32 考える特訓
太公望さんの昔話というものを聞いてしまった。
髪や目の色は呪いだ、と言うが私は加護だと思った。
だって、最初に見たときとても綺麗だと思ったんだもん。
どれぐらい釣りをしているのか時間の感覚が分からないのだけれど、釣れるはずがない枝に付けた糸がピクピクと揺れた気がして、慌てて水面に目を向けるものの別に魚がかかっているっていうわけではないみたい。綺麗な川だから魚がいればすぐに見えるし。……だったら、さっきの揺れは一体何だったんだろう?川の流れの勢いで揺れた、ともちょっと違う気がしたんだよね。
「どうした?」
「あ、その……糸が揺れた気がして……」
「ただ垂らしている糸だぞ?何処かに引っかかったか?」
太公望さんは軽く目を閉じ、瞑想らしきモノをしていたらしく隣でなにやら動いている私が気になったのか、パチッと目を開けると何事だ?とばかりに同じく川を覗き込んだ。が、相変わらず滝から流れ落ちてくる水が流れるだけで、特に生き物に引っ張られたとか石とかに引っかかったとかって感じでも無さそう……。
でも、よくよく糸の先を見てみると、キラキラ光っているモノが……。アレは……?
「おい。糸を引き上げてみろ」
「は、はい……」
するする、と糸を引っ張っていくもののやっぱり糸の先に何かが引っかかっているというわけではなかった。でも、水面に浸かっていた糸の先に触れてみると……冷たい。
いや、水の冷たさが感じるっていうのもあったのかもしれないけれど、それだけじゃなくて……。
「……糸が、凍っている?」
太公望さんが不思議そうに私に握られている糸の先をそっと触ると、水に浸かっていた湿り気のようなモノを感じるのではなくて、軽くカチカチに凍った状態になっている糸の様子に目を丸くしていた。妙にキラキラ光って見えたのは凍っていたせいだったようだ。
「凍るって……でも、川の水は変わっていないですよね?」
「……お前、今何を考えていた?」
「は?」
「無心だったか?……それとも、何か考えて糸を垂らしていたのではないのか?」
「えーっと……何かって言われると……さっきまでは最初に太公望さんと出会ったときのことを思い返していたぐらいですけれど……」
「私に会ったときを?」
綺麗な色だ、と。もしかしたらこの人も神に近い存在なんじゃないかと思っていたほどだ。そんな太公望さんのことを思い返していたら糸の先が凍っちゃったってこと?それとも、無駄なことは考えずに考え事に没頭していたから凍ることになってしまったんだろうか。
「……コレだな」
「え?」
「お前の顔に悪い相が出ていると言って、この川に体を浸からせただろう?その時にも川が薄っすらと凍ったことがあった。つまり、お前は身近にある水分を凍らせることが出来るんじゃないか?」
「……凍らせること、ですか……?」
イマイチ、ピンと来ない。
でも、それが本当ならば、もしかして怨霊に対してそうやった力の使い方をすれば怨霊退治をすることが出来るだろうか?
「んー……でも、凍らせようと必死になっても……特に変化は見られないんですけれど……」
「ハノメは悪霊や怨霊の存在に寒気がすると言っていたな。それは、存在を知ろうと意識していることか?むしろ逆だろう。無意識のうちに体の感覚の方が働いているはずだ。……たぶん、この力も……使おう、考えよう、意識しようとすると難しいのかもしれん」
「……無意識に、おこなえと?」
いやいや、その方が難しいんじゃ……?だって、目の前に悪霊や怨霊が現れたら『倒そう!やっつけよう!』ってどうしても意気込んじゃう。そのなかで、無意識のうちに力を生み出すなんて……無理が無いだろうか?
