出会い1-3
震災話終わるつもりが、結構出てしまいました。
とりあえず第三弾でがす。
気分が乗れば、次々投稿できる・・・かも。
皆さんの応援が私のガソリンです。
爆発しない程度に頑張ります。
では、どうぞ~
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震災から一年が経った二〇一二年の暖かな春。
二〇一一年の東日本大震災のあとの、ひと月ふた月たち少し
落ち着きを取り戻しつつある被災地。
道路のがれきも幹線道路はようやく撤去され、人や車両の
往来が可能となってきた頃。
TVのコメンテーター様や、偉い政治家は日帰りで現場を見て
みんなの大事な食料を食べ、頑張れ、頑張れ、復興、復興と
声高に垂れ流す。
そして、誰かが言った。
「家を流され、子供や孫を津波で流され、このあと何のために
何を頑張ればいいんだろうかのぅ」と。
誰か答えれますか~?
俺は、震災の2日後に被災地に入れた。
伝手をたどりガソリンを調達し、友人にお願いしインスタント
食品を手に入れたりと、各方面から静かなるご支援を
いただき被災地に立った。
ただただ知り合いだけでも助けたくて。
大人は言う。
それだけで、何の役に立つ。明日は?明後日は?
俺から言わせれば、くそっくらえだ。そんな理屈そこらの高校生でも
分かるッつうの。今日の今、生きられないで明日はないって~の。
握り飯の一つ、きれいな水の一杯が大事なんじゃね~のと。
なーんにもなかった。
そして、なんにもできなかった。
さっきはあんな勢い良いこと言ってたくせに。
なんかね、あ~ボスニアや戦地の人って、こんな感じで生き
残った人は、爆撃あとの自分の街を見ていたのかなって
思った。
ある意味、人がさっきまで生活していた痕跡を、ここまで
めちゃくちゃに消し去るとは、どんなことになれば
こんなことを引き起こす災害になりうるのかとも思ったなぁ。
そして、そんな中でも感動した出来事があった。
四日後位の車両での移動中。
少し袈裟の色が派手なお坊さん?うん、お坊さんだと思う。
外国の方だね、きっと。インドかな?
まだ、震災あと、一〇日ぐらいまでご遺体がそこらかしこに
放置されていたからな。
その坊さんは雪が降る中、編み笠っていうのかな?
托鉢するような姿で、被災地を歩かれていた。
ご遺体に向かい、丁寧に足を止めて読経していたのを見て、
「おいおい、日本の坊さん連中よ~。おまはん達おまんま
食えなくなるよ~」と心の中で思わずにはいられなかった。
ほんとね、ありがたかったよ。
まぁねぇ~、連日連夜、復興、復興と聞いてると、
「復興って、おいしいの?」と聞きたくなるぐらい食料が
無かった。
きれいな水もかなり不足していた。
乳児のミルク、おしめは待った無しだしね。
震災当時の北東北の三月は、まだ冬だ。
灯油が無かった。寒かった~。
でもね、こんな時って、ちょっとやそっとでは、体調不良や
風邪ってひかないもんだねぇ。
偉い政治家の先生方~、投稿された映像見ましたか?
雪降ってるの見た?
沿岸は雪降ってたんだよ~?
あったかいところで、復興と叫んでないで、食いもんと
燃料持って来い、話しはそっからなんだよ、と皆が口にした。
しっかし、人間とは忘れやすい生き物である。
あの大災害があってから半年程度経った二〇一一年の夏頃。
ようやく災害対策グッズが出回り、余裕のある方たち
がホームセンターで、用意し始めた。
発電機や、非常食の購入をしていたのを、よく目にした。
しかし、一年経ったいま、そんな人は目にしたことが無い。
いるとは思うが。
当事者以外五年もしたら、震災?いつだったっけ~?
