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金目の召喚術師 ~猫狂いは二塔に挑む~  作者: 鼻血魔人
召喚術師は挑戦者へと至る
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26/50

「召喚術師は踊る」

遅くなってすいません!風邪は完治しました。

 温められた水が上から次々と落ちてくる。雫は下で佇んでいる銀髪の美少女へと降り注いでいく。夕暮れの光が弱く浴室に差し込む。水に濡れる銀髪は普段よりも一層光を反射して輝き、白い肌は瑞々しさを増していく。まるで1つの絵画であるかのようにその光景は美しさの中で完成されていた。ここは、ドーギヌ家の浴室であり、シャワーを浴びていたのは、この家の長女、ユーリッリシュ=ドーギヌその人である。彼女の表情は、いつものように強い意志を示してはおらず、どことなく悄然とした、愁いを帯びたものであり、それがまたこの光景を美しいものとしている。


 「…………。」


 『ユーリ どうしたのだ?』


 「…………。」


 『…そうか 叩かれた尻が そこまで痛いのか』


 「しっ! 尻が痛いのではない! 言うに事欠いてなんだそれは!ロアン!」


 『ほう 違うのか では どうしたのだ?』


 「……ロアン。アルと私、どちらが強いと思う?」


 『なるほど 悩んでいたのはそれか 先ほどのガゴウとのやり合いか?』


 「………。」


 『ふむ 知るための方法は1つだけだ 違うか?』


 「…………ふっ。そうだな。その時は付き合ってくれるか?ロアン。」


 『お前が望むならな』


 銀髪の戦乙女が顔を上げて不敵に微笑む。水の雫が降り注ぎ、夕暮れの光が先ほどよりも強く輝く。彼女の戦う意志を世界が祝福しているかのように浴室全体が輝く。先ほどまでが愁いに沈む夕暮れの絵画であるとするなら、今この瞬間を切り取った絵画は、戦いへと向かう朝焼けのそれであろう。


 「まずは……ドレス選びからだな。」




 同時刻、アルマーオは焦っていた。主な原因は、明日に控えた演習のせいである。


 「お母様!お母様!せ、正装って何を着れば良いんですか?制服のローブで良いんですか?」


 彼を焦りの極みに陥れているのは、右手に持った案内状である。


 「何を言ってるの、アルマーオ!それは舞踊演習の案内状でしょ?制服ローブで舞踊なんてかっこ悪い真似なんかさせないわよっ。」


 アルマーオとは正反対に、目を輝かせ上気した顔で全身から楽しみだという空気を出しているのが、彼の母親アイクウである。


 「そうだよ。そんなみっともないことをアイが許すわけ無いじゃないか。アイ、私が幼いころ着ていた燕尾服があったから持ってきたよ。これはどうかな?」


 「まあ!素敵!!……ケンが昔これを着ていたのね。…見たかったわ。」


 「それを言ったら、私もアイの幼いころのドレス姿を見たかったよ。」


 「お父様、お母様、それは後でお願いします!その燕尾服を着ればいいんですね?」


 そう、アルマーオを混乱の極みに陥れていたのは「舞踊演習」の案内状である。貴族の社交場として最も重要視されるのが、舞踊である。演奏される曲に合わせて男女が1組となって踊り、時間によってパートナーを代えて踊りあう。多数の貴族を招き舞踊を大々的に行うのが舞踊会である。舞踊会では、踊る合間に繰り広げられる会話には政治が絡んでくることもある。それ以上に、若い男女の出会いの場としての側面も強く、舞踏会という名のお見合い会場となる時も多々ある。息子の色恋沙汰に夢中になりたいお母様であるアイクウが張り切るのは当然である。


 「ちょっと着てみて丈を合わせましょう!昔の意匠だから今の流行とは少し違う所もあるみたいだから手直しが必要ね。伝統的な意匠を活かしつつも最先端…燃えるわ!ケン、今日のご飯、2人で頑張ってもらっても良いかしら?」


