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金目の召喚術師 ~猫狂いは二塔に挑む~  作者: 鼻血魔人
召喚術師は挑戦者へと至る
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「参加者たちは謀る」

 招待状に刻印された紋章は鍵、ケンカードでこの意匠を使えるのはただ1人。この国の中心にして、権力の頂上、聖鍵王その人である。そんなものが食卓に無造作に置かれていることを発見した時、ケンソーは深いため息を漏らした。ついに、来るべき時が来たからだ。彼の予想からは1年以上も早い。彼が上司に頼んでいた工作、そしてアルマーオ自身の誤魔化し、そういったものが時間を稼いでくれるはずだったのだが、予想外に予想外が重なってしまった。


 「思えば、ユーリッシュ嬢との模擬戦…あそこからケチがついちゃったんだよねぇ。」


 天井を見て片手を顔を隠す。時の流れは不可逆であるがゆえに「たら、れば」を言いたくなるものだ。しかし、それが果てしなく無意味なものであることもケンソーは深く理解している。後悔ならば、これまでに何度もしてきたのだから。


 「まずは、中身を家族で確認しないと、かな。」


 そう呟くと、彼は愛する妻と多数の問題を抱えた息子がいるであろう寝室へと向かう。その途中で彼の眉はひそめられる。息子のことも心配ではあるが、ここ最近の愛妻の不調のことも懸念されるからだ。自分で増やしている仕事の負担、息子の問題、愛妻の問題、ケンソーが普通の男であれば、とっくに潰れてしまっていただろうが、彼もまた息子と同じように常人ではない。深い息を1つして気持ちを切り替えると、今度こそ彼は愛する家族の下へと向かう。その頭の中では、これからの行動をいくつも立案しているのだが。



 ――審問の日まで、残り2週間



 豪奢な部屋の煌びやかな装飾がついた長椅子に、1人の弛んだ体を重そうに載せている男が苛立たしげに資料を読んでいる。ここは『財貨の袋』ウォーザ公爵家の屋敷であり、資料を持つ男は当主のリフク=ウォーザである。彼の手元にある資料に書かれているのは、ウォーザ家が所有している、未契約の思獣をまとめたものだ。アルマーオの貴族審問に用いられる思獣を選択しているのだ。彼がどうにも腹を立てているのは、難易度が高そうな、つまりは危険な思獣がいないからだ。


 「ちっ、ほぼ全てがマバウ種なのは仕方ないにしても、もう少し歯ごたえのありそうなものはいないのか。私の理想とする筋書きにたどり着くためには、ガキの命を奪うほどまでに凶悪なものでなければいかんのだが…。」


 ウォーザとしては当然のこととなるが、コネカット家に復活などはしてほしくない。今の状況で、コネカット家に守護十星を奪われるということはありえないが、それを口にしてウォーザの力を削りたい者達は有象無象と数え切れないのだ。復活した際には火種にしかなり得ない、そんな一族の復活を望むものなどいるわけが無い。彼の筋書きでは、思獣とアルマーオを引き合わせ、思獣にアルマーオを殺させる。これは別に死ななくても死んでもどちらでもかまわない。そこをウォーザ家の兵士に救わせて、コネカット家の貴族審問をつぶし、ウォーザ家の力を増すための名誉ある行いとする。成功すれば一石二鳥となる筋書きだ。そもそも、クロが聖獣認定されなければ問題は無いのだが、我獣の質は王によって決定され、ラギン家が管理している。ウォーザ家のものがそこに噛むことは出来ない。であれば、次善の策として貴族認定を潰すことに全てを賭けるべきだろう。その様な物思いにふけるリフクのもとへ、扉の向こうから声がかかる。


