39 太公望の力とは?
先ほどまでは確かに湯気を出していて温かかったはず。
それが、知らないうちに氷そのものになっちゃったってこと!?
「……手は、何ともありませんでした?というか、めちゃくちゃ冷えているみたいですけれど」
さり気なく私の片手を取って、冷たい・冷えている、とばかり口にしている天化さんだったけれど自分的には特に手が冷えているとかって気分はまったく無い。
「あ。えっと……特には」
「……ほら。これでも飲んで手を温めろ」
「!ありがとうございます」
改めて太公望さんから淹れ直してもらったお茶を受け取ると何度か息を吹きかけてから温かいお茶を口にする。うん、温かい。
湯呑み茶碗を両手で包み込むように持っていればじわじわと温かさが両手から伝わってくるが、程よい温かさだ。
「氷?いつの間にこんな状態になったんでしょうか……不思議な力ですね」
お茶そのものも氷漬けになり、湯呑み茶碗が丸ごと氷と化した元お茶だったモノを興味深そうに眺めているのは楊戩さんだった。
「無意識の産物なんだろう。意識していないうちに何故かこうなる事がある」
「おや。それはまた……制御が難しそうな力ですね」
私よりも太公望さんが説明してくれる方が分かりやすい。そもそも私からすると自分の力もどういったモノなのか未だによく分かっていなかったりするから、一体いつからお茶は凍り出した?なんて聞かれても分からない。
「……大丈夫ですか?……あれ、でもハノメさんの力って身近にある水分を凍らせるモノだったんじゃ?」
「?」
「だってお茶はテーブルの上に乗ったまんまでしたよね。手には触れていないのにいつの間にか凍ったってことですか?」
天化さんは不思議そうに私とその少し先にあるテーブル上を見ては首を傾げていた。
「……ハノメの力については今はまだ判断が分からん。こればかりは地道に訓練だな」
さすがの太公望さんも音を上げてしまったらしく座りながら腕組みをして顔を伏せてしまった。この恰好って何かを考えているときの癖だったりするのかな。
「へぇ、水を凍らせる力ですか。面白い。きちんと力を扱えるようになれば自分の身を守ることにも長けた力になるかもしれませんね」
「自分を守ること、ですか?」
「力というものは悪を倒すばかりではありません。時には自分の防御力を上げることにも繋がります」
楊戩さんの力の使い方に、ほほー!と感心したように耳をすませていた。
「防御ですか……そういうのは俺は考えたことが無いのでタメになりますね」
天化さんもうんうんと頷きながら真剣に話を聞いていたみたい。
……天化さんはとにかく敵がいたら、突っ込む!って感じなんだろうか。まあ、彼に合った戦い方なのかもしれないけれど。
「で、太公望は?あなたまだご自分の力のことを明かしていないのですか?」
「……言う必要は無いだろう」
「まったく。もしかしたらあなたの力だって必要になる時がやって来るかもしれないじゃないですか」
「そんな時は来ない」
「なぜ言い切れるんです?こんな世の中ですよ。周の国自体は平和かもしれませんが、いきなり町中で怨霊でも出たらどうするんです?黙って見ているだけですか?」
なんだか、いろいろ楊戩さんが言葉を投げ掛けていくけれど、それに対して太公望さんは特に口を開こうとしない。役に立てる力があるなら、それを誇りに思わないのだろうか。
「だいたい私の力は戦いに向いている力じゃないだろう」
「使い方によっては怨霊を倒せるのでは?それにその様子では怨霊退治に試したことなど無いのでしょう?」
「……えーっと、太公望殿の力っていうのは……危ないモノだったりするんでしょうか?」
控えめに、それでも太公望さんの力について興味がわいたらしい天化さんが恐る恐る口を挟むものの楊戩さんは『いえいえ、全然』とにこやかに笑って応えてくれた。
私が力について悩んでいれば一緒にいて話も聞いてくれるし、いろいろと付き合ってくれるのに太公望さんは自分のこと……力については話してくれない。何か理由でもあるんだろうか。
「……だいたい私のことなどどうでも良いだろう」
