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35 心の力

 温かいお茶に安心してしまったんだろうか。

 それとも太公望さんが一緒にいるから安心した?

 凄くぐっすりと寝ている気がする……。

「……ここは……花畑?」


 目を開けて体を起こすと、そこは見知らぬ花々が咲き誇っている場所だった。何処までも何処までも、その花畑は広がっていて、何処まで行ったらこの花畑が終わるんだろう?って思うぐらいに、ずーっと先まで花々が咲いていた。


『!おや。こんな所に……客とは珍しいのぉ?』


「!あれ、その声って……」


 私とそう離れていない場所で花を愛でる人物がいたものだからついついジッと見つめていると不意に顔を向けられ、声を掛けられた。その声は、確か……私が周にやって来たばかりの頃に禊と称して滝の水の中に入ったときに聞いた声じゃないだろうか?


『?おやおや、誰かと思うたら、この前の穢れまみれの娘じゃったか。ふむ……はは、今は随分と顔色が良くなっているではないか。良い出会いでもあったのかぇ?』


「出会いと言っても良いのか分かりませんけれど……凄く頼りになる方たちと出会うことが出来ました」


『ほほ。その言い方だと昔は頼れない者たちとばかりいたような言い方ではないか?』


「!あ、いえ、決してそういうわけでは無いんですけれど……」


 慌てて訂正の言葉を言おうとするが、謎の美女にそれは制されてしまった。


『よいよい。新たな出会いを経て人間というモノはどんどん成長していくものなのだろう?多くの者たちと出会うのは良いことではないか』


 よくよく見てみれば凄く柔らかそうな衣類に身を包んでいるらしい女性。そして頭や耳元にも派手過ぎることの無い装飾品で飾られていて、この女性の品の良さが伺える。あれ、でもここって私の夢の中なんじゃ……?確か、太公望さんの部屋で急に眠くなったんだよね……?


『どうしたのじゃ?』


「あ……えっと、ここってどういう場所なのかなって思いまして……凄く綺麗な場所で……現実的では無いというか……」


『ここは、お主の心の中じゃ。気付いておらんのか?』


「えぇ!?私の!?いえいえ、そんな、こんな綺麗な場所が私の心の中だなんて……」


『信じられぬのか?これほど綺麗な場所はそうそう見れん。誇りに思うが良いぞ?』


 私の心の中って、こんなに綺麗なの?でも、イマイチ実感が持てない。だって、私だっていろいろと思ったり、考えたりすることはあるし。こんなに綺麗な花ばかりの世界だなんて言われても信じられなかった。


『ここは、とても純粋。だが、いともたやすく壊れてしまいそうな程に脆そうじゃな……綺麗なモノほどに壊れやすい』


 手近なところに咲いている花にそっと手を添えながら目を細めて愛おしそうに眺めるものの、哀しみに満ちた表情を浮かべて顔を伏せてしまう。


「あ、あの!聞きたいことがあって……」


 そう!

 この人なら、もしかして……と思って口を開く。


『なんじゃ?』


「私、身近にある水分を凍らせる力があるみたいなんですが……どうしても力の制御みたいなモノが上手く出来なくて……」


 水を凍らせる力。

 でも、いざ凍らせようと思ってもそれが上手くいかないものだからどうしたものかと考えていた。

 禊のときにもこの人の声が聞こえてきたものだから、きっとこの人なら良いアドバイスをくれるんじゃないかと思っていた。


『力というものは何だと思う?』


 が、美女からは『力とは何か?』と逆に質問を受けることになってしまった。

 力?力って悪いモノを退治するっていうことで良いんだろうか……?


「え?えーっと……悪霊とか怨霊といったモノを退治する力っていうことでしょうか?」


『ん。それも答えの一つかもしれんが。力そのものはお主から生まれておるのだろう?だったら、力というものはお主自身ということじゃ。つまり、いろいろな経験や出会いを経ていけばいくほどに力は蓄えられるということじゃな』


 私の答えは不正解とまではいかないらしいが、力というものは私自身であるということを言われてしまった。

 つまり、力そのものを付けるためにはもっといろいろな経験とか出会いを繰り返していけってことなのかな?


「経験や出会い、ですか……」


 何者かによって無理に双子ちゃんに道を開けてもらい、たまたま周という国に来てしまったのだけれど、それって本当に『たまたま』という偶然だったのだろうか?

 ここに来て私はいろいろな人と出会うことが出来た。決して私の言うことをバカにしたり、嘘だと言う人なんて一人もいない。多少は、驚かれることはあったけれど、それでもきちんと話を聞いてくれる人たちばかりでみんな良い人ばかりなんだと思った。


『心、と言ったであろう?心を成長させるためには、経験を積み、多くの者たちとの出会いを大切にしていくことじゃ』


「……なるほど」


『ふふっ、そう真剣に捉えるでないぞ?ほれほれ、もっとにこやかに笑って見せんか。私が他人の心の中に訪れるのはそうそう無いのだから光栄に思ってくれても良いのじゃよ?』


 う~ん、笑えと言われても笑えるものかな。

 そもそも、この人って……誰なんだろう?