 「リフク様、客人がきております。」


 「客だと?…ち、この忙しい時に、誰だ?」


 「はい、いらっしゃったのは――」





 ――審問の日まで、残り1週間と半分



 魔法研究所、効率的なシーガの変質や操作、そして強化の術を探し、一般化して広めることと、躯結晶を用いた魔法道具の発明によって市民生活に寄与すること、この二つを大きな目的として掲げた王家が運営する施設である。その研究所所長キュウマ=ラギンは、1つの檻の前に立っていた。その檻には何度も激突する音が響く。中に潜む何かが檻を破壊しようとしているのだ。キュウマは短く刈り込んだひまわり色の髪を掻き、呆れたような声を出す。


 「しかし、セイクの塔2階層とは、陛下も中々厳しいな。クロ君は大丈夫だろうか…。」


 彼の前にある檻、その中には我獣が閉じ込められているのだ。セイクの塔二階層に出現する我獣、巨大な人の形をしたその我獣は巨人(タイタン)と呼ばれる。様々な派生を持つタイタンではあるが、2階層に登場するのは特殊能力は持たない。その代わりに、頑強な皮膚と恐るべき膂力を持つ。後衛の魔法使いが一対一で戦うにはかなり相性の悪い相手だ。聖鍵王が二階層の我獣を把握していないはずが無い。つまり、王から下されたのは魔法を使う後衛系の思獣の天敵を出せという指示なのだ。


 「王の意図は何かな…。まあ確かに、天敵を倒せれば文句は出ないかもしれませんが。それ以前に潰れてしまうかもしれませんよ?しかし、我獣では小細工も出来ませんし…健闘を祈るしか私には出来ませんね。」


 彼の前の檻からは、未だに大きな音が連続して聞こえる。疲れを知らない体力もまた、タイタンの脅威の1つである。響く金属音は不協和音となり、キュウマの心を暗くする。檻から漏れる我獣の赤き目の光は、行く末を暗く照らしているようだった。




 ――審問の日まで、残り一週間


 ウォーザ公爵家の地下室、そこに檻のように鉄格子で囲まれてはいるものの、高級な家具で統一された部屋がある。それは、長い歴史の中で、不名誉な行いをした一族のものや、表に出せない事情を抱えた者たちを住まわせるための、いわば牢獄であった。長い間、そこに入れられるものなど存在していなかったが、今はそこに一人の住人がいる。ウォーザ公爵家次男、コウゴウ=ウォーザである。彼は部屋の隅で膝を抱えながら何やらぶつぶつと呟いている。と、鉄格子の向こうのドアが突如開かれる。突然の音に一瞬驚いたコウゴウであるが、入ってきた人物を見ると、すぐに檻の側まで這いよる。


 「おとうさまぁ!お父様ぁ!早く、早くここから出してくださいぃぃぃ!!」


 「ふん、貴様のような低脳を息子に持った覚えは無い。」


 「お、お父様……ウォーザ家の名誉に傷をつけたことはお詫び申し上げます!ですがそれも全て薄汚いコネカット家のあのガキの陰謀なのですっ。」


 「煩い!たとえ、コネカット家のガキの陰謀だろうとも、それに乗せられて破滅するような低脳には、ウォーザの名前を名乗る資格など無いのだ!!」


 「ひぃっ。」


 リフクの本気の怒号に、コウゴウは怯えて体を丸める。幼い頃からの厳しい躾によって、彼の心には父への恐れと畏れが染み付いているのだ。その姿を見て、更に目線に込められた軽蔑の度合いが増すが、リフクは心底嫌そうに口を開く。


 「しかし、お前のような屑にも出来る仕事がある。否は無い。やれ。良いな?」


 否定は許さないと良いつつ、最終的な結論は相手に言わせる。一見矛盾した物言いではあるが、こうすることで自分で選択したことだと思い込ませることも出来る。相手の思考を縛るやり口だ。


 「も、もちろんですっ!何でもやります!」


 「良いだろう、お前に頼むのは餌やりだ。今度、コネカット家のガキの貴族審問がある。その相手には私が選んだ思獣が使われる。そいつに与える餌をお前がやるのだ。いいな。」


