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31 太公望の過去

 ちょっとだけかもしれないけれど、今の自分にやれそうなことを見つけることができた。

 それは、裏にある滝の近くで精神集中をすること。

 それが、今の私には向いているらしい。

「なーんか、太公望殿……様子が変じゃありません?」


「そう、ですよね。……でも、何かあったのかと聞いても特には……と返されるばかりで……」


 天化さんも日課だということで、鍛錬所で己の武器を手にしながら自分の体を動かしていたものの、私からちょっと離れた場所にいて、壁に背を預けながら腕組みをして顔を床に向けている太公望さんに不思議がる様子に私も頷きながらもどう応えるべきか戸惑っていた。


「むしろ天化さんたちの方が太公望さんと付き合いは長いんですよね?太公望さんのあの感じって今まで見たことは無いんですか?」


「あー……全く無いってわけじゃないんですけれど……その、近くで戦があった後とか……それこそ、俺の親父が死んだって聞かされていたときなんかも、あぁして一人で離れた所で静かにしていることが多かったですね……」


「!す、すみません……」


「いえいえ。俺はだいぶ吹っ切れていますが……太公望殿っていろいろな人と知り合いだったってこともあるんで、それで傷心しているのかも?でも、最近は、何処ぞで戦があったとか誰かが死んだとか……そんなこと無いですよね……」


「……えっと、今更かもしれないんですが……太公望さんの見た目って元から、……その銀髪だったんですか?」


「あぁ、珍しいですよね。最初、会ったときはそれこそ神様って太公望殿のような見た目なのかな?って思ったぐらいでした。でも、話を聞く限り、太公望殿が得意とするモノって占いとか釣りぐらいだそうですよ」


「……釣り?」


「落ち着くとか、精神の集中にはちょうど良い、とかってしているらしいです」


 うーん、私、釣りってあんまりしたことないんだけれど……太公望さんにはお世話になってきているし、たまにはこちらが何かしてあげたい。かと言って太公望さんの好みを知っているほどの仲ってわけでもないから太公望さんの気が紛れること……にでも付き合ってあげられれば良いんだけれど……。


「釣りに、誘ってみます。天化さんはどうしますか?」


「俺は、まだこちらで体を動かしています。まあ滝の近くに行くなら怨霊などはいないと思うので、ゆっくりしてきてください」


 優しく『行ってらっしゃい』とつげられると私は太公望さんの近くに歩み寄り、顔を伏せている太公望さんの顔を覗き込むようにして下から顔を見上げてみた。


「太公望さん、太公望さん!」


「うぉ!?ど、どうした……?」


 凄い驚き方。そんなに、何を熱心に考えていたんだろう……。


「これから滝の近くに行くので釣りに行きませんか?太公望さんって釣りがお好きなんですよね?たまたま聞いちゃったので……」


「嫌いではない。……が、釣り具は?用意しているのか?」


「あ。……いえ、これから……」


「だったらこのままで良い。行くぞ」


 え、え?太公望さんも手ぶらだよ?いいの?それらしい道具なんて何も持っていないのにそのまま行くの?と思いながらスタスタ先を歩く太公望さんの後ろを追って行った。


 久しぶりに滝の近くにやって来たが、やっぱり水の勢いが凄い場所だ。もう少し滝の近くにでも行けば飛沫が顔にまで飛んでくるだろう。

 太公望さんは近くの林道から何やら適度な長さの木の枝を見つけるとそこに糸のようなモノを付けたものを私にも手渡してきた。


「……これは?」


「どうせ、お前のことだから本気で魚を釣ろうなどとは考えていないんだろう?だったら形だけで良い。それに……考え事をするなら、これだけあれば良いんだ」


 つまり、これを垂らせ……ってこと?

