「召喚術師は走る」
「よし、今日はさっきのお礼にあたぃが良く行くお店で飯おごってやるよ!」
「え?そんな大したことしてないし、良いよ。それに今日はお母様の所で――」
「あん?ごちゃごちゃうるせぇよ、行くぞぉ。」
「え!? うわあぁぁぁぁ―」
「ご主人様は、どうも女性には弱いようですね。」
「クロ、たすけてぇぇ―」
「ふむ、この方向はもしかして―」
「アイクウさぁん、今日も昼飯食いに来ましたぁ。」
「あれ?いらっしゃいクレナちゃん。今日はお友達も一緒ってまあ!アルマーオ!」
「え?お母様?」
「は? え?」
「やはりカマど屋でしたか。アイクウ様、こんにちは。」
「クロちゃんまで……なに?なになにクレナちゃん。アルマーオと付き合ったの!?」
「つ!? 違うにきまっ…違いますよ!!」
「そう、違うの。……残念だわ。」
「ど、どうしてそこまで本気で落ち込むのですかお母様。」
「なるほどっ。アルマーオがクレナちゃんを助けてあげたのね。」
「いや、助けたってほどじゃ無いと思うんですが…。」
「はぁ、アイクウさんの子供って、おめぇだったんだなぁ。」
「だめよ、アルマーオ。あなたはケンの息子なんだから、あの人と同じように、女の子には徹底的に優しくしないとだめよっ!」
「は、はい!」
「似てる…かぁ?」
「お三方、そろそろ食事をとりませんか?」
学院で出来た初めての友達と食事をする猫狂いのアルマーオ。偶然にもそこは母アイクウの働く店だった。母親のアイクウから女子と接する際の心構えを説かれるなど、想定外のことはあったものの、楽しく食事をすることは出来たようだ。こうしてできた彼の初めての友達。これは彼の学院生活が変化していくきっかけでもあった。
「さて、今日は塔探索演習を行うぞ。俺はゲガンの塔用演習を担当するハイサキだ、よろしくな。」
この日は塔を探索する際に必要な知識を伝える『塔探索演習』が行われる。アルマーオは以前より聞いていたこの授業を楽しみにしていた。何故なら、彼の定めに直結する授業だからだ。ところが、生徒の大半は明らかにやる気を見せていない。その筆頭がコウゴウであるが、他にも多くの生徒が同じような態度である。
「…ねぇクレナ。どうしてみんなやる気ないの?」
「あぁん? んなことも知らねぇのかよ。あのやる気のねぇ連中はセイクの塔に登るやつらだ。地下へと潜るゲガンの塔なんざ眼中にねぇのさ。」
答えるのは赤髪の美少女クレナバーラである。目つきは優しいのに口調は厳しく荒いために落差が激しいのだが、アルマーオもだんだんと慣れてきたようだ。
二塔を攻略するものたちの総称が『挑戦者』ではあるが、大きく二つの派閥に分かれている。天の塔に挑む者たちと地の塔に挑む者たちの2つである。どちらも塔から神を解放することが大きな目的ではあるが、実質は塔から得られる恵みを手に入れることが狙いである。塔から得られる恵みといえば、我獣たちが落とす躯結晶や結晶武装であるが、地の塔であるゲガンの塔からは独特の鉱物資源なども手に入るために、金銭を得やすい。セイクの塔は、金銭面ではゲガンの塔に劣るが、得られる名声は高い。高い階層に到達できれば、貴族認定される可能性もある。よって、二つの塔に挑む者たちは性格を異にしていき、今では対立が起きるレベルになってしまっている。
このオーヴァン学院に在籍する生徒は、ほぼ貴族であるため、セイクの塔へと挑戦するものが多い。そのために、このゲガンの塔用演習にやる気を見せない生徒が多いのだ。
「ふぅん。まあ、どうでもいいか。僕はこの授業楽しみだったんだよね。」
「どうでも…いいってぇような話じゃねぇんだけどな。さ、移動すんぞ。」
「移動?どこにさ?」
「あぁん? んなもん演習室に決まってんだろ。 あたぃもこの授業は必須の授業なんだよ。さっさと行くよ。」
「あっと、クロ行くよー。」
「はい、ご主人様。」
移動を始めた教師ハイサキに続いてクレナとアルマーオが教室を出る。次にいつも通り平静なユーリッシュとゲガンの塔挑戦の予定の生徒たちが続く。残った他の生徒たちは、全くやる気を見せずだらだらと移動をし始める。
「さて、ゲガンの塔の大きな特徴が、この演習室をみれば分かるんだが…そこの黒髪の少年、答えてみろ。」
「え? うーん い、岩だらけ…ですね…。」
(自分で言っておきながらこれは無いわ!)