 「もちろんだよ、アイ。最高のものを仕上げてね。」


 「ああ、愛しているわ、ケン。任せて!私たちの息子を最高に飾り付けてみせるわ!」 


 アイクウの背中に燃え上がる炎を幻視したのはアルマーオだけではなかっただろう。それほどまでに彼女の気持ちは燃え上がっていたのだ。


 「お…お手柔らかに……お願いします……。」


 「ご主人様、諦めが肝心でございます。ご覚悟を…。」




 次の日、アルマーオは遅刻ぎりぎりに演習室にたどり着いた。その演習室はドアからして、これまでの演習室とは格が違う。木目も鮮やかであり、黒檀のように重厚な色合いをした木が使われている。見た目からして最高級品のそのドアを開けることをためらいつつ、大きく息を吸って勢いつけてドアを開く。彼を迎えたのは豪奢なシャンデリアの光。大きく広がる空間の端から端まで煌びやかなもので統一されている。


 「セイクの塔演習室よりは、当然狭いんだけど…なんかすごいね、クロ。」


 「これはこれは、とても見事な舞踏会場ですね。」


 あっけに取られたように感動する1匹と1人。それも無理は無いだろう、学院の二階までの高さを吹き抜けでぶち抜き、天井には大きなガラスのシャンデリアが縦に三つ並んでいる。舞踏する床は磨きぬかれた木材で出来ており踊りやすくも格調高い雰囲気を作り上げている。その外側のスペースには白いテーブルクロスがかけられた円形のテーブルがいくつも並べられ、その上には銀製の盆に多種多様な料理が並べられている。その更に外側には白い柱が何本も立てられており、意図的に光が若干届かないやや暗めの空間が作られている。窓の外には広めのテラスも用意されており、窓を開けて行う形式の舞踏会にも対応できるようになっている。生徒たちは思い思いの正装をしており、男子は燕尾服、女子はドレスを着ている。それもまた、この舞踏演習室の華やかさを演出するひとつの要素である。


 「ねぇねぇ、あれってアルマーオ君よね?」


 「クロちゃんがいるから……そう…だと…思うけど……全然印象違うわね。」


 「ちょっとかっこよくない?」


 「んー、9歳だからなぁ。けど、将来はカッコ良くなりそうだけどね。」


 「ていうか、あの燕尾服の刺繍、すごくない!?」


 この世界の燕尾服には、地球とは違う大きな特徴がある。それが背中に大きく刺繍が入る所だ。それぞれの家紋を必ず入れることとなっているが、それを上手に絡めた図案にするのがおしゃれだといわれている。アルマーオの背中の刺繍はアイクウ入魂の作品である。全て金糸で縫われているのはコネカット一族の家紋、つまり猫の顔である。そこには眼鏡も縫われており、一目でクロだと分かるほど精緻な縫い取りである。その周りを稲妻が閃くように縫い取られており、華やかでありつつも派手になりすぎず、人目を引きつつも嫌味ではない、まさに絶妙な塩梅で縫い取られた刺繍となっている。それを着ているアルマーオもまた、髪を全て後ろに流し整えていることである程度整った顔が効果を発揮し、人目をやや引くような感じとなっている。供をするクロもいつもの眼鏡の他に、黒のベストと白の蝶ネクタイを身に付けてフォーマルな雰囲気を醸し出している。


 「アル!こっちだよ、早く来な!」


 「クレナ…そのように大きな声はこの授業では慎むべきだ。」


 彼に声をかけたのは、真紅の髪を持つ柔らかな印象の笑顔を浮かべた美少女だ。大輪の薔薇の様に広がる真紅のドレスを身に纏い、頭にも赤い薔薇の花を模した髪飾りを身に付けている姿は可憐の一言である。しかし―


 「なんだい、アルもそんなかっこしてりゃあ、いくらか見られるじゃないかい。化けたじゃないか。」


 「褒めてくれてありがとう。クレナもすごく綺麗だよ。口調とは合わないけどね。」


 彼女の口から飛び出す言葉は、薔薇のとげのように鋭いものであり。相変わらず周りで見る人に落差を感じさせる。今も、アルマーオの軽口に悪口雑言で応酬しており、第一印象を大きく裏切っている。


