表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トーノブユース  作者: 富士都


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/58

第十六話⑥

チャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気にほどけた。

 私は前を向いたまま、ゆっくりペンを置く。

 黒板の文字を消す音と、椅子を引く音と、誰かの笑い声が混ざって、なんだかやけに騒がしく感じる。

 ……来る。

 そう思った次の瞬間だった。

「ねえ小柴くん、前の学校ってどんな感じだったの?」

「部活とかやってたの?」

「転校って急だったの?」

 一気に声が集まる。

 後ろ。

 振り返らなくてもわかる。

 ちとの周りに人が集まってる。

 そりゃそうだよね。転校初日だし。しかも同じクラス。気になるに決まってる。

 ……うん、わかってる。

 わかってるんだけど。

 胸の奥が、少しだけざわつく。

 私はノートを閉じるふりをしながら、ほんの少しだけ視線を横にずらした。

 視界の端に、ちとの姿が映る。

 人に囲まれてる。

 少し困ったように笑って、でもちゃんと一人ひとりに答えてる。

「部活は……あんまり出れてなかったかな」

「転校は、まあ……いろいろあって」

 相変わらず、言葉は少ない。

 でも、その分ちゃんと誠実で。

 ああ、やっぱり。

 好きだなって思う。

 同時に――

 なんでだろう。

 少しだけ、胸がチクっとする。

 あの距離、近いな、とか。

 あんなふうに囲まれてるの、なんか落ち着かないな、とか。

 ……私、なに考えてるんだろ。

 ちとは悪くないのに。

 むしろ、ちゃんとクラスに馴染もうとしてる。

 それはすごく、すごく嬉しいことのはずなのに。

「明日香」

 不意に横から声がして、びくっとした。

「綾香……」

「なにぼーっとしてんの。顔、めっちゃわかりやすいよ?」

「えっ」

 慌てて顔を触る。

 そんなに出てた……?

 綾香はちらっと後ろを見てから、にやっと笑った。

「複雑ってやつ?」

「……」

 何も言えなくて、私は視線を逸らす。

「まあ気持ちはわかるけどさー」

 綾香は軽い調子で言いながら、腕を組んだ。

「でもあれ、完全に質問攻めだね。ちょっと助けてあげたほうがよくない?」

「助けるって……どうやって」

「こうやって」

 言った瞬間、綾香は立ち上がった。

 え、ちょっと――

「はいはい一旦ストーップ!質問多すぎ!」

 元気な声が教室に響く。

 一瞬で、みんなの視線が綾香に集まった。

「転校初日なんだからさ、もうちょいゆっくりいこーよ。小柴くんも困ってるでしょ?」

「あ、いや……」

 ちとの声が少しだけ聞こえる。

 綾香はくるっと振り返って、にっと笑った。

「ね?」

 ちとは少しだけ間を置いてから、小さく頷いた。

「……助かる」

 その一言で、周りの空気が少し緩む。

「じゃあ質問は順番ねー。あとプライベートすぎるのは禁止ー」

「えー綾香仕切ってるじゃん」

「近藤、完全にクラス委員じゃんそれ」

「違うし!ただの優しさ!」

 わいわいした空気に戻っていく。

 私はその様子を見ながら、少しだけ息を吐いた。

 ……綾香、ほんとすごい。

 さりげなく助けて、でも空気も壊さない。

 そのまま自然に輪の中に入っていく。

「で、小柴くんってさ――」

 楽しそうな声が続く。

 私は前を向いたまま、もう一度だけほんの少しだけ後ろに意識を向けた。

 ちとは、さっきより少し楽そうな顔をしてた。

 そのとき。

 ふっと、一瞬だけ。

 視線が合った。

 ほんの一瞬。

 すぐに逸らされる。

 でも――

 その一瞬だけで、なんとなくわかる。

 ありがとう、って。

 たぶん、そういう意味。

 ……違うかもしれないけど。

 それでも、なんか。

 少しだけ、胸のざわつきが落ち着いた。

「よし」

 小さく呟いて、私は立ち上がる。

「生徒会、行こ」

「あ、そうだ今日あるんだっけ」

 綾香がこっちを見る。

「うん。新学期最初だし、軽く顔合わせみたいな」

「オッケー。じゃあ私もあとで行くわ」

「うん」

 私は鞄を持って、教室のドアへ向かう。

 途中で、もう一度だけ後ろが気になって。

 でも振り返るのはやめた。

 ……ダメ。

 今は、クラスメイト。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 そう決めたのは、私たちだから。

 廊下に出ると、少しだけ静かで。

 さっきまでのざわざわが嘘みたいだった。

 歩きながら、さっきのことを思い出す。

 囲まれてたちと。

 少し困ってた顔。

 でもちゃんと応えてた声。

 それを見て、嬉しいって思った自分と。

 ちょっとだけ嫌だなって思った自分。

 ……どっちも、本当。

「めんどくさいな、私」

 小さく笑ってしまう。

 でも。

 それでもいいのかもしれない。

 好きなんだから。

 好きだから、いろいろ思うんだ。

 階段を上がって、生徒会室の前に立つ。

 ドアに手をかけて、ほんの少しだけ深呼吸する。

 ――よし。

 今は、生徒会の坂城明日香。

 ちゃんとやろう。

 ドアを開けると、見慣れた空間と、少しだけ新しい空気が混ざっていた。

 新学期。

 新しいクラス。

 新しい距離。

 ……そして。

 すぐ後ろにいる、好きな人。

 うまくやれるかなんて、正直わからない。

 でも。

 きっと――

 この距離は、この距離でしか鳴らない音がある。

 そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