「正解だ。」
「えー!!!??」
彼らがたどり着いたのは「ゲガンの塔演習室」である。入り口から入ると、ごつごつした石の壁に石の床そして天井も石でできている。壁の置くには大きな穴が開いており、そこから先に勧めるようになっているようだ。
「何を驚いてんだおめぇは?わかったから答えたんだろうが。」
「いや、全然分からないから思ったことを言っただけでさ。正解とは思わなかったからびっくりしたんだ。」
「ご主人様、ゲガン様は大地の神です。その方の力をヒラヒト様が塔に整えたので、大地の相が良く出るのは当然のことです。」
「お?なんだその思獣は賢いな。少年は使役者か?」
使役者とは、思獣が小さい時から飼うことで絆を結び、力を借りるものたちのことだ。多くは、運搬用の思獣などを使役することが多いが、挑戦者の中には戦闘の補助となる思獣を持つものもいる。
「いえ、私は召喚術師です。」
「しょうかん…ほぅ、すると少年はドーギヌ一族か。」
「いえ、私はアルマーオ=コネカットです。」
「コネカット…『千変』のケンソーの息子さんか。」
「アイクウさんの息子さんでもあっからなぁ。ハイサキ、適当に扱ったら当分旨い飯くえねぇぞ。」
「お嬢、ここでは一応教師ですからね、ちゃんと先生を付けてくださいよ。…アイクウさんの息子さんか。なるほどな、少年、俺は君の両親二人共に世話になっている。その恩を返すためにも、厳しく指導するからな。君を立派な挑戦者にしてやるよ。」
「はい、よろしくお願いします!」
「ふん…だれがモグラなんぞになりたいというのだ。」
「おい、そこの少年。とりあえずお前みたいな輩は多いから良いんだけどな。この実習で学べる罠の見抜き方はセイクの塔でも通用する。無意味ではないからちゃんとやっとけよ。」
「…ふん!」
コウゴウが肩をいからせながら立ち去ると、ハイサキは肩をすくめてそれを眺める。このようなやり取りは毎年のことなので、既に慣れきっているのだ。彼は生徒全員に向き直ると、説明を開始する。
「さて、はじめに戻るがな。ゲガンの塔は基本的に石造りだ。しかもデコボコしている。つまり、足を取られて転ぶ危険性が高いってことだ。ここでの戦闘は、基本的には立ち回りが大事になる。慎重な奴らなんかは、地属性の魔法使いに頼んで土をまいてもらったりしてもらうことも有る。デコボコを減らせば、それだけ動きやすくなるからな。ま、そういわれても分からんだろう。その白線に一列になってみろ。」
言われるままに、入り口側にひいてあった白線に一列になる生徒たち。何が行われるのかを悟っているクレナと、常に平静なユーリッシュ、興味津々なアルマーオ以外は一様に不安げな雰囲気がある。
「そんなびびるこたぁねぇよ。俺が指示するのは実にシンプルだ。向こうの壁に触って戻ってきてその白線まで、走れ。当然全速力でだ。いくぞ。」
指示された内容の簡単さに拍子抜けしている生徒たちを尻目に、ハイサキは合図を出す。
「走れ!!」
裂帛の気合がこめられた合図に蹴飛ばされるように生徒が走り出し、数名が転んだ。
「うわっ。これは……走り…にくいねっ!」
「余計なことくっちゃっべってぇと、転んで舌噛んじまうぞっアル!」
「う、うん!」
(ただデコボコした所で走るのがこんなに大変なんて!)
