第34話 立て直す
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失敗から立ち直るために、私はまず、なぜ読み違えたのかを、徹底的に分析した。
原因は、明白だった。私は、ヴェルガから送られた一通の文書だけを、頼りにしすぎた。だから、その文書が歪められていたとき、誤りに気づけなかった。一つの情報源に依存することの、危うさ。それを、私は、痛いほど思い知った。
言葉を読むのは、神業ではない。情報が足りなければ、誤る。どんなに優れた読み手でも、与えられた材料が偽りなら、偽りの結論に至る。ならば――情報を、増やせばいい。一つの言葉が嘘をついても、複数の言葉を突き合わせれば、その嘘は、必ず、ほころびを見せる。
「レナ。手伝ってほしいの」
私は、レナと、信頼できるサルディアの文官たちに、協力を求めた。一人で抱え込むのを、やめたのだ。それも、私が学んだことの一つだった。ヴェルガにいた頃の私は、何もかも、一人で背負い込んでいた。誰も頼れず、誰も信じられず。けれど、ここには、手を貸してくれる人が、いる。その力を、借りればいい。一人の限界を、仲間と補い合えばいい。それも、また、強さなのだと、私は、ようやく、知った。
「一つの文書だけを見ていては、攪乱に騙される。だから、ヴェルガに関するあらゆる情報を、突き合わせたいの。公式文書、商人たちの噂、国境の動き、ヴェルガ国内の声。それらを並べて、矛盾を探せば、どれが本物の真意か、見えてくるはず」
「なるほど……一つの言葉じゃなくて、たくさんの言葉を、組み合わせるんですね」
「そう。一つの言葉は、嘘をつける。でも、たくさんの言葉が、すべて同じ嘘で、辻褄を合わせるのは、難しいから。どこかに、必ず、本音が漏れる」
私たちは、情報を集め、突き合わせる体制を作った。
商人から、国境の役人から、旅人から。あらゆる筋から、ヴェルガの様子を集める。そして、それらを、公式文書と照らし合わせていく。地道で、根気のいる作業だった。けれど、その作業の中から、少しずつ、真実が、浮かび上がってきた。
ヴェルガの公式文書がどれだけ強硬でも、国境の商人たちの声は、別のことを語っていた。
「戦になんてなったら、商売あがったりだ」「上の連中の意地の張り合いに、巻き込まれたくない」――民の本音は、戦争を、望んでいなかった。むしろ、恐れていた。
ヴェルガ国内の貴族たちの間でも、強硬派と慎重派が割れているらしい。すべてが、一枚岩で戦争に向かっているわけではない。表向きの強硬な姿勢の裏には、深い亀裂と、ためらいが、隠されていた。
幾重もの言葉を重ね合わせるうちに、攪乱の霧の奥に隠された、ヴェルガの「本当の姿」が、少しずつ、輪郭を現してきた。
「ヴェルガは、戦争を望んでいるわけではない」
私は、確信を持って言った。今度は、願望ではなく、無数の証拠に裏打ちされた、確信だった。
「強硬な姿勢は、引っ込みがつかなくなった、強硬派の意地。けれど、国全体は、戦争を恐れている。彼らも、本当は、出口を探しているんです。ただ――面子を保ったまま、矛を収める方法が、見つからないだけ」
殿下が、私の分析に、深く頷いた。
「面子さえ立てば、収まる。……前回の読みと、結論は同じだな。だが今度は、一つの言葉ではなく、幾重もの言葉が、それを裏づけている」
「はい。今度こそ、間違いありません。一つの文書なら、欺けても、国全体の声は、欺けませんから」
私は、力強く言った。
一度の失敗を、私は糧にした。一人の職人技に頼るのではなく、検証できる仕組みを作る。それは、私が、また一つ、成長した証だった。失敗は、私を、より強くした。守られて立ち直るのではなく、自分の頭で、立ち直る術を、見つけたのだ。
レナが、嬉しそうに言った。
「ヴェント様、なんだか、前より、頼もしくなりましたね」
「……失敗したおかげ、かもしれないわね」
私は、苦笑した。けれど、その言葉に、嘘はなかった。あの失敗がなければ、私は、自分の力を過信したまま、いつか、もっと大きな過ちを、犯していたかもしれない。失敗は、痛かった。けれど、その痛みが、私に、大切なことを教えてくれた。読みは、過信した瞬間に、誤る。謙虚さを失った瞬間に、罠に嵌る。その教訓を、私は、生涯、忘れないだろう。
転んだ場所で、ただ嘆くのではなく、その地面から、何かを掴んで、立ち上がる。それが、本当の強さなのだと、私は、この失敗を通して、学んだのだった。
情報を突き合わせる作業を続けるうちに、私は、もう一つ、重要なことに気づいた。ヴェルガの文書を歪めていた「攪乱」の癖。その癖に、見覚えがあったのだ。回りくどく、もったいぶった言い回し。相手を試すような、挑発的な語調。それは――かつての婚約者、ジェラルド・モルテーンの、文章の癖だった。
あの男が、私が真意を読むことを警戒して、わざと、文書を歪めている。私を、陥れるために。その事実に思い至ったとき、背筋が、冷たくなった。これは、単なる外交の駆け引きではない。私個人への、悪意が、込められている。
ならば、なおさら、負けるわけにはいかない。私は、ジェラルドの仕掛けた言葉の罠を、一つずつ、解いていく決意を固めた。彼の悪意に、私の冷静さで、対抗するのだ。
けれど、ロドリク侯は、まだ私を信じてはいなかった。彼にとって、私の失敗は、まだ、消えていない。
彼の次なる一手が、私を、さらなる試練へと追い込もうとしていた。立ち直ったばかりの私を、もう一度、崖の縁へと、追い詰めるために。




