「召喚術師は試験を受ける」
進級試験、1年に2回ある試験であり、この試験での落第は即留年につながる恐ろしい試験である。筆記と実技の二つに分かれており、共に基準点を超えなければ合格とはならない。毎年、数名が落第しておりオーヴァン学院の地位が高いままに保たれている理由の1つだといわれている。筆記はこれまでに習った全範囲(当然だが芸術科目は除く)である。計算などは前世の知識をある程度持つアルマーオには簡単な部類に入るものなので余裕といえるが問題は歴史などの常識問題だ。しかし、これらの教科の知識をアルマーオは貪欲に学んでいたのでこれもある程度大丈夫だろう。一番の問題となるのが実技である。これは毎回の試験内容が変わり当日まで知らされることは無い。演習を重視している学院らしい試験内容となっており、落第者の多くが実技での不合格者だ。
「うぅ、舞踏だったらどうしよぅ。」
「あたいも…舞踏が一番嫌だねぇ…練習しないとならないかねぇ…」
「手伝おうか?」
その試験を前にして落ち込んでい机に突っ伏している二人。アルマーオとクレナバーラである。一人余裕な顔をしているのがユーリッシュであり、優雅に本など読んでいる。
「ずるい!ずるいよユーリ!」
「そうだよ、ユーリばっかりずるいじゃないかい!」
「な、何がずるいのだ。」
生まれと努力のおかげでユーリに苦手な科目はほとんど無い。唯一有った芸術科目は試験には出ず、更に言えばアルのおかげで刺繍の技術が上達してきているため苦手も克服し始めている。生まれの関係で舞踏には全く触れてこなかったアルとクレナは、未だに苦手意識があるのだ。そんな二人の言いがかりでしかない不平不満に晒されたユーリは困った顔をしつつも、どこか楽しそうな雰囲気である。それは二人も同じことであり、三人でいられるこの時間を心底楽しんでいるようだ。
「ほかに苦手な演習は無いのか?」
「んー、ゲガンとセイクの塔演習はさ、正直走ってしかいないんだけど、どうすればいいのかなぁ?」
「そういう系の実技は、あたいら三人なら何とかなるんじゃないかい?正直言えばゲガンの塔演習が最高だね!」
「では私はセイクの塔演習だな。」
「僕はそうだなぁ…魔法演習かな。」
この前の模擬戦で、わざと魔法が下手な振りをしていたことが学級全員にばれてしまった。もとい、担任教師のワーオンに問い詰められたアルは、年下が生意気なことをするのは駄目なんじゃないかとの考えから力を隠していた、と嘘では無いが本当でも無い答えを返した。すると、級友達からは逆に生意気だと愛のある折檻を受けることになったが、高い実力を認められたアルはユーリとクレナと並ぶ上位者として扱われることとなった。
「アルの魔法もずるい!」
「うむ!アルの魔法はずるい!」
「え、えぇ!?」
実力者の二人から見てもアルの魔法制御能力は異常と呼びたいほどの精度を誇っている。才能もあるが、多くの努力に基づいた老練ささえ感じさせるほどに練り上げられた力である。9歳の少年から老練さを感じさせるという落差がまたアルマーオを印象深くさせている理由のひとつだろう。
「とりあえず、今日の午後はカマど屋で飯くってから舞踏の練習しないかい?アル。」
「あ、いいね。お母様にもお話したいことあったし。」
「カマど屋?…どこだそれは?」
「あぁ、ユーリは知らなかったねぇ。カマど屋ってぇのは―」
可愛らしく小首を傾げたユーリにクレナが説明した所、自分も行きたいとユーリが言い出した。どう考えても一流貴族のいく店ではないと二人が熱弁したが言えば言うほどユーリが頑なになっていったため、二人が折れてカマど屋に連れて行くことになった。上目遣いのユーリが「駄目か?」といった時の表情に二人ともノックダウンしたから、とも言える。ユーリは嬉しそうに家のものに昼食はいらない、と伝えている。そうして三人で連れ立ってカマど屋へと歩いていった。平民街を歩くことが少ないユーリは、本当に興味深そうにあたりを見回しながら歩く。見目麗しい少女二人と、最近話題の男の子、そんな三人組が歩いていれば目立たないわけが無い。しかし、ユーリは貴族であるため、人目を集めることに慣れている。クレナも、組合長の娘として視線を向けられる機会が多いため慣れている。アルマーオは慣れてはいないが、基本鈍感なためあまり気付いていない。向けられる視線も、美少女二人にだろうと思って流している。そんなこんなで無駄に人目をあつめた3人組はカマど屋へとたどり着く。
「アイクウさーん、席あいてますかー?」
「お母様ー、今日のお勧めは何ですかー?」
「あら?あらあら!アルマーオもクレナちゃんもいらっしゃい!もう一人いるの?まぁ!まあまあユーリッシュちゃんじゃない!いらっしゃい、うちのお店は何でも美味しいわよっ。」
「初めまして。ドーギヌ一族が一子、ユーリッシュ=ドーギヌと申します。よろしくお願いします。」
