18 目覚め
ついつい弱音を吐いてしまった。
今までは気持ちがフラフラしていたけれど、元の世界に、時代に戻れないかもしれない……と聞かれると一気に心を蓋していた何かが外れてしまったようだった。
「……あれ。ここ……」
「おや。お気付きになられましたか?良かった」
目を開けると木の天井が広がり、ゆっくりと視線をずらしていけば、そこにはドグジンさんが座っていた。どうやら、帰れないかもしれないと思ってしまった私は取り乱してしまって危うく屋敷から取り出し、双子ちゃんに無理を言って元の場所に戻してもらう!と言わんばかりの大騒ぎにまで発展するところだったらしい。でも、途中で私の意識が飛んでしまって実際には、縁側で意識を失ってしまった私はドグジンさんの手によって部屋に運ばれて布団に寝かされていたらしい。
「……私、どうなったんですか」
「少し取り乱してしまったようですね。意識を失う前まで、帰りたい帰りたい!と口にしていましたから。でも、寝入ってからのハノメさんはとても落ち着いていて寝言一つ言わずに眠りについていましたよ」
つまり、私が意識を失ってからずっとドグジンさんがそばで見守ってくれていたってこと?……少し、気まずいし、気恥ずかしいかも……。
上半身を起こすとずれた布団や枕辺りからもイイ匂いがした。やっぱり大木のいろいろな成分があちこちに使われているのかもしれない。それなのにあんなに花を咲かせて、そしてすぐにまた新たな花を咲かせていくなんて本当に凄い木なんだなあ……私とはえらい違いだ。
「こちらに来てから、ゆっくり休んではいなかったとか。でしたら、ゆっくり過ごすことも我々の大切な役割になりますから。ごゆっくりなさってください」
「あ、あの……ありがとうございました」
「いえいえ。近くにいて良かった、と思っているぐらいですよ。縁側で倒れて万が一頭でも何処かにぶつけては大変ですからね」
ドグジンさん……やっぱり大人だなあ。現代だと心優しいお医者さんって感じがしてきた。カウンセリングとかも上手そうだし、悩みとか相談があったらまず頼ってしまうような先生って感じ。
『では、ハノメさんも気が付いたようですし、私はそろそろ失礼しますね』と畳から立ち上がると軽く私に会釈をしてから襖を開けて、私の部屋から出て行ってしまった。
ドグジンさんか……ドグジンさんは人間のままでいたいと思ったことって無いんだろうか。もしくは人間に戻りたいとかって考えは無かったんだろうか。神になれば人としての過ごし方には戻れなくなってしまう。仮に人としての生活に戻れたとしても神としての力は無くなってしまうことになるから人として生活しようとすると大変だと思ってしまうんだろうか……。
「神様って、そんなに大切な存在なのかな……」
ついに私は、神様たちの存在すらもちょっとどうなの?と思うようになってきてしまった。もちろんいろいろなものには神様が宿っている。そういう話をきちんと考えることって大切なことだと思うし、神様を崇めている人たちに対して文句があるとかでは無いのだけれど……神様だって人とそんなに変わらないと思う。見た目とかの話じゃなくて。神様には性格とか個性だってきちんとあるものだし、好きなものや苦手なものだって当たり前のようにある。だから、この世界では神様がいて、こんな素敵な場所にいるのが当たり前だって思っているかもしれないけれど、世の中は荒れているんでしょう?なのに、神様だけこんな安全な所にいて、贅沢な暮らしをおくってばっかりで良いのかなって……考えちゃうんだよね。こんな話、きっと誰にもできない。双子ちゃんにも。もし、聞かれでもしたら、神様についてあれこれと聞かされるかもしれない。
さきほど意識を失って眠りについてからどのぐらいの時間が経ったんだろうか。襖を開けて外を見てみると、相変わらず昼間の天候。あたたかい日光が入り、池の水はとても清らかに光っている。そして、あの見事な大木はまったく衰えることも無い様子で、ずっと花弁を散らしては新たな花を咲かせ続けている。
