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38 バカ殿のいる国

 優しそうで、礼儀正しそうなイケメン、楊戩さんと出会った。

 ちょっと太公望さんをからかうようなやり取りが見られるので、きっと古くからの知り合い……なのかな?

 太公望さんが楊戩さんを連れて来たのは、複数の人たちが集い、そして座るための椅子も完備されている応接間のような場所。

 先に楊戩さんを席に促すやいなや、太公望さんはすぐさま温かなお茶の準備をしはじめていく。お茶とかの用意が好きだったりするのだろうか。何か手伝いましょうか?と声を掛けるものの先に座っていてくれ、と返されるばかり。まあ、慣れた手付きだし、実際に太公望さんが淹れてくれたお茶は温かくて落ち着くモノだから任せてしまっても良さそうだ。

 楊戩さんとともに先に座っていた天化さんのことを真っすぐに見ている楊戩さんだったから天化さんも少しばかり気まずくなってしまったんだろう……。


「えーっと……俺に、何か?」


 少しばかり顔を引きつらせている天化さんを見ると、『失礼しました』と一声掛けるものの残念そうに視線を下げてしまった。


「……あなたの父君のことは残念でしたね……黄飛虎殿は有名な方でしたから悲報を耳にしたときには冗談か何かかと思いましたが……あなたは父母のどちらにも似ているようですね」


「親父やお袋のこと、知っていたんですか?」


「何度かお会いしたことはありますよ。もちろん、あなたとも。……天化、といいましたか。立派に成長したみたいですね」


「え、あ、いや……えっと、ありがとう……ございます?」


 複雑なのだろうか、素直にお礼が言えない天化さんに苦笑いしつつ空いている席に座ると今度は私の顔をじっと見つめてくる楊戩さん。


「あなたからは……少し変わった気のようなモノが感じられるのですが……太公望とはどのようにして出会ったのですか?」


「えっと……」


「コイツは、神候補の一人らしいぞ」


 どこから説明したものか、と悩んでいるとお茶を運んでくる太公望さんの言葉に遮られてしまった。


「神候補?」


「神としての力は存分に引き出すことが出来ない。だが、普通の人間には扱えないような力を持っている。……まあ、天化にも力そのものはまったくの別物だが変わった力を持っているみたいだがな」


 当然、不思議がるだろう。

 でも、太公望さんの説明によってあれこれと私が説明しなくても楊戩さんには伝わったようで安心してしまった。だって、また過去にあったあれこれを言わなきゃいけないのかな……と思うとどうしたって気が重くなってしまうから。


「……なるほど。まあ、その変わった力とやらはここにいる全員が持っているのではありませんか?」


「「え?」」


 それに不思議そうに声を上げたのは私と天化さん。

 だって、太公望さんは占いと釣りぐらいをするってだけで、今まで力が云々って話は聞いたことがなかったからだ。


「……私には、そんな特別な力とやらは持っていない」


「太公望。秘密にしておきたい気持ちは分かります。が、別にあなたの力を知っても我々は軽蔑はしませんよ?」


 楊戩さんは、太公望さんの『力』とやらを知っているんだろうか。

 でも、どんなに優しく楊戩さんの言葉が掛けられてもそれに関して太公望さんが口を開くことは無かった。


「……そんなことより、どうだった?東の方は」


「ここが恵まれているのが不思議なぐらいですね。東の方は、人々の生活が危うい。ところが、とある国ではバカみたいに毎日大騒ぎばかりを繰り返して過ごしています」


「……バカ殿がいる国だろう?」


「バカ殿?」


「あー……俺も昔住んでいた所ですね。いんっていう国になるんですが、そこの王様はバカ殿って言われていて有名なんです」


 私が不思議そうにしていると天化さんが思い出したように、それでいて何処か懐かしむように説明してくれた。


「その、大騒ぎというのは……争いか何かでしょうか?」


「はは、むしろその逆ですね」


 天化さんが苦笑いまじりに言うと楊戩さんも同意するように頷き返してくれた。近くの太公望さんは静かにお茶を口にしている。


「何処にそんな物資があるのか分かりませんでしたが、毎日がお祭りムードのようなモノでした。市民たちは毎日にように浮かれ、そしてその国の王も何も疑問に思うことなく市民たちとともにバカ騒ぎを起こして毎日を過ごしています」


