「召喚術師は縫い取る」
「アルマーオ、今日は新作発表の日よ。準備は出来てる?」
「もちろんですよ、お母様。抜かりはありません。」
「ふふふっ、じゃあいくわよ。せーのっ、じゃーん!『居眠りするケンソーとアルマーオと花畑』よ!」
「えいやっ『夜中に読書にふけるクロ』です!」
「アルマーオ上達したわね。ちゃんとクロちゃんだって分かるわ。星の縫い取りも素敵よ。」
「ふわぁ…お母様のもさすがです!花畑が色彩豊かですねぇ。お父様の顔、そっくりです!」
「うふふ、ありがとうね。でもアルマーオから刺繍を習いたいって言われたときは驚いたわよっ。」
「お母様、その話もう何回もしてますよ。それに5歳のころですし…恥ずかしいです。」
「まあ、動機がコネカットの品がほしいというのもアルマーオらしいわよねっ。」
「お、お母様、そのことはもう良いではないですかぁ。」
「息子と戯れるアイクウは非常に美しい、そうは思わないかい?クロ。」
「…からかわれているご主人様は愛らしいと思いますよ。」
アイクウのことを愛らしいと言えば言ったで嫉妬の気配をみせるケンソーなので、クロはあえて質問には答えずにアルマーオを褒めることにした。相変わらず苦労人、いや苦労猫である。アルマーオとアイクウは楽しそうにお互いの刺繍を褒めあっている。猫グッズがほしかったアルマーオは、アイクウに色々と習っており、裁縫の技術はどんどん高くなってきている。まさかそれが、授業において役に立つとは、思ってもいなかったのだが―。
「今日は演習じゃなくて、教習の日だね、クロ。」
「演習がここまで多いのも、オーヴァン学院の特徴ですね。わたくしは、教習の日のほうが好きですけどね。」
オーヴァン学院は演習などによる実践を重視した学校である。そのため一週間のうち(これは地球と同じく七日であった)2日は休日なので5日間が授業日なのだが、演習が3日間と非常に多い。座学である教習は2日間だが、商売につながるようなことや法律に関わること、そして戦術に関わることなど、どれも実践を意識した科目となっている。しかし、これは高等教育である「銀」のクラスだからだ。基礎教育である「銅」「錫」「鉛」のクラスでは、教習が多く演習は少ない。今日は2日しかない教習の日である。ちなみに科目は 戦術 商業 貴族学 芸術 である。
「1限目の戦術を担当するのは我輩オオサである!」
「知ってますよ、先生。何で毎回授業の始まりがそれなんですか…。」
「ふむ、それは過去の戦争において行われていたことへの敬意を現しているのである、さてそれは何かな?リョージン君。」
「はいはい名乗りですよね、名乗り。」
「ぞんざいに答えるでないわぁ!」
1限目の講師は元軍人のオオサ、頑固を絵に描いたような巨躯の持ち主である。だが、意外にも教える戦術は繊細な立ち回りを要するものが多い細やかな戦術が多い。そもそも、この世界の戦術で主となるのは、千や2千の多数同士、つまり軍勢のぶつかり合いの際に用いられるものではない。その理由は―今からオオサが語る。
「くどいようであるが、毎回の確認事項である。アルマーオ君、この世で決して行ってはならぬこと、それが戦である。それは何故だったかね。」
「はい、オオサ先生。『戦は我獣を招く』からです。」
「その通りである!人と人が争えば、必ずシーガが乱れる。負のシーガは我獣を生む。ゆえに戦は決してしてはならぬのである!」
「ですが先生、それは1000年も前の『世界動乱』以降は確認されていないのですよね?」
「その通りである。我が国ケンカードの象徴たる二塔が出来たきっかけであるな。」
