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22 無

 太公望さんの道案内によって滝に来た私。

 そして、冷たい川の中へと入って行った。

 冷たい……体が凍ってしまいそうだけれど、今は集中しなければ……。

 耳に届くのは、ザーッという滝の音。

 その音は終わりが無く、いつまでもいつまでも私の聴力を刺激していた。でも、それだけじゃダメみたい。


「水の音が聴こえないほどに瞑想に集中せよ。己の周りは『無』だと思え」


 『無』?

 つまり、何も無いってイメージしろってこと?

 何も無い、何も無い……体の芯まで凍えてしまいそうになるほど冷たい水も感じないほどに、頭を空っぽに。そして、耳に届く滝の音も聴こえないほどに、無に……ただ、私は何も無い所にいる……。

 水も空気も……肌に感じるものも、何も無い……何も感じないように……。いや、その『感じる』という感覚すらも無くすために。感じないことさえも頭が考えられないように……ただただ、『無』をイメージしていった。



 どれぐらい時間が経ったのか、時間の感覚が分からない。

 でも、不思議なモノで何故か体が温かく感じる。あれ、おかしい。だって、私は冷たい滝の水の中にいたはず。なのに、なぜこんなにも温かく感じるのだろう。目を閉じているはずなのに、あちこちを見渡せば小さな光がぽつぽつと見えた。なんだろう、あの光は。触れたくても遠すぎて手が届かない。声も出せない。声……何を発するために声が存在しているんだろう。誰かを呼ぶため?誰の名を呼ぶの……?ヒトの名前?分からない。言葉にしようとするのだけれど呼べる名前が頭に浮かんでこない。私、私ってそもそも誰だったっけ。あれ、自分の名前が分からない。ここに連れてきたのは……あれ、そもそもここって何処だっけ。そもそも私って……何者?良い人?悪い人?ヒト、なのだろうか……もしかしたらヒトじゃないのかもしれない。じゃあ、何?動物?昆虫?植物?それとも、ただただ空中に存在している空気のような存在なのだろうか。分からない……。頭がボーッとしてしまって、考えもまとまらない。私、何をしていたんだっけ……?何のために、ここにいるんだっけ……。私は……私は……。


『……お困りかのぉ?歳若い女子おなごよ。自分の存在が分からないのかぇ?』


 誰……誰だ、このヒトは……。ヒトなのだろうか、ヒト?ヒトってなんだっけ……。


『お主は、この世界で何がしたいのじゃ?それが分からん限り、この無の空間を彷徨い続けるぞぃ?』


 何が、したい……?私は……ワタシは……。


『水はお主の味方ぞ。お主が生み出したモノではないか。水を操り、お主の意思のままに水はどのような形にも変えられるぞ。忘れてしもうたか?お主は水の神。世界に潤いをもたらす神じゃ。いつまで眠り続けておる気じゃ。目をしっかりと開けよ』


 目……?


『目と言っても、心の方の目じゃ。良いか、お主の目には今何が映っておる?楽園か?それとも地獄か?』


 ……水が……水が、ずっと続いて、います……。


『そうじゃ。少しずつで良い。足を止めず、進み続けよ。さすれば必ずさちがおとずれる。周りに惑わされるなよ。水は繊細じゃ。少しの澱みがお主の心身を灰に、黒に染めていくぞぃ。信念を持つのじゃ。……お主は、この世界で何がしたいのじゃ?ただただ怯えて、身を隠しながら過ごしていくのかぇ?違うじゃろう。一歩ずつ前へ進んでいくのじゃ』


 ……不思議。周りは水で満たされている場所だというのに、立つことができた。そして、歩くたびに私の足元からは波紋が広がり、何処までも何処までも波紋が続いていく。何も無い場所なのに、何故か歩いていかなければならない気がして。でも、水に沈んでしまうことはなく、水の表面を滑るかのように歩いていく。


『うむ。取り敢えず合格じゃな。もしも迷うことがあれば周りに頼れば良い。お主は一人では無いのじゃろう?泣きたいときには泣けば良い、怒りたいときには怒れば良い。それがお主という存在じゃ。だが、まだまだ力は赤子同然。周りから力の使い方を学ぶと良いじゃろうて。……ではな、ミヅハノメよ……』



 ミヅハノメ?違う、違うよ……私は……私は……!