 「アル、同じ召喚師の一族としてコネカット家のその家紋の刺繍を誇りに思う。とても似合っているぞ。」


 「ありがとう。ユーリもそのドレス、とても良く似合っているよ。」


 「ありがとう、気合を入れて選んだ意味があるというものだ。」


 次に声をかけてきたのは、白いシンプルなドレスを身に纏い、銀の長髪を巻き上げ白い簪でまとめた美少女である。ドレスの形自体はシンプルであるものの、細かな模様やレースがふんだんに用いられており華やかさはクレナのドレスに負けていない。ユーリ自体が美少女だからなのか、11歳にもかかわらず清廉な色気を漂わせている。だが、ユーリの表情だけが華やかさよりも覇気を感じさせるものであることに違和感を覚えるかもしれない。実際アルマーオも、クレナのドレス姿にはやや頬を染めドギマギしていたものの、ユーリのドレス姿は上気せずに真正面から見ることが出来ていた。


 (なんだろう、今日のユーリ、綺麗というより…迫力がある?)


 というよりも、ユーリが無自覚に発する闘気を敏感に感じ取り、浮ついた気持ちではいられなかった、というのが正解に近いようだ。


 『ロアン、今日この場を持って彼には宣告するよ。』


 『我は お前に付き従う影 思いのままに突き進むと良い』


 いるだけで人をひきつける魅力を持ったユーリが覚悟を決めた表情で佇むだけで、あたりの目線を集めるには十分であるのに、その場には華やかさならユーリに勝るとも劣らないクレナと、立派な衣装を着こなすアルマーオが一緒にいるのである。生徒も教師も、自然とその一角に目線を送ることになる。最も、教師はすぐに気を取り直して生徒に声をかけたのだが。


 「まずは、舞踏経験組と未経験組に分けたいと思います。」


 担当教師は、トーブ男爵とマヨイ夫人という夫婦である。共に、ケンカード随一の舞踏と謳われるほどの踊り手である。


 「未経験組は我が妻が基本となる足運びを教える。経験組は男女一組となり、早速実力を見せてもらうとしよう。」


 教師が二人いれば習熟度別に指導することが可能になる、実に効率的な指導法である。


 未経験組はマヨイ夫人が基本となる足運びを教えている。その際には、男女1組を取らせており最初からそういうものだと刷り込みで教えていく。


 「足もとを見ながら足運びをしてしまうと、逆に相手の足を踏むこととなります。背筋を伸ばし、共に見る方向が合えば踏み出す足が重なることはありません。互いがぶつかってしまうのは、目線をずれているからです。素敵なパートナーと出会いたいのでしたら、相手と思いを重ねて目線を揃えることが大切ですよ。」


 マヨイ夫人が人生の機微もこめつつ、生徒たちの心をくすぐるアドバイスをする。多くの生徒は素直に聞き入れて徐々に改善していくが、約二名、全く余裕の無い生徒がいた。


 「おぃこら!アル!なんであたいの足をそんなにふむんだよ!恨みでもあんのかい?」


 「ないってば!クレナがちゃんとこっちと目線を合わせてくれないからじゃないか!」


 クレナとアルのペアである。失敗の理由の多くは、クレナが照れてしまっていることにある。アルマーオも綺麗な女の子と密着することを緊張しているのだが、高い志力を発揮してその気持ちを押さえ込むことが出来るのだ。クレナは、なんとなく照れくさい気持ちを我慢することが全くできず、アルと目を合わせることがまったくできないため、二人は何度も互いの足を踏む羽目になっている。


 一方、経験組は既に舞踏スペースに出て踊っている。トーブ男爵が与えた課題は1つ「踊りながらパートナーとの会話を楽しむこと」である。踊りの修練は家でもできるが、多数で同時に踊りつつ会話をする訓練などは、こういった機会でも無いと出来ないからである。経験組のなかで、最も優雅に踊っているのが、ユーリとコウゴウのペアである。


 「ユーリッシュさん、やはりお上手ですね。」


 「あなたも中々お上手ですよコウゴウさん。」


 目を合わせて踊っているため、互いの足を踏むようなことにはなっていないが、ユーリの表情からは一切の感情が消えうせている。これは不思議なことではなく、アルとクレナと一緒にいない時のユーリは常に無表情である。コウゴウは、それをやりにくいと思いつつも言葉を重ねて何とかコミュニケーションをとろうとしている。


