「召喚術師は登城する」
――審問の日、当日
「僕は今日だって猫が大好きだぁああぁぁぁ!…ふああ。おはよう、クロ。」
「おはようございます、ご主人様。いよいよ、今日ですね。」
窓から差し込む朝の光に目を細め、猫狂い、もとい召喚術師、もといアルマーオ=コネカットが目を覚ます。枕の隣で丸くなっていた、杖のような尻尾に眼鏡をかけた猫、彼の召喚獣であるマギネコのクロも、主人のなぞの声で目を覚ます。今日は審問当日、二人の未来が決まる日だ。しかし、1人と1匹の表情に緊張感は無い。静かな覚悟に満ちた瞳を互いに交わすと、いつものように朝の鍛錬へと向かう。
「アルマーオ、おはよう。いよいよ今日だけど、どうだい?」
「おはようございます!お父様。えぇ、大丈夫です。」
「ケンソー様、おはようございます。」
「クロも、おはよう。ん、大丈夫そうだね。」
コネカット家当主のケンソー=コネカットが、鍛錬を手伝うために起きてくる。今日の鍛錬は、本番を控えているために、いつもと同じように厳しいものではない。シーガを練る練習、体術の確認、準備運動のようなものである。するとそこに、赤い体に翼を持つ蛇が飛び込んでくる。
「ケンソー! アイクウが たいへん!!」
「えっ!? アイ!?」
ケンソーが、残像を残すほどの速度で家に駆け戻る。アルマーオとクロも遅れて家に飛び込む。夫婦の寝室に入ると、アイクウが苦しそうな顔で座り込んでいた。ケンソーはその横で、青い顔をして妻に話しかけている。
「アイ!?だ、大丈夫かい?」
「…ケン…ごめんなさい…ちょっと気分が…」
「ど、どどど、どうしましょう!クロ、どうしたら!」
「ま、まずは、医者を呼ぶべきではっ。」
「ごめんくださぁい。ケンソー?アイクウ?」
そんな時に限って来客が来る。声の伸ばし方と語尾のくねらせ具合から、アイクウの働く店『カマど屋』の店主ハフゥであろう。反応が無かったので、ハフゥは勝手に上がりこむことに決めたようだ。
「勝手に入らせてもらうわよぉ。アイクウちゃん!大丈夫?」
アイクウとの打ち合わせどおりに、驚いた振りをするハフゥであったが、アイクウの様子がおかしい。ハフゥを手招きして呼ぶと、耳元でささやく。
「ハフゥ姉さん、どうしよう。本当に…具合が悪いの…」
「!? ケンソー!!大通り裏のメイジョ婆さんを呼んできなさい!!」
「メイジョ婆さん…彼女は産婆さん…だ…よね…まさか!?」
「後で説明するから急ぎなさい!」
「わ、分かった!」
ケンソーが先ほどと同じだけの速さで飛び出していく。ハフゥは、アイクウに手を貸して立たせると、ベッドにゆっくりと寝かせる。アルマーオとクロとカジャは、おろおろするだけで何も出来ない。
「アルマーオ君、君は今日は大切な日でしょ?準備をしなさい。」
「で、ですがお母様が…。」
「大丈夫。アイクウは大丈夫よ。幸せなことが待っているだけだから。だから、この先も家族みんなが笑顔でいられるように、貴方は貴方のなすべきことをなさい。」
普段のくねらせた口調をせずに真っ直ぐと声を放つと、ハフゥの声はかなり紳士的な声であり、説得力をもったものだった。さらにアイクウがアルマーオを呼び寄せて重ねる。
「アルマーオ、私達の可愛い愛しい子。審問当日にこんなにドタバタさせてごめんなさいね。」
「そ、そんな!僕はお母様が元気ならそれで!」
「ん、大丈夫よ。お母様は頑張るからっ!アルマーオも、クロちゃんも頑張ってきてねっ。そして、笑顔で家に帰ってきてねっ。その時にはお母様も元気になってるわ。」
「お母様…。」
「アイクウ様、かしこまりました。」
アイクウは、アルマーオの頭を抱きかかえて、額に唇を触れさせる。あふれ出るわが子への無情の愛を載せ、彼の無事を祈る仕草である。
「頑張ってね、お兄ちゃん。」
「え?…えぇ!?…わ、わっかりました!絶対に突破してきます!」
一瞬混乱したアルマーオだが、瞳に力を漲らせ、力強く母親へ頷く。彼の負けられない理由が、また1つ増えた瞬間である。すると、玄関先がどたばたと五月蝿くなる。どうやらケンソーが戻ってきたようだ。
「アイ!アイ!大丈夫かい!」
「おちつきなさいな旦那さん。良いから下ろしとくれよ。」
「メイジョ婆さん、朝早くからごめんなさいねぇ。この子、診てやってくれないかしら。」
「任せときな。これまで何百人の子供を助けてきたと思ってんだい。」
「…ごめんなさい……よろしくお願いします。」
