「地の塔にて放つ」
「……次に、その下らない理想郷の名を出したときは、家出させていただきます。」
心底あきれた口調で断言しつつも、その言葉でショックを受けるであろう主のために、|旋風雷≪つぶら≫を放つ。1匹の猫。体の大部分はクリーム色の柔らかな毛並みでありつつも、顔と耳と足、そして尻尾の先がチョコレート色をしている。地球でいうミニシャムに近い猫ではあるが、アイスブルーの瞳を彩るように銀縁の眼鏡をかけており、尻尾の先は杖のような形をしている点で、普通の猫ではありえない。さらに言えば、普通の猫は、ヒトの言葉を話すことは決してない。彼の名はクロ。告げられた言葉に涙目になっている、猫狂いの召喚師によって生み出された召喚獣である。
「はぁ。早く片付けますよ。」
「うぐっ…。いや、まだちょっと試したいんだ。次は魔法を試すよ。」
自身の夢を、夢の結晶であるクロに否定されたことで、かなりショックを受け、一瞬眼前の敵を意識の外に置いてしまった少年。召喚術師のアルマーオである。当然、支援で放たれた雷の礫である旋風雷によって我獣蟷螂の動きはマヒしていたので危険はなかったが。クロのため息に、本気を感じた彼は、気を取り直したように敵を見据えて宣言する。まだ自身の力を試す、と。
「しかし、時間をかけすぎると、他の我獣が生まれ落ちるかもしれません。お早めにお願いいたします。」
「了解!」
(まずは、単純に『弾』でいく)
『シーガ』それは、この「意志がすべてを定めし世界ムジアート」の、あまねく場所に満ちるもの。形はないが意志によって形を得る。力はないが意志によって世界を変える。善悪はないが意志によってどちらの属性も持つ。ありとあらゆる場所に存在し、人の意思にこたえて奇跡を起こす。それが「シーガ」だ。シーガを操り奇跡を起こす技術を、この世界では魔法と呼んでいる。シーガは意志によって千変万化するが、傾向によって大きく三相に分けられる。シーガそのものを操る『操作』、シーガの質をかえる「変質」、シーガを取り込み力を増幅させる「強化」の三つである。さらに言えば、それぞれの相の先にはより複雑に系統が分かれている。アルマーオの用いる召喚術は、「操作」の先にある「固定」「回路」を用いている。操作は、大なり小なりすべての魔法使いが使えるが、単純な威力や利便性には縁遠いため、人気がない相である。しかし、どんなものでも、極めれば恐ろしさは増していくものだ。
(シーガを操作し、固めて、円錐の弾をつくる。数は、10で足りるかな。)
自身の力を確認するため、普段は無意識で行うことも、意図的に思考し丁寧にシーガ弾を練り上げる。普通の10歳にできることではない。だが、地獄の修練と鋼の意思によって彼はそれを可能とする。いっそ、老練とでも称したくなるほどに、その過程に無駄はない。自身の眼前に10のシーガ弾を並べると、マヒから回復し襲い掛かる蟷螂を見据え、十字棍棒を突きつけ狙いの補助とする。
(距離2m、まずは足。次に両腕。目。のど元)
彼の意思に呼応し、シーガ弾が勢い良く射出される。蟷螂も当然反応するが、弾の勢いは反応を超える。多足の一列を貫通し、両腕の根元に穴を開け、目をつぶし、のど元を打ち貫く。
「GIGIGI! GIAAAGIGAAA!!!!」
悲鳴ともしれぬ音を放ちつつも、蟷螂は止まらない。手が砕けるなら牙で、牙が砕けるなら体で、生意気な命を奪おうと動く。
(よし、効果あり。次は『槍』。首を飛ばす!)