 「ユーリッシュさんは、セイクの塔に挑戦したことがおありなのですよね。」


 「いえ、挑戦と言えるものではありません。お荷物として付いていったと言うのが正解でしょう。」


 「ご謙遜を。そこで感じたことを教えていただけたなら嬉しいのですが。」


 「私が伝えられることなど、先日の演習が全てですよ。」


 「ふん、あんな野蛮なものが教えることが真理を含んでいるとは思えませんがね。」


 「…堅力が重要なのは間違いの無いことですよ。」


 「ははは、私が塔へと挑戦することが出来れば、豪力の重要性を知らしめることができるのですがね。早く塔に挑みたいものですよ。ははは。」

 

 「……今のあなたでは死ぬだけでしょう。」


 「…は?それはどういうことだ!…でしょうか…?」


 「この言葉は正確ではありませんね。この教室の生徒たちではまだ生存できないでしょう。ただ一人を除いて…。」


 「それは自分だ、と言いたいのですか?」


 「いえ、私でもありません。可能性があるとすれば、アル、アルマーオ=コネカットのみでしょう。」


 「はん。学年主席のユーリッシュさんといえども見当違いをなさることがあるらしい。もしくは、冗談のおつもりでしたか?であれば真面目に反応してしまい申し訳ありませんでした。ははははっ。」


 「…そうですね、見当違いかどうか確かめてみなければ分かりませんね。」




 30分程度の練習をした後に5分間の休憩を取ることとなった。アルとクレナは疲労困憊の顔をしており、それを見たユーリが微笑む。クレナがアルへの愚痴を始めると、アルもクレナの愚痴で応酬し、その二つを聞かされるクレナは嫌な顔ひとつせずしっかりと聞きアドバイスを返していた。そうこうしている内に後半戦が始まる。


 「では、経験者組と未経験者組は互いをパートナーとして練習するぞ。経験者は、相手が未経験者だろうが上手く導くのが練習だ。」


 トーブ男爵が促すとそれぞれの男女がパートナーを探しあう。意外なことにアルマーオへと視線を向ける女性が多い。他の生徒と比べればアルマーオは年齢が低くリードしやすいのが1つ。先日の演習でガゴウと見事な立ち合いをしたことにより評価が高まっていることが1つ。燕尾服と刺繍の見事さにより外見への評価も高まっていたことが1つ。これらが理由となって、アルマーオは女性陣から熱い視線を受けることになるが、互いをけん制しているのか実際に誘いの声はかからない。そして、現実に声をかける機会は失われた。1人の少女がアルマーオの前に歩み寄ったからだ。


 「アル、良ければ私と踊らないか?」


 「ユーリなら安心だね。よろしく。」


 「自分から誘うのが礼儀ですよ、ご主人様。」


 周りを自然と魅了する雰囲気を漂わせながら白いドレスと細身のシルエットを翻す美少女、ユーリが微笑みながら声をかける。あたりの男子生徒は軒並み息を飲んで顔を赤らめているが、アルマーオだけは表情を変えない。ユーリの微笑から、なぜか挑戦する意志を感じ取ったからだ。二人は手を取り合って舞踏場へと向かっていく。その背中にはどことなく緊張感が漂っている。その光景をなんとはなしに見ていたクレナだったが、彼女にも誘いの声がかかりそうでかからない。ユーリとはまた違った形の色気を漂わせるクレナに気圧されていたからだ。意を決して声をかけようとした男たちに先んじてマヨイ夫人が声をかける。


 「クレナバーラさんは、一番上達なさらなかったので、一番お上手な男性にお願いいたしましょう。」


 「であれば、コウゴウ君だな。コウゴウ君、クレナバーラさんの相手をお願いするよ。」


 「げ…コウゴウかよ…。」

 

 「私としても不本意だよ。」


 本当に嫌そうにお互いの手を取り合い舞踏場へと歩んでいく二人。そこに友好的な気配は全く無い。続いて他の組もどんどんと舞踏場へと向かっていく。


 曲が演奏され、舞踏が始まる。未経験者は経験者に導かれるように足を運んでいく。全体的には足を踏まれる生徒も少なく、しまった雰囲気の演習となっている。始めに実力を分けて演習を行ったおかげで、経験者と組んだ時の上手さに驚き身を任せる