メイジョ婆さんと呼ばれた、腰の曲がった高齢の夫人が、アイクウの額やお腹を触って色々と確かめる。ケンソーやハフゥは隣で心配そうに立っているが、アルマーオは後ろ髪を引かれつつ自室に戻り準備をする。急いで身支度を整え、装備を入れた箱を持ち、最終確認を終えたアルマーオは、急いでアイクウの元へと向かう。すると、そこに漂っていた空気は緊迫したものではなくなっていたため、アルマーオはほっと安心したようにため息をついた。その姿を見た、ハフゥが近づいてきて状況を教えてくれる。
「単純に、働きすぎだったみたいよ。疲れが悪いほうに出ちゃったらしいの。今、二人でメイジョ婆さんからお説教されてるわ。」
クスクスと含み笑いをするハフゥが目を向けたほうには、メイジョ婆さんが仁王立ちで懇々と説教をしており、夫婦二人は二人とも落ち込んでいた。しかし、その手は硬く握られており、絆の強さを感じさせるものでもあった。アルマーオは、そこまで確認すると、二人に向かって大きく声を出す。
「お父様、お母様!今から出発します。必ず戻りますので!」
「わたくしも、コネカットの名に恥じぬ働きをしてまいります。」
夫婦は、そろって頷く。そして、ケンソーが声をかける。
「アルマーオ、クロ、君らは僕たちの誇りだ。自信を持って臨みなさい。ただし、油断は禁物だ。蛮勇も惰弱も共に忌避すべきものだ。『全てを自分の下におけ』それが君の未来を拓く。いってらっしゃい。」
「「いってきます。」」
1人と1匹は、しっかりとした返事をしたあとで、振り返らずに家をでる。ケンカードの真東にある彼の家から王宮に向かうには、外円防壁と内円防壁の間を通る環状通りを行くのが最もわかりやすい道だ。彼らは、その道を慌てるでもなくのんびりと進む。すると、王宮までもう少しという所に人影がある。アルマーオを待っていたらしい人影は二つ、ドーギヌ家長女のユーリッシュ=ドーギヌ、そして組合長ドリューの娘、クレナバーラ=ドリューである。二人は礼装というのか、式典でまとうよな服装をしている。だが、スカートのような服装ではなく、パンツスタイルの身動きのしやすい礼服であった。
「よ、アル。調子は万全かい?」
「アル、おはよう。」
「二人とも、ありがとう。調子は万全だよ。」
三人は、連れ立って王宮へと向かっていく。緩やかに左に曲がる道を談笑しつつ歩く。二人は、アルマーオに緊張の色が見られなかったことに安心しつつ、努めて明るく声をかける。緊張感は持ちつつ、明るい雰囲気、つまり集中した良い雰囲気でアルマーオとクロは王宮に向かっている。道なり徐々に左に曲がる道を歩くと、徐々に無骨な建物が見えてくる。世界の中心となるケンカード、更にその中心となる首都、そしてその全ての中心となる王宮であるが、意外なことに白亜の宮殿という装いではなく、無骨な砦のような戦う城である。なぜならば、この王宮の前には二塔があり、そこから我獣があふれた際には、防衛戦の最前線となる城だからだ。文化的な華やかな城では人を守る盾とはなりえない。王族と貴族は、民を守る盾となる、これが初代聖鍵王の時代から続く名目であるためだ。どんどん大きくなる王宮の威容は、慣れないものであればそれだけで圧倒されるだろうが、生粋のケンカードっ子であるアルマーオたちにとっては見慣れた建物でしかない。もちろん、アルマーオ自身は初めて王宮の中に入るので、そういう意味での緊張感はある。
「あれが、王宮への入り口か。でっかいね。」
「のんきな奴だねぇ。大丈夫なのかい?」
「ふふ、平常心だ、ということだろう。悪いことではないさ。」
貴族側の環状通りの終着点が王宮の入り口である。通路の中央が、王宮の東門に繋がる形である。入り口は内円防壁などと同じように堅固な造りの高い石壁で作られている。東門の扉自体は、巨大な鉄の扉である。普段は開けられているのだが、今日は閉まっている。実は、これも今回の審問の一環である。ここで、門番役の貴族とアルマーオが定められた問答を行うことで、扉が開かれるという趣向だ。辺りには、久しぶりの審問が行われるということで、人だかりが出来ていた。
「え!あんな小さな子が審問をうけるの?」
「コネカット家…随分古い家がでてきたもんだな」
「アイクウさんの息子さんかっ。がんばれよー!!」
あちこちから声をかけられることに、若干戸惑いを覚えるアルマーオ。傍らの二人に思わず尋ねてしまう。
「ねぇねぇ、何でみんな知ってるの?」
