「猫狂いは打ち明ける」
「……アルマーオ、そろそろ切り上げよう。」
辺りは一切音の無い静かな夜、地球では、草木も眠る丑三つ時、と呼ばれるほどに深い夜の時間である。ここまで来ると朝のほうが近いほどであるが、コネカット家の「出会いの小屋」には明かりがついていた。
「…ふぅ…もう少し、もう少しだけですお父様。…はぁ…この回路を仕上げれば…。」
地面に向かって座り込んだ少年が、真剣な顔で何かを作っている、その側には心配げな表情の大人が立って見守っている。
「はぁ。そう言ってもう2時間だよ。君の集中力と体力の限界だ。操作をしくじって魔法陣を壊してしまっては、元も子もないだろう?」
「ぬぐ…でも…まだこれを…」
「それに、まだまだ全体の4分の1も出来ていないんだ。ここで焦って体調を崩せば、また一週間触らせてもらえないよ?本気のアイを私は止められないからね。まぁ、今度は止めないと思うけど。」
「むぐぅ!…わかりました、この一滴でやめにし…ま…すぅ…ぐぬぅ。」
淡々と正論を並べられ、ものすごく悔しそうな顔で魔法反応水銀を、魔法陣へと垂らしたのが、猫の召喚を目指す見習い召喚術師のアルマーオである。彼は、魔法陣作成許可が下りてからはそれに没頭しており、一度徹夜をしたせいで倒れたことがある。それに激怒したアイクウに、一週間シーガの操作を禁止されたかけたのだ。
「ここで焦る徹夜よりも、一週間の堅実な作成のほうが効率が良い。理性で考えられない術師は2流以下だよアルマーオ。『全てを自分の下におけ』それは、自らの欲望もまた同じこと、戒めるんだね。」
「はい、お父様。体調管理も召喚術師の勤めですね…。うぅ、体力の無いわが身がうらめしい…。」
何度も言うが、普通の八歳児は丑三つ時まで作業に没頭する体力など無い。早朝の体力トレーニングは、アルマーオの身体能力を、全体的に向上させている。
「…しかし、また見たことも無い『回路』だね。それもまた「恩寵」の導く創造のための発想かい?」
「はい、ここが「創造」のために、私の頭の想像力を吸いだす回路となる…はずです。」
アルマーオは、自らの発想の赴くままに魔法陣を作成しているが、それは獣の神シンジュの恩寵である「召喚術 創造(限定)」の導きであるため、細かいことは理解できていない部分がある。
それ以前に、なぜ父であるケンソーがアルマーオの恩寵を知っているのか、それは一ヶ月前にさかのぼる。
「アイ、今日アルマーオに全てを打ち明けようと思うよ。」
ケンソーは、彼の愛する妻の髪を一房つまみながら、そう告げた。それが、彼の不安な時の癖だと知っているアイクウは、優しく夫を抱きしめる。
「ケン、私はあなたの判断を尊重するわ。大丈夫、あなたの子ですもの、きっと理性的に受け止めてくれるわ。」
自分も妻を抱きしめ返し、彼女の香りに包まれることで不安を溶かしながら応える。
「彼は、君の子だから、とても芯の強い子だ。それでも、やはり心配になるものだね。…よし、行ってくるよ。」
「いえ、私も行くわ。家族の大切な話ですもの。一緒にいさせて?」
「…わかった。一緒に行こうか。」
「ありがとう、ケン。愛しているわ。」
「私もだよ、アイ。心の底から大好きだ。」
自然と重なる唇、それからしばらくの時間、彼らは身動きもしなかった。それを見ていて飽きてきたカジャが告げる。
『ネエ マダ イカナイノ?』
いつまでもいつまでも互いを深く愛し続ける夫婦ではあるが、自分たちの世界を作り上げすぎだ、とカジャは呆れていた。
「んん!…アルマーオ、よく聞きなさい。君の、これからにかかわることなんだけど…。」