「……帰りたい、なあ……」
『あら。あなた神の存在で、そんなことを考えているの?』
ぼそっと独り言を呟いたつもりだったのに、私の言葉に呼応するかのように聞こえてきた女性の声。近くをきょろきょろと見渡してみるが、もちろん誰かがいるような様子は無い。それに声も、どちらかと言えば頭の中に直接入れられてきたような声の感じがした。
『やっぱり。あなた、神になる気なんて無いんでしょう。情けないわねぇ?それに、だらしのないこと。やる気が無いなら、そこにいる資格なんて無いわよぉ?』
「……誰、ですか……」
『おほほ!わたくしが誰か?そんなこと関係無いわよぉ。やっぱりあなたとは波長が合うみたいねぇ。さっき出会えたのがあなたで良かったわぁ~、双子神は相変わらず憎らしいぐらいに美しいのかしら?それとも力を失うギリギリのところで生存しているのかしら?』
「双子……双子ちゃんは、子どもの姿をしていて愛らしいですけれど」
『あら、あらあら!子どもの姿!まあ、それは可愛らしいんでしょうねぇ……でも、あなたの存在は少しばかり邪魔なの。神なんて嫌なのでしょう?なりたくないのでしょう?だったらはっきり言えば良いのよ。だったら双子神だって力を出してあなたを帰してくれるかもしれなくってよ?』
「!私、帰れるんですか!」
『帰れるでしょうねぇ~、でも……双子神は子どもの姿なのよねぇ?きっと双子神の最後の力を振り絞ってあなたを帰したら……双子神は力尽きて……死んじゃうかもしれないわねぇ?』
双子ちゃんが、死ぬ……!?
『でも、別に良いじゃなぁい。あなたはこの世界の住人じゃないんだから。関係無いわよ?ここで過ごしたことだって月日と一緒に消えちゃうの、人の記憶なんてそんなものよねぇ』
「さっきから何なんですか……あなたも何処かの神様なんですか」
『あは、……神だなんてクソ食らえよ!神なんてこの世に存在しない方が良いのよ!そうよ、神様なんていらないわ!人間だけでじゅうぶん!……あなたも、そうは思わな~い?』
「……神は、いらない……?」
『そうよ~。だいたい、神様だけ贅沢三昧で何とも思わないのかしら!?そんな余裕があるなら人間に寄越しなさいよ!神だけ、ずっる~い!!』
「……確かに。ここの空間は、贅沢だと思います……」
『あは!そうよねぇ?……さぁ、しっかり立ちなさい。……今、思ったことを双子神に伝えてみなさいよ。きっと面白いものが見られるわよぉ?あは!』
……あれ、聞こえなくなってしまった。まさか、幻聴!?あんなにはっきりとした声が、幻聴!?疲れているのだろうか……でも、幻聴にしては私との言葉のやり取りがはっきりできていた。……今の言葉、双子ちゃんに伝えてみようかな……私も、ここの生活には少し疑問があったところだし……双子ちゃんにも部屋があるんだろうか……。
気が付いたら私は部屋を抜け出していた。先ほどの女性の声にも感じることがあったのかもしれないけれど、もともと自分でも考えていたことだった。もしかしたら双子ちゃんに頼めば、ここの贅沢なモノを外界に持ち出せるのでは?そして、私も帰してくれるのでは?……神……そうだよ、私だって神なんて存在は、いてもいなくても良いじゃないかって考えていたじゃない。……そう、そうだよ……だから、私は……部屋を知らないはずなのに、どんどんと双子ちゃんがいる部屋の方へと歩みを進めて行った。
誘惑の言葉は、時に残酷になります。生まなくても良い犠牲を生んでしまうことも……でも、人って言うほど強くは無いから。神様だってなんでもかんでも出来るわけでもないから、もしかしたら繊細なのかもしれません……。
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