未経験組の生徒が多いからだ。これが教師である二人の狙いでもあった。そんな中、舞踏場の中心で一際華やかに舞っている組がある。ユーリとアルの組である。


 「うん、全然踊りやすさが違うよ!さすがユーリだね。」


 「舞踏の足運びは武術につながる所がある。共に踊るものたちとぶつからないために気配にも敏感でなければならない。そう考えれば、これも戦闘演習といえる。私はそう考えてから舞踏が好きになったよ。」


 「戦闘演習…なるほど……僕も意識してみるかな。」


 そういう色気の無い会話が繰り広げられているとは思えないほどに、優雅に華やかに燕と白百合が舞っている。先ほどのユーリとコウゴウ以上に洗練された舞が披露され、また徐々にその切れ味が増していくとなれば、自然と人目を集めていくことになるのも道理だろう。それは周りで踊る生徒たちも同じことであり、見とれては失敗するということがあちこちで繰り広げられている。それはクレナとコウゴウの組も同じことであった。しかし、失敗のほとんどは経験者であるコウゴウの責任であった。


 「ちっ。あんた経験者なんじゃないのかい。ちょっとはこっちに集中してくれないかねぇ。」


 「ふん、失敗の責任はお前が私に合わせられないからだろうが…。くそ、ユーリッシュさんと楽しげに話すんじゃない、三流が…。」


 「はぁ。本当につまんないねぇ舞踏ってぇのは。あたいもアルともう一回踊りたくなってきたわ。」


 「ほぅ。三流は三流同士で結びつくということか…ふむ。」


 「何だい。急に人の顔やら体を見回して、気持ち悪いからやめてくれないかい?」


 「その口調だ、それさえなければ見れる顔をしているし、体もこれから成長していきそうだ。どうだ、私の情婦として仕えないか?」


 「はあ!?…はぁ、まともに相手するのも馬鹿らしいね、全く。」


 「一流貴族の情婦ともなれば、平民では望み得ない贅沢も叶うぞ。どうだ?」


 「はん、ガゴウのしごきに情けなく泣いている男なんて真っ平ご免だね。誘い文句にも自分のことじゃなく家の名前を出しやがって、心底情けないじゃないかい。へたれ野郎の情婦なんざ大金積まれたって断るよ。せめてアルマーオ位に自分を磨くことに興味を持ちやがれ。」


 「くっ!言うに事欠いてアルマーオだと!あのような餓鬼と高貴な私を比べるとは、さすが下郎の娘だな!ぐぁっ!!」


 「あたいのことは何言ったって構わないんだけどねぇ。あんたみたいな屑に親父を馬鹿にされる謂れは無いね。」


 舞踏場に響く乾いた大きな音。それはクレナがコウゴウの頬を思い切り平手で叩いた音だった。武芸の心得があるコウゴウが全く反応できないほどの速度で振るわれた平手は、大きな音を立てコウゴウにしりもちをつかせる。音楽が止まり、辺りの注目が二人に集まる。教師の二人が慌てて駆け寄ってくる。しかし、クレナの表情は冷静そのものであり何の感情も感じ取れない。ただの喧嘩ではないのか、と困惑したマヨイ夫人がクレナに声をかける。


 「クレナバーラさん、どうなさったのですか?急に人を叩くものではありませんよ!」


 「先生、舞踏ってぇのは踊ってる最中に愛人契約を持ちかけたりするもんなのかい?だったらあたいは二度とこの実習に参加したくないねぇ…。」


 「愛人!?…それは本当ですか!…なんと破廉恥な!…優美なる舞踏の場に愛欲を持ち込むなんて!」


 「マヨイ…落ち着きなさい。クレナバーラさん、そんなことは普通はありえない。更に言えば君たち生徒の間でその様なことは言語道断だ。二度とそのようなことが無いように、私のほうで配慮させてもらおう。」


