表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王宮筆頭通訳官を辞めた翌朝、二国間の会話はすべて噛み合わなくなった  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/70

第68話 架け橋

 和平の成立後、私は、新たな役目を、担うことになった。

 ヴェルガと、サルディア。二つの国の間に、新しい外交関係を築く、その架け橋となることだ。

 かつて、言葉のすれ違いで、戦争寸前まで対立した両国。その溝を埋め、二度と、同じ過ちを繰り返さないために。両国の言葉と、心を、誰よりも知る私が、その任に、最もふさわしかった。

「ヴェント殿の尽力で、両国の通商も、人の往来も、活気を取り戻しております」

 外務府の報告に、私は、深く頷いた。

 かつて、国境で睨み合っていた両国の民が、今は、互いの市場で、品物を売り買いし、言葉を交わしている。ヴェルガの職人が、サルディアの街で、店を開く。サルディアの学者が、ヴェルガの書庫を、訪ねる。そんな、穏やかな往来が、日ごとに、増えていった。戦争の影に、怯えていた人々の暮らしに、再び、活気と、笑顔が、戻ってくる。その一つ一つが、私には、何よりの、報酬だった。

 言葉が、正しく運ばれれば、国と国は、手を取り合える。それを、私は、自分の働きで、証明し続けていた。逆に言えば、言葉が、歪んで運ばれれば、国は、容易く、争いへと、転がり落ちる。あの、戦争寸前の日々が、それを、証明していた。だからこそ、言葉を運ぶ者の責任は、重い。私は、その重さを、誰よりも、知っていた。

 そして、私が、最も力を注いだのは――後進の、育成だった。

 ヴェルガでも、サルディアでも。若い通訳官たちが、私のもとへ、学びに来るようになった。彼らに、私は、言葉を運ぶことの、本当の意味を、伝えた。

「表に出た意味を、訳すだけでは、足りないの」

 私は、若い通訳官たちに、語った。

「その裏にある、本当の真意を、読まなければ。言葉は、運び方ひとつで、国を生かしも、殺しもする。あなたたちの仕事は、決して、『誰にでもできること』では、ないのよ。――誇りを、持ちなさい」

 その言葉は、かつての私が、誰にも、言ってもらえなかった言葉だった。もし、あの頃、誰か一人でも、私に、そう言ってくれていたら。私の孤独は、どれほど、和らいだだろう。だから、私は、若い通訳官たちには、決して、同じ思いを、させたくなかった。あなたたちの仕事には、価値がある。あなたたちは、必要とされている。その言葉を、惜しみなく、伝えたかった。

 若い通訳官たちは、私の言葉を、目を輝かせて、聞いていた。中には、涙ぐむ者も、いた。きっと、彼らもまた、どこかで、自分の仕事を、軽んじられた経験が、あるのだろう。私の言葉が、その傷を、そっと、癒していく。それが、分かった。言葉は、人を、傷つけもするが、こうして、癒すことも、できるのだ。

 教えることは、私自身にとっても、学びだった。彼らの、まっすぐな問いに答えるうち、私は、自分が、無意識に積み重ねてきた技を、改めて、言葉にして、整理することができた。

 ニナからも、便りが、届いた。

 《先輩。私も、後輩に、先輩の教えを、伝えています。言葉を運ぶ仕事は、尊いんだって。先輩が、それを、証明してくれたから》

 私が、報われなかった、あの構造を。私は、次の世代には、決して、残さない。

 かつて、誰にも見られず、感謝もされず、孤独に言葉と向き合っていた私。その私の戦いが、今、未来の通訳官たちの、誇りへと、繋がっていく。

 私は、思う。本当の意味で、世界を変えるのは、華々しい英雄譚では、ないのかもしれない。一人の人間が、自分の仕事に、誠実であり続けること。その積み重ねが、いつしか、周りの人を動かし、仕組みを変え、次の世代の、当たり前を、作っていく。私が成したことも、きっと、そういう類のものだった。劇的な革命では、なく。静かで、けれど、確かな、変化。

 両国の架け橋として働くうち、私は、一つの、確信を深めていた。国と国の間にある溝は、決して、埋まらないものではない。それは、ただ、言葉が、正しく、運ばれていないだけ。互いの、本当の願いが、伝わっていないだけ。だから、私のような者が、その間に立ち、丁寧に、言葉を、訳し直していけば。溝は、少しずつ、埋まっていく。憎しみは、理解へと、変わっていく。それを、私は、両国の、日々の往来の中に、確かに、見ていた。

 個人の勝利が、社会の、小さな改善へと、広がっていく。

 それは、何よりの、喜びだった。

「君は、本当に、変えていくのだな」

 ある日、殿下が、感慨深く、言った。

「一人の通訳官の戦いが、両国を結び、後進の道を、照らしている。――君は、私が思っていた以上に、大きな人だ」

「いいえ」

 私は、微笑んだ。

「私は、ただ、言葉を、信じているだけです。言葉が、人と人を、国と国を、繋ぐ力を」

 その信念が、今、確かに、世界を、少しずつ、良い方へ、変えていた。

 殿下は、そんな私の働きを、王太子として、全面的に、支えてくれた。私が架けた橋を、彼が、権威で、保証する。あの大交渉の時と、同じだった。私たちは、立場こそ違えど、同じ志を、分かち合っていた。言葉で、人と人を、国と国を、繋ぐこと。争いではなく、理解で、世界を、より良くしていくこと。その、共通の願いが、私たちを、強く、結びつけていた。

 穏やかな手応えとともに、私は、自分の歩んできた道を、誇らしく、振り返った。長い道のりだった。けれど、その一歩、一歩が、確かに、今の私を、そして、今の、この穏やかな世界を、形づくっていた。無駄な一歩など、一つも、なかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