「召喚術師は入学する」
「貴人税」
ケンカードに住む全ての貴族が納める税金。それぞれの貴族の家格によって1等級から5等級まである。集められた税金は、一般市民への福祉に用いられており、格差是正の意味合いが強い。貴族にとっては、等級が高いほど名誉であるとの認識があり、一種のステータスとなっている。家格は、王宮や貴族会が認定しており、基本的には「要職につく一族が多い」「ケンカードに欠かせない役割を担っている」、などが判断材料となる。
その判断材料の中に「偉大な行為を行う」がある。戦争において王を助けた、民を救う治療法を発見した、など歴史に残る偉大な行為を行ったものを貴族として認めるというものだ。その昇格の際、貴人税も課せられることになるが、その多くは報奨金で賄うことが出来るので、ほとんど負担にはならない。ちなみに「召喚術師が、召喚に成功する」も、1つの判断材料となる。
「さて、アルマーオ。大切な話をしよう。」
「……。」
「…アルマーオ?」
「…うへへ……うへへ……良い毛並みだよクロ…ぐふふ。」
「はぁ。ご主人様、ちょっといい加減にしましょうか。『旋風雷 』」
「あびゃぁ!…はっ…僕は一体何を…。」
まじめな顔をした父親と、向かい合って座る息子、その横の椅子に座り、テーブルに前足をかける猫。眼鏡がきらりと輝き、知的な印象を与える猫が、召喚獣のクロである。若干呆れ気味に対面の席を見やるのが、父親のケンソー。そしてクロの尻尾から生じた電撃によって痺れていたのが、猫狂いの見習い召喚術師アルマーオである。
今は、アルマーオが召喚を成功させてから1週間後の朝である。召喚当日は、クロと契約を交わした後、アルマーオが倒れてしまい、色々と大慌てとなってしまった。次の日に、改めて自己紹介を行おうとした…のだが、猫を目の前にしたアルマーオが暴走してしまい、意味のある言葉を発せ無くなってしまった。具体的に言えば、涙を流し続け嗚咽をもらしながらクロの毛を撫でたり肉球を撫でたりしていたのだ。結局朝から晩までそれを続けて気絶するようにアルマーオは眠ってしまったので、話は出来なかった。では次の日に―と思ったがまたしてもアルマーオが暴走し会話が不可能に、さらには、さすがに我慢しきれなくなったクロが稲妻を大出力でアルマーオに放ってしまい、アルマーオを気絶させてしまう。その治療でまた一日がつぶれた。次の日の朝は、さすがに暴走はしなくなったアルマーオに、ケンソーが召喚術師が召喚獣を大切にしないとは何事か!と説教を始めてしまう。また、それが家紋に描かれる聖獣コネカットであったために説教は長引くこととなり、結局夕方ごろに、二日間何も食べていなかったアルマーオが空腹で倒れるまで続けられた。空腹で倒れたアルマーオに、今度はアイクウがゴハンの大切さを力説しながら食事をこれでもかと食べさせた。限界を超えて食べてしまったアルマーオは、次の日は一日中腹痛で起き上がれず、またしても話し合いを行うことは出来なかった。五日目にようやく冷静に話し合えるようになって、ようやくコネカット一族は自己紹介をした。6日目は色々な家族のルールを確認し合い、7日目はそのルールを確かめながら暮らしてみた。深い話を出来るようになるまで一週間もかかってしまったのだ。
「…ふぅ。アルマーオ、いいかな?」
「は、はい!すいません、お父様。…ふぅー。…大丈夫です!」
一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせるアルマーオ。クロの召喚成功から、一週間がたつが、まだ気を抜くと暴走してしまうのである。もちろん、猫を愛でる気持ちが、である。
「うん、じゃあ結論を先に言うよ。アルマーオ、学校に行きなさい。」
「はい?………え?学校…あるんですか?」
彼は、これまで公的な教育機関で学んだことが全く無い。それは、学校が無かったためではなく、両親が行かせなかったからだ。学校にいかせなかった理由はただひとつ、彼の異常性のためである。彼は、3歳の段階でシーガを扱えた。操作法を学び使いこなすことが出来たのが5歳のころ。はっきり言えば、天才を通り越して異常である。