「千年前の情報には不確かなものも多いと聞きます。それでは、その伝承にも誤りがあったりはしないのでしょうか。」
「コウゴウ君、君のその考えは純粋な疑問であるかね?それとも己が欲のあらわれかね?」
「…当然、学徒としての純粋な興味ですよ、先生。」
「であれば答えるである。伝承は真実に相違ないのである。我輩が軍で追った事件のひとつに一家全てを殺害したものがあったのである。我輩たちが犯人を突き止め、その家に突入した時…何があったと思うであるか?」
「もぬけの殻の家とかでしょうかね?」
オオサの問いに肩をすくめながらこばかにしたように答えるコウゴウ、彼は自分より家格の低いものを基本的に見下す性格であるようだ。そのコウゴウに対してオオサは重々しく口を開く。
「我獣に生きたまま食い殺される犯人である。」
「「「…………………………」」」
「当然、我輩たちもその後すぐに襲われたである。我獣に正義などないであるからな。恐らく犯人の濁ったシーガが家に溜まり、我獣を生んだのである。当時の学者たちもそう結論付けていたのである。 人を4人殺めるだけでも我獣を生むほどにシーガは濁るのである、であれば戦ならばどうであろうか。考えればすぐに分かるのである。よいかね?コウゴウ君。」
「…はい、先生。」
「よろしい! では4名規模での中型我獣に対する基本戦術を復習するのである。基本戦術をユーリッシュ君、言えるであるか?」
「はい。正方陣・三角陣・壁陣 この三つが基本です。ですが、それぞれの戦闘法によっては全員前衛の剣陣、前衛1人の杖陣も考慮に値します。」
「………戦に大義があれば、行いが正義であれば、もしや…。」
オオサの実体験を基にした見解に生徒の多くは素直に納得していたが、コウゴウだけは不服そうな顔をして何かを呟いている。しかし、この様な疑問や反論がここ最近増えてきているのも事実だ。千年という時は、世界の終わりを感じさせる動乱の恐怖さえ薄めてしまうのかもしれない。
「さてさて、行商人が砂漠で仕入れた砂薔薇を仕入れ値の二倍で売りたいとする!どんな方法が考えられるかね?」
2限目は商業、担当教師は小柄でありながら、でっぷりとした体つきのヘイセンという現役の大商人である。クレナバーラは、この授業ではいつも目を輝かせている。彼女の将来の目標である『父の役に立つ』に直結する授業だからだ。もっとも、どんなに目を輝かせていても、人を安心させるようなほのぼのとした笑顔にしか見えないのだ。つくづく、性格や口調と落差の激しい顔つきである。
「先生!海に囲まれた島国で売れば良いんじゃねぇかな!」
「ほぅほぅ!良い考えだ。砂薔薇など砂漠では珍しくないが、島国ではとても珍しいだろうからね。希少価値を高める、見事な解答だよクレナバーラ君。ただし、輸送費や襲撃の危険性を考えると中々採用できない案ではあるねぇ、ほっほぅ。」
「むぅー。」
「目の付け所は良いのだよ。ほっほぅ。他にはいないかね?」
独特な笑い声は、決して嫌味には響かない。彼の体系と丸っこい顔つき、そして笑いは人の警戒心を薄める働きがあるようだ。もっともそれらを駆使してのけたからこそ、かれは大商人になったともいえるのだが。
「はい先生、付加価値を足してはどうでしょうか?」
「ほぅほぅ、付加価値。どういうことかね?アルマーオ君。」
「はい、例えばですが『この薔薇を送ると恋が上手くいく』などです。始めは、お守り代わりにどうぞ、と売り出して成功例が生まれれば、次からは成功した具体例を商談に使えます。『どこどこのだれだれが結婚できたのはこの薔薇のおかげなのです』という感じでしょうか。」