「はい? お母様まで…。何かあったんでしょうか?」
いきなりの両親登場と、その切羽詰った空気に否応無く緊張を高めるアルマーオ。特に、あの父親が言いにくそうにしているなど、よっぽどのことに違いない。
「その…な…私の研究がコネカットの召喚にかかわるものだというのは知っていたよね?」
「はい、召喚魔法の『呼び寄せ』がつながる世界に、コネカットが存在しているか?を調査する魔法陣の作成でしたよね。」
「そうだね。もちろん、他にも色々調べてはいたよ。呼び出された召喚獣たちへの聞き取り調査や、この世界の情報収集などだ。これは、私一人の成果ではなく、ここ何代かの先祖の英知の結晶でもあるんだ。」
「はい、我が一族の悲願達成のためですよね。」
「うん…。で、その、ね…その情報の分析が終了したんだよ。」
「えぇ!?本当ですか!?…あれだけの膨大な情報を分析するなんて…さすがお父様…。」
実際、先祖が長年をかけて集めた情報やケンソー自身が集めた情報は多岐に渡り、膨大な量になる。それを分析しきったというのだ。アルマーオの訓練をし、役所の仕事をこなした上でだ。かなりの能力を持った術師といえる。
「ありがとう…。その結論は、本当は元々出ていたとも言っていい。これまで長年にわたって、それを認められなくて足掻いてきたのが我が一族だ、ともいえるからね。だけど、召喚魔法を応用した、探査魔法の逆召喚魔法陣を活用して、『呼び寄せ』のつながる世界を全て調べることで、私は当主としての決断を下したんだ。」
「『呼び寄せ』のつながる世界を全て…。」
あっさり言っているが、行われたのはそれだけで偉業ともいえる作業である。もっとも、誰も認めてくれるものではないので、世間からは何も思われないが。
「私の下した結論…それは…その…んー。」
「ケン、頑張って。私もついているわ。」
ここまでは滑らかに口を動かしていた父親が、とても申し訳なさそうに口を開いたり閉じたりしている。その側で母親が励ます。その様子を見て、アルマーオは父の言い出すことに見当がついた。
(あ、多分あのことか…。どうしよう、知っていますというのも簡単だし、ごまかすことも簡単なんだけど…。)
「ありがとう、アイ。…んっ!…よし、アルマーオ。冷静に聞きなさい。コネカット家当主として、私は結論づける。この世界ムジアートには、既にコネカットは存在していない。よって、召喚魔法で呼び寄せることも、不可能だ。いないものを呼ぶことは出来ないからね。」
「………。」
「…………アルマーオ?大丈夫?」
何も反応を返さないアルマーオに、不安になったアイクウが声をかける。しかし、その声はアルマーオに届かない。なぜなら彼は今、猛烈なスピードで思考を回転させていたからである。
(どうする?…演じるか?…いや、でも…この人たちに嘘をつきたくない…間違いなく僕はあの人たちの息子なんだ…けど…告げた後どうなる?…でも…でも…。)
「…アルマーオ、これまで言えなくてごめんよ。けど、私自身も信じたくない結論だったんだ。受け入れるのに時間がかかった。私より柔軟な君ならきっと情報を見れば、私より早く理解できるから――。」
「お父様!…謝るのは僕のほうなのです。僕にも、お二人に聞いていただきたいことがあります。良いでしょうか?」
猫狂いの彼は、決断する。彼にとってこの二人はかけがえの無い存在、唯一無二の両親なのである。その二人に隠し事をするという選択肢を彼は選べなかった。その後、どうなろうとも、隠し事はしたくなかったのである。
両親が、驚きつつも頷きを返すのを見た彼は、意思をこめて言葉を発する。
(誠心誠意、しっかり伝えるんだ!)
