第十七話①
生徒会が終わった頃には、窓の外が少しオレンジ色になり始めていた。
「じゃあ今日はこのへんでー」
会長の声で空気が緩む。
椅子を引く音が重なって、みんな帰る準備を始める。私も配られた資料をまとめながら、小さく息を吐いた。
新学期最初の生徒会。
そこまで大変じゃなかったのに、なんだか妙に疲れた気がする。
……たぶん、朝からずっと緊張してたからだ。
「明日香、帰る?」
隣で綾香が鞄を肩にかける。
「うん。綾香は?」
「私もちょうど帰ろうかなーって」
そう言いながら、綾香が急にニヤッとした。
「で?」
「……なに」
「小柴くんと帰らないの?」
「っ!」
思わず変な声が出そうになって、慌てて口を押さえる。
「ば、バカ!学校でそういうこと言わないで!」
「生徒会室だからセーフセーフ」
「セーフじゃない!」
綾香はケラケラ笑ってる。
もう……。
「そもそも一緒に帰れないでしょ」
「まあねー」
そう。
一緒には帰れない。
同じ学校になったからって、急に普通のカップルみたいになれるわけじゃない。
むしろ前より気を付けないといけないくらいだ。
また変な写真撮られたりしたら大変だし。
……わかってる。
わかってるんだけど。
ちょっとくらい、一緒に帰ってみたいなって思ってしまう自分もいる。
「はいはい、その顔しない」
「どんな顔」
「しょんぼり明日香」
「してないし」
「してるってー」
綾香が笑いながら私の肩を軽く叩く。
そのまま二人で生徒会室を出て、廊下を歩く。
放課後の校舎は、昼間より少し静かだった。
部活へ向かう声とか、階段を駆け下りる音とか、遠くから聞こえる吹奏楽部の音とか。
春の夕方の学校って、なんか好きだなと思う。
「あ」
綾香が急に立ち止まった。
「高野くん」
小さな声。
視線の先を見ると、階段の近くに高野くんがいた。
一人で窓の外を見てる。
横顔、というか、立ってるだけなのに絵になるのずるいなってちょっと思う。
「い、行ってくる」
「えっ、今!?」
「今しかない!」
綾香はそう言うと、深呼吸を一回してから歩き出した。
……すご。
行動力の化身みたい。
私は少し離れた場所で見守ることにする。
「た、高野くん!」
綾香の声。
高野くんが振り向く。
「あ、近藤」
自然な声。
綾香、ちょっと顔赤い。
「い、今帰り?」
「うん。近藤は?」
「私も!生徒会終わって!」
「そっか。お疲れ」
会話、成立してる。
当たり前なんだけど、なんだかこっちまで緊張する。
「……」
その様子を見てたら、ふと。
自分とちとのことを考えてしまった。
もし、秘密とか何もなかったら。
普通に「一緒に帰ろ?」って言えたのかな。
廊下を並んで歩いたり。
途中でコンビニ寄ったり。
そういう“普通”も、できたのかな。
――そのとき。
「坂城」
「ひゃっ!?」
突然後ろから声がして、心臓が跳ねた。
慌てて振り返る。
ちとだった。
……ち、近い。
「……びっくりした」
「ごめん」
相変わらず静かな声。
でも少しだけ、申し訳なさそうな顔してる。
私は周りを確認する。
廊下にはまだ人がいる。
だから、ちゃんと“クラスメイト”の距離を保たないと。
「小柴くん、生徒会終わったの?」
「いや、今帰るところ」
「あ、そっか」
ぎこちない。
いやもう、付き合ってるのにこの距離感おかしいでしょって自分でも思う。
でも仕方ない。
学校だし。
すると、ちとが少しだけ視線を下げた。
「……疲れてない?」
「え?」
「今日、ずっと緊張してたから」
一瞬、言葉に詰まる。
そんなの。
私より、ちとの方が絶対大変だったのに。
「そっちこそ」
小さく返す。
「囲まれてたじゃん」
「まあ……ちょっと」
少し困ったように笑う。
その顔を見た瞬間、昼間のモヤモヤが少しだけ蘇った。
でも同時に。
ちゃんと馴染もうとしてる姿を、やっぱり嬉しいとも思う。
「……綾香、助けてくれてたね」
「うん」
「助かった」
その言い方がすごく自然で。
なんだか少しだけ、胸が温かくなる。
そのとき。
「明日香ー!」
向こうから綾香の声。
見ると、綾香がすごい勢いでこっちに戻ってきていた。
……あ、終わったんだ。
「聞いて明日香!」
「え、なに」
「高野くんと途中まで帰ることになった!!」
「えっ」
私は反射的に高野くんを見る。
少し後ろで、困ったように笑ってた。
……断れなかったんだろうなって、ちょっとわかる顔。
「やばいどうしよう死ぬ」
「今日二回目だよそれ」
「今回はほんとに死ぬかもしれん」
「生きて」
綾香は完全にテンションが限界突破していた。
その横で、ちとが小さく笑った気がした。
……なんか。
こういう放課後、いいなって思う。
恋とか。
秘密とか。
緊張とか。
全部あるけど。
それでもちゃんと、“高校二年生の春”をやれてる気がした。




