「そして猫狂いは創りだす」
「この『回路』を、ここにつなげて…固定!…水銀を…慎重に……よし。」
ほの暗い小屋の中で一人うずくまって作業をする子供。彼は、慎重に水銀を垂らしたあと、静かに魔法陣から離れる。
「……ふぅ………よし…よし……よっしゃああああぁぁぁあ!!」
大声をあげて両手を広げる子供。そして、そのまま大の字に倒れこむ。その顔は深く大きな満足感に満ちていた。彼こそ明日9歳の誕生日を迎える、アルマーオ=コネカットその人である。
「ここまで…長かったあぁぁ……。」
彼が魔法陣を作成し始めたのは、8歳になった二日後からである。そこから毎日こつこつ作成し、結局約1年の歳月を費やすことになったのだ。作成者である彼の満足感も想像がつくだろう。
「…けど、これで終わりじゃない。…ここはまだスタート地点でもない…。」
寝転びながら、吊目がちの表情を鋭いものへと変えていく。そう、魔法陣を作っただけでは、始まってすらいないのだ。そこから「呼び寄せ」、そして「契約」を交わさねばならない。そして、そもそも呼び寄せることは出来ない。彼の呼び出したい猫、つまりコネカットは絶滅しているからだ。
「創造…自分の想像から猫を産み出す…。僕に出来るだろうか。」
彼に与えられた「恩寵」、神から与えられた祝福である『召喚術 創造(限定)』によって、コネカットを想像し、シーガの力を借りて創造しなければならない。
「ん~。普通の猫じゃあ…駄目なんだよなぁ。」
そう、地球にいた普通の猫では駄目なのだ。彼が呼び出すのは「召喚獣」、何らかの形で召喚術師の役に立たねばならない。
「いや、猫は猫であるだけで役に立つというか全知全能の存在ではあるけど、それではこの世界で生きていくことが出来ないしなぁ。」
そう、彼はこの世界に再び猫が増えていってほしいと願っている。そのためには、ある程度の力が必要になる。少なくとも、シーガを扱うことが出来る猫で無ければならない。
「んー、この1年考えて、ある程度のパターンは出来ているんだけど…大人になったら、ヒラヒト様にお願いされたことに挑戦しなくちゃいけないしなぁ。」
彼がヒラヒトに与えられた定め、それは『二塔の制覇』である。『二塔』それは、この国「二神の国ケンカード」に住む者なら、知らないものは無い存在である。当然アルマーオも知っている。厳密には片方の塔は肉眼で常に見上げている。
「しっかし、あれの制覇かぁ。正直言って途方も無いよね。毎日見てるけど、やっぱり朝見るときは驚くもんなぁ。ま、やらないって選択肢は無いけどね。」
彼が毎日見上げているもの、それは街の中央辺りから天に向かって伸びていく、それはそれは巨大な塔である。頂上は常に雲の上にあるので、見定めることが出来ない。根元の部分は、地面で大きく形を曲げており、その先である建物とつながっている。この、天にそびえる塔こそ、天の神セイクの封じられし、「セイクの塔」である。
「あの空のだけでも途方も無いって言うのに、中央でつながって下に同じ様に伸びていく塔もやるんだよななぁ…。」
セイクの塔が根元で大きく曲がり接している建物、それこそが塔への『挑戦者』たちが集う、管理組合にして大酒場「ヤクシュ」である。だがその建物には、天から降りてくるセイクの塔とは反対の方からつながるもうひとつの建物がある。それが、地下から飛び出した塔の先端である。空に上っていくセイクの塔とは正反対に、地下へと潜っていく巨大な塔の先端部分が、大きく湾曲して「ヤクシュ」につながっている。地下へと潜る巨大な塔の名は「ゲガンの塔」、セイクの塔と同じように神を封じ込めた塔である。封じ込められた神は地の神ゲガン。ヒラヒト、セイクとならんで、ムジアートを守護する三大神である。
「塔には多くの我獣がすむって言うし、やっぱり戦闘能力は必要か。となると、どういう猫にすればいいのかなぁ。」
塔については、全く正式な知識が無いアルマーオ。だが、我獣と呼ばれる、思獣とは性質を異にする、命あるものの敵が塔に存在していることは知っている。
「そもそも猫の種類はどうしたものか…シャム…メインクーン…ペルシャ…んーーーーーー悩ましい!!!」
(どんな猫であろうと、適当は駄目だ。この世界に僕が産み出すんだ。生半可な考えで創造を望んではいけない…。僕の全身全霊をかけて、想像して創造することが最低限の義務だよね。)
少年は悩む。自分が出会いたいというエゴと、欲望のままに生命を生み出すことへの葛藤、どんな姿でも出会いたいという希望と、生存可能な能力という前提条件。ありとあらゆることが彼の脳内を巡っていく。
(僕が、僕が最初に出会いたいのは―――。)
「…ーぃ。 おーい。アルマーオ? んー? はぁ。こんな所で寝たら風邪を引くじゃないか。 しかし、なんてものを作り上げるかねぇ私の息子は。 息子にいつか追い越されるのが父としての喜びとは言うけれど、いくらなんでも早すぎるんじゃないかい? 」
そんなことを呟きながら、大の字で眠るわが子の髪を撫でる父親。愛おしさを隠しもし無いその表情は、彼にしてはとても珍しく柔らかく暖かい笑みを浮かべていた。