「ほぅほぅ!!ただの砂薔薇としてではなく『より意味のある商品にする』ということだね!これは素晴らしい考えだ!早速明日から我が店で使わせてもらおう!ほっほぅ!!」
「…さすが商人……がめつい。」
「授業すらも商売のタネとするとは、あの方には学ぶべきことが多いですねご主人様。」
大商人たるヘイセンがこの授業を担当しているのは、商売のアイディアを若者の頭で柔軟に考えてもらうことのメリットを知っているからだ。凝り固まった年寄りたちの考えを飛び越えるアイディアがごく稀に生まれてくる可能性があることを知っているのだ。当然でないことの方が多いが、アイディア1つで多くの商機が生まれる場合がある。そのため、自分の時間を割くというデメリットを背負ってでも、講師役を引き受けているのである。この身軽さも、大商人として成功できた理由のひとつであろう。
「で~は~、本日の授業をはっじめよぅ。」
次の授業は貴族学、名前の通り貴族を学ぶ学問だ。何のために必要な学問なのか、疑問を持つ者も多いだろうが、この学院において需要は高い。この学院に通うほとんどの生徒が貴族である。当然、家庭で貴族の振る舞いなどは習うが、より専門性の高い儀式や典礼などにおける所作などは学院で専門家に習う方が良いのは自明の理である。その中には貴族的な思考や貴族文化の解説も含まれる。貴族を相手取る商人には必須となる知識であるし、この学院に通える身分の生徒たちは、貴族と関わらないで生きていくことは難しい立場の生徒が多い。よって、この授業の需要は高いのだ。当然、貴族との付き合いを学びたいアルマーオにとっても必要な授業である。担当教師はカラン=ケンブン子爵。様々な儀式典礼に通じ、文化的な催しなどにも造詣が深い。貴族たちからは「文化子爵」と呼ばれるほどに貴族文化に精通する人物である。そういった文化に傾倒するあまりに世俗的なものから離れてしまい浮世離れした部分があるのも特徴だ。
「貴族とは高貴な生まれを持つものたちの総称だ~ね。ただ~しっ他の国とこの国では多少意味合いが異なる、当然分かるねコウゴウ君。」
「はい、この国ケンカードでの真なる貴族は聖鍵王の譜代、つまり建国に関わったものたちを祖とする一族です。当然、わがウォーザ家もそうですね。」
「そのとっおぉ~り! ゆえに我ら貴族は聖鍵王の意志を最も尊ばねばならないのだよぅ。聖鍵王の意志とはすなわち神の解放!よって塔の攻略階数は貴族としての義務を果たした証明ともいえるぅ。よって、この国の貴族は、すべからく塔に挑まねばならないのだよぅ。」
「あれ?じゃあさ、クロ。ぼくらコネカット一族って、結構由緒正しい貴族なんじゃない?聖鍵王に氏を授かったんでしょ?」
「その通りですご主人様。今でこそ没落しておりますが、我がコネカット一族は元は譜代中の譜代ともいえる一族ですよ。」
もっとも今では聖鍵王の譜代を祖にもつ一族以外にも貴族は多くいる。「偉業の認定」によって増えてきているのである。逆に譜代であることにあぐらをかいていた一族の中には没落して断絶したものもある。それによって新旧貴族の割合は半分程度になっているのが実情だ。
「んもちろんっ!新貴族もそれは変わらぬ義務なわけだよぅ。他にも平民たちに対しての庇護の義務。貴人税納入の義務。これら三つの義務を合わせて、高尚三役とよぶのだよぅ。どれか1つでも欠けては貴族とは呼べないのだよぅ。最近は庇護の義務を疎かにする貴族が多い、全く嘆かわしいと思わないかねぇぃコウゴウ君。」
「その通りですね先生。平民たちは我ら貴族が管理し守るべきなのです!」
「けっ、てめぇらなんぞに管理なんざされたくねぇっつぅの。」
「んぅ! クゥレナバァ~ラさん、そのよ~うな言葉遣いはいけないのだよぅ。淑女はもっとぉ華麗にたおやかに、花咲くように言葉を産み出すものだよぅ。」