 心底歪んだ笑みを浮かべるリフク。当然、普通の餌やリなら誰にでも任せられる。つまり、今回行われる餌やりは普通ではない、ということだ。与えられる餌は生餌、それも人である。罪を犯し、死刑となることが決定しているものたちを監守を買収することで手に入れたのだ。人を与えることの意味は、この思獣を贈呈してくれたものから聞いている。負のシーガを思獣に食わせることで、召喚魔法の契約の可能性を皆無に近づけることが出来るというのだ。とはいえ、人の命を餌とする外道な行いである。汚れたシーガを浴びることは病気などの体調不良を招く、という言い伝えもある。その様な汚れ仕事は、使い道の無くなった屑にやらせるべきだとリフクは判断したのだ。


 「餌やリの時間には迎えをよこす、万事その者の指示に従え、良いな。」


 リフクはそう言い捨てると、一瞥もくれずに部屋を出て行った。残されたのは、暗い情念に瞳を燃やすコウゴウだけだった。




 ――審問の日まで、残り4日


 「やあ、ツオーノ君、久しぶり。元気にしてたかい?」


 ケンソーが訪れていたのは、郊外の農村。以前、思獣の被害によって「カマど屋」に野菜を提供できなくなっていた村だ。問題の思獣は、ケンソーが契約をしたため、今では村の守り神となっている。この村には、危険な思獣も盗賊も、手を出すことは出来なくなっていた。そんな守り神たる思獣に、ケンソーは会いにきたのだ。もちろん、話をしに来たのではない。ケンカードへと連れて行くためにだ。ツオーノ君に話しかけながら、ケンソーは二日前の会話を思い出していた。



 「今回の審問、かなりきな臭いぞ、ケンソー。」


 「どういうことですか?部長。」 


 二人がいるのは、税の回収や婚姻の管理、戸籍の登録などを行う、王立の役所の4階にある部屋だ。この階に上がることができるのは、王都に仕える役人のなかでも、裏に関わる特殊なものたちだけだ。その中でも、この部長室に入ることが出来るのは裏の中の裏、暗部に関わるものたちだけだ。


 「お前の頼みだから調べては見たもののな、きな臭い情報がごろごろ出てきやがる。まず、王様直々にラジン家へと我獣を使え、との指令が出た。次に、ウォーザには思獣を用意しろ、と任せた。この差には王様の作為があるはずなんだが、さっぱり読めねぇ。でな、うちの暗部連中を使ってウォーザ家の動向を探るように指示が出てる。王様は、お前達コネカット家にはそんなに関心は無いみたいだな。」


 部長、と呼ばれたのは暗部のとりまとめを行う男だ。本名はケンソーも知らない。どこにでもいそうな顔をした40代の男だ。危険な感じもしなければ、聖人というわけでもない、どんな場所にでもいそうな凡庸な顔なのだ。誰の記憶にも残らなさそうなこの雰囲気は、当然意図的に作られているものになる。今回、ケンソーはこれまでの貸しを清算しろと迫って、情報を吐き出させることにしたのだ。


 「ふむ、しかしそれだけであなたが『きな臭い』などとは表現しないでしょう。他には?」


 「おうよ。場所はな、特級審問室に決まった。これまで500年使われなかった部屋だ。特徴は知ってるか?」


 「…確か、審問中の手助けを一切許さない構造、でしたか。」


 「そうだ、受ける奴が入る場所が特殊でな。直接外から入ることになる。審問を突破したらその先に玉座のある部屋が続いていてな、王様に謁見して認定をもらう、という風になっている。だが、審問室は課題を突破した、と事前に設定した条件が果たされない限りは入れない。玉座側からも、外の扉からもな。」


 「何だったそんな部屋が出来たのですか…。」


 「かなり昔は、不正行為が横行したらしくてな、綱紀粛正と貴族の質の向上を目指したそうだ。まあ、あんまりにも危険すぎるということで使われなくなったらしいがな。審問中に誰も手助けできなくて死亡するものが続出したそうだ。」