挨拶を済ませた3人は、アルマーオが前世の知識を伝えたことで生まれた「おむらいす」を仲良く食べている。食べたことがあるアルマーオは微笑みつつパクパクと食べているが、初めて食べたクレナとユーリは驚きに思考停止している。クレナはカマど屋に何度も来ているが、父と同じメニューばかりを食べていたので初体験となり、ユーリは宮廷料理に近い実家の料理のみを食べてきたため、そもそも庶民的な料理が初めてとなる。それでいて全く食べたことの無い発想の料理であり味もこれまで食べてきた中で最も美味しいとなれば、二重の衝撃に思考も停止しよう。
「アイクウさん!これ!めっちゃうまい!」
「アイクウ殿!我が家の調理人をここに呼んでも良いだろうか!?」
「あらあら、二人ともほっぺにご飯粒ついてるわよ?ゆっくり味わってね。」
「「あぅ」」
二人とも頬をアイクウに優しくぬぐってもらい、その柔らかな美貌とあふれ出る母性に真っ赤になってしまう。期せずして、二人の憧れの母親像がアイクウになった瞬間である。その上でアイクウは、調理人さんが客としてくるのであれば良いと許可を出し、クレナには感謝を伝える。その上で食事に夢中になる二人の隙をついてアルを呼び出し、鼻息荒くこう尋ねるのだ。
「で、で、アルマーオの本命はクレナちゃんとユーリちゃんのどっちなの!?」
「ほ、本命って…お母様、二人は友人ですよ?」
「もう!アルマーオったら、つまんないわ!私、お嫁さんに教えたいことがたくさんあるのよっ。」
「お嫁さんって…お母様、僕はまだ9歳ですよ?」
ぷりぷり怒りながら(それでも可憐なのだが)アイクウが仕込みをしに厨房に戻ると、赤い翼を持つ蛇が空中をすべるように泳いで近づいてくる。ケンソーの召喚獣カジャである。やや体も大きくなり火を扱う力も強くなっているが、基本的には戦闘が嫌いな彼はアイクウの料理の手伝いをしているのだ。
「カジャ、いつもお手伝いありがとうね。」
『アルマオ 気にするな ぼくはけっこう りょうりすきだ』
「お母様の負担がかなり減ってるって聞いてるよ、本当にありがとうね。」
『アイクウ 今日ちょっと ぐあいわるそうだった アルマオきて笑顔 いいこと』
「え!? だ、大丈夫なのかな。」
「カジャ、アイクウ様はどのような様子だったのですか?」
『んー 口に 手を当ててた ちょっとふらふらもしてた』
アルとクロが顔を近づけて考え込む。家族のことへの優先順位は常に最上位にあるため、時々こうやって心配の心が暴走気味になることがある。
「クロ、どう思う?」
「恐らくは軽い貧血かと…疲労が主要因でしょう。」
「んー、お手伝いの回数増やしたほうが良いかな?」
「ですね、わたくしも調理であれば多少のお手伝いが可能ですし。」
二人の会議はごく短時間で終わり、カジャが不思議そうに見つめてくる。
「カジャ、何かあったら僕かお父様にすぐ伝えてね。必ず駆けつけるから。」
「わたくし達は学院、ここから北東のほうに、ケンソー様は北西の役所にいると思いますので。」
『わかったー けど わるいことじゃ 無いと思うけどなー』
「体調不良が良いわけ無いでしょうに、何を言っているのですか、あなたは。」
カジャに対してクロがたしなめの言葉を発すると、食卓が賑やかになった。どうやらユーリとクレナが「おむらいす」のお代わりを頼み、それが到着したようだ。アルは、きっと練習は遅くなるだろうと予想を立てる。その推測は当たり、限界まで食べて一歩も動けなくなったた美少女二人が舞踏の練習が出来るようになったのは夕方近くになってからだった。
このように準備の時間は忙しくも充実した日々となり、3人は楽しく落ち着いた時間を過ごした。そして、いよいよ進級試験当日。1日目は筆記試験である。最初の科目は戦術論、記述形式で指定された条件において有効な戦術を述べるという問題がいくつも出され、応用力が試された。
(我獣が30体で自分ひとり!?そんなの…撤退しか無いじゃん!…いや、狭い通路を使って固定を活かせばいけるか…そもそも我獣の強さの指定がないぞ?これ、引っ掛け問題かな…んー。)
次に行われたのは貴族学と舞踏の複合試験。どちらも式典時の振る舞いについての問題という意味では共通しているため、複合試験となっているのだ。
(女性側から決闘を申し込む場合とはいかなるものか……これは母上がおっしゃっていた理由と教科書の理由…どちらを書けば良いのか…悩ましい…。)
3つめの試験は商業。割引や税などの計算問題が多い。その中には、経理担当者の不正を見抜けという問題などもあったりする。
(ん~?マバウ貿易によって周辺国から仕入れを行う際の人件費を削減するためにはどのような方法が考えられるか?……あのおっさん、試験まで自分の商売に利用してんじゃないのかい!?)
