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王宮筆頭通訳官を辞めた翌朝、二国間の会話はすべて噛み合わなくなった  作者: ヲワ・おわり


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35/70

第35話 解任の圧力

全70話で完結予定です。毎日5話ずつ、7:10 / 12:10 / 17:10 / 20:10 / 22:10 に投稿します。

面白いと思っていただけましたら、評価で応援してもらえると励みになります。

 ロドリク侯は、私の失敗を、最大限に利用しようとした。

 立ち直りかけた私を、再び崖の縁へと追い込むために。彼にとって、私の読み違いは、待ち望んでいた好機だった。他国の女を排除する、絶好の口実。

 彼は、貴族たちを束ね、殿下に正式な要求を突きつけた。朝議の場で、居並ぶ重臣たちを背に、堂々と。

「殿下。先のヴェント殿の読み違いにより、サルディアは国境で不利な立場に立たされました。これは、もはや看過できぬ失態です。彼女を、交渉の任から外すべきです」

「ロドリク侯――」

「いいえ、お聞きください」

 ロドリク侯は、殿下の言葉を遮った。その声には、確信が満ちていた。

「我が国の命運がかかった、戦争回避の交渉です。一度誤った者に、再び委ねるなど、危険すぎる。ましてや、相手は彼女の母国。情に流される懸念も、拭えませぬ。現に、彼女は、ヴェルガの罠を見抜けなかった。それは、彼女の心が、どこか、母国に甘いからではありませんか」

 貴族たちの多くが、ロドリク侯に同調した。私の失敗は、彼らに、格好の口実を与えてしまった。ひそひそと交わされる囁きが、針のように、私を刺す。

 殿下は、苦しい立場に立たされた。

 私を庇いたい。けれど、ここで私情を押し通せば、「王太子が、一通訳に肩入れしている」と、かえって私の立場を悪くする。それどころか、殿下自身の求心力すら、揺らぎかねない。ロドリク侯は、それを見越して、攻めてきている。狡猾な、計算された一手だった。

 張り詰めた沈黙の中、私は、考えた。

 ここで、殿下に庇われて、任を解かれずに済んだとしても。それは、私の勝利ではない。「王太子に守られた女」という評価が、残るだけだ。私の価値を、私自身が、証明したことには、ならない。

 ならば――。

 私は、一歩、前に進み出た。

「――発言を、お許しください」

 貴族たちの視線が、一斉に、私に集まる。不信と、好奇と、侮蔑の入り混じった視線が。けれど、私は、もう、怯まなかった。

「ロドリク侯のおっしゃることは、もっともです。私は、確かに誤りました。その責任は、重く受け止めています。言い逃れをするつもりは、ありません」

 私は、まっすぐに顔を上げた。声は、震えていなかった。

「ですから、お願いがあります。私を、外すのではなく――挽回の機会を、与えてください」

 ざわめきが起きた。予想外の言葉だったのだろう。

「私の読み違いが招いた不利を、私自身の手で、取り返させてください。次の交渉で、私が真意を読み違えれば、その時は、潔く任を退きます。サルディアを、去りましょう。けれど、もし成功すれば――どうか、私の言葉を、信じていただきたい」

 ロドリク侯が、眉を上げた。

「自ら、退路を断つと?」

「はい。守られて立つのではなく、自分の力で、立ち直りたいのです。失敗を、失敗のままで、終わらせたくない。それを、糧にして、より確かな仕事で、お示しします」

 それは、賭けだった。次に失敗すれば、私はすべてを失う。この居場所も、殿下のそばも、何もかも。けれど、ここで庇われて生き延びても、それは私の勝利ではない。私の価値は、私自身が、証明しなければ意味がない。誰かに守られるだけの自分から、私は、卒業したかった。

 言いながら、私は、自分の声が、思いのほか、落ち着いていることに気づいた。かつての私なら、こんな申し出は、できなかっただろう。失敗を、ただ恐れ、隅で震えているだけだったはずだ。けれど、サルディアで過ごした日々が、そして、殿下が示してくれた信頼が、私を、変えていた。失敗を、恐れない。失敗から、立ち直る。その強さを、私は、手に入れていた。

 貴族たちのざわめきが、少しずつ、変わっていく。侮蔑と不信だけだった空気に、わずかな、戸惑いと――驚きが、混じり始めた。自ら退路を断ち、挽回を申し出る。その覚悟を、彼らも、無視できなかったのだ。

 殿下が、私を見た。その目に、はっとしたような、それから、深い感情の揺れが浮かんだ。私の覚悟を、感じ取ったのだろう。そして、その覚悟の奥にある、私の決意の固さも。

「……ヴェント。本当に、それでいいのか。失敗すれば、君は」

「はい、殿下。これは、私の戦いですから。私が、私の力で、決着をつけねばならない戦いです」

 殿下は、しばらく私を見つめ――そして、決断した。私の覚悟を、尊重するように。

「分かった。ロドリク侯、彼女の申し出を受け入れる。次の交渉、ヴェント殿に、挽回の機会を与える。それで、異存はないな」

 ロドリク侯は、しばし考え、それから、冷ややかに頷いた。

「よろしいでしょう。ただし、次に誤れば――それまで、ということで。二度目の失敗は、許されませんぞ」

 退路は、断たれた。

 その夜、私は、レナに、自分のしたことを話した。レナは、目を丸くして、それから、心配そうに眉を寄せた。「そんな、危ない賭けを……」と。けれど、私が「これは、私自身のための戦いなの」と言うと、彼女は、最後には、力強く頷いてくれた。「ヴェント様なら、きっと、勝てます」と。

 私は、自分の言葉に、自分の未来を、賭けた。すべてを、この一手に。

 次の交渉が、私のすべてを、決める。けれど、不思議と、恐れはなかった。むしろ、すがすがしいほどの、覚悟が、胸に満ちていた。退路を断ったことで、かえって、心は、軽くなっていた。

 守られる側から、自ら立つ側へ。私は、今、その一歩を、踏み出したのだ。

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