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王宮筆頭通訳官を辞めた翌朝、二国間の会話はすべて噛み合わなくなった  作者: ヲワ・おわり


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25/70

第25話 私の言葉で

全70話で完結予定です。毎日5話ずつ、7:10 / 12:10 / 17:10 / 20:10 / 22:10 に投稿します。

面白いと思っていただけましたら、評価で応援してもらえると励みになります。

「私の忠誠が、いずこにあるか――でしたね」

 私は、ロドリク侯を、まっすぐに見据えた。

「正直に申し上げます。私は、忠誠を誓うために、サルディアへ来たのではありません」

 貴族たちが、ざわついた。ロドリク侯が、勝ち誇ったように口の端を上げる。「それ見たことか」とでも言いたげに。

 けれど、私は構わず、続けた。

「私がここへ来たのは、私の仕事を――言葉を運ぶという仕事を、正しく見てくれる場所が、ここにあったからです。ヴェルガでは、私の働きは『口寄せ役』と侮られました。手柄は奪われ、名は記録にも残らなかった。けれどサルディアは、出自ではなく、私が何を成すかで、私を見てくれた」

 声が、自然と熱を帯びていく。一度言葉にし始めると、不思議と、止まらなかった。

「私が大切にしているのは、忠誠でも、保身でもありません。ただ一つ、言葉に誠実であること。表に出た意味の、その裏にある本当の真意を、過たず届けること。それだけです」

 私は、ロドリク侯から、居並ぶ貴族たちへと、視線を巡らせた。一人ひとりの顔を、しっかりと見ながら。

「だから私は、ここで働きます。私の言葉を必要とし、正しく評価してくれる、この場所で。ヴェルガが何を差し出そうと、私の答えは変わりません。地位も、縁談も、私の心を動かしはしない。――私は、私の仕事ができる場所に、いたいだけなのです」

 しんと、静まり返った。私の声だけが、広間の高い天井に、吸い込まれていく。

 それは、忠誠の誓いではなかった。けれど、忠誠よりもずっと、揺るぎない言葉だった。打算でも、情でもなく、私自身の信念。それを、私は初めて、衆目の前で、自分の言葉で、語った。

 ヴェルガにいた頃の私には、決してできなかったことだ。あの頃の私は、自分の意見を言うことさえ、許されないと思い込んでいた。けれど今、私は、自分の足で立ち、自分の言葉で、自分を語っている。

 ロドリク侯が、虚を突かれたように、口をつぐんだ。

 彼が引き出したかったのは、「サルディアに忠誠を誓う」か「ヴェルガへの未練を認める」かの、どちらかだったはずだ。けれど私は、そのどちらでもない、第三の答えを示した。誰にも揺るがせない、自分自身の信念という、揺るぎない立脚点を。

 その答えの前では、彼の揺さぶりも、意味を失う。忠誠を疑うことも、未練を責めることも、できない。なぜなら、私は、最初から、その物差しの上に、立ってはいないのだから。

 その時。

 ずっと黙っていた殿下が、口を開いた。

「――聞いての通りだ、ロドリク侯」

 殿下は、立ち上がった。その顔には、私を見つめる、いつものあの眼差し。けれど、今までより、ずっと熱を帯びていた。

「彼女は、忠誠などという言葉では縛れない。彼女を縛るのは、彼女自身の誇りだけだ。――そして私は、その誇りを」

 殿下が、一歩、私の方へ踏み出した。

「その誇りを、私は……」

 その時だった。

「殿下! ご報告が!」

 外務府の官吏が、慌てた様子で駆け込んできた。その顔は、青ざめていた。広間の扉が、勢いよく開く音が、張り詰めた空気を、切り裂いた。一同の視線が、一斉に、その官吏へと向けられる。

「ヴェルガと、リンドルの対立が――ついに、サルディアを巻き込む事態に発展しております!」

 その報せに、場の空気が一変した。

 殿下は、言いかけた言葉を、ぐっと飲み込んだ。そして、王太子の顔に戻り、官吏に向き直る。

「……詳しく聞こう」

 その横顔は、もう、完全に、王太子のものに戻っていた。私情を捨て、国の危機に向き合う、為政者の顔に。

 私は、宙に消えた殿下の言葉を、呆然と見送った。

 その誇りを、私は――。

 その続きを、殿下は、何と言おうとしていたのだろう。

 その誇りを、私は――守りたい。誇りに思う。大切にしたい。いくつもの言葉が、頭の中を駆け巡る。けれど、殿下が言いかけたのは、そのどれでもなく、もっと、踏み込んだ何かだった気がした。あの一歩。私の方へ、確かに踏み出した、あの一歩が、すべてを物語っていた。あれは、主が部下に向ける距離ではなかった。

 心臓が、まだ、激しく打っている。あの時の殿下の目。あの熱を帯びた声。あれは、もう、「有能な部下への賞賛」では、説明がつかなかった。レナの言葉が、蘇る。「殿下にとって、ヴェント様は、最初から『替えのきく通訳』なんかじゃありません」。

 もし、それが、本当なら。私は、どうすればいいのだろう。長いあいだ、目を逸らし続けてきた問いが、今、はっきりとした輪郭を持って、私の前に、立ちはだかっていた。逃げることは、もう、できそうになかった。

 けれど、その続きは、危機の報せに、かき消された。

 胸の鼓動が、鎮まらないまま、私は、それでも、新たな危機に、気持ちを引き締めた。私情に、浸っている場合では、なかった。両国の対立が、ついに、この国にまで、及ぼうとしているのだから。

 けれど、心の片隅では、もう一つの予感が、確かに芽生えていた。この危機を、もし、乗り越えられたなら。すべてが片付いた、その先で。殿下は、きっと、あの飲み込んだ言葉の続きを、口にするだろう。そして、その時、私もまた、自分の心と、向き合わなければならない。逃げ続けてきた、この胸の高鳴りに、本当の名前を、つけなければならない。それが、怖くて、けれど、どこかで、待ち望んでもいる自分が、いた。複雑に絡み合ったその感情を抱えたまま、私は、官吏の報告に、耳を傾けた。

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