 「王宮のどこでしょうか?地図はありますか?」


 その言葉ににやりと笑みを浮かべた部長は、机の引き出しを開けて一枚の紙を取り出す。


 「そういうと思って、用意しておいてやった。感謝しろよ?」


 「はいはい、良いから開いてください。」


 あまりにもな言い方に憮然とする部長が、しぶしぶといった感じで紙を広げる。そして、王宮の一点を指差し、はっきりと告げる。


 「ここだ、いつも行った時に気になっていた大きな空間があってな。今回のことを調べて初めて分かったよ。暴れまわるには問題の無い広さだ。当然、思獣も暴れまわることができるけどな。」


 「ここですか…確か、壁は魔法強化された石を用いた場所でしたね。なるほど、あの大きな無駄な空間、気になってはいたのですが、特級審問室だったとは…。」


 自分と同じ感想を抱くケンソーに愉快げな目線を向けると、部長は満足そうに告げる。


 「ここまで調べてやったんだ、もういいだろ?」


 「何言ってんですか、これでようやく半分といったところでしょう?」


 「はあ?そりゃ言いすぎだろうがっ。」


 「ほぅ…。メイクリ、イルミランテ、ボシュート、マルディニア…まだ言いますか?」


 1つ言われるたびに、苦虫を噛み潰したような部長の顔がどんどん苦くなる。どれも、暗部が処理しようとして失敗しかけたものをケンソーに救ってもらったものだ。


 「だああっ、分かったよ。といってもな、掴んでるのは、王様もウォーザも、何かしらたくらんでるってことだ。特にウォーザがやばい。この前、どこの伝手だか分からないんだが、恐らく思獣が運び込まれた。」


 「恐らく?」


 「巧妙に偽装されててな、確認だけで精一杯だったんだよ。外側にはしっかり覆いがしてあったしな。ただ、そのブツが雪の国ブヒョウガから運ばれてきたことは確認できた。」


 「雪の…なるほど…向こうに住む思獣の多くはかなり気性が荒いと言いますからね。」


 「更にな…そこに囚人が運び込まれてる。」


 「人を餌にしてる、と言いたいのですか?奴ら、そのことの意味を分かってるんでしょうか。」


 これまでの情報を聞いてきた中でケンソーの顔が一番険しくなる。その情報は、大きな危険性を秘めていたからだ。同じくらい厳しい顔をした部長が告げる。


 「分かってねぇだろうさ。けどまあ、紅悪結晶がなけりゃ、大丈夫だろうよ。」


 「王宮管理の結晶の個数は大丈夫ですか?」


 「ああ、その情報を聞いて、真っ先に確認した。全て揃っていたよ。」


 その情報を聞いてもケンソーの顔は晴れなかった。王宮にあるものが全てとは限らないからだ。その顔を眺めていた部長はため息をついて情報を付け足す。


 「ケンソー、1つ、忠告なんだが――」


 そこまで思い出したときに、ツオーノ君が心配そうに顔を寄せてくる。キギュウという牛に似た思獣の顔を持つ『灰色の角斧』という思獣である彼の頭には、斧のような角が二本生えている。それをゆっくりと撫でながら、ケンソーは語りかける。


 「ツオーノ君、もし万が一の時は、君と私の命を懸けなければいけないかもしれない。そんな指示を出す私を許してほしい。」


 語りかけられたツオーノ君は、強い視線を自分の主人に向け、静かに頷く。彼は人の言葉は話せないが、知性を持っている。語りかけられた内容も完璧に理解している。その上で了承したのだ。契約の際、人と思獣は心の奥底で、互いの思いを交流する。そうして知りえたケンソーの全てを、彼は信頼しているのだ。絶対的な信頼の目を向けてくるツオーノ君に、申し訳なさを感じつつ、ケンソーは部長との会話の最後を思い出していた。