「明日にはいよいよ召喚か…。もし、成功したなら…まずは学校に行かせないと、かな。」
今後のプランを練りつつ、息子を抱き上げ寝室へと運んでいく。彼に抱かれた息子は、安心しきった表情で、目を覚ましそうに無い。どうやら深い深い眠りの中で、記憶の底にあるものを夢としてみているらしい。
( あー、あのお話はなんだっけなぁ。一番最初に僕が猫を知ったあの話…。確か、あの絵本の猫は――。)
「おはよう、アルマーオ。良く眠れたかい?」
「……はい、お父様。これまでに無いほど頭がスッキリしていますよ。」
次の日、空は快晴、どこまでも伸びていくかのようなセイクの塔も、にぎやかなケンカードの町並みも、太陽に照らされて輝いている。
「…そうか、それは良かった。ところで、呼び出す、いや創り出すコネカットの詳細は、決まったのかな?」
「はい、お父様。それもまた、決まっています。後は、やるだけです。」
破顔一笑、今日の空のようにどこまでも澄み切った笑顔で彼の息子は答えた。
「ん。では、まずはアイのご飯を食べよう。力を付けなきゃな。」
「はい!」
朝食をとり、しばし家族団らんの時間を過ごす召喚術師の一族。しばらくした後、彼ら3人と1匹の家族は、出会いの小屋の中にいた。
「お父様、お母様、僕の初めての召喚を、よく見ていてください。がんばりますから!」
「何も不安は無いよ。『全てを自分の下におけ』、この言葉を常に意識するんだ。」
「頑張ってね!アルマーオ。母さん、ここで応援してるからねっ!」
『ガンバレ アルマオ カジャモ オウエン スル!』
魔法陣の反対側に立つ家族の言葉に、笑顔を返すと、彼は自身の作り上げた魔法陣へと視線を向け、シーガを注ぎこみ始める。
(今こそ、悲願成就の時。焦らず確実に、全てを自分の下において、発動させるっ!)
自然と開かれた両の手のひらから、集められたシーガが水銀の魔法陣へと移動していく。徐々に銀色の魔法陣の内側から輝きがもれ始める。
「…よし、順調だ。そこからシーガを固定させて回路を生成していくんだ。」
「アルマーオ、頑張って。」
互いの手を握り締め、両親は祈るように声を絞る。父親の声が聞こえたかのように、シーガは徐々に固定されていき、生成された回路が意味を持ち始める。
(魔法陣の起動を確認。第二段階、回路の効果発生よし。第三段階、魔法陣の活性化を開始。)
銀色の中からもれ出た光がどんどん明るさを増していく。既に魔法反応水銀は溶け出して下に流れていっており、固定されたシーガの回路が、目に見える光を放ち始める。
(第四段階、魔法陣の独立化成功 第五段階、召喚 ――開始!)
魔法陣の光が一際輝いたと思うと、描かれた魔法陣が動き始め、宙に浮かんで緑色の光を放つ。既に小屋の中は光で満ちている。
「ここからは、私も知らない召喚の手順となるはずだ。がんばれアルマーオ。」
「……がんばれ。がんばれっ。」
(僕の想像を読み取る回路が動き始める…。来い!)
魔法陣から、一条の光がアルマーオの頭部へと走る。彼の思考を読み取り始めたのだ。
(ぐっ!?…想像以上に、シーガの消費が激しい!?…くぅっ…)
歯を食いしばり、魔法陣によって消費されるシーガを送り込み続けるアルマーオ。その表情は苦しげであり、限界を感じさせる。
「!………まずいな、このままじゃあ、陣が保たないっ……アルマーオ、危険だ!召喚は中止しよう!」
「アルマーオ!またチャンスはあるわ!今回は諦めましょう!」
魔法陣が明滅を繰り返す、このままでは魔法陣が消滅し、中途半端に残された回路によって何が引き起こされるか分からない。息子の命を最優先に考える両親は、中止を提案する。
「くっ…。」
その言葉に、悔しげに頭を落とすアルマーオ。彼にも限界が近い、ということは分かっているのだ。
徐々に魔法陣の光も消え始め、そろそろ消滅する――。
その時、強い意志を感じさせる声が、小屋の中に響く。
「僕は…絶対に…諦めたりなんかしません!!!!」
強い決意を感じさせる言葉と共に、シーガが一気に放出される。自分の体力の限界を見極め、残された力を振り絞り始めたのだ。
「アルマーオ!危険だ!もうやめ…るん…だ…。あ、アルマーオ?その眼は?」
「ケン!?…どうしたのっ?アルマーオの眼が、何?…っ!?眼が…輝いてる?」
『ワア! ドウコウモ ホソクナッテル! ボクノ メ ニ ニテルケド チョット チガウ!!』
宣言と共に顔を上げたアルマーオ。彼の瞳は、普段通りの緑の眼、ではない。
辺りの光を受けて金色に輝く、猫の眼をしていたのだ。
「僕は、 絶対に 何があっても 猫を創り出してみせる!!!それがこれまで生きてきた僕の! 人生の! 全てなのだから!!!」
爆発的に増えたシーガの勢いに乗って、魔法陣が回転を始める。彼の脳内の想像を、現実へと変えるためにだ。
(僕が初めて呼んだ絵本、そこに書かれていたのは一人ぼっちの男の子に寄り添う猫の話。僕が前の人生で初めて猫というものを認識した、あの猫を、基にして創りだす!!)