もちろん、これは前世の記憶持つこと以上に、強烈な意志に基づいた努力の成果であるのだが、危険性は高いのだ。いくら技術があり、前世の記憶を持とうとも、彼の感情の多くは肉体年齢に引っ張られている。つまり、他の子供たちより大人びてはいるものの、何かの拍子で怒りを暴走させてしまった時、シーガの暴発を招く可能性があるということだ。
そういう危険性を秘めたままで、多数の子供がいる学校に行かせてはならない、と両親は判断したのだ。
(いやー。学校の話を何もされなかったから、この世界には存在しないんだと思ってた…。)
「え、ええと。どうしてこれまで行かなかったものに、急に行くことになったんですか?」
「元々、君が召喚術を身に付けたら行かせるつもりではいたんだよ。9歳からだと、途中入学にはなってしまうけどね。今の君ならシーガを暴走させることも無いだろうしね。ただ…行く学校は想定とは違う学校になってしまったけども…。」
「えっ? ど、どこに行くことになるんですか?」
「ん、僕としては行かせたくないんだけどね。 『オーヴァン学院』だよ。」
「『オーヴァン学…院』?」
「ご主人様、わたくしが最近読んでいた「ケンカード案内」に載っておりました。『オーヴァン学院』この国ケンカードの有望な子供たちが多く集まる、最高ランクの学校です。生徒は主に貴族ですが、大商人や組合関係者や武芸者なども多数在籍しております。形式にとらわれず、実践を重視した指導方針は、確かな成果を挙げているそうです。ここで16歳まで学び、その後はそれぞれの進路へと分かれていくのが上流階級の一般的な進路だそうですよ。」
投げかけられた名称に全く覚えが無かったのか、思わず首をかしげるアルマーオ。するとクロがすぐさま知識のフォローを行う。クロは『マギネコ』とよばれる魔法を操るコネカットであり、知性の関わる分野の力『理力』が優れている。そのためか、読書などの知識を蓄える行為を好んで行っている。今行われたフォローも、そうして学んだ結果であるらしい。
「ありがとうクロ! あぁ、やはり猫とはとても素晴らしいね! 圧倒的な知性を感じさせつつも優しい心を忘れない、地上に降り立った天使とも言うべき あびゃぁぁぁっ!」
また、暴走し始めた主人をアイスブルーの瞳で見つめたかと思うと、杖のような尻尾を軽く振り、再度「旋風雷」を発射し黙らせるクロ。乱暴だが、適切というべきだろう。
「うぅぅ…ですが、当初の予定は違ったのですよね?どうして、そんな所に?」
「あぁ、うん。君がコネカットを召喚できてしまったからだよ。」
「はぁ…なにか駄目なことだったのですか?」
少しこげた臭いをさせながら、問いかけるアルマーオ。それに苦笑しながら答えを返すケンソー。しかし、その答えは意外なものであった。コネカット一族は、家名にもなっている、コネカットの召喚に血道をあげた一族である。その成功が原因と言われると、自分の行いを否定されたようで、少し苛立ちを感じるアルマーオ。この辺りは、まだまだ肉体年齢相応の感情といえる。
「いや、我が一族としては、両手を挙げて万歳を叫ぶに決まっているじゃないか。だけどね、私たちはこれまで3流貴族と言える暮らしをしていたよね。そんな貴族の末席が、聖獣召喚に成功したとなどなると、色々と貴族がらみの煩わしいことも増えるだろうね。」
ケンソーがすぐに返事をし答えを重ねるが、まだまだ説明は不足している。
「貴族が…はぁ…それでいったいなぜ?」
「うん、私が最初に行かせたかった学校ではね、貴族の対応なんて教えてくれないって言うことさ。一流の学校である以上、上流階級の人々がいる場での身の振る舞い、なんかも教えてくれる。そういった知識がこれからの君には必要不可欠だからね。」
「えぇ? 上流階級の人たちとなんて触れ合いたくないですよ。お父様の決めた最初の学校にいき―」
「じゃないと、コネカットとは二度と会えなくなるからね。」
「今すぐ行きましょう! 今行きましょう! 住所はどこですか? 転入に必要なものは? 教科書の用意もしなくてはいけませんね。」
手のひら返しとはこのことである、が、深刻な理由を含んだ言葉であるはずの父の言葉の一部にしか反応できていない。主人の様子を心配そうに眺めていたクロが、仕方なく支援をする。
