28 手合わせ
『俺で良ければ!』と簡単に応えてくれるものとばかり考えていたのだけれど……そうそう上手い具合にはいかないみたい。
このまま天化さんの判断を待つか、それとも……。
時間が欲しい……と天化さんに言われてしまったので、仕方なく私は……待つことしか出来ない。でも、いつまで待てば良い?その待っている間に、もしかしたら戦う方法を教えてもらえる良い人が見つかるかもしれないのでは?と思ったけれど、まだ何とも答えてくれない天化さんに、私の心は焦るばかりだった。
「また、顔の相が悪くなっている。再度、滝の下へ落としてやろうか?」
「!い、いや、それは……」
また、あの冷たい川の中に入るのはちょっと……いや、かなり遠慮したい。慌てる私に小さくフッと笑みを浮かべた太公望さんは意地悪そうに隣に腰掛けてきた。
私がいるのは、お城の近くにある庭。最初に姫昌さんと太公望さんとともに訪れた小部屋がある、あの庭だった。なんとなく自然のモノに触れたくて池の近くに腰を下ろすと池の中を元気に泳いでいる鯉?を見つけたものだからついつい夢中になって視線で追っていた。でも、心の中ではいつになったら天化さんは答えを出してくれるだろうか……と焦って待っていた。
「……それは冗談だが、悩み事か?」
「悩み事というか、天化さんは今何をしているのかなと思って……」
「アイツなら鍛錬所にて体を動かしているぞ?」
「鍛錬所?」
「城の兵士たちもそこで鍛錬をしている。見たことが無いのなら見に行くか?」
「は、はい。……お願いします」
先に太公望さんが立ち上がると、私も続いて立ち上がり、スタスタと歩いて行く太公望さんの後を追った。
鍛錬所。あまり、そういうところには今まで縁が無かったよね。神様たちがいる庭園でも特に神様たちが体を鍛えるようなところって見ていなかったし。もしかして神様って体を鍛える必要とかって無いのかな?でも、それなら何処からあんな凄い力が生まれるんだろう?
少し歩いた先の方からは、何やら剣同士がぶつかり合う金属音。そして、そこそこの人たちが集まっているのか、気合いを入れている声や、『いいぞー!』『もっとやれやれー!』といった声が聞こえてきた。
「ほら。ここだ。……だいたい兵士たちや天化のような男たちはここで時間を過ごしているぞ」
一対一で剣を合わせている人たちや複数を相手にしながら一人で立ち向かう形を取っている人もいたりして、なかなかに見応えがある場所だった。鍛錬のためか、そこそこに鎧のようなモノを付けているけれど、本当に体の一部分だけ。ほとんど体一つと剣だけを持って鍛錬している姿もある。
そのなかで、天化さんは誰も相手にすることなく一人で周りからちょっと距離を置いたところで双剣を両手に構えながら何も無い空中に向かって双剣を動かしていた。何も無い……のに?もしくは、天化さんの目にだけ見えるようなモノと戦っているのだろうか。
「アレは、鍛錬と言うよりも……剣舞に近い、か?」
「剣舞って、えーっと神様に向ける振る舞いの一つみたいなモノでしたっけ?」
「なんだ、聞いたことがあるのか?」
「本当にちょっと聞いたことがあるぐらいで、実際には見たことが無いんですけれど……」
ちょっと戦うにしては、独特の構えというか……双剣の動かし方も敵を倒す動かし方とはちょっと違うみたいに見えてしまう天化さんの体の動き。戦い好き、とかって太公望さんからは聞いていたけれどこういう面を知ってしまうとただ戦いが好きな人っていうわけでもない気がする。
「私が戦い方を習うなら天化に……と推奨しているのは、様々な武器の扱いに慣れているのも理由の一つだが……天化自身が死に急いでいるような気が感じられるときがあるからだ」
「天化さんが?」
「戦い好き、というのも死に急いでいるから……と聞けば何となく分かる。それに早くに父は戦の中で亡くし、母もいないと聞いている。その性格をもう少しなんとかしてもらいたくて、推奨した意味もあったのだが……あの様子だと、まだまだ難しいのかもしれん」
もしかしたら戦いの中で、早くに死にたいと考えているんだろうか。でも、なんでそこまで……人生に楽しみのようなものを考えることができないんだろうか?
