【2】ー12 少女の想い
すっかり馴染みとなった喫茶店へと足を運んでいる最中、着替えを済ませて荷物をざっとまとめて教室を出ようとしたところ。
レヴァンは自分を呼ぶ声に振り向いた。
それに気づいたのか、周りのみんながこちらに視線を向けてきたのを感じていたが、レヴァンはとりあえず視線を声の主に向けた。
そこにいたのは淡緑色の髪をラフな感じにアップにした少女だった。小柄で細い手足。その美しいと言うより可愛らしい容姿から、なかなか評判の少女である。
レヴァンはしばらくその顔を見つめ、やがて思い出した。
「エリカ・アクイナス先輩、ですよね。どうかしたんですか?」
名前を呼ばれた、レヴァンより一つ上の第三学年である少女が驚いたように目を見開いた。しかし、レヴァンが自分の言葉を待っているとわかると、その目を真っ直ぐレヴァンの瞳に向けた。
「その……ね、できれば二人で話したいな」
その視線をレヴァンの後ろへそらす。レヴァンはよく事情がわからないまま、後ろのみんなに声をかけた。
「とりあえず、先に行っててくれないか?」
「……」
「フロル?」
「……わかった」
フロルが何か不安そうな顔をしていたが、レヴァンは気にしてやることしか出来なかった。
「じゃ、またあとで」
そう言って全員が廊下を去っていくのを見送ってから、
「少し、落ち着ける場所に移動しましょうか?」
「……うん、お願いするわ」
レヴァンは提案をして、それに頷いた少女を連れて移動を開始した。
「で、話っていうのは――」
「……」
さりげなく促したつもりだったが、失敗。俯く先輩を前にして、レヴァンは我慢強く待つ方針へと変更する。
しばらく沈黙が続いた後に、ようやくエリカが口を開いた。
「……聞いてほしいことがあるの」
「はい」
話が動きだしたことにほっとしながらも、レヴァンは真剣に目の前にいる先輩を見つめる。小柄なため、レヴァンは少し見下ろすような感じだ。
「その、ね……レヴァンくんはウチのこと知ってる?」
「知ってますよ。可愛い系の美人で人気です」
「か、かわっ……!?」
そこで大きく狼狽えるエリカ先輩。
レヴァンは疑問に思った。聞いた話では、クラスメイトの軟派なちょっかいにも冷静に返すのが先輩の美点らしいからだ。
可愛い容姿と冷静沈着な態度が「ギャップ」で良いのだ、と最近話すようになったクラスの男子が言っていた。
「それで、要件は?」
早く済ませて欲しい。
そんな思いが顔に出ていたのか、先輩が焦ったような顔をしたのを見て、レヴァンもしまった、と思う。
とりあえず焦る必要はないと先輩に諭してから、レヴァンは先を促した。
すると、何故か先輩が顔を赤くする。
しばらく迷うように目を泳がしてから、やがて先輩は目をつぶって搾り出すような声で言った。
「……ウチ、レヴァンくんのことが好きなのっ。だから……付き合って!」
そう、言い切った。
ガタッと背後から小さな音がした。レヴァンはそれが、自分の心が動揺した音だと思った。
「え、そ、それって……」
「……」
レヴァンが半歩後ずさる。そして、確かめるような質問も無言の肯定で返された。
黙って上目遣いになる先輩。
それを見つめて、レヴァンは逆に落ち着いた。
「その、ね……ウチ、あの冥種大侵攻のときにレヴァンくんに助けてもらってるんだ。そこでレヴァンくんのこと意識しちゃって……」
赤い顔で必死に言葉を重ねるその姿は、小動物のようで可愛らしい。レヴァンの直感も悪い人ではないと告げている。
レヴァンは冷静にそう判断した後、声色を真剣なものに変えて言った。
真っ直ぐ先輩の目を見る。
「……すいません、先輩。俺は先輩の想いに応えることはできません」
「……っ」
どうして、と問いかける視線を真っ直ぐ見据え、レヴァンは、
「……」
なにも答えなかった。
「……そっか」
エリカ先輩が悲しそうに俯く。その肩は小さく震えている。
それをレヴァンは、
感情の抜けた冷たい視線で見つめていた。
先輩が顔を上げる。同時にレヴァンの目にも感情が戻った。先輩がレヴァンの冷たい視線を見ることはなかった。
う……、と嗚咽を我慢するような音を先輩が漏らす。しかし、その顔には強い激情を宿していた。
「……レヴァンくんがウチの告白を断ったのって――」
申し訳なさそうなレヴァンに向けて、震える声で先輩が問いかけた。
「――やっぱり、人間じゃないから?」
言いながら再び俯いた先輩は、レヴァンの顔が悲しみにゆがむのを見ていない。
きっかけを作ったせいか、余裕を一気になくした一つ年上のその少女は、口を閉じることができなくなってしまっていた。
「人間じゃないレヴァンくんはウチが目に入らないの? 人間とは違うから、ウチらを見下してるの? 力のないウチらはレヴァンくんにとってどうでもいい存在だったりするの?」
表に出すことはなかったが、直情型だった先輩は溜め込んだ思いを歪んだ形で口に出す。それをレヴァンは、じっと見つめていた。
しかしそこで、
「ふざけないでッ!!」
空気を震わせるような叫び声が、レヴァンの耳を打った。
「……フロル?」
レヴァンが呆気に取られて呟くその背後で、フロルが肩を怒らせてスタスタと歩いてくる。