「は…は~い。」
「いぃ~ねぇ。実に可憐だよぅ。」
コウゴウの言葉は、貴族中心主義を掲げるものたちの政策でもある。より管理的に平民を庇護すべきというのが彼らの言い分だが、要はより搾取をするための口実でしかない。それに真っ向から反対し、孤児院の運営などを行う貴族もあり、貴族といえども十人十色であり一枚岩では決して無い。教師のカランなどはそのあたりの派閥争いなど気にせずに、高尚三役の実践に邁進する貴族である。そのため、平民たちからの人気は高い。
「ぷっ…く、クレナその裏声なに?…くくくっ。」
「う、うっせぇ! あの人にゃいろんな奴が世話んなってんだ。だからこう、逆らいずれぇんだよ! アル、後で覚悟してろよなっ!」
「ご主人様、女性のことをからかうなど紳士の道に反しますよ。これは、アイクウ様にご報告ですね。」
「く、クロ!?そんなことしたら僕はどんな目に合わされるかっ!?」
「んむぅ?アァルマァーオゥ君、煩いのだよぅ。それに、貴族たるもの、ど~んなときにも泰然とせねばぁ。そびえ立つ天の塔のように揺るがない心を持つのだよぅ?」
「は、はい先生。すいません。」
「ぷぷー!怒られてやんのぅ! あたぃのことをからかった罰だなぁ!」
「クゥレナバァ~ラさん?」
「は、はい~。」
担当教師のカランは言葉遣いには厳しいのである。
この日の最後の授業は芸術。学院の実践的な科目の中では異彩を放っているが、これもまた学院の方針が関係している。「豊かな心を持つものは優れた人物となる」これが教育方針の1つなのである。オーヴァン学院に掲げられた教育方針は「実学・豊心・厳正」である。しかし、芸術科目は1つに限るべきではないとの考えもあり、これだけは選択制となっている。選べるのは「音楽・絵画・彫刻・刺繍」の4つである。貴族たちはそれぞれの家で様々な芸術に触れているので、経験のあるものを選んでいくのだが、困るのが平民出身のものたちだ。どれも妙に専門性が高いので、軽く触れただけでは太刀打ちできないのだ。しかし、この科目でも当然評価は行われるので、落第点をとってしまえば留年となってしまう。平民たちにとっては、貴族学以上に敷居と難易度の高い科目なのだ。それは当然、クレナバーラにも降りかかってくるのである。
「げいじゅつ…そりゃあなんかの飯のたねになんのかっつぅんだ。」
「なるよ? 音楽も彫刻も優れたものは商品になるじゃない。何言ってんのさクレナ。」
「うぅ…うぅ…魔法以上に難関かもしれないねぇ。アルは…なんか全然こまってないねぇ…なんでだい。」
「え?だって僕は刺繍以外に選ぶ気ないし…。」
「刺繍!? あんた刺繍なんてできるのかぃ!?」
「え?出来るよ。だってこのローブの刺繍とか僕だし。」
「「「え!!???」」」
「え?え?なんでみんなに驚かれるの!?」
「ちょ、ちょっとアルマーオ君、それ本当に自作なの!?」
「だってすごい細かいじゃない!?私まだそんなの無理よ?」
女生徒たちにあっという間に囲まれるアルマーオ。幼いころから刺繍に親しんでいたため、いつの間にか、かなりの腕前になっていたようだ。
「ここの刺し方とかどうなってんの?」
「あ、そこはですね…」
「これってクロちゃん?」
「そうでございますお嬢様。ご主人様はわたくしの姿を刺繍にするのがお好きなようでして。」
「…うぅ。何だいこの敗北感は…。」
女性とに混じって平気で会話をしているアルマーオとクロ、そして置いてけぼりにされるクレナ、更に言えばアルマーオはこれでいて料理も出来る。
「あ、そろそろ移動しなくちゃ。アルマーオ君またね。」
