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王宮筆頭通訳官を辞めた翌朝、二国間の会話はすべて噛み合わなくなった  作者: ヲワ・おわり


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第7話 迎えられて

全70話で完結予定です。毎日5話ずつ、7:10 / 12:10 / 17:10 / 20:10 / 22:10 に投稿します。

面白いと思っていただけましたら、評価で応援してもらえると励みになります。

 サルディア王宮は、ヴェルガのそれより、ずっと開放的だった。

 白い石壁に、大きく取られた窓。回廊を行き交う人々は、貴族も官吏も分け隔てなく言葉を交わしている。家格で人を値踏みするような、あの息苦しさがない。

 案内されたのは、外務府の一室だった。そこで待っていたのは――。

「よく来てくれた」

 クラウス殿下だった。

 あの夜、燭台の灯の下で見た横顔。けれど今、まっすぐに私を見るその青い瞳には、交渉の席で見せた鋭さとは別の、穏やかな光があった。

「殿下。このたびは、身に余るお申し出を……」

 頭を下げようとした私を、殿下は短く制した。

「畏まらなくていい。ここでは、君は私が望んで迎えた通訳官だ。誰に遠慮することもない」

 その言葉に、私はどう応じていいか分からなかった。望まれて迎えられる。そんな扱いを、私は知らなかった。

 ヴェルガでは、私はいつも、誰かの後ろに控える存在だった。発言を許されず、手柄を奪われ、それでも黙って、言葉を運び続けた。「お前の代わりはいくらでもいる」――その言葉を、何度、飲み込んできただろう。

 なのに、この方は、私を、まっすぐに見る。値踏みするのではなく、一人の専門家として、敬意を持って。

 その視線が、くすぐったくて、けれど、どこか、怖くもあった。期待されることに、私は、慣れていない。応えられなかったら。失望させてしまったら。そう思うと、喜びよりも先に、緊張が、胸を満たした。

「殿下のご期待に、添えるよう、努めます」

 ようやく絞り出した言葉は、自分でも、ひどく硬かった。けれど殿下は、それを咎めることなく、ただ、静かに頷いた。まるで、私のその不器用さすら、分かっているとでもいうように。

「君の席は、外務府の中でも交渉案件に直接関わる場所に用意した。裁量も、それに見合うものを与える。……ヴェルガでは、君の働きに見合わぬ扱いだったと聞いている」

「……お耳が早いのですね」

「気になって、調べた」

 殿下は、少しだけ視線を伏せた。

「あの夜、君が立ち上がらなければ、会談は決裂していた。なのに、その功は別の者のものになり、君は職を失った。――理解しがたい話だ。有能な者を、なぜわざわざ手放す」

 そこには、嘘のない憤りがあった。私のために怒ってくれている、その事実が、胸の奥をくすぐったくさせる。けれど私は、それを「王太子としての、人材への評価だ」と、自分に言い聞かせた。期待するのは、危うい。

「期待に、添えるよう努めます」

 そう答えるのが、精一杯だった。

 そのとき、回廊の方から、冷ややかな視線を感じた。

 見ると、立派な身なりの貴族たちが数人、こちらを遠巻きに眺めていた。その先頭に立つ初老の男が、私を値踏みするように見据えている。

「殿下」

 男が、慇懃に進み出た。

「そちらが、噂のヴェルガからの通訳官ですかな。わざわざ他国の、しかも放逐された者を召し抱えるとは……殿下も、酔狂が過ぎますな」

「ロドリク侯」

 殿下の声が、わずかに冷えた。

「彼女の力は、私がこの目で見た。出自も前職も関係ない。それがサルディアの流儀のはずだ」

「ええ、実力主義は結構。ですが、他国の人間に我が国の機密を委ねるとなれば、話は別。――せいぜい、その『実力』とやらを、我々の前で示していただきたいものです」

 ロドリク侯は、薄い笑みを残して去っていった。

 私は、その背を見送りながら、静かに息を整えた。

 歓迎されているのは、殿下から。けれど、この宮廷のすべてが、私を受け入れているわけではない。むしろ――他国から来た私を、試そうとする目が、確かにある。

「気にするな、と言っても無理か」

 殿下が、苦笑した。

「ロドリク侯は、古い考えの持ち主だ。だが、彼を黙らせる方法は一つしかない。君の仕事を、見せつけることだ」

「……承知いたしました」

 その言葉に、私は不思議と、怯みを感じなかった。

 試されるなら、応えるまで。私には、言葉がある。それだけは、誰にも奪えない。

 その夜、私は、与えられた執務室で、一人、窓の外を眺めていた。

 サルディアの夜空は、ヴェルガのそれと、同じ星が、瞬いていた。けれど、見える景色は、まるで違って感じられた。ここでは、私は、誰かの後ろに隠れる必要が、ない。私自身の名で、判断し、言葉を運ぶ。それが、どれほど、心を軽くするか。

 同時に、昼間のロドリク侯の、冷たい視線も、忘れてはいなかった。この宮廷のすべてが、両手を広げて私を迎えたわけではない。けれど、それでいい。試されるなら、実力で応えるまで。それが、この国の流儀なのだから。

 怖くは、なかった。むしろ、胸の奥が、静かに、高鳴っていた。久しぶりに、言葉と、本気で向き合える。その喜びが、緊張を、上回っていた。

「では、さっそくだが」

 殿下は、一枚の書面を差し出した。

「明日、君に最初の仕事を頼みたい。少々、厄介な客人が来る」

 書面に目を落とすと、それは、南方の小国の使者との面会についての、覚え書きだった。要求の中身が、どうにも、漠然としている。何を望んでいるのか、サルディアの外務府も、掴みかねているらしい。

 けれど、私の胸は、怯むどころか、静かに、熱を帯びた。漠然とした要求。それは、つまり、相手が、本心を、言葉の奥に隠しているということ。その奥を読むのが、私の仕事だ。

 その厄介な客人が、私のサルディアでの第一歩を、どんな試練に変えるのか。

 書面を受け取りながら、私は静かに気を引き締めた。

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