「……なら、私がその性格を何とか出来れば……協力してもらえるでしょうか」
「お前が?まさか剣を持ってアイツに立ち向かうだなんて言うつもりじゃ……お、おい!?」
太公望さんの言うことは無視して、近くに立て掛けられている剣(重っっっ!!剣ってこんなに重いの!?ぐっ、振りまわすと体が持っていかれそうじゃん!)を両手に、地面を引きずらせながら天化さんの近くへと歩み寄っていく。周りで鍛錬をおこなっていた兵士さんたちもロクに剣を持つこともできない女性が天化さんに向かっていく様を見てぎょっとして場が騒ぎ出してしまった。
「……っ……天化、さん!」
「?ハノメさん!?え、それは……えーっと……どうしました?」
「わ、私とお手合わせをしてください!」
大きな声で私がそう言うものだから天化さんにはもちろんのこと、周りの兵士さんたちの耳にも入ったようで、ざわめいた周囲は呆気に取られ、『いやいや、無理だろう~』と呆れている人たちもいた。実際、ちゃんと剣を持ち上げることも出来ていないんだけれど……重くて。
「……そんな剣で、俺と……ですか?」
「冗談で、お手合わせしたいだなんて言うことはしません!」
「……別に手合わせに文句は無いんですけれどね。さすがに、それじゃあハノメさんの方が危ないですよ?あなたはその剣で俺に立ち向かうつもりかもしれませんが、あなたどう見たって剣に持たされているでしょう?まともに剣も握ったこともないような人が一朝一夕で剣を振るうなんて無茶です」
双剣をまとめて片手に持ち、刃を下げながら私が地面を引きずりながら持っている剣を指差すと真面目に口を開く。が、今すぐに手合わせするつもりは全く無いようで逆にあちこちに並んでいる武器の中から私に扱えそうな武器を見繕いはじめてしまった。
「ふむ。……あなたでしたら……コレがお勧めですね」
あれこれと武器を見て、そして私を見ると一本の細身の槍を手にすると私の前に差し出した。
「……槍、ですか?」
「はい。別に俺が剣を使っているから同じ獲物を使わなきゃダメ……なんてルールはありませんよ。要は気持ちです。俺と手合わせがしたいんですよね?だったら最低限、自分で振り回せる獲物じゃないと話になりませんよ」
『はい、どうぞ……』ともともと手にしていた剣は天化さんの手に移り、新たに手に持たされた槍。長さがある分、どうしても体の使い方には注意しないといけないっぽいけれど、重さ的には剣より全然軽くて持ち上げることができた。あれ、でも槍ってどう相手に向けるんだろう……突く、とか?
近い場所に剣を立て掛けると適度な距離を取って向かい合う天化さん。『そちらからどうぞ。タイミングはお任せします』と余裕たっぷりにつげてくれた。実際、天化さんの腕前ってかなりのモノがあるんだろう。なんか……兵士に混じって鍛錬をしていなかったのは、もしかしたら周りとは群を抜いて実力があるからなのかも……と考えていた。
槍の構え方とか、動かし方なんてまともに知らないけれど、取り敢えず向かっていけば良いんでしょう!
「やぁぁぁーっ!!」
斜めに構えた槍をそのままにお腹から声を出すと天化さんに向かって走り込んで行った。……もしも、この槍が天化さんを傷付けたら……と迷ったのがいけなかったんだろうか、あと数十センチ近ければ天化さんの肩に触れてしまっていた……かもしれない槍は、呆気無く天化さんの振るった片手剣によってあっさりと弾かれてしまった。
気が付いたら槍は手元から飛んで行ってしまって、ドスッと離れた地面に突き刺さってしまったらしい。勢い良く弾かれたからか、尻餅をついてしまった私の顔の前には天化さんの片手剣がスッと鈍い色を輝かせながら突きつけられた。途端に感じる、死への恐怖。背筋が凍り付いたのが分かった。
「……勢いは、それなりでしたが……残念でしたね。ハノメさんは武器を扱った経験は?」
私が動けないままでいると、小さく笑みをこぼした天化さんが剣をまとめて片手に持って刃を下げると私に何も持っていない片手を差し出して立ち上がらせてくれた。
「……な、無いです……っ……今まで、そんな生活の中で過ごしていなかったので……っ、ぐす……」
「!?げ。……は、ハノメさん!?いや、あの、ちょ、太公望殿!そこで見ていないで何とかしてください!」
武器ってこんなに怖いモノだったんだ。目の前で光った剣がこんなに恐ろしいモノだなんて知らなかった私は思わず涙を流しはじめてしまった。それを目にした天化さんは慌て出し、太公望さんを急いで呼んで私を宥めようと慌てはじめるが、一度流れ出た涙はしばらく止まらなくて天化さんと太公望さんのあわあわ状態が少しばかり続くことになった。
手合わせならば何も怖くないと、思ったのでしょうか。手合わせだって下手をすれば怪我をするし、当たり所が悪ければ大怪我にもつながる。それを身を持って知れただけ良かったかもしれません。
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