以上追及することを諦め、睨み直す。
「おまえは、こんな玩具のために、リンが俺たちを裏切るようにしたのか」
「……ええ、とびっきりの玩具でしょう? 機械に魔力を扱わせるとなるとどうしても強い圧力が必要になるのでね」
そう言って、カクタスはゆったりとレヴァンたちに近づいてくる。身動きがうまく取れない様子のフロルを危険に晒すわけにもいかず、レヴァンは後ろに下がってカクタスと距離を取った。
カクタスはそれを確認して、レヴァンが破壊した機兵のそばまでよると、無残に破壊された胸部、分厚い装甲で大事に守られていたその部分に手袋をつけた手を突っ込んだ。
取り出してみると、そこにあるのは握りこぶし大の青色の石。つい先日まで都市の結界の核だった魔鉱石だ。
「膨大な魔力を必要とする僕の研究では、これが必須でして。手に入れるまでにリンはよく役に立ってくれましたよ」
カクタスが相変わらずへらへらとしている。
「でも、さすがにこれ以上は分が悪いみたいですね。僕は撤退させてもら――」
カクタスがレヴァンたちに背を向けようとした途端、その動きが止まった。彼の視線は自らの足元へ行く。
そこは綺麗に凍りついていた。
「…………レヴァン」
「アミナか。リンは?」
「…………頑張った」
「そうか」
「……リンを倒した?」
カクタスが驚いたように言う。それにアミナが頷いて返す。それを見て、カクタスは鼻を鳴らした。
「ふん、化物のくせに足止めにすら使えなかったのか……」
「……待て。リンは病気なんじゃないのか?」
自分の言葉を遮ったレヴァンをポカンとした表情で見て、直後、カクタスは大笑いした。
「まさか、信じたのかい? 耳と尻尾が出てくる病? はは、聞いたことないよそんなの」
頭の血管が切れそうになるのをこらえながら、レヴァンは話を聴き続けた。
「あれは最初から化物だよ。親の遺伝子をきちんと受け継いでる」
「親の遺伝……だって?」
「そうさ。森の外れでひっそりと暮らしていた化物家族。実験体として使ってやろうとしたのに、激しく抵抗するもんだから、親は殺しちゃったけどね」
いやーもったいなかったな、とカクタスがつぶやく。
レヴァンは次の瞬間、カクタスの懐に入り込んでいた。
「え」
「おまえを生かしておく理由が無くなった」
そう言って、レヴァンは渾身のフックを、あえて急所から外してカクタスにねじ込んだ。それに加えて魔力を流し込み、内蔵を破壊する。
潰れたカエルのような悲鳴を上げて、カクタスが吹っ飛んだ。背後にあったメインの制御盤を破壊しながら、その身体は叩きつけられる。
カクタスは血を吐いて倒れた。
それを見届けて、レヴァンは身体にまとっていた魔力を解く。
「……終わったか」
そう、レヴァンが安心した。そのとき、
「ふ、ふふ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
狂った笑い声が聞こえてきた。
それは、倒れて動けないはずのカクタスの身体から聞こえていて。
フロルとアミナは恐怖を抱き、レヴァンは感情の読めない視線をカクタスの方へ向けた。
◇◇◇
僕の身体はもうほとんど死にかけている。
それを意識した時、僕は笑いをこらえきれなかった。
「ふ、ふふ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
喜びに満ち満ちたこの体がうまく動かないのがもどかしい。しかし、それを帳消しにするぐらい、大きな歓喜が内側に内包されていた。
リンを取り返しに来たという少女たちがこちらを怯えたような表情で見てくる。まるで得体のしれないものでも見た小動物のようだ。なぜ、そんな顔をするのかが理解出来ない。こんなにも僕は喜んでいるのに。
そして、少年。彼は僕の方を冷たい瞳で見ていた。……いや、見ていない。あれは観察をする目だ。ケージのなかで動くモルモットを観察するような目。ただただ事実だけを観測するような、目。
そんな彼の目に、ああやっぱり、と思った。
恐らく彼はあの子だ。あの、堕ちた子……。
それを考えた途端、僕は顔に笑みが浮かぶのを我慢出来なかった。
「なに笑ってる」
少年が言葉少なく尋ねてくる。僕はそれに笑った。
「やっぱり、君は素晴らしい」
「……なにを言っている?」
彼が怪訝そうな顔をするが、僕は気にしない。やはり、彼のような存在を作らなければ。
そのためにはなんとしてでも生き残らなくては。しかし、機兵は破壊された。招魔も支援型で役には立たない。……仕方ない。