「あぁ、こういう審問ってのは、結構なお祭り騒ぎになるんだよ。大体は審問を終えた貴族が、ここから出てきて大盤振る舞いするからなんだけどね。」
「えぇ!?そ、そんなお金ないよ?」
「大丈夫だ。その時は私が貸してやる。」
その様な軽口を叩きながら三人は歩く。普通は、審問を受けるものはもう少し落ち着かないものだ。ところが、9歳や10歳程度の子供達が、堂々と歩いている。それを見たものたちの反応は二つに分かれた。実力があるのか、と期待して声をかけるもの、自分の実力を勘違いしているのだと冷笑するものの二つである。そうする間に門までたどり着く。付き添いの二人は若干はなれて、群集は声を潜める。ここでのやり取りもまた見所の1つだからだ。門の上に、威風堂々とした戦士が現れる。その姿を見た群集がざわめく、現れた騎士が現役の騎士団長だったからだ。
「汝は何者か。」
重厚な声が響く。声をかけたのは聖鍵第一騎士団長ガイジュン=ケンゲンその人である。大柄な体に相応しい威風堂々とした大鎧を身に付け、剣を地面に刺し、その柄の部分に両手を重ねて立つ姿は、何者も防ぎきるであろう圧倒的な存在感を感じさせる。
「まさか、ガイジュン様が門番に立つとは…。」
「それだけ、今回のアルとクロの審問を重視してるってこったろうさ。」
門の前に立ったアルの肩にクロが飛び乗る。一瞬、その事に気を取られそうになるが、慌てて思い直して返答をする。
「我が身を立てるために!」
「何をもって功となすのか。」
「我が召喚獣、マギネコのクロが、聖獣コネカットの末裔であり、その召喚に成功したことを功とする!」
「我らケンカードの貴族は、それを安易には認めない。汝に与えられし選択肢は二つ、前進か後退のどちらかだ。前進するのであれば、その先には厳しき試練が待つ。後退すれば安穏たる日常が待つ。返答は如何に。」
「我が答えはただ1つ!前進のみ!」
堂々たる応答に、感心しているものたちが多いようだ。本来であれば、ここで門番から「進むが良い」といわれて終わり、なのだが、ガイジュンは更に言葉を重ねる。ここからの返答は、アドリブとなる。
「前進、汝は何故その道を選ぶのか。」
(え!予定変更?…ど、どうするかな。えぇい、でたとこ勝負だ!)
「それは……退くことは負けることとなるからだ!」
「一時の敗北は、命よりは軽い。潔く引くこともまた勇気である。」
この言葉に、アルマーオの心は瞬間的に沸騰する。
「否!この道を退くことは、私にとって死よりも重たき敗北!その道を選ぶことは絶対に無い!」
「待ち受けるのは、汝の身を苛む必死の試練、それでも行くか。」
「笑止!たとえその道の先の光がどれほど頼りないものであっても、光は前にしかない。己に負けて、惰弱の闇に囚われる道など選べるはずが無い。門を開けよ!我は己が身をもって光を掴む!」
「ふん、良かろう。進め挑戦者よ。光を掴むか細き道を走るが良い。」
「感謝する!」
大きな鉄の扉がゆっくりと開く、アルと騎士団長のやり取りを固唾を呑んで見守っていた群集がざわめく。その門の先には、兵士達が剣を捧げて構え、列を作っていたからだ。これは、過去に行われていた審問のやり方である。経費削減などの意味合いから、兵士を動員することはここ100年間行われていなかった。今よりももっと貴族というくらいの持つ意味が重かったときの時代に行われていた作法を、現聖鍵王はあえて復活させたのだ。完全に門が開くと同時に、アルは一歩を踏みしめる。一瞬、ユーリとくれ名に目をやるが、その後はためらうことなく堂々と歩を進める。両脇に並ぶ兵士などいないかのように、前だけを見て歩いていく。その列は、中央の道をはずれ、王宮の北側にある巨大な建物へとアルマーオを導く。
こうして召喚術師は登城した。強き決意と負けられない理由を背負って。兵士の列が造る道の先に待つのは試練。この先に待つ、予定された試練を超えた大きな混乱と恐怖を、ここにいる誰もが知らない――
遅くなって申し訳ありません。まだストックは出来ていないのですが、とりあえず投稿します。ちょっと仕事が……。この土日で、またストック作って投稿できるようにしたいと思います。
いよいよ3章のラストに入っていきます。どうぞ、お楽しみください。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
感想や評価、ブックマークをいただけると、とても嬉しいです。
気が向いたときでかまいませんので、よろしくお願いします。