「……その力を、より引き出しやすくするために……特訓だな」
「特訓、ですか」
「伯邑考殿や天化も言っていただろう?ここの滝や川は清らかで集中・瞑想するにはもってこいだ、と。しばらくお前はここでとにかく意識を集中すること、もしくは戦闘とは関係の無いことを考え続ける意思を持続させることの特訓だ」
「……なんだか、戦う方法を探したいのに、しようと考えていることは真逆のような……?」
「そうか?武に長ける天化も時には頭を空っぽにさせる瞑想なモノをすることがある。別におかしな話ではない」
「……不思議な、モノなんですねえ……」
「お前が言うか。だいたい初めて川が凍った時、私は肝が冷えたんだぞ?……だが、ハノメには水と波長が合うというか……相性そのものが良いんだろう。だから、この場所がうってつけなのだ」
双子ちゃんたちからは『水の気』『水の属性』があるって言われていたっけ。だからなのかな。それに、ここの川は本当に澄んでいる気がしていて、ただ座っているだけなのに気持ちが良いような……気分が落ち着く感じがする。
そう言えば、禊とやらをしたのもこの川だったっけ。あの時、不思議な声を聞いた気がしたんだけれどあれ以来、あの声のようなものは聞こえてきていない。単なる幻聴の一つだったのか、それともあの時だからこそ聞こえた何かだったのか……それは未だに分からないことだけれど、確かにこの場所は私に合っているんだろう。
「戦うことよりも、他の……日常的なことを考えろ。今までどんな人たちに会った?そこでどんな会話をしていた?お前は、どんな気持ちを抱いたのか……それをじっくり考える特訓だな」
それで本当に大丈夫なのかな?
でも、他に出来そうなことって見当たらないから太公望さんの案を試してみることにした。
考えることは、とにかく戦うこととは関係の無いこと……。
だったら、今まで出会った神様たちのことよりも、周に来てから出会った人たちのことを考えた方が良いだろうか。だって神様たちがいるところだとどうしても私は『一刻も早く力を付けて戦えるようにしないと!』って気持ちばかりが焦っていた気がする。焦らなくても良い、と何度も言われていたけれど、そういう言葉って裏返しにすれば『もっと頑張りなさい』って言われているように聞こえてしまってやっぱり落ち着かなかった。……あぁ、でもあの立派な大木の下で飲んだお茶は美味しかったなぁ……また、口に出来る日はやって来るんだろうか……。
一人でやって来たのは、周という国。
活気があって、いろいろなお店があって、人たちも健康そうに過ごしていて見ているだけでこっちも元気がもらえるような気がした。そこで出会ったのはキラキラと輝く銀髪と銀色の瞳を持った、太公望さん。あまりにもキラキラしていたから、また神の関係者かと思ったんだっけ……。初対面のときには、とても優しそうな人っていう感じがしたけれど時間が経つにつれて子どもっぽさがあり、ちょっと鋭い視線にギクッとしてしまうこともあったけれど、悪い相が付いているからという理由で禊のようなものに付き合ってくれたのも太公望さんだった。
「……、……おい、ハノメ!」
「ハッ!!」
まるで怒鳴りつけんばかりの太公望さんの大声にビクッと体を震わせながら目を開ける。あぁ、目を閉じていたんだ。そして今までどんなふうに過ごしていたのかって考えていたんだった。主に、周に来てから……そして太公望さんという人物について考えていたのだけれど。
でも、太公望さんが信じられないモノでも見るように私の手元を見ているから『何?』と私も自分の手元に視線を向けた。
そこには……枝に付けられた糸には、まるで冬のはじまりに地面に霜が付いたかのよう……。糸には、そこだけ雪が降り積もったかのように……そして糸の先には氷柱が生まれていた。それは、とてもキラキラと輝いていて、まるで……太公望さんの髪色のようにも見えてしまった。
戦う方法を知るために、戦いとは関係の無い考え事をするというのはなかなかに矛盾していて難しいことだと思います(汗)……簡単に言えば、全く眠くはないこれから仕事だ!というのに眠ろう眠ろう!と考えようとすることでしょうか……?
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