 「じゃあ、俺が話せる情報はこんなもんだ。さすがに、もう良いだろ?」


 「ええ、構いませんよ。王様(・・)によろしく。」


 「……。」


 一切の表情を消した部長をよそに、ケンソーは部屋を出て行く。仮にも国の暗部にいるものが、借りがあるからといって、そう簡単に王の情報を漏らすはずが無いのだ。多少はおまけもあっただろうが、その裏には何らかの指示が出ているはずだ。ケンソーは審問を受けるものの父なのだ。抑えないはずが無い。



 「王もウォーザも、何やら色々と企んでいるみたいだね。王の目論見は読めないがこちらに干渉する手段は読めた。逆にウォーザは目論見は読めるけど手段は読めない。はあ、参ったね。ツオーノ君、色々とめんどくさいよ。」


 「ぶもぉぉお。」


 「慰めてくれるのかい?ありがとう。…たとえ誰が相手でも、私の家族を傷つけることは許さない。それだけは絶対だ。改めて、よろしくね、ツオーノ君。」


 「ぶもおおぉおぉぉ!!」


 ケンソーはこうして自身の戦力を強化した。ツオーノ君の代わりには衛兵を二人手配して、彼は村を立ち去る。





 ――審問の日まで、残り3日



 「やめて、やめてくだせぇえ、おねがいだぁああ、ぎゃああああぁああぁあ!!!!」


 コウゴウは冷めた目で惨劇を見つめている。檻の中では、一匹の獣が餌を食べている。その餌が何かなど、もう既にコウゴウは気にしなくなっていた。彼は、無意識に服の上に手をやる。その手の下には、隠されたようにかけられた首飾りがあった。それを手に入れた時のことを思い出しつつ、コウゴウは目の前の凄惨な光景を無感動に眺める。



 

 「うぉぇ…おぇぇぇぇぇええぇ。…はぁ…はぁ…何故私がこのような汚らわしいことを…う…おえぇぇぇっ。」

 

 彼は胃の内容物を全て吐き出しても止まらない吐き気に苦しめられていた。今日、彼は初めて餌やりを行ったのだ。やることは簡単だ。手かせを足かせを嵌められた餌を、思獣の待つ檻に蹴落とすだけで良い。大きな檻の鉄格子は、中の獣は出てこれないが、人であれば簡単にすり抜けられる。決して殺人ではない、彼はただ餌を蹴っただけだ。思獣が弱い人を食べるのも、食物連鎖の1つとみなせる。シーガは汚れはするが、我獣を産むほどではない。しかし、彼の方を絶望的な目で見る餌、食べ終えた後に思獣がこちらに向ける憎悪の視線。その二つの目が、決して強くないコウゴウの精神を灼く。ただでさえ、安定を欠いている彼の精神はどんどんと崩壊していく。


 吐き気を抑えつつ、椅子に座り込んだコウゴウ、彼の瞳はほとんど焦点を合わせず、限界が近いことが見て取れる。そんな彼に、声をかけるものがある。その声は怪しげな響きを持ち、男か女かすら分からない。


 「…随分とやつれているな…。」


 「何だ………きさま…貴様はぁああ!!!!貴様のせいで私は!私はぁああ!!」


 彼の側に突然現れたのは、赤錆た色をまとったローブの人物である。コウゴウに学院の教師とのつながり作り、試験の内容を教え、策を授けた人物だ。


 「心外だな…しくじったのは貴様だ…呪いたいのはこちらだ愚か者がっ。」


 「……うぅぅ。」


 詰め寄ろうとしたコウゴウを制して、赤錆のローブから殺意が放射される。脆弱なコウゴウでは立つことすら出来ないほどの威圧感であり、気圧された彼は座り込んでしまう。すると、ローブの人物から殺意が消える。