彼らの走る床は、石でできているが石畳ではないのだ。高さも向きも何もかもがばらばらな石が、ただ敷き詰められているだけなのだ。一歩目で左に体重がずれたかと思えば、2歩目では前につんのめり、三歩目は右に傾く。このような不安定な足場で全速力で走るのは、基本的には無理なのだ。転んだ数名は、足が石と石の隙間に入り込んだしたために転んだのだ。
「下は石だからな、転んだら痛いじゃすまねぇぞ。ほら遅い!敵の攻撃が当たっちまうぞ!」
ハイサキが手を振ると、生徒全員の背中のほうからやや強い風が起こる。『変質』によって追い風が産み出されたのだ。
(うぅわっ!?ここで速度上げるとか、怖い! そ、そういえばクロは大丈夫かな?)
「ご主人様、もっと膝で衝撃を吸収してください。速く走るという想像ではなく、しなやかに走るということを想像しましょう。」
四足の獣、それも猫型なのである。不安定な足場だろうが平地と変わらぬスムーズな足運びで、クロはアルマーオに悠々と併走している。
「さすがクロ! そのしなやかな走る姿は水墨画になって勢いをしっかりと表現しながら描かれるべきものって ぶわああ!」
走る姿に見とれ、褒め称えようとし始めれば当然ながら足元への注意がおろそかになる。必然、待つのは転倒の二文字である。
(こんな所で怪我してたら、塔の制覇なんて夢のまた夢!想像するんだ!猫のしなやかさを!)
勢い良く転んだ彼は、手を突いたりせずに体を丸めて衝撃を回転することである程度受け流す。痛みに詰まりそうになる息をしながら、丸まった勢いで多少減ってはいるものの速度を落とすことなく、両手両足を使って前へと踏み出す。加速がつくまでは手も使って4足の獣と同じように体を前へと運んでいく。加速がついた後は、両手を使わずに脚のみで前へと進むだけだ。結果、転んだものの大して速度も落とさず、怪我も無くアルマーオは走ることを継続させたのだ。彼と同じように転んだ者たちが、足をひねったり顔を強打して走れなくなっているのと比べると、かなり上等な対応だといえるだろう。
「走りきれたのは?大体6割か。おーい、医務官さんよ。ひねったりしてる奴ら治療してやってくれねぇか。」
「全く!この授業だけやたらとけが人が多いんですけど、なんとかなりませんかね。」
「ならねぇな。この演習は、ゲガンの塔挑戦には最低限必要な技術だ。」
「はいはい、分かりましたよ。」
ハイサキと医務官の女性が会話をしている。しかし生徒たちにその場面を見る余裕は無い。誰もが肩で息をしている。否、この演習に慣れているクレナバーラ、日ごろより鍛錬を忘れないユーリッシュ、この二人にはとても余裕がある。アルマーオは、肩で息をするほどではないが、緊張感を保たねばならなかったのでやや疲れ気味だ。
「治してもらいながら聞けよ。大切なのは失敗した後の対応だ。転んでもすぐに立ち上がれるようにまずはなろうな。よし、治療も終わったな。では、もう5本行くぞ。」
その瞬間、生徒たち全員に緊張感が走った。絶対にやりたくないからである。挙手して考え直してもらおうとした瞬間。ハイサキから助言が全員に伝えられる。
「走れるってぇことはどういうことか、分かるか?そこの…君」
「え? う、うーん 攻撃しやすくなる?」
「まあ、それも不正解ではないけどな。君が撤退を決めた時、走って転んだらどうなる?」
「えーと、攻撃を受ける?」
問いかけられた言葉に学級代表のリョージンが答える。その答えを聞いたハイサキは軽く笑った。悪意無く少年の無邪気さを笑ったのだ。
「違うな、死ぬんだよ。」
あまりにもあっけらかんと言われた言葉に演習室の空気が凍る。
「走ることが出来れば逃げ出す可能性が上がるってことだ。我獣の連中は人より足腰がしっかりしてるから、この石作りの床でも平地と変わらずに走れるがな、人間はそうもいかねぇ。ジュジンは特性として脚力がしっかりしてる奴もいるけどな。ここにはフトウ種しかいねぇだろ。なら、まずは走れるようになって、逃げられるようになるってのが必須の技術だ。」
