「地の塔にて吠える」
ほの暗い広場の中央で、音が聞こえる。風を切る音、硬いものを叩く打撃音、弾けるような小さな破裂音。音のつながりは絶えることなく続く。それも当然である。その音は、謂わば命の奏でる音。途切れるときは、音を出す存在の死を意味するのだから―
「ぐっ。クロ、大丈夫かい?」
「問題ありません。それよりも、相手の動きから目を逸らしてはなりません。」
音は続く。その音を立てるのは、三体の影。1つは、小柄な体を翻し、踊るように右手の武器を振るう。1つは、四足の獣。軽やかに跳ねつつ、雷の弾丸を射出する。1つは、多足の異形。両の大鎌で風を断ち切り、深紅の目に生者への憎悪を込め、目の前の命を刈り取ろうと蠢く。三体の影は、位置を目まぐるしく変えながら、死闘を繰り広げる。
「そろそろ狙うよっ。準備!」
「了解いたしました。」
武器を振るう小柄な影の名は、アルマーオ=コネカット。召喚術師であり、塔へと挑む「挑戦者」でもある。若干9歳にして、一等貴族への認定に挑むこととなった不幸な少年。いや、前世で願い続けた悲願を達成し、理想を求める機会を与えられた|幸せ者≪猫狂い≫か。尻尾を振るう影の名はクロ。アルマーオによって創造された召喚獣である。猫の姿をもってはいるが、眼鏡をかけ、杖のような尾をもつ彼は、一般的な猫ではない。多様な魔法を操る、アルマーオの相棒である。
「GIAAAAAAA!!!!」
両腕の大鎌を振るう影の名は、「|蟷螂≪マンティス≫」。生あるもの全ての天敵、我獣である。今も、眼前の小癪な命を断ち切ろうと、有り余る殺意を隠しもせず、鋭利な鎌を振るう。地の塔上層に現れ、多くのルーキーの命を奪ってきた我獣である。
「しっかし、気持ち悪い形してるよね。カマキリって言えるの?これ。よっと」
「特徴を当てはめて、名付けただけで、完全に一致している訳が有りません。しかし、鎌の切れ味は本物と比べようがありません。油断は禁物です。」
「了解!」
我獣蟷螂は、両腕の鎌こそカマキリに似ているものの、それ以外はかなり逸脱している。下半身はムカデに近く多数の脚を持つ。そして上半身はそこから直角に生え、特徴的な大鎌の両腕が生えている。頭部は小さく、三角形に近い。我獣であるがゆえに、体色は黒く、眼光は深紅。口はない。我獣に食欲はない、あるのは殺意のみ。必要のない器官は削ぎ落とされているのだ。殺すことのみを思考し、殺すことのみを実行する。生あるもの全ての天敵、それが我獣である。
「GIAAA!!」
声のように響くのも、殺意のシーガを響かせているだけに過ぎない。発声器官という無駄なものは削ぎ落とされているからだ。多足による高機動、大鎌の殺傷力。地の塔上層最初の壁、そう謂われる所以である。
「けど、これを自力で捌けないようじゃ、この先は無いからね。試させてもらうよ。」
だが、相対する少年には、いまだ余裕がある。一旦、距離を離すために大きく飛び退ると、右手の十字棍棒を構え、左手の僅かに前に出し、重心を落とす。これより、自身の肉体に宿る力を1つずつ試していくようだ。
「GIIII!!!」
多足により、滑るように迫る蟷螂は、右手の鎌を頭部に向けて振り下ろす。
(まずは豪力、力強さを示す能力。ま、攻撃力か腕力ってことだよね。)
「せぇぁああ!!」
振り下ろされる鎌を打ち払うように、肉体のみの力を使い、十字棍棒を叩きつける。9歳児とは思えないほどの速度で奔るそれは、一瞬の相克の後、蟷螂の右鎌を打ち払うことに成功する。
「GI!…GIAAAA!!」
蟷螂は、打ち払われた不快感を、左の大鎌を掬い上げるように放つ撫で斬りで解消しようとする。
(次は堅力、堅固さを示す能力。防御力とか、スタミナも含める。よし、突っ込む。)
「ふっ!」
少年が選んだ選択は前進。鎌の刃の部分は鋭くとも、それを振るう腕の部分に刃はない。前進することで、刃の効果圏より離脱し、なおかつ腕の勢いを止めることができるか、を試すつもりのようだ。無謀なようではあるが、彼には確信があったようだ。事実、勢いの付かなかった蟷螂の攻撃は、腰を落とした彼によって微動だにせず受け止められている。
「GUAAA!!」
しかし、彼のいる場所は両腕の内側、危険な場所である。蟷螂は、一瞬の遅滞をみせるが、すぐさま攻撃を放つ。手の内側への最速の攻撃。つまり、両腕を折りたたみ。生意気な命を切断せんとする動き、死の抱擁である。
(次は瞬力、速さを示す能力。動きの身軽さ、行動の速さっ!)
「しっ!」
「GIA…GIGI!」
蟷螂は、一瞬混乱した。3つに分かたれるはずの生意気な命が、自身の視覚が影で覆われた一瞬の後に、自身の両腕に抱かれていなかったからだ。刹那、左右に視線を動かした我獣の脳天を、強い衝撃が襲う。
(繊力、手先の繊細さを示す能力。まあ、器用さってことだよね。今の攻撃を当てられたんだから、まあまあかな。)
少年は、一瞬で飛び上がり大鎌の攻撃を避けたのち、空中で身をひねりながら頭部に正確に打撃を当てたのだ。その攻撃もさることながら、瞬間と瞬間の狭間で高速の思考を重ねて実践しているのだ。9歳児とは思えない。
(理力、理性を示す能力。思考力や知識も十分、このレベルについてこれてるね。)
「GUUUU……GIGI…GIAAAAAAAAAAA!!!!!」
頭部を振った後に、一撃を加えた生意気な命を奪わんと、更に猛り勢いを増す蟷螂。だが、少年は一切の焦りを見せず、冷徹に思考を重ね、自身の能力の試行を重ねる。通常の9歳児であれば、圧倒的殺意の前になす術なく惨殺されていたであろう。彼の強さを支える根幹となるもの。それは、力強さでも堅固さでも俊敏さでもない。
「悪いけど、こんな所でつまづいていられないんだよね。僕の夢は、このもっと先にある!」
彼を支える強さ。それは、志力。意志の強さを示す能力。この世界、すなわち『意志がすべてを定めし世界ムジアート』において、もっとも重要視される能力。少年の志力は、9歳児どころか、一般の成人を遥かに超える。それどころか、荒事専門のものでも、彼の志力を超えるものは少ないだろう。不撓不屈、鋼の意思、見果てぬ夢、彼を支える強さの根幹は、そこにある。
「せああっ!貴様のような、殺意しかない我獣には分からないだろうけどねっ。だからこそ負ける気もしない!りゃあっ!」
打ち払い、避け、刺突し、叩きつけ、砕く。一瞬の停滞もなく、気圧されもしない。彼を支える不動の意思。それは――
「猫と僕との理想郷、肉球ぷにぷに毛皮もふつやパラダイスを絶対に作り上げる!!」
「……………………なんですか、その締まらない理想郷は……。」
地の塔3層にて、挑戦者は吠える。自身の夢を、譲らぬ意思を。それが、見栄えのするものかは、また別の問題である。
一年間更新もできず、すいませんでした。ようやく仕事に少しめどがついたので、またチョコチョコと更新…できるかは、ちょっと不透明です。ただ、書きたかったダンジョンアタック部分なので、書き辞めないようには努力していきたいです。