魔法陣から伸びた光を通して、彼は自分の願いや想像を魔法陣の中に重ねていく。より一層輝き、辺りを緑に染める魔法陣。既に眼を開けているのも辛いくらいの明るさである。
その光の中でも、彼は、金色に光る眼を見開き、全身の力を振り絞って魔法陣へと意志を注ぎ込んでいく。
(第9段階 想像の変換 完了っ!! ぐぅぅ っ……最終段階っ!想像の創造!!開始ぃぃぃ!!!)
全身の力を全て使い、彼は魔法陣へと光を注いでいく。既に立つことすらおぼつかないはずだ。それでも彼は、一心不乱に魔法陣へと力を注ぎ込む。
「くぅぅぅうぅ!…いっけっぇえぇぇぇえええ!!!!」
彼が残された力を全て振り切った瞬間、一際眩しい光が弾けて、辺りを緑に染める。
光、つまり魔法陣がはじけて消えたあと、陣の中心があった場所に、何かがいる。だがしかし、陣がはじけると同時に舞い上がった砂煙のせいでよく見えない。
「はあっ はあっ・・。」
(魔法陣は正常に作動した!あそこにいるのは。あそこにいるのはっ――。)
「はじめましてご主人様。私は『マギネコ』の ――。そうでした名前はまだ無いんでした。なんにせよよろしくお願いします。」
低い40代ごろの渋い声が、砂煙の向こうから響く。
「あ――。あっぁっ!あぁああぁああ!!!」
「…ご主人様、そのように叫ぶのは紳士らしくありませんよ。それより、私の名前を教えていただけませんか?」
砂煙の向こうから姿を現したのは、頭からお尻までが約60cm 前の世界なら普通のサイズの動物だ。四足歩行で、優雅に尻尾を立て、顔と四肢と耳と尻尾がチョコレート色に染まり、それ以外がやや白い。理性的なサファイアブルーの瞳が特徴的な、地球で言う「シャム」と呼ばれる種類の――猫であった。
「本当に、本当に出会えたんだね。心の底から嬉しいよ。」
その猫の前にかがみこみ、指を近づけて挨拶を交わすアルマーオ。
「わたくしも、あなた様に作り出していただけたことを幸せに感じております。特に、この尻尾と眼鏡という素晴らしいものを創造していただけて、喜びに震えております。」
「シャム」猫に似ている要素は多くあるが、地球の猫と大きく違う点もある。まずは人の言葉を理解し、話せる点。そして次に、まるで杖の先のように?の形に曲がった長い尻尾を持つ点と、やや凛々しい顔に細く鋭いデザインの銀縁眼鏡をかけている点である。
「はじめまして、『クロ』 君の名前は『クロ』だよ。僕がうまれてはじめて知った最初の猫、そして君のモデルになった猫の名前なんだ。どうかな?嫌じゃない?」
「ふむ、『クロ』ですか。シンプルすぎる気もしますが、華美を厭うわたくしには相応しい明快さかもしれません。『クロ』よき名をありがとうございます、ご主人様。」
「よかった。改めて、召喚術師アルマーオ=コネカットは、『マギネコ』クロとの契約を望む!」
「わたくし 『マギネコ』のクロは、全身全霊を持って、ご主人様の願いをかなえます。」
二人の宣言と共に、弾けた魔法陣がもう一度構築され、そして解け、一本の紐となってアルマーオとクロを結ぶ。1人と1匹は互いに微笑む。そして召喚術師は猫を抱き上げ、喜びに沸いている両親の元へと近づいていく。
こうして猫狂いは創りだした。戦闘時のパートナー、生活の相談役、そして生涯の友となる存在を。彼の定めは動き始める。様々な人々の人生を巻き込みながら――。
2章終了
2章終わって、ようやく猫を出せました。ですが、語尾に「にゃ」は付けたくない派です。語尾に「にゃ」って違和感ありませんか?
ここからアルマーオ君は、召喚術師として歩み始めます。
一応ストックはあるのですが、少し練り直しながら投稿したいと思います。
毎日投稿は、少し難しいかもしれません。良いものをお読みいただけるよう頑張りますので、今後もよろしくお願いします。