 「まあ良い。…今でも貴様は奴が憎いか?」


 「奴?…アルマーオか!!当然だ!憎くないわけが無い、私の全てを奪ったのは奴だぁぁあ!!」


 口から唾を垂らしながらコウゴウが絶叫する。逆恨み以外の何者でもないが、彼にとっては真実なのだ。その様子を確かめたローブの人物は満足げに頷く。 


 「…くくく…良い感じに濁っているな…ではこれをやろう。」


 「これは…首飾り?」


 「その首飾りの先の金属球に…貴様の憎しみを込めろ…それを貴様が餌をやった思獣に食わせれば…人への嫌悪感が増すことによって…召喚獣契約を拒否する可能性が高まる…」


 「ならば!すぐにでも!!」


 「落ち着け愚か者…憎しみを込めろといっただろう……その金属球に長く憎しみを込めれば込めるほど…可能性は高まるのだ…その金属球を与えるのは最後の最後だ…良いな。」


 「最後…最後とは?」


 「当然…審問の直前だ…なに…安心しろ…手はずは全てこちらが行う…お前は餌の憎しみもその金属球に込めれば良い…」

 

 「…分かった…奴を傷つけられるのならば…何でもやるさ。」


 崩壊しかけたコウゴウの精神が、アルマーオへの復讐という一点で再構築される。精神を壊す切っ掛けになったのもアルマーオならば、立て直す切っ掛けになったのもアルマーオであるという皮肉な結果に、彼は気付いているのだろうか。


 「…くくく…こめろ…貴様の絶望と憎しみを…それが…貴様のできる唯一の復讐だ…」


 言葉と共に煙のようにローブの人物が消える。そもそも、あの人物はどうやって鉄格子の内側に入り込んだのだろうか。だがその様なことなどコウゴウにはどうでも良かった。彼は受け取った首飾りを妖しい目で見つめるだけだった。



 記憶を振り返ったコウゴウが視線に気付く、檻の向こうの餌を食い終えた思獣の憎しみの瞳だ。奴は、囚われるときに番のメスと子供を殺されたらしい。それ故に人というもの全てに憎しみを抱いているようだ。


 「アルマーオ…貴様を地獄に落とす…この獣が…この私の憎しみが…くはぁ…くぁはははははは!!」


 高らかに笑う彼の憎しみがシーガを汚し濁らせる。檻の付近に漂っている血に染まったかのようなシーガがコウゴウへと向かってくる。シーガ同士が交じり合うと、コウゴウの服の中に吸い込まれていく。吸い込まれた先にある、彼の服の中に隠された金属球から、赤黒い光が漏れ出していた。






 ――審問の日まで、残り2日



 とある屋敷の一室、月明かりに照らされた室内、そこには跪く人物と鷹揚に座る人物の二つの影が伸びていた。


 「報告を聞こう。」


 「はっ。コウゴウの下へと届けた例のものは、着実に色を濃くしているようです。」


 報告をする人物は、コウゴウの部屋を訪れた赤錆びたローブの人物であった。それを聞く人物の表情が影となり、窺い知ることは出来ない。しかし、その声の響きは澄んだものであり、聞くものに安心感を与えるような響きを持っている。話される内容を聞かなければ、だが。