「実は、僕には――。」
そこで語られたのは、驚きの内容。まず、前世の記憶を持っていること。そして命の神ヒラヒトと獣の神シンジュとの邂逅を果たしていること。その場で、コネカットの死滅を告げられていたということ。そして、前世の善行の褒美として恩寵を授かったということ。
「僕には、「召喚術 創造(限定)」と「獣(限定)との絆」という恩寵が与えられています。それを使えば、コネカットの召喚は、可能になるんです。」
普通の人々には恩寵は1つしか与えられていない。ヒラヒトの恩寵「自己開示」である。その下位神からの恩寵を持って生まれてくるものは非常に少ない。持って生まれたものたちは、それぞれの分野で一流と呼ばれる活躍を見せる。だが、その存在は非常に稀である。現に、ケンカードの王城にも恩寵持ちはただ一人しか存在していない。その恩寵が二つ。この数ははっきり言って異常である。
「…色々…黙っていて…すいませんでした!!!」
勢い良く、頭を下げるアルマーオ。その目には既に涙が浮かんでおり、心は不安でいっぱいである。
(これで、気味悪がられたり、すてられたりしたら、どうしよう…。)
「…ふぅ…なるほど…これで、君の言語習得の早さも、召喚魔法習得の早さも納得できる。もう1つ、コネカットへの執着もね。」
「……。」
「…ねぇアルマーオ。どうして私たちにこれまで教えてくれなかったの?」
その質問に顔を上げて母を見るが、視界が潤んでおりよく表情を捉えられない。
「それは、その…まえの自己開示のときのお母様の驚きを見て…こんなこと言ったらもっと驚かれたり…もしかしたら気味悪がられたり…するかも…て…おもってぇ…それでぇ!」
言葉の後半は涙交じりである。
「っ!アルマーオ!顔を上げなさい!!」
「はっはい!お母様っ!」
叩きつけるような母の声に、弾かれた様に顔を上げるアルマーオ。その母の顔は怒っているように見える。手を振りかぶった彼女に、とっさに顔を背けるアルマーオだったが、彼に訪れたのは、優しく抱きしめられる感触であった。
「っ!…え?…お母様?」
「アルマーオ。私がケンソーの子であるあなたを嫌うはずがないじゃない。あなたがどの様なものを持って生まれたのだとしても、私は気にしないわ。だってあなたは私とケンの子だもの。」
「お、お母様。…ぅ…う…うぁあぁぁん!」
母親の無上の愛に包まれて、安心感から大きな泣き声をあげてしまうアルマーオ。すると、父親のケンソーが抱きしめあう母子を更に抱きしめる。
「当然私もだよ。私がアイクウの子である君を手放すはずが無い。私たちを見損なわないでくれないかな?アルマーオ。」
「そうよ!そこには私、ちょっと怒ってるんだからね!」
ぷくうと頬を膨らませる母親に眉をひそめる父親、両親から怒られているにも関わらずアルマーオの心には幸せが沢山あふれていた。
「はいぃ!…ご、ごめんなざぃいぃ。うああああぁぁん!!」
さっきよりも泣き叫ぶ息子に、困った顔をしつつも。自身も目尻に涙を浮かべるアイクウ。その二人を心と体で抱きしめるケンソー。そこには、本物の家族がいた。愛情を絆として結ぶ本物の家族が。
『マタ セカイヲ ツクッテル』
少し困ったような思念を出しつつ、先ほどとは違って邪魔をしないカジャ。家族の様子を見守る彼からは、暖かな雰囲気が漂っていた。
こうして猫狂いは秘密を打ち明けた。本当の家族としての第一歩を歩みだすために――。
泣きつかれて眠ったアルマーオをベッドに横たえ、ケンソーは居間へと戻る。
「ふぅ。今日は色々あって疲れちゃったわ。」
そう言いながらも軽やかに笑って、ケンソーへと飲み物を差し出すアイクウ。
「ありがとう、アイ。…けど、本当にコネカットを召喚できるのだとしたら、覚悟しなきゃいけないことがあるね。」
笑顔から一転、とても厳しい顔へと変わった夫を、自身も同じように心配げな顔をしながら見つめるアイクウ。
「…えぇ。貴人税ね。」
「あぁ。今の状態の5等貴人税なら、何の問題も無い。3等貴人税でも大丈夫だろう。けど、伝説の聖獣を復活させたとなると…1等貴人税が課される可能性が高いね。」
「1等……なんとかできるかしら…。」
将来への不安から、表情をより曇らせるアイクウ。
「何とかして見せるさ。挑戦者としての仕事をしてもいいし、役所の仕事も増やそう。色々と切り詰めておけば、期日までには何とかなるさ。」
「そうね、私のものも色々と売ってもいいわね。二度と、あの子に我慢なんかさせないわ!」
「そうだね、あの子には自分の信じる道を歩んでほしい。私たちで、私たちの出来ることをしよう。」
「愛しているわ、ケン。」
「私も愛しているよ、アイ。」
将来への不安を見据えながら、力強く決意を固めた二人は、再び自然に唇を重ねる。しかし、そこにはどこか悲壮な気配が漂っていた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
ブックマークもとても嬉しいです。今後も努力していきますのでよろしくお願いします。
明日は、仕事の関係で、更新が出来ないかもしれません。