「ふざけるな!我ら誇りある貴族が敵を前に逃げ出すことなど万死に値する!」
「また、おめぇか。んー、そうだな。おぅ、そこの銀髪のお嬢ちゃん。君は確かドーギヌ一族の娘さんだったよな。」
いきり立つコウゴウに辟易したハイサキは、良いものを見つけたとばかりにユーリッシュへと問いかける。問われたユーリッシュが頷きを返すと、満足そうに問いを重ねる。
「君の父さん、キグン=ドーギヌ氏がセイクの塔30層を25歳で踏破したはずだが、何度目の挑戦だったか知っているかい?」
「なっ!貴様失礼だろ!当然一度で成功したに決まって―」
「偵察のために2回、本格的な挑戦は18回、そこで一度鍛えなおす期間を作り、再度挑戦して5度目に成功。全てで25回の挑戦だったと聞いております。」
「にっ、にじゅうご!?」
「分かったか?キグン=ドーギヌ氏は、ゲガンの塔挑戦者たちも認める、一級の挑戦者だ。その彼でも、塔の挑戦では何度も撤退をしている。だが、そのことを恥じているとは思わない。それは塔の挑戦をするものたちにとっては当たり前のことだからだ。そうじゃないかい?お嬢ちゃん。」
「はい、父は何度も教えてくれています。塔の挑戦において最重要となるのは『生還』である、と。生きていればこそ、財貨も名誉も意味を持つが、死んでしまえば全てがシーガとなり虚無に帰る、と。」
「やっぱりな。おい、そこのえらぶったガキ。おめぇは、塔で我獣が死ぬとどうなるかはしってるな?」
「…あ、当たり前だ!シーガへと帰るのだ!」
「じゃあ、挑戦者が死んだらどうなるか、知ってるか?」
「…っ。し、知らぬ!知る必要など無いからなっ。」
「あるよ、ばーか。いいか、塔で死んだ挑戦者はな、我獣と同じくシーガに帰るんだ。身に付けていた装備なんかも一緒にだ。全てシーガとなって塔へと散っていく。この世に痕跡を残すことは出来ない。おめぇは、そういう風に死にてぇのか?」
「…ぅ…ぅぅ。」
コウゴウに指を突きつけたハイサキが淡々と語る。しかし、真実だけが持つ重みによって演習室内の空気は先ほど以上に凍り付いていた。塔での死者はシーガに帰る。はっきりとはしていないが、これが1000年もの間、狩り続けられても我獣が枯れない要素であり、結晶武装などが遺される理由ではないか、と挑戦者たちの間では語られている。
「よーし、走ること、つまりは逃げられることが大切だってのは分かったな?んじゃ、良い感じに休憩もできた所でもう一回いくぞー。並べ。」
「くっ! セイクの塔はこれほど走りづらくなどないだろうに!」
「まあそう言うな、下半身の強化、特に平衡感覚の強化は武器を扱うものには必須の訓練だぞ。無意味にはならねぇから、やれよな。」
「ねぇねぇ、クロ、次は競争しない?」
「ご主人様、勝ち目の無い戦いに身を投じるのは愚かの極みですよ? いいでしょう、受けて立ちます。」
「なんだい、あんたら面白そうなこと話してんじゃないか。いいねぇあたぃも混ぜなよ。」
「クレナも? よぉし、なおさら負けらんないな!」
「ビリは、今日のカマど屋の飯おごりだかんな。」
「わたくし、財布など持ってはいないのですが…。」
「お嬢たち、煩いですよ。 よーし、準備は良いな。 走れ!!」
「そりゃ!」
「へへ、今日は特製メニューいただきっ!」
「わたくしが勝つことは必然なのですがね。」
こうして召喚術師は石造りの道を全力で走る。生きるための力を身に付けるために、ひいては自らの定めを果たすために。何度転がろうとも、立ち上がり走り出す――
何とか書き上げられたので投稿。
サモナーさんのロッドさんはどうして毎日あのような面白い話を投稿できるのでしょう。自分で書いてみて、改めてすごさを実感しました。