「あ、はーい。」
生徒たちはそれぞれの科目が行われる専門教室に向かう。アルマーオは当然として、クレナも刺繍教室へと向かう。さらにユーリッシュも同じ教室のようだが、珍しく感情を感じさせる雰囲気である。その感情は負の感情である。どことなく肩を落としているのだ。
「はぁ…ロアン…私は卒業できるのだろうか…」
『……知らん』
彼らがたどり着いた「刺繍教室」は高低差が無い以外は普通の教室と変わらない。大きめの机に4,5人で座り話しながら作品を仕上げていくのが基本だ。担当教師も時々指導をするくらいで、それ以外は会話を楽しんでいる。刺繍の科目で会話が重視されるのにも意味がある。その理由は、貴族の婦人会では互いに縫い取りをしながら会話をすることが多く社交の場面だからだ。当然会話しつつ縫い取りが出来なければならないし、刺繍の技術が下手では会話がもたない。どちらも出来てこそ、貴婦人としての嗜みを身に付けているとされているのだ。よって、教師のサイシ夫人も、会話しながらの作業というものを重視した指導を行っている。つまり、初心者は放置されやすい、ということだ。刺繍は平民身分のものが選ぶことが少なく、初心者があまり来ない科目であることも、この方針が採られる理由である。だからサイシ夫人は初顔が3人もいることに戸惑ってしまった。
「んまぁ。どうしましょう。初めて見る方がお三方もっ。困ったわ、これでは他の皆様への指導が…。」
「サイシ夫人、わたくしはこちらの主人アルマーオの召喚獣、クロと申します。我が主人はいくらか刺繍に心得があります。宜しければ作品をみていただけないでしょうか?」
「え?クロ、僕持ってきてたっけ?」
「ローブの左のポケット、このような場合を想定して忍ばせておきました。」
「さすがクロ!最高にかっこいいよ!いやもう超絶にかっこよくて素敵で紳士的で―あびゃああ」
「過分な褒め言葉は毒です、ご主人様。それに時と場合を考えてくださいませ。」
「いや、クロ…あんたのご主人様焦げてっけどいいのかい…」
主従のいつものやり取りではあるものの、シーガの変質を用いた攻撃が日常会話で使われるのは異常だろう。サイシ夫人もあっけに取られていたが、クロの尻尾にかけられていた刺繍入りのハンカチを手にとって眺め始めると、それに集中しだした。異常な状況から知っているものへと逃避しただけかも知れないが。
「…これは……まだまだ技術面では物足りない所もありますが、十分に合格を差し上げられますわ。…ですが、どうにも『愛裁』の作品と似ているような…」
「『愛裁』? なんですか?それ。」
「あぁ、申し訳ありません、普通はご存じないですわよね。『愛裁』は、まれに刺繍展覧会に出品なさる方の名称なの。個人名で評価が変わらないように、ということで仮名で登録するのだけど、いつも素敵な刺繍を披露してくださる方なのよ。特に花の刺繍が本当に素晴らしくて、お城でも愛好者が多いのよ。私も1つ、特別にいただいたものがあってずっと持っているの。これよ。」
「…あれ? これお母様の作品ですね。ね、そうだよねクロ。」
「はいご主人様、このステッチの工夫はアイクウ様で間違いないかと。」
「まあ……まあまあまあ!お母様ですって!?まさかそんな…あの、もしろしければ今度お宅にお伺いしてもよろしいかしら!?」
「えぇ!? と、とりあえず今度聞いておきますね…。」
どこの世界にもマニアというものはいるらしい、と猫マニアのアルマーオは思っていた。そんなこんなで刺繍の授業が始まり、アルマーオがクレナともう一人の面倒を見ることになった。この授業の合格点を確約する変わりに、講師の助手を務めることになったのだ。