 「ならいいよ。あたいはちょっと気分が悪いから休ませてもらうよ。いいかい、先生。」


 「もちろんだよ。ゆっくり休みたまえ。」


 そう告げられたクレナは髪飾りをとって髪を解きながら演習室のドアを目指して歩いていく。それはまたそれで1つの絵のように美しさを感じさせる。残された生徒たちは、座りこんだコウゴウへと軽蔑の目線を向ける。それは教師の二人も同じことである。彼らは舞踏を愛し、舞踏で出会い、舞踏を高めてきた二人である。生涯を連れ添うパートナーを探す恋愛遊戯の場所であるとは思っていても、肉欲にまみれた下品な勧誘をする場ではないと信じている。その二人からすれば、コウゴウのとった行動はたとえ未熟な生徒であっても許されるものではないと結論付けるのは当然である。


 「コウゴウ君…君ほど優雅な舞を出来る生徒ならば、もっと洗練された振る舞いが出来ると信じているよ。減点1だ。後に正式通達が家に行くだろう。しばらく外で頭を冷やしてくると良い。」



 「そんな…そんな…これで減点が2に…いやだ…いやだいやだ……なぜだ……なぜなんだ……。」


 平手の衝撃と減点のショックに虚ろな目となったコウゴウはふらふらとテラスに向かって歩を進めていく。その背中に向けられる視線には軽蔑の感情しかこめられていなかった。コウゴウにまったく注意を向けず、クレナのほうを気忙しくアルマーオが見つめている。共に立つユーリも心配そうな顔をしている。


 「クレナ、大丈夫かな?」


 「彼女なら大丈夫さ。強い女性だ。」


 「クロ、クレナのところに行ってくれない?」


 「かしこまりました。」

 

 「まて、クロ。その前に二人に話したいことがあるんだ。あの…その…な。」


 主人の指示に身を翻そうとしたクロに、ユーリから制止の声がかかる。呼び止められたクロはやや不満げな顔をしながら立ち止まる。主人のアルは、呼び止めながらも言い辛そうにしているユーリの様子から懸念していたことを問いかける。


 「今日ユーリずっと緊張してたよね。そのこと?」


 「…気付いていたのか…私もまだまだ未熟だな。そうだ、今日はずっとアルに話したいことがあったんだ。アル、手袋を持っていないか?」


 「て、手袋?た、たしかクロに預けていたと思うけど…クロ?」


 緊張した様子のユーリから投げかけられた意外な言葉にアルは動揺を隠せないままクロに問いかける。しかし、問いかけられた先のクロはユーリ以上に緊張した雰囲気を漂わせていた。


 「ユーリ様、自分のおっしゃっていることの意味を理解していますね。」


 「当然だ。私は武を奉じる家の娘だ。クロ、手袋を貸してくれ。」


 「…ロアン?……あなたも認めたことなのですか?」


 『我は主の意に沿う獣だ それ以上の言葉が必要か?』


 「…はあ…分かりました。こちらでございます。」


 「ありがとう、クロ。迷惑をかけるね。」


 ベストから手袋を取り出し、尾にかけてユーリに渡すクロ。彼の緊張は緩んではいないが諦めの空気が出ている。ユーリとクロはなにやら通じ合っているが、さっぱり事情を理解できないアルマーオは頭に疑問符をいくつも浮かべたままその光景を眺めていた。クロから手袋を受け取ったユーリがアルへと向き合う。その瞳にはいつになく強い意志が宿り、彼女の周りのシーガが燃えるように揺らぎ始める。強い意志によって自然とシーガが動き出しているのだ。その揺らぎを感じ取った生徒たちが二人の方を向き始める。感じ取れない生徒たちも周りの動きにつられて目線を動かす。結果、二人は全生徒から注目されることになる。


 「本来ならば、叩きつけるのだがな。そんな無礼はしたくない。アル、この手袋を受け取ってくれないか?」


 「受け取るのは良いけど…どういう意味を持つの?」


 「ふふ、そうか知らなかったか。舞踏の場において手袋を相手にぶつけるのは相克武闘への誘いとなるんだ。」


 「相克武闘?何それ?なんだか、物騒な響きなんだけど…。」


 「互いのもつすべての力を持って行う決闘の事だ。我ら召喚術師は、当然のことながら召喚獣も含む。」


 「けっ…えぇ?…僕なんかユーリに嫌われるようなことしたっけ?」

 