4つ目の試験は武術。それぞれの武器の特徴や注意点などの基本的な知識問題が多い。知らなければ出来ないというのは中々に難しいことなのだ。
(鈍器の優位性だと…忌々しい!…鈍器など貴族以外の愚民が扱う、技術無き者達の武器。利点といえばそれだけだ!くそ、このような事を書く事さえ忌々しい…だが…実技試験が終われば…やつは…クククククッ)
5つ目の試験は魔法。三相の考えと基本的な理念についての問題が多い。最後の自由記述などは、今後の自分の強化方針を選ぶための問題であり、点数は二の次となっていそうであった。
(え?三相の何を用いて何を為そうと考えるか?…うーん、不思議な問題だけど、僕は決まっている!操作を用いて召喚術を極め、コネカットを復活させて繁栄させる!これこそ僕の生きる道!)
筆記試験は以上で終了となる。ユーリはいつもと変わらず隙の無い凜とした様子であり、アルは初めての試験に若干の興奮と疲労を感じたのか、クロを抱きしめて気持ちを切り替えようとしている。クレナはといえば、疲労困憊といった様子であり、精も根も尽き果てている。
「終わったねぇ…これで今日から家で勉強しなくて良いかと思うと…涙が出てくるんじゃないかと思うほどだよ。」
「あぁクロ…どうして君の毛並みはここまで柔らかく気持ちいいんだ、おぼれてしまいそう、いや既に溺れている!」
「アル。その状態のアルは若干気持ち悪いぞ。クロ、大丈夫か?」
「ユーリッシュ様、お気遣いありがとうございます。今日はどうも疲れているようなので、特別に許しているのですよ。」
『アルマーオは 不思議な少年だな』
「なあ、みんな!今からカマど屋行ってお疲れ昼食会やらないかい?」
「そろそろお昼時ですしね、良い提案だとわたくしは思いますが、ご主人様は――旋風雷」
「むは むは この温かみ!まさに毛並みの桃源きょ あぶぁぁあ!………おなか空いたね。」
「……おむらいすだ…おむらいす祝宴会だな…いくぞ!!」
『ユーリ がっつきすぎだ』
こうして三人組の筆記試験は終わった。昼食をたっぷりと取った後は舞踏の確認を少しし、それぞれすぐに帰宅して演習に備えることとなった。結論から言えば、舞踏の準備は全くの無駄となったのだが。
「今日はいよいよ実技試験…舞踏がでないでほしいねぇ…。」
「ま、何が出ても全力でやるだけだね。」
「その通りだ…では行くぞ!」
三人は教室へと向かい席について時間を待つ。時間丁度にワーオンが入室してくる。その瞬間、教室内の緊張感が破裂しそうなほど高まる。彼の発する言葉を決して逃すまいと、1人を除いて皆が緊張しているのだ。緊張感が帯電した空気のようにはじけそうになる中、コウゴウだけは濁った笑みを浮かべ余裕の態度を崩さない。
「今回の実技試験の内容は………『ゲガンの塔演習』となる。」
その瞬間、多くの貴族達が絶望的な表情や怒りの表情を浮かべる。これまでの長い学院の歴史でゲガンの塔演習が実技試験に選ばれたことは片手の指で足りるほどだ。最後の時には多くの貴族が落第し、その親達から抗議が相次いだためにゲガンの塔演習は選ばれることが無くなった…はずだったのだ。実際の所、教師であるワーオンも困惑を隠せない。年度の初めで決定していたのはセイクの塔演習だったのだ。それが、2ヶ月前の職員会議にて突如内容が変更されたのだ。更に不思議なのが、ゲガンの塔演習教師ハイサキには、協力を仰がないことも同時に決まったのだ。普通であれば、担当科目の教師がほぼ全ての決定権を持ち、相応しい試験内容を作っていくはずなのだ。異例尽くしではあるのだが、上層部がそろって異議なしと認めたために決定してしまった。この流れに多大な不審を感じながらも教育のプロとして、顔には出さずに生徒へと内容をつげたワーオンであったが、彼はここでさらに違和感を感じた。その違和感の正体に思い当たったのは、試験が終了し全てが終わった後だった。この時に彼の感じた違和感、それは普段であれば真っ先に文句を言うはずのコウゴウが満面の笑みを浮かべていたことによって生じていたのだった。
生徒達は悄然とした様子で演習室へと向かう。三人組は、しっかりと演習を受けていたため、特に大きな不安も無く静かに歩を進める。到着した場でワーオンは更に告げる。この試験の肝となる部分を。
「この試験は、二人一組で行う。そして、二人で与えられた課題を突破し再び戻ってくること。これが試験内容だ。」
そして発表された二人組み、クレナはユーリと組むこととなった。大声ではしゃいだりなどはしなかったが、共に本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。そして、召喚術師アルマーオと組むことになったのは―
「よろしくおねがいするよぉ?アルマーオ君…くくくっ」
舌を巻くようにねっとりとした発音で彼の名を呼び、陰気な笑い声を上げながら挨拶をかわしたのは、名門貴族ウォーザ公爵家の次男、コウゴウ=ウォーザであった。
こうして召喚術師は試験を受ける。三人で学んだ知識を十全に活かしながら。しかし、その先には底知れぬ悪意が口を開けていた――
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次回はちょっと後味が悪くなると思います。