「うぅ、敵を突き刺すならあたいの得意分野なんだけど…こういうこまっけぇこたぁ苦手なんだよなぁ。」
「泣き言をいわないの。はい、クロスステッチあと30回ね。」
「えぇぇぇ!? さっきようやく5回できたばっかだよ!あたいの指を穴だらけにしたいってぇのかい!」
「クレナが気をつければそんなことは起きないよ。まったくもうユーリッシュさんは文句1つ言わずに集中してるじゃないか。」
そう、刺繍に始めて現れた3人のうちの1人、アルマーオが面倒をみることになったもう1人とは、ドーギヌ一族の長女にして11歳にして学級主席の天才、ユーリッシュ=ドーギヌだったのだ。
「そうだけどねぇ。…けど、あたいの方が何倍も進んでるんじゃないかい。」
「…む………むむ…………むむむ…………むむむむ!」
そうなのだ、なぜユーリッシュがここにいるかといえば、他の全ての芸術科目で才能の無さを痛感したからだ。音楽では音程が全く理解できず、絵画ではどんなに描いても真っ黒な絵が出来上がり、彫刻に至ってはノミの一撃で必ず素材を真っ二つに割ってしまうのだ。最後に残されたのは刺繍だけ、しかし当然これにおいても彼女の不器用さは発揮されてしまう。
「ユーリッシュさん、ユーリッシュさん。力入りすぎですよ。深呼吸深呼吸。」
「む、そうか?ふぅ、はあ、ふぅ、はあ……よし!では参る!!」
「だめだめだめ!!さっきより力はいってますよ!!」
「んん!…うぅ。すまない。我がドーギヌ一族は武を尊ぶ一族ゆえにこの様なことには一度も触れたことが無いのだ…。」
『嘘はよくない ユーリ 教えようとしたソーリンを振り払って槍の修行に飛び出したのは君だ 』
「うぐぅ!!…ロアン、今言わなくても良いじゃないか…。」
「あれ?今の思念って…ユーリッシュさんの召喚獣の方ですか?」
「…そうだ。私の召喚獣でロアンという。普段は私の影に潜んでもらっているんだ。」
『あまり日の光は好きじゃない だから影のなかで休ませてもらっている アルマーオ、申し訳ないがユーリを頼む これを突破できれば後は大丈夫なはずだ 』
「私からもお願いする。私はこんな所で躓いてはいられないんだ。一刻も早く卒業し、父上の役に立たねばならないんだ。」
「…へぇ、あんたもかい。あたぃも親父の役に立ちてぇのさ。知ってると思うけどクレナバーラだ。よろしくな。」
「ほぅ、貴方もか。よろしく頼む、ユーリッシュ=ドーギヌだ。」
刺繍の授業とアルマーオがいなければ、そのまま特に話すことも無かったであろう二人の少女が挨拶を交わす。飛び級のせいで同年代の女子生徒など皆無であり、そういった友人関係が希薄だった二人は、性格もピッタリ合ったことから友情を深め、親友と呼べる存在へと昇華していくのだが、それはまた未来の話である。
「クレナもユーリッシュさんも、そのためにはこの授業を突破しないとね?」
「「………」」
「はあ、ご主人様。そのように女性の盛り上がった気分に水をさすのはどうか、と私は思いますが。」
「え?でも事実だし…」
「「………」」
「はぁ…。」
処置なしといった風にクロは頭を左右に振る。女子二人は、男の子に女性の嗜みを習うというのはどうなのか?というの自身のプライドと、合格認定をもらうためには止む無しと判断する理性とが、せめぎあっているようだ。最終的には、両者とも自身の夢の実現のために、受け入れがたい現実と向き合うことを決めたようだ。
「二人ともね、肩に力が入りすぎなんですよ。…うぅん、そうだなあ。 よし、自分が一番自然体でいられるのってどういうときですか?」
「自然体? んーあんま思いつかないけどねぇ…そうだなぁ、シキョウと遊んでるときかねぇ。」