 「ふん。あのような無能を使わねばならん。それだけが今回の汚点だ。」


 「流石に、あそこまでお膳立てしたものを潰されるとは思いませんでしたな。」


 「無能だ、真に無能だ。まあ、それだからこそ今回使い潰すに相応しい。今回の筋書きは、奴の働きなど何一つ関係ないからな。憎しみだけは一人前なのだろう?」


 「は、無駄に高い自負を持つものは、折れた時の反動もまた高いものになりますゆえ。」


 「宜しい。後は、策の完成を待つのみだ。こう準備をした後では、コネカットの聖獣認定が成功してほしいとすら思うな。」


 涼やかな笑い声が部屋に響く。ローブの人物は返事をしない。決してその様なものが求められていないことを知っていたからだ。


 「お前も杯を持て、どちらに転んでも我らの不利になることは無い。前祝だ。」


 「はっ、ありがたくいただきます。」


 二人が掲げた杯に注がれたのは、血のように赤い果実酒であった。





 ――審問の日まで、残り1日



 「ねえ、アイクウちゃん。まだ休んだ方がいいわよ~。」


 「いえ!この前休んで迷惑を掛けちゃったので、任せてくださいよハフゥ姉さん!」


 ここは『カマど屋』話す人物は店主のハフゥと、調理師兼従業員のアイクウである。彼女は最近体調を崩すことが多く、今日はこの前休んだ分を取り返す、と張り切っているのだ。そんなアイクウの手をハフゥが取る。そして、少し強めに彼女を止める。


 「アイクウちゃん。だめよ。きっとあなたの体調不良って…あれでしょう?こんな大事な時期に、無理をするのは駄目。」


 「ハフゥ姉さん…気付いてたんですね…。」


 制止されたはずのアイクウは、なぜか頬を染めている。言い当てられたことを恥ずかしく思っているようだ。


 「乙女よ?私は。はあ、ケンソーは知ってるの?」


 問いかけにゆっくりと首を振る。その目は今にも泣きそうだった。


 「ほんとは、隠しちゃ駄目なのは分かってるんですけど…アルマーオもケンも、明日の審問のために一生懸命だから…邪魔しちゃいけないと思って…。」


 答えをもらったハフゥはため息をつきつつアイクウを抱きしめると、髪の毛をゆっくりと撫でる。抱きしめられたアイクウに警戒する様子は無い。ハフゥの体は男でも、心は完全に乙女だからだ。アイクウは、言葉通りハフゥのことを姉として信頼しきっている。


 「もう、本当に頑張り屋さんなんだからっ。あなたのそれは、乙女の一大事よ?男共の下らない陰謀なんて無視すべきなんだからっ。というか、わたし、ケンソーは怒ると思うわよ?」


 「う…。」


 実はアイクウも黙っていることを怒られるだろうと思っていたのだ。さっきとは別の意味で泣きそうになるアイクウは、ハフゥを潤んだ瞳で見上げる。


 「ど、どうしたら良いと思う?」


 頼られたハフゥは、可愛い可愛い妹のために一計を案じることにする。


 「そうね、明日とりあえず仮病で良いから倒れなさい。そしたら、私が偶然を装ってあなたの家に行くから看病を申し出るわ。で、ケンソーとアルマーオが審問を終えて帰ってきたら、医者を呼んでおいて診察してもらったことにして、真実を告げなさい。まあ、こうすれば大丈夫でしょう。」


 「ハフゥ姉さん!完璧よ!大好き!」


 「はいはい。私も大好きよ。だから、今日は昼までにして、ゆっくりと仕事しましょうね。じゃ無いと協力しないわよ。」


 「う……姉さんのばか…。」


 言葉の途中で不満げな顔をしたのでしっかりと釘を刺す。甘やかすことと大切にすることは違うのである。


 「何とでもお言いなさいな。あなたは、ちゃんと体調管理をしないとだめよ?」


 「は~い。」




 そして、審問当日が訪れる。


 この一連の事件の参加者達は謀る。自身の利益を高め、相手の利益を削るために。ある者は名声のため、ある者は復活のため、そしてある者は家族のため。それぞれの策がどう成立するか、それは蓋を開けて見なければ分からない。そして、審問室の大きな扉が開く――


 書き溜めようとした所、ものすごい間が開きそうになってしまったので、とりあえず1つ投稿します。この土日でなんとか書き溜めたいのですが…3章の終わりなので、納得のいく文を書こうと思っています。お待たせしてしまった時は申し訳ありません。


 ここまで読んでくださりありがとうございます。

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 気が向いたときでかまいませんので、お願いいたします。

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