表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王宮筆頭通訳官を辞めた翌朝、二国間の会話はすべて噛み合わなくなった  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/70

第50話 決戦前夜

 査問の前夜。月の、美しい夜だった。

 すべての準備を終え、私は、外務府の窓辺に立っていた。夜風が、頬を撫でる。明日、すべてが、決まる。その重さを、噛みしめながら。

 手元には、ニナとバルトが命がけで届けてくれた証拠。記録の魔法が証明する、私の正しさ。そして、敵の捏造を暴く、記録の並び。これらが、私の、武器だった。

 明日、私は、この証拠を手に、国家間の査問の場に立つ。ヴェルガの告発を退け、濡れ衣を晴らし――そして、戦争を止める。私の言葉が、決して誤っていなかったことを、証明する。両国関係を崩壊させた、本当の原因を、明らかにする。

 長い道のりだった。ヴェルガで侮られ、職と婚約を失い、サルディアへ来て、評価され、失敗し、立ち直り、そして今、濡れ衣を着せられて、最大の戦いに臨もうとしている。振り返れば、すべてが、この一日のための、試練だったような気さえした。

 あの会議場で、初めて殿下の真意を訳した、あの夜。あそこから、すべてが、始まった。そして、明日、同じ会議場で、すべての決着が、つく。中立都市アルレーン。すべての始まりの場所で、私は、すべてを、終わらせる。因縁めいた、巡り合わせだった。

 私は、手元の記録を、そっと、撫でた。私が、誰にも見られず、ただ正確であろうと、心を砕いて残した、言葉の数々。それが今、声なき証人となって、私を、救おうとしている。誠実であり続けたことは、無駄では、なかった。その確信が、胸を、満たす。

「ヴェント」

 背後から、殿下の声がした。

 振り返ると、殿下が、静かに、立っていた。いつから、そこにいたのだろう。

「明日のことだが」

 殿下は、私の隣に立ち、同じ夜空を見上げた。二人の影が、月明かりに、長く伸びる。

「君は、一人で戦うわけではない。私も、隣にいる。王太子として――そして、一人の人間として」

 その言葉に、私は、はっとした。

 一人の、人間として。

 レナの話が、また蘇る。殿下が、私を守る本当の理由。飲み込み続けてきた、言葉。すべてが、片付いたら、伝えたいこと。

 私は、隣に立つ殿下を、見つめた。その横顔は、いつもの寡黙さの中に、確かな決意と、それから――言葉にならない、深い想いを、湛えていた。月の光に照らされたその顔は、王太子という立場を超えた、一人の、誠実な男のものだった。

「殿下」

 私は、思い切って、口を開いた。胸の鼓動を、抑えながら。

「すべてが、片付いたら。……お聞きしたいことが、あります」

 殿下が、私を見た。その目が、わずかに、揺れた。私の言葉の、意味を、悟ったように。

「ああ。すべてが片付いたら、私も――君に、伝えたいことがある」

 二人の間に、確かな約束が、交わされた。

 不思議だった。言葉を、いくつも交わしてきたのに。いちばん大切なことだけは、まだ、言葉にしていない。それなのに、確かに、通じ合っている。言葉の達人である私が、最後は、言葉にならない想いで、この人と、繋がっている。それが、なんだか、おかしくて、そして、愛おしかった。

 言葉にはしなかった。けれど、互いの真意が、初めて、少しだけ、通じ合った気がした。明日を乗り越えた、その先に。私たちは、ようやく、互いの心を訳し合えるのだ。これまで、すれ違い続けてきた、その想いを。

「では、明日。必ず、勝ちましょう」

「ああ。必ず」

 殿下が、ふと、私の方を向いた。何か言いかけて――けれど、今度は、微笑んだ。「いや。続きは、明日のあとで」。その言葉に、私も、微笑み返した。明日のあとに、待っている、二人の時間を、思い描きながら。

 殿下の声には、揺るぎない、決意があった。私の声にも。二人の決意が、夜空の下で、一つに、重なった。

 その夜、私は、久しぶりに、安らかな気持ちで、眠りについた。

 恐怖は、もうなかった。

 眠りに落ちる前、私は、これまで出会った人々の顔を、思い浮かべた。私を育ててくれた、子爵家の父。私の価値を、唯一知っていてくれた、バルト様。私を慕い、命がけで証拠を運んでくれた、ニナ。明るく私を支えてくれた、レナ。私を、実力で認めてくれた、ロドリク侯。そして――私を、一人の人間として、想ってくれている、クラウス殿下。

 みんなが、私を、ここまで、導いてくれた。明日、私は、その人々の思いを、背負って、戦う。一人ではない。だから、強くなれる。

 私には、証拠がある。仲間がいる。そして――守りたい未来が、ある。明日、私が守るのは、自分の名誉だけではない。殿下の想い。二人の、これからの日々。そのすべてを、この手で、守り抜く。

 ヴェルガで俯いていた、あの頃の私は、もう、どこにもいなかった。「口寄せ役」と侮られ、ただ受け流すだけだった、あの私は。今の私は、自分の言葉で、自分の運命を、切り開く。そして、愛する人の隣に、胸を張って、立つ。

 明日、私は、自分の言葉で、すべてを、勝ち取る。

 窓の外、月が、雲間から、顔を出した。その光が、机の上の証拠を、そっと、照らす。記録の魔法を帯びた羊皮紙が、淡く、輝いていた。まるで、明日の勝利を、約束するかのように。

 私は、その光を、しばらく、見つめていた。そして、静かに、目を閉じた。明日に向けて、心を、整えるように。

 国家間査問。最大の戦いの幕が、今、上がろうとしていた。長い、長い戦いの、その、決着の時が。すべての真実が、白日の下に晒される、その時が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