「……でも、さすがに毎日って……」


「そこが疑問ですよね。僕もしばらく様子を見ていたのですが、原因はまだ掴めていません。裏には必ず何かの力が働いているものかと思うのですが、探ろう探ろうと思えば思うほどに遠ざかってしまうようで……」


「……なんだか、不気味……ですね」


「……ほぉ?何故そう思う?」


 ぽつり、と呟いた言葉に反応を示したのは太公望さんだった。鋭い目付きを向けながら私の考え、みたいなものを伺っているのかもしれない。


「だって、お祭りって言って盛り上がってもせいぜい数日ぐらいでしょう?それに、毎日のように賑わう国なんて……逆にどんどん衰退に近付いていっているみたいな感じがします」


 毎日が賑わう国……。

 私の頭の中では、とあるブロックパズルを思い浮かべていた。一つ組みあがるたびにどんどん盛り上がるパズル。だけれど、下の方はいつ崩れてしまってもおかしくない程にぐらぐら揺れていて、今にもパズルそのものが倒れてしまいそうなモノをイメージしていた。


「天化がいたときは?」


「俺がいたときから妙に明るいっつーか、いや、あれは異様な明るさだったって言えば納得ですね。市民たちは何かに憑りつかれたように明るくて、買い物に出掛けても『お金はいらないよ!』って何処でも言われるぐらいで……それを親父たちは知っていたかもしれません。親父や一部の人たちは王様に何とかするように詰め寄ったらしいんですけれど、ある時、近くで戦が起こりそうだからって言われて……そのままです」


 当時のことを思い出したのか、それとも国の異様さを思い出したのか、天化さんは自分の武器である双剣の鞘を無意識のうちにぎゅっと掴んでいた。


 そういう国ならば王こそがしっかりしなければ。でも、その王もバカ殿だなんて呼ばれているだなんて……。あれ?もしも王様がいるならお妃様みたいな存在は?


「その殷の国の……お妃様は……?」


「俺がいたときにはいませんでした。えーっと、こういう言い方はどうかと思うんですけれど……女嫌いだとかって噂があって……」


「へ?」


「さすがに今は良い歳だろう?そろそろ一人や二人ぐらいいてもおかしくはない話だが……女嫌い?私は女にトラウマがあるとかって聞いた覚えがある」


 似たような言葉として受け取ってもいいんだろうか……?

 でも、楊戩さんは『やれやれ』と困ったように首を左右に振った。


「昔の彼については太公望や天化くんの方が詳しいみたいですね。ですが、僕が見てきた限りでは女性に囲まれた生活をなさっておられましたよ」


「ええ!?」


「……王に成り代わる人物でも変わったか?」


「残念ながら人物は同一人物のようです。ある時から、人が変わったように女好きになられたとか……」


 女性嫌いやトラウマがある人がいきなり女性好きになる生活に……?

 それこそ、何か悪いモノにでも憑りつかれているんじゃないだろうか……。そう、例えば私がここに来たときのように……。


「お妃様が原因……ってことはありますか?」


「ハノメさんといいましたか。そうですね、今の妃を迎えられてから人が変わったと言われています。が、町の様子は更に度を越して大騒ぎをしているのは変わりません」


 その王様の変貌ぶりはお妃様のせいっていうのが強いかもしれないけれど、町の様子の原因がよく分からないな……。

 何か、その町に良くないモノでも潜んでいる……とか。


 ついつい忘れてしまっていたが、太公望さんが用意してくれたお茶に手を伸ばそうとすると温かなお茶のはずなのに、びっくりするほど冷たくて驚きのあまり手を滑らせてしまった。普通、こうなると湯飲み茶碗はガシャンと音を立てて床に落ちて割れてしまいそうなものだが床に落ちても形はそのまま。恐る恐る、袖口を鍋掴みのように使い湯飲み茶椀を持ち上げるとお茶そのものも凍っていてお茶碗全体が氷のように冷たくなってしまっていた。


「!……それは……」


「うぉ!冷たっ!……大丈夫でしたか?つか、手もめちゃくちゃ冷えてますよ!?」


 楊戩さんは氷漬けになった湯呑み茶碗を物珍しそうに。そして天化さんは私の手を取ると私の手も冷えていることに驚いていた。そのかたわらで太公望さんは静かに私の様子を眺めていたのだった。

 周っていう国があるのだから、東には『あの国』だろう!ということで殷っていう国を登場!バカ殿って凄い言われ方をされていますが……とある御仁になります……。


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