「ケンソー様、それはどういうことでしょう?わたくしが処分される可能性があるということでしょうか?」
「処分はないよ、ただアルマーオに資格があるかが疑問視されることがある、ということだね。」
大慌てで筆記用具などをまとめようとしている主人を尻目に、ケンソーとクロは現状を確認していく。
「ご主人様の資格、なるほど、聖獣を従えるに足るかどうか、ですか。」
「そう。それも実際に操る実力ではなくて、お金を払えるかどうか、というね。例えばカジャのような召喚獣であれば、偉業と認定されても貴人税の等級は3止まりだろうね。ところが召喚獣が聖獣となると話は別だ。例えば、現在聖獣を召喚できているのは、ドーギヌ一族しかいないんだけど、彼らは一等級なんだよね。」
「え?お父様? 貴人税ってなんですか?」
「後でわたくしが説明しますので、すこしご主人様はお静かに。 聖獣ドーギヌを召喚する一族が1等級ならば、同じく聖獣コネカットを召喚するものも1等級で無ければならない…そういうことですね。」
「クロがいればアルマーオは安心だね。恐らくそうなるよ。普通は偉業認定と同時に、報奨金も出るから赤字になることは無いんだけどね。この召喚術が圧倒的に下火の中では、たいした報奨金が出ないんだよ。…はぁ、1等貴人税、なんともまぁ無情な税金だよ。それを払えなければ、聖獣を操る召喚術師たる資格なしと決め付けてくるだろうからね。アルマーオから君を取り上げて、偉業を無かったことにしようとすると思うんだ。」
心底嫌そうな顔をしながら、ケンソーは毒づく。冷静な性格のケンソーにしては珍しく制御しきれない嫌悪の感情が、彼の口調を乱しているようだ。
「ドーギヌ一族が横槍をいれてくるのですか?」
「いや、それは絶対に無いね。彼らは清廉潔白を体現するような武人の一族なんだよ。同じ召喚術師の昇格を喜びはしても、足を引っ張るなんていうのは全く考えないだろうな。特にあの当主は、良い意味でも悪い意味でも武人だしねぇ。」
「なるほど、それで貴族との対応を学ぶ必要があるのですね。…ふむ。」
「そう、貴人税の取立ては昇格した後すぐが基本なんだけど、猶予がもらえるときがあるんだ。けど、それを引き出せるかは交渉次第なんだよね。貴族という立場に固執したい、下から上がってくる奴には抜かれたくない、そんな有象無象の害虫たちに対しても上手く立ち回れないといけないんだよ、君のご主人様は。」
「お、お父様!お父様!声と雰囲気から嫌いが漏れています!」
アルマーオを取り巻く状況を説明していたケンソーだったが、説明しながら何かを思い出したようだ。結果、シーガが自然に渦巻くほどの嫌悪感が漏れ出てきており、アルマーオを慌てさせる。
そんな両者の様子を眺めながらため息をつくクロ。彼は、この先の困難をある程度ではあるが想定できたようだ。
「というわけだからアルマーオ、私としても不本意ではあるが、オーヴァン学院に入学しなさい。あ、ちなみにお願いしてるわけではないから、拒否はさせないけどね。」
怒りと嫌悪の感情に引きずられていたのか、いつもより鋭い口調で命じられたアルマーオ。しかし言われなくても、猫を守るためなら、どんな事でも厭わない彼のことである。最初から覚悟は決まっていた。
「大丈夫ですよお父様。猫を守るために、ありとあらゆることを吸収してきます。そして、猫を僕から取り上げようとするものには、裁きの鉄槌を下します…ふふっ。」
「その意気だよアルマーオ。…鉄槌か、いいね…ふふっ。」
「…はぁ。」
何やら黒いシーガがにじみ出てきそうな父子の様子を眺めるクロは、渋い声と共にため息を漏らしている。彼の気苦労が減ることは、当分の間無いだろう。
「ここがそうか…。」
次の日、彼らは白亜の宮殿といわれても遜色の無い、白く巨大な建物の入り口に立っていた。この建物こそオーヴァン学院である。
「よし、行こうクロ。色々学ばないとね。」
「はい、ご主人様。微力ではありますが、お手伝いさせていただきます。」
こうして、見習い召喚術師は転校生となった。この学校で出会う悪意と好意、結ばれる絆と契約を知らずに―
3章スタートです。ブックマーク、感想、レビューや評価などをして下さると作者が泣いて喜びます。
この章で、塔への挑戦にたどり着こうと思います。