「私は槍を構えている時だ。そうせよと教わり、そうしようと実践している。」
「なら簡単さ。クレナは、そのシキョウ?さんのことを考えながら刺繍してみてよ。ユーリッシュさんは、ここを戦場だと考えて槍を構えるように針と向き合ってみたら良いのさ。」
「シキョウのこと…んー。」
「槍を構えるように…。」
「あ、さっきより全然自然体に近いよ、そんな感じ、そんな感じ。」
「あいつの形に縫えたりできるようになるかねぇ。ふふん。」
「この一刺しは槍の一突き。力を抜き、刺す場所を定め、迷わずに突く。ふむ、槍の極意を応用できる部分が多々あるな。面白くなってきた。」
「うんうん。この調子なら大丈夫かな? それにしても…クロはなんていい毛並みなんだろう、この毛並みを刺繍で再現できないのかな?」
「…ご主人様、まともに監督してください。」
アルマーオが教えたことは全てに共通する心構えである。初めから力んでいれば、人間からは柔らかさが失われる。芸術科目では力強さよりも柔らかさが求められることが多い。まずは、その心構え伝えたのである。クレナにはリラックスできる存在を思い出させることで緊張を忘れさせ、ユーリッシュには特異な状況ではなく慣れた状況と同だじと思わせることで緊張感を緩和させたのだ。最初の心構えが出来れば、共に飛び級をするほどの優秀な人物たちだ、それぞれで自分の課題を改善させていくことが出来るのである。
「まあまぁ!1日でここまで上達なさるなんて! これなら大丈夫よ、お二人ともきっと1年後には合格できますわ!」
「まじか先生!アル!ありがとな!あんたのおかげだよ!」
「そんなことな ごふぅあ! ちょっとクレナ痛い!痛いってば!」
「アルマーオ君、ありがとう、君のおかげで光が見えてきたよ。」
「いえいえユーリッシュさんの努力の賜物ですよ。僕はきっかけを教えただけです。」
「…その、なんだ…今度のセイクの塔演習で分からないことがあれば聞いてくれ、何でも教えるぞ!」
「本当ですか!ありがとうございます、ユーリッシュさん」
「…あと、な……私のことはユーリで良い、私も君のことをアルと呼ばせてもらう。」
「え?うん、分かったよユーリ!これからもよろしくね。刺繍のことなら何でも聞いてね。」
「あたぃもユーリって呼ばせてもらうよ。あたぃのことはクレナでいいからさ。」
「うむ、クレナもよろしくな。互いに刺繍頑張ろう。」
「だな!アルのやつに負けたくなんかないしねぇ。」
「僕の刺繍なんてまだまだだよ。ここみて!ぜんっぜんクロの毛並みの良さを表現できて無いと思わない?本物のクロの目はもっと輝いているし!いや、やっぱり布と糸なんかじゃクロの良さを表現できないんだけども、僕はやっぱりクロの良さを表現したいわけで!ああクロはどうしてこんなにも素晴らしく美しく完璧なんだろう!二人もそう思うでしょ!思うよね。やっぱりね。僕が思うにクロの一番良いところは――」
「「……………」」
「はぁ、ご主人様には良い空気を壊す恩寵でも備わっているのでしょうか…せっかくお二方が良い気分でしたのに……」
「でもね、やっぱり肉球も欠かせないと僕は思うわけでね―」
こうして召喚術師は、学院生活という白布に、鮮やかな思い出という糸を縫い取っていく。その布にどの様な模様が出来上がるのかは、今はまだ誰にも分からない―
様々な授業篇でした。いかがだったでしょう?
仕事も始まってしまったので二日に一回投稿できれば良いほうかもしれません。お待たせして申し訳ありません。
その分、良い話に出来るように努力していこうと思います。これからはちょっと戦闘が多めになっていくと思います。