「……はぁー……やれやれ。僕は少しこの国を見て回ってきます。異変があればすぐに連絡を入れますから」
大きな溜め息を吐きながら楊戩さんは立ち上がると部屋から出て行ってしまった。
こういうときって後に残された人たちの間に流れる気分っていうのがものすごく気まずいんだよね……。
「あー……えっと、俺も少し体を動かしてきます……」
気まずい空気はそのままに天化さんも出て行ってしまった。恐らく鍛錬所にでも行って体を動かすのかもしれない。私も一緒に、ちょっとついていけば良かったかも。
シーンと静まり返ってしまった室内には腕組みをして顔を伏せている太公望さんと何を言えば良いか……と困惑している私だけになってしまった。
「た、太公望さんは……どうして周りの人にご自分の力のことを話さないのですか?」
「言う必要が無いからだ」
「……えーっと楊戩さんは知っているみたいでしたけれど……」
「アイツとは付き合いが長いから知っているだけだ」
う~ん……この様子だと、もう力については聞かない方が良さそう……かな。本人が話したくないことを無理に聞き出すっていうのもあまり気分が良いものじゃないと思うし……。
「滝……」
「え?」
「滝、行くか?今から行っても体は冷えるばかりだし、精神も集中出来ないだろうが……」
「今日は止めておきます。それに、太公望さんも釣りっていう気分じゃ無さそうですし」
「……ハノメ。コレを、今どうにかすることが出来るか?」
コトン、と私の目の前に置かれたのはホカホカと湯気が立ち上るお茶が入っているらしい湯呑み茶碗。
どうにかって言われても……つまりは、凍らせることだろうか。じっ、としばらく湯呑み茶碗に意識を集中させようとするが目の前のお茶はうんともすんとも変わらずにそのままだ。
「……特に、何も変わりません……」
「そうか。お前はそれで良い……別に、戦わなくても天化や楊戩にでも頼めば怨霊退治は出来る。だから自分で戦う術を見つけるだとか考えなくても良い……」
いきなり、どうしたんだろう?だって訓練を積み重ねていけばいつかは身に付くと思って考えていたというのに。今更になって戦うなって言われても……。
「で、でも私は……」
「お前は普通の人間だ」
私の発言に被せてくるようにズバッと太公望さんが言い放ってくるものだから思わずビクッと肩が震えてしまった。
「無意識のうちに力を使って制御が付かなくなるぐらいだったら使わない方が良い。それがお前のタメだ。前までいた仲間の元に帰りたいとも考えていないのだろう?だったら尚更、力とは無縁の暮らしをした方が良い」
「……っ……でも」
「お前は周に来て、人間たちの暮らしぶりに驚いただろう。活発があって、自然も豊かで。……それは、何故だと思う?ここは、バランスが整っているからだ。確か五行説の話が云々と言っていたな?それがこの地では整っている。お前は分からないかもしれないが、姫昌殿をはじめ、この地に住まう地位の高い者や腕達者なヤツらはそれぞれの五行属性というものを持ち合わせている。伯邑考殿や天化、そして私にも……楊戩だって来たこの国は、より平穏になる。お前は、ここでは何がしたい?この平和な地で、何をするつもりだ?」
なんで、そんなことを言うんだろう……。
私は必死になって力の制御を付けよう!って意気込んでいたというのに、それなのに今更、お前は必要無いって言われているようで……言葉が出ない。
「……部屋に送る。ゆっくり寝て、そして考えろ。もしもまだ戦いたいと考えるなら怨霊が蔓延る地にいくらでも連れて行ってやる。もし考えがまとまらないようなら、この地に留まりいくらでも考えろ」
私の腕を引っ張って立ち上がらせると空いている部屋に連れて行かれ、ドアを閉められてしまった。
え、もしかして……私って、いらない?
「そんなこと言われても……急に、分からないよ……」
ぼすっと寝台に寝転がれば天井を眺めつつ顔に腕を乗せてきゅっと唇を噛み締めていた。
なっ、急に突き放すの!?酷い!太公望さんっ!!!
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