第十五話①
春休み。
目が覚めた瞬間、なんとなく分かる。
「あ、今日だ」
小さく呟く。
ちとが来る日。
それだけで、
少しだけ気分が軽い。
布団の中で、スマホを見る。
時間は、まだちょっと早い。
でも、二度寝する気にはならなくて。
「……起きよ」
体を起こす。
部屋の中は、少しだけ明るい。
冬より、朝がやわらかい気がする。
春が近い。
そんな感じ。
顔を洗って、
髪を整えて、
なんとなく、いつもより少しだけ丁寧に準備する。
「……何してんだろ」
鏡を見ながら、小さく笑う。
でも、やめない。
ちょっとでも可愛く見えたいって思うの、
たぶん普通。
リビングに行くと、
お母さんがキッチンにいた。
「おはよう」
「おはよう」
少しだけ眠そうな声。
「今日、来るの?」
さらっと聞かれる。
「……うん」
少しだけ小さく答える。
「分かってるならいいけど」
お母さんがちらっとこっちを見る。
「戸締まりちゃんとね」
「……うん」
それだけで済むのが、
ちょっとありがたい。
前みたいに、説明しなくていい。
ちゃんと分かってくれてる。
「お父さんは?」
「仕事」
「そっか」
ちょっとだけほっとする。
いや、別に嫌なわけじゃないけど。
なんとなく、今日はいない方が楽。
朝ごはんを食べて、
部屋に戻る。
「……どうしよ」
ベッドに座る。
時間は、まだ少しある。
でも、なんか落ち着かない。
スマホを見る。
メッセージは――まだ来てない。
「……まだか」
当たり前なのに、ちょっと気になる。
そのまま、ごろっと横になる。
天井を見る。
ちとのこと、考える。
最近は、前より少しだけ会う回数が減った。
連絡も、ちょっとだけ減った。
でも。
その分、一回一回が大事になってる気がする。
「……変なの」
小さく笑う。
寂しいのに、
それでもちゃんと続いてる感じ。
そのとき。
――ピロン。
「……!」
すぐにスマホを取る。
《今から行く》
短い一文。
でも、それだけで十分。
「……よし」
小さく呟いて、立ち上がる。
なんか、急に緊張してきた。
部屋を見渡す。
「……片付いてるよね」
一応、確認する。
大丈夫。
たぶん。
少しして、
――ピンポーン。
インターホンの音。
「っ……」
心臓が跳ねる。
分かってたのに、
やっぱり緊張する。
ゆっくり玄関に向かう。
ドアの前で、深呼吸。
一回。
もう一回。
画面を見る。
――フードにマスク。
「……ちと」
小さく呟く。
鍵を開ける。
ドアを開ける。
「……」
目が合う。
マスク越しでも、分かる。
「……来た」
小さく言う。
「……ああ」
いつもの低い声。
でも、少しだけ柔らかい気がする。
「……入って」
一歩下がる。
ちとが中に入る。
ドアを閉める。
外の空気が遮られる。
一気に、静かになる。
「……お邪魔します」
「……うん」
短く返す。
少しだけ、沈黙。
でも。
嫌じゃない。
「……部屋、行こ」
そう言うと、
ちとは小さくうなずいた。
そのまま、二人で部屋に向かう。
――ドアを閉める。
二人きり。
その瞬間、
少しだけ、距離が近くなる気がした。
「……久しぶりだな」
ちとが、ぽつりと言う。
「……うん」
うなずく。
「ちょっとだけね」
ほんとは、もう少し長く感じてたけど。
「……会いたかった」
小さく言う。
自分でも、ちょっとびっくりするくらい素直に出た。
ちとが、一瞬だけ止まる。
それから、
少しだけ近づいてきて――
そっと、抱きしめられた。
「……っ」
驚くけど、
すぐに力を抜く。
あったかい。
「……俺も」
耳元で、小さく。
その一言だけで、
胸がじんわりする。
「……よかった」
小さく返す。
それだけで、
十分だった。