なんてことにならないように祈るのみです。
実家でも、この話はよく出る。
我が家は兼業農家で、食うもんだけは困らない。
極端に言えば真冬だって野菜はある。
秋に収穫し、土の中に保存している大根や、その乾燥した
葉っぱ。(味噌汁に入れていただきます。)
ジャガイモ、ニンジン、漬物等々、干し柿だって作ってる。
ただ、やはりおかず(肉、魚)や調味料となれば別だ。
こんな時はこうしようとか、誰は何の担当ね、とか
そんなことを家族で会話が出来るのは幸せなことだ。
こんな幸せが、長く続くことを願わずにはいられないような
春の陽気うららかな二〇一二年の四月後半であった。
このうららかな日差しが、どうか災害に遭った地域の
人々にあまねく降り注ぎ、そして土には実りを、
人心には癒しを、小さな生き物には命の躍動を約束して
くれ。
そう祈りたくなるような、祈らずにはいられないような
そんな日差しをした週末であった。
そんな日、俺は久しぶりに外出していた。
ここは、盛岡城址公園付近の映画館通りだ。
古い城下町ではあるが、最近ちょっと街頭周辺の道路
整備などしてオシャレ感を出したような造りになった。
この道の一本先には、俺の通った幼稚園があり四歳から
二年間通った。
そしてこの通りの、二本横の通りには、
ハンバーグレストラン 「ベル」と言う当時チョ~うまい
ハンバーグ店があった。
現在の、びっくりドン〇ーさんだ。
ちなみにこの「ベル」は当時ドアマンがいたんだよと、
うちのオヤジが言っていた。創業年とオヤジの年が
一緒だそうで、こんなおっきな会社になるなんて
思わなかったよ、と言っていたのを覚えている。
余談だが、俺の大好きなパインバーグディッシュが
昔、帰れまテンで最下位より2つ3つ上だった順位に
愕然とした記憶があります。(本当に余談でした。汗)
その映画館通りで、何か面白いのでもやっていないかと
各映画館のインフォメーションを行ったり来たりと、
グルグル周り、物色している。
皆さんなら、「何をしているの?
スマホ等の情報ツール使ったら一発じゃん」と
お思いでしょう?
そうじゃないんです。
それじゃDVDショップで借りてみているのとかわらないと
俺の価値観がそう言っている。
安くて寝っ転がって、ポテチでも食いながら見てるのと
一緒じゃないですか、と私は言いたい。
何故か?
それには、思いがけない感動と出会うことが少ないんです。
「どゆこと?」と思われるでしょうが、
このグルグル動いている移動のさなかに、
「あっ!ああっ!こんな服(パンツも可)欲しかった」とか、
「おお~ぃ久しぶり~」と一〇年来の知人に会うことだって
ある訳じゃないですか。
と言う価値観のもとに、ウロウロと歩いていると、
「児玉さ~ン」と女性の声。
すわっと振り向く俺。 一人の女性が目に入る。(がくっ)
「なんだ、小野田さんか」とため息つく俺。
「なんだとはご挨拶だねぇ~」と小野田さん
「私の新人教育がいけなかったかな~」と怒気を孕み俺を
ツツイてくる。
はい、なぜここに小野田さんがいるかと言うと・・・え~
新人研修中に、会社近くの定食屋で三馬鹿がしていた会話で、
〇〇課の課長と~・・・が不倫してる~と言う会話を
お憶えでしょうか?
そうです、彼女がその不倫をして~の片方で本社の社員旅行
で、なんかばれたかして二人は否定したらしいが疑惑として
見られ、二人ともそれぞれに飛ばされ、
傷ついた女は北に流れて~♪、みたいな
感じで転属してきた。
そんな彼女に「よっ、珍しいじゃん。こんなところで会う
なんて」と、軽口をたたく。
営業所の女性陣から、「あんまり出歩いていないみたいよ」と、
聞いていたので、正直驚いていた。
勢いだけで書いているような駄文ですが
次話も早めに頑張ります。




