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王宮筆頭通訳官を辞めた翌朝、二国間の会話はすべて噛み合わなくなった  作者: ヲワ・おわり


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24/70

第24話 忠誠を問う

全70話で完結予定です。毎日5話ずつ、7:10 / 12:10 / 17:10 / 20:10 / 22:10 に投稿します。

面白いと思っていただけましたら、評価で応援してもらえると励みになります。

 殿下とのぎくしゃくした空気を、ロドリク侯は見逃さなかった。

 ある日の朝議のあと、彼は貴族たちを引き連れて、殿下に詰め寄った。私も、その場に同席していた。

「殿下。先日、ヴェルガが、かの通訳を返せと使者を寄越したとか」

「……それが何だ、ロドリク侯」

「他国が『返せ』と言うほどの人材を、我が国の中枢に置いておく。それ自体が、危ういと申し上げているのです」

 ロドリク侯の目が、ちらりと私を捉えた。値踏みするような、冷たい視線だった。

「考えてもみてください。彼女は、ヴェルガの出。もし、母国への情が残っていたら? もし、ヴェルガの誘いに、心が揺れていたら? 我が国の交渉戦略を、すべて握る彼女が、いつ寝返るとも限らぬ」

「彼女は、ヴェルガの要求を、自ら退けた」

 殿下が、鋭く言った。その声には、私を庇おうとする、確かな響きがあった。けれど、ここで殿下が強く庇えば庇うほど、ロドリク侯の「王太子は私情で動いている」という主張に、力を与えてしまう。それが分かっているから、私は、殿下に頼るわけにはいかなかった。これは、私自身が、私の言葉で、決着をつけねばならない戦いだった。

「だが、内心までは分かりますまい」とロドリク侯。「先日来、彼女と殿下の間に、妙な隔たりが生じているご様子。――もしや、彼女の心が、母国へ傾いているのでは?」

 私は、息を呑んだ。

 殿下と距離を取っていたのは、まったく別の理由からだ。母国への未練などではない。けれど、それが「ヴェルガへの未練」と曲解されている。私の臆病なすれ違いが、巡り巡って、私自身の立場を、危うくしていた。

 皮肉なものだ。自分の心から逃げていたことが、こんな形で、跳ね返ってくるとは。

「ロドリク侯。憶測でものを言うな」

 殿下の声が、冷えた。けれど、ロドリク侯は引かなかった。

「私は、憶測で、国の安危を語っているのではありません。事実を、申し上げているのです。他国出身者を、これほど重用する。それが、いかに危ういことか」

「彼女の実力は、衆目の前で証明された。それでもまだ、疑うのか」

「実力と、忠誠は、別物です」

 ロドリク侯は、譲らなかった。

「ならば、はっきりさせましょう。――ヴェント殿。あなたの忠誠は、いずこにあるのか。この場で、衆目の前で、お答えいただきたい」

 貴族たちの視線が、一斉に私に集まった。

 心臓が、痛いほど打っていた。

 ここで、答えを誤れば、私はサルディアでの立場を失う。「ヴェルガへの未練」を疑われたまま、追い出されるかもしれない。せっかく築いた居場所を、自分の臆病のせいで、失うことになる。

 けれど――同時に、私は気づいていた。

 ロドリク侯の問いの、本当の狙いに。

 彼は、私の「忠誠」を、本気で疑っているのではない。私を排除する口実を、探しているだけだ。殿下が私を重用することが、古い血筋を重んじる彼には、面白くない。だから、私と殿下の間に生じた隙を突いて、揺さぶりをかけている。

 言葉の裏は、はっきりと読めた。彼が本当に守りたいのは、国ではない。古い秩序の中での、自分の立場だ。

 ならば。

 私は、まっすぐに顔を上げた。怯んではいけない。ここで俯けば、それこそ、ロドリク侯の思う壺だ。「やはり、後ろめたいことがある」と、見なされてしまう。

 ヴェルガにいた頃の私なら、ただ俯いて、震えていただろう。けれど、今は違う。私は、自分の言葉で、自分の立場を、示すことができる。

「お答えします、ロドリク侯」

 声が、震えていないことに、自分で安堵した。

 私の答えが、この宮廷での運命を決める。そして、もしかしたら――それは、私自身の心とも、向き合う、最初の一歩になるのかもしれなかった。

 ロドリク侯のような古い貴族にとって、私のような存在は、目障りなのだろう。家格も、後ろ盾もない他国の女が、王太子の信頼を得て、宮廷の中枢で働いている。それは、血筋こそがすべてだと信じてきた彼らの価値観を、根底から脅かすものだった。だからこそ、彼は、どんな小さな隙も見逃さず、私を排除しようとする。今日のこの場も、そのために、周到に用意されたものに違いなかった。

 けれど、私は、もう、怯えてはいなかった。かつての私なら、こうした悪意の前で、ただ縮こまるしかなかった。自分には、言い返す資格などないと、思い込んでいたから。けれど、サルディアで過ごした日々が、私を、変えていた。私の言葉には、価値がある。私の働きには、誇りがある。それを、この国の人々が、証明してくれた。ならば、その誇りにかけて、私は、まっすぐに、答えるだけだ。

 深く、息を吸う。胸の鼓動を、落ち着ける。そして、私は、自分の中にある、揺るぎない一点を、見据えた。忠誠でも、保身でもない。私が、何のために、言葉を運んできたのか。その答えは、もう、決まっていた。

 答えるべき言葉は、もう、胸の中にあった。忠誠か、未練か――ロドリク侯が示した二つの選択肢。そのどちらにも、私は乗らない。彼の物差しの上で答える限り、私は、永遠に「他国から来た、信用ならぬ女」のままだ。ならば、物差しごと、覆せばいい。私が、何のために言葉を運んできたのか。その一点を、まっすぐに告げる。それは、誰にも揺るがせない、私だけの立脚点だった。剣も後ろ盾も持たぬ私が、唯一、誰の前でも掲げられる、旗だった。

 居並ぶ貴族たちの前で、私は、ゆっくりと口を開いた。

 殿下が、固唾を呑んで、私を見つめているのが、視界の端に、映っていた。

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