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40 守る力がほしい

 訓練には、滝が良いとか水との相性が良いとか言っていたのに。

 急に、どうしたというんだろう……。

 窓から外を見るとだいぶ薄暗くなってきてしまった。

 なんとなく寝付けなくて……いや、それよりもまるで太公望さんから突き放された気がしてショックだったのかもしれない。やっと、力のことが少しずつでも分かってきて、訓練をしていけばいつかはちゃんとした力を持てるようになるって思っていたのになあ……。


「……戦わなくていいなら、私どうすれば良いんだろう……」


 今までは、ずっと戦うために、力を何とか付けるために必死だった。どうにかして他の神様たちの力になれるように、足手まといになることが無いようにどうにかしようって考えていたのに。


 不意に寝台から起き、立ち上がると部屋を抜け出してふらふらと王城の裏にある滝のそばまでやって来てしまった。ここは、清らかだから凄く気持ちが良い。さすがに滝の近くまで行くにはちょっと冷たくて遠くから滝を眺めることになってしまうけれど、気分を落ち着かせるにはちょうど良いかもしれない。

 適当な岩場に腰掛けると軽く目を伏せて精神を集中させた。

 何のために?

 ……今は、ぐちゃぐちゃになった気持ちを少しでも静めるため、かな……。きっと今の私は酷い、情けない顔をしているだろうから誰にも会いたくなかった。だからこっそりと一人でやって来てしまったわけだけれど、滝と水の流れる音だけに集中していくとぐちゃぐちゃだった心も自然と整っていく気がする。

 守りたい……。

 何を……?

 ふと頭に浮かんだものは、守りたいという気持ちだった。でも、それが何を示すのかが明らかにならない。

 自分を守るため、だろうか?

 でも、そんなことならこんなに悩むことはしない気がする。

 だったら私が守りたいと思うモノは一体何なんだろう?

 ここは、周は平穏らしい。裏にある山で、怨霊が出ることの方が珍しいという話を聞いた。それほどまでにバランスの整った地になっているんだろう。なら、ここで何をする?何がしたい?


「私は……守れるものなら近場にいる人たちを守りたい……」


 世界を守るなんて規模が大きすぎて理解も追いつかない。

 だったら、せめて自分の近くにいる人たちを守ることぐらいは出来ないだろうか?

 でも、周にいる人たちは何かしら力があって怨霊退治も出来てしまうらしい。

 だったらサポートは?

 万が一、傷付いたときに治療のサポートや、怪我人が出たら手当てが出来ないだろうか。

 私には身近にある水分を扱えるらしい。今は、何故か凍らせることしか出来ないけれど、もしも水分というものを自由に制御出来るようになったら怪我をした人たちの治療に役立てることは出来ないだろうか。人の体の中は水分ばかり。だからその水分で体内の循環を良くし、怪我を早く治せるようには出来ないものだろうか。


「……戦う方法じゃなくて、守る力が……ほしい」


 ぽつり、と呟くと背後から大きな溜め息が聞こえてきたものだからハッとして慌てて振り返るとそこには腰元に片手を置きながら立っている太公望さんがいた。ただそこに立っているだけだというのに、そんな姿もなかなかに様になっていて現代にいたら間違いなくモデルとかにスカウトされてしまうような見た目をしている。


「……何をしている?今日は、もうここには来ないんじゃなかったか?」


「……ここに来ると、ぐちゃぐちゃになった気持ちが落ち着く気がして……それに、気持ちを落ち着かせるには良い場所なんです」


「……そうか」


 やれやれ、と面倒くさそうに私の隣に腰を下ろしてきた太公望さん。さっきまでは突き放すように言って来たのに、こうしてそばにいてくれたりして……太公望さんは一体何を考えているんだろう?


「守る力……良いんじゃないか?お前が前線に立って戦う姿はイメージが付かない」


 あ。

 さっき呟いていた言葉もしっかりと太公望さんには聞こえていたらしい。というか、いつからそこに立っていたんだろう。もしかして、最初から背後に立っていたんだろうか?


「だが、守る人間を氷漬けにされたらたまったものではないな。……だいたい、水=凍るモノとしてのイメージが強いんじゃないか?なぜ、そうまでして水を凍らせたがる?私にはそこが分からない」


「そう、ですよね。凍らせるって自分でも不思議なんですけれど……」


 薄暗くなってきている今でも、太公望さんの髪はキラキラと銀色に輝いていて綺麗だ。なんだか近くで星でも見ているかのようで……。


「あ、もしかして。……太公望さんの色ですよ!冷たい印象はありませんが、キラキラして綺麗だなって見ていると氷に似ているのかもしれません」


「は?私に?氷と?」


「最初は、こんなことすら出来なかったんです。でも太公望さんに出会ってから水を凍らせることが出来るようになりました。たぶん、太公望さんの見た目がキラキラしていて綺麗だったからかもしれません」


 氷も光に当たるとキラキラとしていて綺麗だ。

 そして太公望さんの髪や目の色も綺麗だとばかり考えているから、もしかして同じように考えてしまっていたんじゃないだろうか。


「……今すぐそのイメージは変えた方が良いぞ。下手をしたらこれから先も水=凍った状態のままで力を使うかもしれん」


「そう、ですよね……そこが難しいところなんですけれど……」


「はぁ。もっといろいろイメージはわかないのか?だいたい水なんて何処までも流れて行くモノだろう。沸騰すれば当然熱くもなるし……って、ちゃんと考えているか?」


 軽くぺしん、と額を叩かれてしまうと慌てて我に返った。

 水のイメージ……って、何だろう?と思ってしまって。

 太公望さんの淹れてくれるお茶だって元は水から出来ている。美味しくて本当に落ち着くんだよね……。そういうイメージを強く持つことが出来るようになれれば凍らせるばかりじゃなくて他の使い方も出来るようになるだろうか。


「水のいろいろなイメージを持て。だいたい、人間の体の中には水分だらけじゃないか。血だって水分が混じっているだろう?血にはどんなイメージを持つ?」


「血、ですか……赤くて、傷を負ったら流れ出るものですから人間には欠かせない存在ですよね」


「あー……まあ、そんな感じだが……」


 おもむろに私の片手……手首を掴むと、そこから脈を感じとるようにじっと静かにしている太公望さん。


「……心臓も血が無ければ生きられない。つまり、人間の体には不可欠な存在だ」


「そう、ですね」


 困ったように今度は頭に片手を置きながらう~ん、と唸り出す太公望さん。


「とにかく、だ。水分のいろいろなイメージを膨らませろ。凍らせることばかりを考えるな」


「……あの、さっき言ったことは……」


「さっき?」


「その、部屋で別れたときに言ったことは……一体何だったんですか?」


「お前にはそう易々と死んでもらいたくは無かったからだ。だから戦い事には向かないと言いたかったんだが……なかなかに通じないものだな」


 小さく溜め息を吐くとくしゃくしゃと軽く私の頭を撫でて来た。

 突き放された気がしたのだけれど、つまり私は戦いの場には出させたくなかったってこと?分かりにくすぎでしょう……あんなこと言われたらショックで泣きたくなる人だっているんじゃないかな。


「太公望さんは、もう少し言葉というものを選んでください。さっきはショックで……だから気分がぐちゃぐちゃになりかけていたんですよ?」


「……それは、悪いと思っている」


 小さく咳払いをすると、よしよし、と今度は優しく私の心を宥めてくれるように頭を撫でてくれるようになった。

 なんだかんだでも、この場所に来てしまうのかな?それとも気になって追いかけて来てくれたのかな?言葉が足りない太公望、じれったい!


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