僕は倒れたまま、いまだ手に持っていた魔鉱石を自分の胸――心臓の上に最後の力を振り絞って置いた。
「や……ろ………症……るぞ……!」
少年たちが何か言っている。何かを引き止めているように聞こえる。けれど僕の腕はもう言うことを聞かない。ただ、心臓に力強い“力”が流れこんできたのを感じた。
僕は、なんとしてでもこの研究を完成させてみせる。
そう決意を固めた、瞬間。
「あ、ぐ……があああああああああああああァァァァァァァ!」
常軌を逸した痛みが襲ってきたと認識したのを最後、僕は意識を失った。
◇◇◇
「あ、ぐ……があああああああああああああァァァァァァァ!」
獣のような絶叫をあげるカクタス。そのでたらめな咆哮はビリビリと空気を震わせた。それを見て、フロルとアミナの体がすくんでしまっている。
「ど、どうしたの……あれ……」
フロルがつぶやく。その視線の先では、カクタスがまるで操り人形のような不自然な姿勢で立ち上がったところだった。
「フロル、アミナ、下がってろ。……あれはまずい」
そう言うと、フロルたちが引き止める間もなく、レヴァンは飛び出してカクタスに襲いかかった。
カクタスはそれに気づくと、
「グルゥアアアアアアァァァァァァッッッッッッ!」
身もすくむ咆吼を放つ。それは巨大な塊となって、レヴァンにぶつかろうとする。それは膨大な魔力の塊だった。
「……ぐっ!」
魔力で装甲を作っているにもかかわらず、それを透過して禍々しい魔力がレヴァンの身を焼く。その効果は何か別のものを連想させた。
背後でフロルたちの言葉が聞こえる。レヴァンはその方向から遠ざかるように身を転がして、魔法弾を放つ。今や完全に理性を失ったカクタスの注意を引きつけた。
「……いったい、どうなってるんだ」
レヴァンは目の前に対峙する男の姿を見る。
先ほどとそう変わらない白衣姿。しかし、その中身の人間は、もはやカクタスではなかった。
白衣からのぞく腕や首筋には血管がはっきり浮かび上がり、額にはいくつもの青筋が立っている。そしてその顔は禍々しいほどに赤く、目は白目を剥いている。そして心臓の位置には魔鉱石。どういう原理か、それは胸に半分ほど埋まっていた。
「おい! カクタス!」
レヴァンがそう声をかけるも、それに返す様子はない。しかしその声に反応したようで、レヴァンの方には向いた。ただ、その動きは獲物の存在を感じ取った野獣のものだった。
カクタスが凄まじいスピードでレヴァンに迫る。
その行動をフロルとアミナの魔法が邪魔をする。カクタスを縄で捕獲、縛り上げた。しかし、
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
カクタスが魔の咆哮を発すると、その縄もラグを走らせながら消えてしまう。
「そんなっ!? 魔法の構成を魔力で無理やり崩したの!?」
フロルがそんなことを叫んでいる内に、カクタスの動きが止まった。
そして、少し離れた位置で迎撃準備をしていたレヴァンから、フロルとアミナに視線を移す。
「……まずい!」
レヴァンがフロルたちの方へ駆けるが、間に合わない。カクタスが雄叫びを上げて突進する。
「くそ! 間に合ええええええええ!」
レヴァンが脚に魔力を過剰に込める。脚の筋繊維がブチブチと切れていくのが感じられた。そんなことも気にせずに、ひたすらフロルたちに近づこうと、守ろうと、ただ一心不乱に駆けた。
しかし、祈り届かず。
カクタスがフロルたちに、すでに人間のものではない鋭い爪を突きたてようとする。フロルたちは腰を抜かしたままなんとか魔法を展開しようとするも、間に合わないだろう。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
レヴァンが絶叫する。
次の瞬間、その場のものが聞いた音は、人肉を切り裂く音ではなかった。
リィィィ……ィィィィ……ィィン……!
儚くも美しい、結晶が割れてしまったような、そんな音だった。
「……あ、ガァ…………」
カクタスの口から苦しげな声が漏れる。その人間だった彼が胸を押さえた。そこには魔鉱石が埋まっているはずだった。
いま、その魔鉱石は、割れて半分になってしまっている。
そしてその半分の魔鉱石を手に持ち、フロルたちを庇うようにカクタスの正面に立っている人影があった。
「…………やっと、きて、くれた」
アミナが微笑んでつぶやく。それに苦笑で返したその人影は、リン、だった。