「今更なのかもしれませんが、あなたは……?」


『おやおや。まさかそのような質問をされるとは……私は……××××じゃ』


 あれ、上手く聞き取れなかった。

 肝心なところが聞き取れないってどういうこと?


『大丈夫。お主は、一歩一歩確実に前を進んでおるよ。そうじゃなあ……付け加えるとすれば、恋でもしてみると良いかもしれんぞ?お主ぐらいの歳ならば恋だの愛だのと騒がしいではないか』


「こ……っ!?いやいや、そういう状況ではないので!」


『おやぁ~?途端に慌て出したではないか。ほほ!良いことじゃな。恋心というものも心の栄養の一部。これからも大切にしていくと良いぞ、ミヅハノメ』


「あ!だから私はそういう名前じゃ……」


 私はハノメです、って言い返したかったのに、ふわぁ~っとその謎の美女は跡形も無く消えてしまった。ま、まさか幽霊!?いやいや、夢の中で幽霊ってそれこそ有り得ないでしょう!だ、大丈夫!ここは夢の中なんだから……。

 そう私も考えていると花畑の景色が歪んで見えるようになってきた。霞むというか、モヤがかかるというか……これは、夢から覚めるのかな?残念……綺麗な花畑だからもう少し見ていたかったのに……まあ、夢の中だけれどこんなにも意識がはっきりとする夢ってあるんだなあ……。


「むにゃ……ゆ、め……ゆめ……」


 むにゃむにゃ、と言いながら瞼を開けていくと薄暗い部屋……ここって太公望さんの部屋、で良いんだよね?確か。

 いつの間に掛けられたのか、体には毛布が掛かっていて、肝心の太公望さんは……と言うと寝台を背にし、腕組みをしながら顔を伏せていた。え、まさかその体勢のまま寝ている?


「……た、太公望さん、太公望さん……」


 私は部屋の主を床に寝させ、自分が寝台に寝かされていることに気が付くと申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらそーっと、ぽんぽんと太公望さんの肩を叩いた。


「…………起きたか。気分は、どうだ?」


 ゆっくりと時間を掛けながら伏せていた顔を上げると下から私の顔色をまじまじと見上げてくる。


「気分?えーっと、だいぶゆっくり寝てしまったみたいで……しかも、ここって太公望さんの部屋なんですよね?……す、すみません……」


「すみません?それは何に対しての謝罪だ?」


 罰が悪そうに言うものの、太公望さんには意味が分かっていないのか不思議そうにしている。


「部屋の主を差し置いてここで寝てしまったみたいなので……」


「別に。……それより、ちゃんと眠れたか?」


「だいぶ、ぐっすりと……」


「そうか。それは良かった……」


 立ち上がった太公望さんは安心したように小さく笑みを浮かべると寝台の端にちょこんと腰掛けた。あ……変な体勢で寝ていたせいだろうか、三つ編みが少し崩れてしまっている。これってそもそも自分で編んでいるのかな?


「太公望さん……髪が、その……三つ編みが少し崩れてしまっていますよ?直しましょうか?」


「……あぁ、頼む」


 え。

 まさかのご依頼が!ほんの少しばかり距離を詰めてきたものだから、これで『やっぱり無理です!』なんて言えないよね……。あまりにも綺麗な髪だから傷付けてしまわないかと恐る恐るキラキラな銀色の髪に触れていくと意外というか、やっぱりというか、さらさらな髪質でとても触り心地が良い。一度、結い留められている箇所を解いていくと三つ編みを直し、改めて留めていけば完成。結構、髪長いんだなあ……そもそも三つ編みが出来るってことはそこそこの長さがあると思っていたけれど……これ、三つ編みしないままで過ごしていたら一瞬誰か分からないのかもしれない。


「ど、どうでしょうか?」


「ん。……ありがとう」


 適当に髪に触れるとさほど崩れていたことも気にしていないようだったが整えられたことを指先で確認すると素直にお礼を言われたので、ちょっとだけびっくりしてしまった。なんて言うか、太公望さんでも素直にお礼とか言うんだ……って、人なら当たり前……か。

 謎の美女の正体とは!?

 心の成長には、経験やら出会いやらを大切に、と言われてしまいましたねぇ。どんどんいろいろなことを経験していきましょう!


 良ければ『ブックマーク』や『評価』などをしていただけると嬉しいです。もちろん全ての読者様には愛と感謝をお届けしていきますよ!

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