「……ろ。……起きろ!」


 ハッ!!

 大きな声に慌てて目を開けると、そこには眩しいほどの銀色の髪を三つ編みを肩から下げた……。


「太公望、さん……?」


「気が付いたのか。どうだ、気分は?」


「えっと、不思議な感じです。女性……と、いろいろお話していたような気がしたんですけれど……って、ええ!?」


 いつの間に川から上がっていたのか、今は太公望さんの腕の中。そして、岩場に横になっていた。でも、私がさっきまでいた川は……と横目に見ると、なんと川の水が……凍っている?

 薄っすら表面だけ、といった感じだけれど氷の膜が張ったようにピカピカと光っていた。


「また、女の声か……まったく。私がもう少し遅ければ、お前は今頃氷漬けにでもなっていたかもしれんぞ?」


「え。じゃあ、この川の状態って私が?」


「……他に誰がいる?私は占いや先見は得意だが、このような術は使うことは出来んぞ」


 私は信じられないといった顔でぱくぱくと口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返していた。だって、私が!?川をこんなふうにしてしまったというの!?と考えていると次第に氷は溶けていき、また再び滝の音でいっぱいになっていった。


 何事も無かったかのように滝の水は流れ落ち、勢いの良い水の流れが続いている。もちろん頬に飛んでくる水は冷たいモノだった。


「力の使い方を教えてもらえって……言われた気がしたんです。……だから、お願いします!私に、力の使い方を教えてください!」


 太公望さんの腕にしがみつきながら真剣に、真っすぐに彼の顔を見ると自然と口からはそう言葉が出てきた。世の中を平和にするために、世のバランスを整えるために!私も力になりたいんです!と口からは次から次へと言葉が飛び出てきた。


「……ほぉ?随分、良い顔になったな。……先ほどまでのお前は死人のような顔をしていた。それこそ世の終わりのような顔だった。が、今はなかなかに面白い……挑戦者のような顔をしている。……ふむ。私に何が出来るか分からんがお主に協力出来ることは惜しまんつもりだ」


「!ありがとうございます」


「だが、一つ良いか?」


「はい?」


 やけに太公望さんがじぃーっと私……私というか、頭の上から足先までを視線で走らせていく。自分の姿に何かあるのだろうか、と思い巫女装束の恰好をしていた自分の恰好を見ていくとズブ濡れ、おまけに体のラインにぴったりと張り付くように巫女装束が体にくっついていたものだから自然と体の線は丸見えだった。


「!ひぇ……っ……み、見ました!?」


「いや、見ていない見ていない。……ふっ……」


 慌てて胸元を両腕で覆うものの、絶対太公望さんは見ていたはず!その笑い方が何よりもの証拠じゃないか!


「……ほら、立てるか?ずっと水の中にいたのだ。体も冷えたろう?姫昌殿に言って湯の用意をしている。まずは、その体と……着替えを何とかしてもらえ……ふふっ……」


 太公望さんは立ち上がり、紳士のごとく片手を差し出してくれるものの時折聞こえてくる笑い声に眉を顰めながらもせっかく差し出してくれたのだから、と彼の手を借りて立ち上がった。太公望さんの手はとても暖かくて、眩しい髪色もしていたから今の私にとっては太陽みたいに眩しかった。ただ、時折私を見ては失笑するように笑うのだけは許せなくて『スケベなんですね』と呟くと、『誰がだ、誰が!』と子どものように言い返していくやり取りをしばらく続けていた。


 太公望さんの言う通りに、城内の一室にて湯の準備がされており、私をぽいっと放り込んだ太公望さんは『外で待つ』と言い残して少し離れた所に行ってしまったようだ。

 無の空間で助言してきた人物は何者なのでしょう……。そして主人公のことは、ミヅハノメと呼びましたね。きっと世の中のことを知り尽くしている人物なのではないでしょうか!!!お楽しみに!!


 良ければ『ブックマーク』や『評価』などをしていただけると嬉しいです!もちろん全ての読者様には愛と感謝をお届けしていきますよ!

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