「先輩! レヴァンにそんな言い方しないでください! レヴァンは――」
フロルが激情のまま口を開こうとしたところで、先輩はフロルの方を見てぼそっとつぶやいた。
「……そうね。レヴァンくんはアイヤネンさんのモノだものね」
その言葉にフロルが固まる。それで勢いをつけた先輩はさらに続けて口を開く。
「自分の招魔が他人に取られるのは嫌だもんね。でも大丈夫よ。レヴァンくんはウチらみたいな人間はいらないみたい」
もちろんそれはアイヤネンさんもだけどね。
その言葉に今度はフロルの顔が悲しみにゆがんだ。
レヴァンとフロルが口を開くことが出来ず、先輩が持て余した気持ちを発散させるように毒々しい言葉を吐く。そんな時間がどれぐらい過ぎたか。
なんだか疲れたレヴァンが、ふっと目を閉じた。そのとき再び声が聞こえてきた。しかし、その声はひどくのんきで……
「なんだか、見苦しいよ?」
それは、第二の乱入者だった。
「……あなたは? 無関係の人は――」
「出て行かない。関係者だから。これでも『ファミグリア』なんだ」
強く言い返され、口をつぐむ先輩。その口を止めた乱入者は、チャームポイントのポニーテールを風に揺らした。
「先輩とかそういうことは知らない。ただ……そんなことして虚しくならない?」
「……それは、どういうこと?」
未だ内側に燻る感情を言葉として昇華できていない先輩が、訝しげに口を開く。乱入者リンは、あくまで不思議そうな顔で言った。
「小耳に挟んだところだと、アナタはレヴァっちが好きなんだよね? なのに振られてしまえばレヴァっちに対して醜い言葉を吐く。これってどうなのかな」
説教する感じでもない、ただ事実を確認するようなリンの口調に、ぐっと先輩が怯む。
そこで再び怒りに火がつくフロルだったが、声を発するより先にリンに視線で制され、渋々といった様子で口を閉じる。
それを確認してから、リンは再び先輩の方を向いた。
そのままたたみ込んでしまおうとしたリン。
しかし、その思惑から外れ、先輩は「うるさい!」と癇癪を起こした。
「ウチの告白を断っておいて、理由もない……それは自分が人とは違うことを示しているからなんじゃ――」
「――その口を閉じろ。恥知らず」
「ひっ……!」
おもわず息を呑むその冷たい言葉に、先輩は息を止める。そのまま顔をサーっと青くした。
フロル、そしてレヴァンですら気圧され、反応できないその迫力は、先輩を鋭く睨みつけたリンが発していた。
「人か人じゃないかでアナタの意志が変わる? アナタの想いは消えてなくなる? 違うでしょ。アナタはレヴァンが招魔だという事実を知った後もこうして告白をした。なのに振られたらコレ? ――バカにするのも大概にしなよ」
針でつつこうものなら怒りをまき散らしそうなその言葉に、先輩は深く俯いた。
「それにレヴァンくんが黙ったのは、不適当な言葉を言ったせいでアナタをさらに傷つけないようにと思ってやったこと! それが逆にあなたの心を抉ったことも確か。だけど、アナタにレヴァンくんを悪く言う資格なんてない! レヴァンくんと一緒に歩きたかったら、レヴァンくんの心をよく知ってからにしろ!」
リンは固まったまま動かない先輩に向けて、厳しい視線を向ける。そして、大きく息を吸い込んで、めいいっぱいの大声を叩き込んだ!
「そんなこともわからない奴が、アタシの友達を馬鹿にするなっ!! レヴァンはやらないし、フロルも傷つけさせるものか!」
そう言い切って、リンは素早く回りこみ、両腕を広げて二人を庇うようにして立った。
これ以上なにも言うことはない。その意志が、今のリンからはほとばしるように発散されていた。
「……う、ウチ……ウチは…………っ!」
とうとう涙を流し、先輩は口からその言葉を漏らす。足をがくがくと震えさせ、やがて耐えきれなくなったのか、彼女は廊下から外へ走り去る。
それを最後まで睨みつけてから、リンはほう、と息を吐く。
そして今気づいたようにレヴァンたちの方を見ると、気まずそうに弱く笑った。
「あ、はは……。なんか熱くなっちった。ゴメンね、アタシがでしゃばるところじゃ――」
なかったよね、と続けようとしていたところで、リンは口をつぐむ。レヴァンたちがリンの言葉を聞いていないようだったからだ。
レヴァンとフロルの二人は、じーっとリンを見つめていて。
なぜかその瞳はキラキラと輝いていた。
「……あ……」
「……あ?」
リンが不思議そうに首をかしげたところで、二人が同時にリンの足元に駆け寄った。
「「姐さんっ! 一生ついて行きます!!」」
「誰が姐さんだこら!」
「「…………こわかったよぅ。ぐす」」
「子供か! あーもうなんでこんなことにっ!?」
足元にすり寄ってくる二人を引きはがしながらも、リンは。
「……はは」
初めて無邪気な、優しい笑顔を浮かべていた。
「てか、レヴァっち! アタシ一応女なんだから、足元にすり寄ってくるのやめてくれない!?」
「舎弟にしてください~~~~~~!」
「誤魔化されるかっ!」
そんなこんなで騒ぎつつも。
リンはここで、本当にレヴァンたちの『家族』となったのだった。
なんだかタイトルとはミスマッチな感じがします……が、気にしないでください。