 「いや…ただ私が知りたいんだ。君と私のどちらが強いのかということを、お願いだアル。手袋を受け取ってくれ。」


 アルに語りかけるユーリは静かでありつつも張り詰めた様子で言葉を紡ぐ。その様子は美しい剣のようであった、ただし儚く折れやすい鋭さを持った剣のようであったが。ユーリの危うさを見たアルは大きくため息を吐きながら、せっかくセットした頭をかきむしる。再び顔を上げたとき、その瞳には強い輝きがあった。


 「分かったよユーリ、正直戦いたくは無いけど、ユーリにとってとても大きな意味のあることなんだね。相克武闘、受けるよ。」


 「ありがとう!アル!」


 「え………。」


 答えを返したアルマーオは手袋を受け取る。その瞬間、ユーリの顔が何の緊張も無くただただ嬉しいという気持ちだけの微笑を浮かべる。花咲くように広がる笑顔を見たアルマーオは瞬間的に頬を染めた。しかし、次の瞬間には先ほどの笑顔が幻であったかのようにユーリの顔が引き締まる。そこにあるのは一人の戦士としての顔。自らの力を出し切ると決めた決闘者の顔であった。それにつられて、アルの顔も引き締まる。そこに油断は無く、強敵の予感に躍りだす心があった。


 「来週の火の日に、決闘演習がある。先生には私からお願いしておくよ。」


 「分かったよ、お互い悔いの無い戦いをしよう。」


 自然と両者の右手が重なる。互いの健闘を祈るように全力の戦闘を誓うように手は握られた。








 その光景を外から眺めるものがいた。誇りと名誉をずたずたに引き裂かれたコウゴウである。彼はテラスに置かれた椅子に腰掛けて理性を失った瞳で中の景色を見つめている。

  

 「なんでだ…どうしてだ…何故私がここにいる……誇り高きウォーザ家次男の私……一流貴族の私……選ばれた民である私が………何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ」


 壊れた心を表すようにひび割れた声が何度も響く。これまでの教育のために、自分の欠点見つめることが出来ずどこまでも自己満足の海に溺れていた彼には、立て続けの失態を直視するだけの強さが無かったのだ。そこを影は狙う。


 「アルマーオ…奴のせいに決まってるじゃないか…コウゴウ君」


 「誰だ!…どこにいる!?」


 慌てたように辺りを見回すコウゴウの肩に手が置かれる。赤錆びて薄汚れたローブを着た人物がそこにいた。目深にかぶったフードによって中の表情を窺うことは出来ない。性別すら分からないほどにしわがれた声がコウゴウの耳朶を打つ。その声がかかるたびにコウゴウの目からは光が失われていく。


 「私が誰でも構わないだろ…君が落ちぶれたのは…アルマーオが来てからだ…あの薄汚い召喚術師が来てから…君の栄光が翳ってきたんだ…卑怯な手を使ったのさ…あの召喚獣が君を貶めたんだ…君は被害者だ…何も悪くは無い…悪いのはあの召喚術…アルマーオが君の栄光を盗んだんだ…」


 「そうだ……奴だ……奴のせいだ……奴のせいで私は…奴が私の栄光を盗んだんだ…盗んだ…盗んだ…盗んだ…盗んだ…」


 「君が私に従うならば……君に復讐の機会を用意しよう……どうかな?」


 「従う!!従うぞ!!私の栄光を盗んだあいつに神の鉄槌を下すのだぁ!!!」


 「よろしい…ならば私の手をとりたまえ…くくくっ」


 唾を飛ばし喚くように叫んだ男へとローブ姿の人物が手を伸ばす。黒皮の手袋からはやはり年齢も性別も分からないが、揺れるシーガは黒く色づいている。コウゴウはためらいもせずにその手を掴む。ここに契約は成る。奇しくも中の二人と同じように両者の手は重なっている。しかし、彼らの手は、あるものの破滅を望むように幻の栄光を掴むかのように握られた。






 こうして召喚術師は踊る。その心は激戦の予感に弾むように躍り、その身は悪意と陰謀によって踊る。自らの意志の外側で誰かに導かれるかのように―

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。



風邪にやられてやはり投稿が遅くなってしまいました。次回は最初から最後まで戦闘…の予定なんですが、その前にちょっとはさむかもしれません。


感想、評価、ブックマーク、レビュー等いただけましたら、本当に嬉しいです。お時間あればで宜しいのでよろしくお願いします。

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