 確かに、本格的な釣りをする気は無かったけれど(そもそも釣りらしい釣りをしたことが無かったため)まさか、木の枝を渡されて、これで釣りをすることになるなんて思わなかった。太公望さんは、近くの岩場に座ると木の枝に付けた糸を川に垂らしてじっと真面目に川を眺めていた。その目は本当に川を見ているんだろうか……もしかしたら、先の世の行く末でも見据えているんじゃ……って、それはさすがに考え過ぎかな。

 私も太公望さんの近くに座って木の枝に付けた糸を垂らしはじめていく。もちろんこんなモノじゃ絶対に魚なんて釣れないし、あくまでも精神を集中させるモノ、瞑想の一つのような感じで止まることのない川の流れと音に集中しながら糸の先をじっと見つめていた。


「……ハノメは、水を怖いと思ったことは無いか?」


「え?」


「……いや、何でも無い……」


「太公望さんは、水が苦手なんですか?」


「苦手というほどではない。……が、一度溺れかけたことがある。……小さな頃に」


「それ、もしかしてトラウマですか?」


「だから苦手というわけではないと言っているだろう。……その時を境にして、私の髪や目の色が変化していった。日に日に老人のような髪、異質な目の色になって溺れかけた川には立ち入ることが出来なくなってしまった……」


 あ。

 やっぱり、その髪と目の色って生まれ持ったモノじゃなかったんだ……でも、溺れかけたって……何か事故でもあったんだろうか。


「こんな色に変わった原因は不明だ。だが、私のこの見た目を貶したり、蔑ろにするヤツらにはことごとく天罰のように、不治の病や原因不明の死がおとずれるようになっていった。……私のいた村で、今まで一緒に暮らしていた者たちが、一人……また一人と原因不明の死を遂げる。私は、それが耐えられなくて村を出て、しばらくは根無し草のような生活をしていた……孤独な生活に川へ身を投げようとも考えた時があったが、ある時、一人の女と出会った。その女は、本当は秘密にしなければならないと言っていたのだが水の神であるということ。私に向かってまだやるべきことがあるから命をどうか投げ出さないで欲しいと訴えてきた。その女と出会ったのはそれ一度だけ。また長く孤独な生活が続くのかと思っていたが、川の近くで今のように釣りをしていたら姫昌殿に出会うことが出来た。それからはいろいろな人脈が生まれ姫昌殿には感謝してもしきれずにいる。……もし、水の呪いか何かが存在するとすれば私の見た目が、そうなのかもしれんな」


 唖然。

 ただただ、太公望さんの話を聞いていくことしか出来なかった。

 だって、そんな……後になって考えていけば姫昌さんと出会えて良かったのかもしれない。でも、それまでは一人で苦しい生活を送っていたんだろう。


「水の呪いかどうかは分かりません。でも……太公望さんの髪や目の色は、とても綺麗に見えます。先ほど天化さんも仰っていたんですが、初めて太公望さんと会ったとき、神様かもしれないって言っていたんです。それほど綺麗ってことなんですよ」


「だが、普通では無いだろう?」


「……普通、って?太公望さんの言う普通って見た目の問題のことを言っているんですか?」


「あ、いや……少し違うが……」


「だったら、見た目の違いなんて些細なことだと思います。うーん……それに、もしもそれが本当に呪いか何かだとしたら……もっと嫌な感じがする、と思います。天化さんだって怨霊を近くにすると嫌な感じって言うでしょう?でも、太公望さんからはそういう悪い気のようなものは無いんです」


「……では、呪いでは無い、と?」


「どっちかって言うと逆なんじゃないかと思います。呪いの逆ですから……祝福、とか?加護、とか?」


 上手い言葉が見つからないけれど、もしも呪い系に憑かれているのだったら最初に会ったときから嫌な感じ、それこそ寒気をずっと感じていたかもしれない。でも、太公望さんと一緒にいるときってそういうのが無い。まったく感じたことが無い。むしろ、安心するというか……落ち着く感じがした。


「それに、私が以前までお世話になっていた神様たちの中にも似たような髪色をしている方たちがいたんです。他の神様たちは赤い髪色や金髪だったり、それはそれはカラフルな見た目の方ばかりでしたよ。なので、私は太公望さんを見て、異常だ……なんて思うことはありません」


 私の言葉を耳にした太公望さんは、安堵か、それとも呆れたものから発せられたものなのかは分からなかったけれど、長い溜め息を静かに吐いて、再び釣りに集中しはじめていった。

 太公望さん!やっぱり過去にいろいろあったんですね!?でも、なんでいきなりそんなことを言い出したんだろう!?気になる!!!!


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