十字棍棒の先に『弾』よりも太く長いシーガの槍が形成され、一瞬の遅滞もなく射出される。
「GI!」
悲鳴すら途中で寸断し、槍が蟷螂の首を貫通し、大穴を開ける。切断まではいかなかったが、ほぼ千切れかけている。それを見届けてから、少年は棍棒を下ろし、満足げな顔で傍らの相棒へと語りかける。
「ふう、槍なら貫通も可能か。クロ、この層でも魔法は通用しそうだ―」
「まだです!!」
「gIGIGGIIII!!!」
「えっ!?うわっ!?」
振り返った少年の目に映ったのは、千切れかけの頭部で叫び、取れかけた両腕を叩きつけんとする蟷螂の姿であった。とっさにシーガ壁を展開するアルマーオであるが、それよりも早く、地面から昇る雷の蛇が、蟷螂を貫通し、撃滅していた。
「昇蛇 ふぅ。ご主人様、その小さな頭は飾りでしょうか。生死の確認をする前に、敵から目をそらすとは。死にたいのですか?そもそも、敵を前にして『試す』?自分のことをどれほど高みにいると勘違いした行いでしょうか。良いですか―」
「クロ、ありが!…はい、はいすいま、はい。はい。おっしゃる通りです。すいません。」
喜色満面で振り返った少年を迎え撃ったのは、アイスブルーの極北の視線。淡々と冷静に反省を促す言葉に、少年はどこまでも小さくなって謝る。一体どちらが主従なのか、ぱっと見には分からないであろう場面である。ちなみに、蟷螂を打ち滅ぼした、雷の蛇、あれこそが、シーガの「変質」によってもたらされる属性魔法である。クロは、数種の属性魔法を使いこなす、『変質』のエキスパートである。
「まあ、良いでしょう。次の敵が参りました。数は2、種は蟷螂。次は、私も参加いたします。最速で、それでいて最小の疲労で滅しましょう。」
「あぅぅぅ。怒るクロもカッコかわいい。って、いかんいかん。了解、次は『固定』からの武装付与で連携しよう。行くよ!」
石で一面が覆われ、やや薄暗い広間に現れる二体の蟷螂。いや、その瞬間に新たに現れる一体。まるで薄暗い影が寄り集まるかのように渦を描いた先に、新たな蟷螂が生まれる。蟷螂が三体。普通の挑戦者であれば、一瞬絶望に沈みそうになる場面であるが、1人と1匹の主従に停滞は一瞬もない。
「増援1!右端の1体に同時攻撃、のちに左に牽制、頼むねっ!」
「お任せください!旋風雷!」
敵対する蟷螂は、右の1体が1番近く、次に中央がそのすぐ後ろを追走。新たに生まれた1体は状況把握の必要があったためか、距離がある。もっとも接近した1体に、姿勢を低くして走り寄るアルマーオ、その背から雷の礫が3発連続で飛来する。着弾のタイミングに合わせて、アルマーオは一足飛びに右腕の十字棍棒を突き込む。しかし、棍棒の先は、蟷螂の喉元まで届いていない。だが、結果は違う。雷の礫によってマヒし、無防備なのど元を棍棒の先にさらしたかと思えば、そこに大穴が開いたのだ。これもまた、シーガの操作である。シーガを棍棒の先に集めて「固定」し、強度を持たせるのと同時に、隠蔽の「回路」を起動してシーガの槍を見えにくくしていたのだ。先ほどの失敗を教訓にしていたアルマーオはさらに、首元を貫いていた槍を操作し、薄く左右に広がる板を生み出す。当然、貫かれていた蟷螂の首は、板によって切断されることとなる。だが、彼らの動きはそこで止まらない。
「りゃああっ!」
「土枷」
棍棒の先にあるシーガを一瞬で消失させたアルマーオは、中央の蟷螂へと左腕の盾を掲げて飛び込む。小さなカイトシールドでは、当然両腕の鎌を受け止められないはずであるが、蟷螂はまるで全身を押されたかのように仰け反る。盾の先に、アルマーオが薄いが大きいシーガの盾を形成していたのだ。見えない大盾によるシールドバッシュ、もちろん小柄な体では吹き飛ばすような力はないのだが、体勢を崩すことはできる。その瞬間に先ほどの手順を繰り返すアルマーオ。よけきれるはずもなく、2体目の蟷螂も首を切断される。その間、3体目は何をしていたのか、クロによる足止めを受けていた。彼の放った魔法、土枷はシーガを変質させて対象の立つ地面に変化を起こさせる。結果、蟷螂の多足は、盛り上がってくるような土の塊に捕らわれ動きを鈍くさせられていた。
