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王宮筆頭通訳官を辞めた翌朝、二国間の会話はすべて噛み合わなくなった  作者: ヲワ・おわり


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第51話 査問、開廷

 国家間査問の場は、中立都市アルレーンに設けられた。

 かつて、私が殿下の真意を訳し、交渉を救った、あの会議場。すべてが始まった場所で、すべての決着がつこうとしていた。運命の、巡り合わせだった。

 長卓を挟んで、ヴェルガの代表団と、サルディアの代表団が向かい合う。両国の主立った者たちが居並び、中立国の立会人が、厳粛に査問の開始を告げた。緊張が、会議場を、満たしている。窓から差し込む光が、長卓の上に、くっきりとした影を、落としていた。

 あの夜と、同じ会議場。けれど、あの夜と、状況は、まるで違う。あの時、私は、許されぬ発言で、交渉を救った、名もなき通訳官だった。今、私は、国家の命運を懸けた査問の、中心に立っている。長い、長い道のりを、経て。

 ヴェルガ側の中央には、ジェラルド・モルテーンが座っていた。その隣には、通辞院長のハーヴェイの姿も、あった。けれど、ハーヴェイの顔は、どこか、青ざめ、落ち着かなげだった。視線を、しきりに、泳がせている。何か、思い悩んでいるかのように。私は、その様子に、わずかな、違和感を覚えた。

 一方、私と目が合うと、ジェラルドは、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。「お前など、もう、終わりだ」とでも言いたげに。かつて、私を「口寄せ役」と侮った、あの目で。

 けれど、私は、もう、その視線に、怯まなかった。まっすぐに、見返した。あなたの企みは、すべて、見抜いている。そう、目で、告げるように。

 立会人を務めるのは、両国のいずれにも属さない、中立の小国の重鎮たちだった。公正な目で、両国の主張を、見極める者たち。彼らの判断が、すべてを、決める。私は、その立会人たちにも、真実が届くよう、言葉を、選ばねばならなかった。

 査問は、ヴェルガ側の告発から始まった。

「我が国は、ここに告発する」

 ジェラルドが、立ち上がった。芝居がかった、大仰な仕草で。

「両国関係の崩壊、リンドルとの対立、そして此度の戦争危機。そのすべての元凶は、ここにいるオーレリア・ヴェントが、ヴェルガ在職中に残した、数々の誤訳にある」

 彼は、用意した偽の証拠を、次々と卓に並べた。自信たっぷりに。

「これが、その証拠だ。彼女が訳したとされる、リンドルとの条約。見ての通り、稚拙な誤訳に満ちている。この誤訳が、後の混乱の種を蒔いた。彼女は、無能であったか、あるいは――意図的に、ヴェルガを陥れたのだ。だからこそ、我が国は、彼女を放逐した」

 居並ぶ者たちが、ざわついた。偽の証拠は、巧妙に作られていた。一見すれば、確かに、誤訳に見える。何も知らぬ者なら、騙されるだろう。

 サルディアの貴族たちの中にも、動揺が、走った。これほどの「証拠」を突きつけられては、引き渡しも、やむを得ないのではないか。そんな空気が、漂い始める。ロドリク侯さえ、難しい顔で、腕を組んでいた。

 ヴェルガの代表団は、勝利を、確信しているようだった。彼らの顔には、余裕の色が、浮かんでいる。一通訳に、この鉄壁の証拠を、覆せるはずがない。そう、信じきっている。彼らは、知らないのだ。私が、すでに、彼らの企みの、すべてを、見抜いていることを。そして、それを覆す、決定的な証拠を、手にしていることを。

 ジェラルドは、勢いづいた。

「彼女を放逐したのは、正しい判断だった。問題は、サルディアが、この危険な人物を匿っていること。元凶を引き渡せば、両国の対立は、収まる。――サルディア王太子殿下、いかがか。一人の女のために、戦争を、招くおつもりか」

 視線が、サルディア側に集まる。

 私は、静かに、その告発を聞いていた。

 怒りは、なかった。ただ、冷静に、敵の論理の組み立てを、見ていた。彼は、自信に満ちている。本物の記録は封じた、と信じきっている。記録の並びという、致命的な弱点に、気づかぬまま。

 だからこそ――この自信を、根底から、覆す。彼が、最も自信を持っている、その武器で、彼自身を、討つ。

 立会人が、サルディア側に、発言を促した。

「サルディア側、反論はあるか」

 私は、ゆっくりと、立ち上がった。

 会議場の、すべての視線が、私に集まる。ヴェルガで「口寄せ役」と侮られた、一通訳官。その私が今、国家の命運を懸けた査問の場で、自らの言葉で、戦おうとしていた。隣に座る殿下が、静かに、私を見守っているのが、感じられた。一人ではない。その思いが、私を、支える。

「――反論、いたします」

 私の声は、静かで、けれど、会議場の隅々まで、はっきりと、届いた。澄んだ、揺るぎない声で。

 私は、立ち上がったまま、ひとつ、深く、息を吸った。

 ここまで、長い道のりだった。ヴェルガで侮られ、追い出され、サルディアで認められ、失敗し、立ち直り、濡れ衣を着せられて――そして今、すべての真実を、明らかにする場所に、立っている。怖くは、なかった。むしろ、待ち望んでいた。この瞬間を。私の言葉が、私の誇りが、試される、この瞬間を。

 その瞬間、ジェラルドの顔から、わずかに、笑みが消えた。私の、あまりの落ち着きに、何か、不穏なものを、感じ取ったのかもしれない。罠にかけたはずの相手が、なぜ、こんなにも、泰然としているのか。その疑問が、彼の余裕に、初めて、影を差した。

 けれど、もう、遅い。戦いは、始まった。私の、言葉による、反撃が。記録という、揺るがぬ真実を、味方につけた、反撃が。

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