「クロ、視線を下に向かせてっ!」
「承知いたしました。尖岩」
呪文と共に、我獣の多足を封じていた地面から、土の槍が何本も生じる。何本かは、我獣の腹部を突き刺す。
「GYAAA!!!」
蟷螂は、即座に両腕を振るい、土の槍を砕くが、砕いた先にまた槍が生じる。当然、また両腕を振るうが、視線は地面に固定される。それが、我獣蟷螂の敗因となった。
「しっ、らぁぁあああ!!!!」
蟷螂にとっての左にいたはずのアルマーオの存在を一瞬忘れたからだ。彼は、円を描くように我獣の死角を縫って走り寄り、直前で瞬力を「強化」、高く跳び、空中で一回転。全力で十字棍棒を振るう。蟷螂は、少年の跳んだ影が視界を暗くしたことで気づき、顔を上げる。だが、遅い。上げたと同時に、十字棍棒の先に大量に固定され生み出された「槌」に打撃された。その槌は、少年の全体重をのせ、尚且つ遠心力によって加速されている。結果、蟷螂の頭部は砕かれ、押し潰される。頭部を失った蟷螂たちは、徐々に体が粒子となり、周囲へと溶け込んでいく、シーガへの回帰である。黒く濁ったシーガから生み出された我獣は、死した後はシーガに帰る。一部の例外を除き、死骸を残すことはない。
「ふぅ。予定外だったから、ちょっと予想より消費しちゃったね、クロ。」
「安全を優先するのであれば、仕方がないことでしょう。今の場合は、速度が何よりも重要でしたからね。」
「まあね。って待って、クロ!躯結晶だ!やった!!」
「蟷螂の躯結晶は鎌でしたか。よく斬れるので、農家からの需要があります。売値は、ふむ、銀貨2、3枚でしょうか。」
1人と1匹で3体の蟷螂を瞬殺してのけたクロとアルマーオ。初級と呼ばれる挑戦者では、決して不可能なことである。彼らの単純な戦闘力は、初級をすでに超えている。さて、彼らが喜ぶ躯結晶とは何か。我獣は、塔で死した時、まれに体の1部か性質を強くあらわしたシーガの結晶を落とすことがあるのだ。それらは、有用なことが多く、ある程度高く売れる。挑戦者の多くは、それらを求め、命を賭けて塔へと|潜る≪・・≫のだ。10歳の少年もまた、金貨100枚という、途方もない貴人税を納めるために、塔へと挑戦することとなったのだ。喜ぶことは当然である。クロを持ち上げて、喜びを爆発させるアルマーオ。しかし、銀貨100枚で金貨1枚なのだ。目的達成のためには、銀貨を1万枚集めなければならない。先は果てしなく遠い。だが、今はひと時の喜びに浸るのも良いだろう。それを許してくれる場所であればの話であるが。
「はあ…ご主人様、気づいていますか?」
「ん、シーガが揺らいだね。もう一戦かな。さ、クロいくよ。」
「……それであれば、離していただけないでしょうか?」
「うぐぅ!だって、クロの毛並みが!……はい、分かりました。」
渋々、それこそ口をへの字にひん曲げつつ、クロを下ろしたアルマーオは、生み出された新たな我獣を見据える。そして、先手必勝とばかりに、十字棍棒の先に回転を加えたシーガ弾を形成する。
「僕の至福の時間を邪魔する奴は、誰であろうと許さない!」
少年は放つ。自身の強き意志を弾丸に乗せて。だが、彼らはまだ始めたばかりだ。地の塔は奥深く、そして欲深い。地の塔は、絶えず挑戦者の血を欲する。財宝という甘い蜜を用意し、有象無象を引き寄せる。1人と1匹はが放つ光は、塔の闇に飲み込まれるのか、あるいはかき消すのか。誰にもわからぬ未来を夢見て、少年は魔法を放つ――
今回は魔法の説明です。感想欄に独特の固有名詞が多いとのことだったので、改めて整理してみました。いかがだったでしょうか。これから彼らは、塔へと潜っていきますが、まだ見ぬ大きな敵が待ち構えています。
更新不定期となりますが、読んでいただけると非常にうれしいです。感想や評価を頂けると、泣いて喜びます。読んでいただけただけでも滅茶苦茶うれしいですよ!




