「猫狂いは出会う」
「今日も僕は猫が大好きだ!! ふあああぁぁあ。眠いなぁ。」
彼にとっては当然の、しかし聴くものがいれば理解不能の目覚めの言葉と共にアルマーオ=コネカットは起床する。抱きしめていたのは巨大なコネカットのぬいぐるみ。母アイクウからの誕生日プレゼントである。
年齢は昨日で8歳になった。以前よりも体は成長しているが、まだまだ子供である。吊目がちの緑の目と、柔らかな黒髪は今も健在で、見るものにそれなりの印象を残す顔つきをしている。あと2年もすれば、子供らしさも抜けてきて、鋭さが感じられるようになるだろう。
「よし、まずは顔を洗って準備体操。しかる後にランニング。そしてシーガの『操作』を修行。いつも通りをしっかりやるぞっと。」
いつも通りであれば、言葉とする必要も無いメニューをあえて口に出して確認する。殊更にいつも通りを強調するのは、自身の緊張をごまかすためである。8歳となって2日目の今日、彼はいよいよ、召喚魔法を実践するための練習に移るのである。
「なんて素敵な誕生日プレゼントなんだ…。お母様の巨大コネカットぬいぐるみも最高だったけど。素敵な両親に出会えて僕は幸せだ!」
コネカット関係のものは何でも喜ぶが、それ以外への反応は微妙に薄い息子へのプレゼント。それほど迷うことも無いので、両親にとってもありがたい息子である。
「よし、行くぞ。」
練習用のローブに身を包み(猫のアップリケつき)、愛用のタオルを首に巻き(母に習った自作の猫の刺繍入り)、愛用の木製水筒を持って彼は庭に出る(コネカットの家紋が木彫りされている)。
数を大量に増やした猫グッズに囲まれながら、彼は目標への道を一直線にひた走っていた。
「アルマーオ、用意はいいかな。」
「はい、お父様。」
庭にあったやや大き目の小屋の中に、召喚術師の親子はいた。
「ここ、前から気になっていたんですが、やっぱり召喚魔法の為の『出会いの小屋』だったんですね。」
「それぐらいの推察は出来てて当然だけど、その通りだよ。ここが召喚魔法の陣を描き、絆を結ぶ為の場所、『出会いの小屋』さ。最も、小屋じゃなくても全然問題ないんだけどね。便利だからみんな使っているだけさ。」
入り口のドアと、高いところから光を入れる為の窓以外は無い、がらんとした小屋である。ある程度の大きさを持たせているのは、どの様な大きさの『召喚獣』が現れてもいいように、だ。
「さて、ここでおさらいだよ、アルマーオ。召喚魔法は、勘違いされやすいけど、『喚んで終わり』じゃ無い。いいよね?」
(初めて聞いた時に、ものすごく驚いたから当然覚えていますよ、お父様)
「はい、呼び寄せた『召喚獣』と『契約』を結ぶ必要があります。」
召喚魔法は、極めて有能な召喚獣を呼び寄せることができるが、呼び寄せられるだけなのだ。多少、魔法陣の効果によるアシストはあるが、その『召喚獣』に自分を主だと認めさせる必要がある。その上で『契約』の魔方陣を発動させて、召喚は終了である。
主と認めさせる時には、様々な方法があるが、基本的には相性が良いことが第一条件だ。気に入らないと少しでも思われてしまうと、『召喚獣』は勝手に帰っていってしまう。
「その通り、召喚魔法の陣を描くのに1年近くの時間がかかる上に、その後の『契約』は運の要素が強い。これこそ召喚魔法が廃れていく大きな理由だね。今ではこの二神の国ケンカードですら、私たちともう1つの一族しか召喚魔法を主にはしていない。」
召喚魔法で呼び出された召喚獣は一様に有能であり、呼び出して使役できれば、そのメリットは計り知れない。だが、たったそれだけのことを成功させる為の難易度が異常に高い。そんな面倒をかけるなら、もっとお手軽な魔法を習熟させる方が理にかなっている。今では、召喚術師の姿を見ることはとても珍しいこととなっている。
「もう1つの一族というのが『ドーギヌ一族』ですよね。聖獣ドーギヌに連なる思獣を『使役契約』する召喚術師の一族。」
召喚魔法の『契約』には、1つ有効な利用点がある。それは、呼び出した獣以外にも用いることが出来る、という点だ。呼び出す為の陣を作る為の手間を省き、失敗した時の再挑戦までの時間も短い、効率化を進める上では、『召喚』というプロセスを省いたほうが圧倒的に効率的なのだ。
(これも聞いた時驚いたもんなぁ。つまり、この世界の召喚術師は前の世界のゲームで言う『サモナー』であり『テイマー』だってことだよね。)
猫にしか興味の無い彼が、なぜこんな例えをすることができたのか、それはプレイするつもりだったVRMMO「T・K・O」のシステムだったからである。猫に出会える可能性が高いのはどちらなのか、必死で情報を探っていたので、この2職に関する知識は高かったのだ。もちろん、『T・K・O』内では、二つの職業は全く別物とされていた。
(結局選べなくて、両方やろうって結論出したんだっけ。ホントに猫関係の記憶は薄れないなぁ。自分の名前は忘れてるのに…。)
「私に言わせれば、出会った思獣とだけ『契約』している召喚術師は二流。使役術師と名乗るべきだと思うけどね。まあ、現実として、その方法でドーギヌ一族は国の防衛を担っているし、当主はしっかり自分で喚んだ召喚獣と契約をしている。向こうは国の守りの要となる一流貴族。私たちは落ち目も落ち目の三流貴族。効率の良いのがどちらなのかは歴然としているけどね。」
大してそのことには頓着していないのか、軽い口調で語りながら肩をすくめるケンソー。コネカット一族は、富や体面にあまり重きを置いていなかった。ケンソーもまた、その血を受け継いでおり、貴族の格などというものには興味が無いのであった。
「私も、人がどういう方法をとるかはどうでもいいと思います。が、私は、召喚にこだわりたいです。いえ、召喚でなければなりません。」
そう、アルマーオ=コネカットはその方法をとることは出来ない。なぜなら、それでは出会えないからだ。
「そうだね。聖獣コネカットに連なる思獣が姿を消して、200年。今では絶滅したとすら言われている。そんな思獣を探し出すだけで、人の一生は過ぎ去るだろう。」
そう、この世界には、猫はいない。それゆえに、召喚でなければ出会えない。いや、もっと言えば、創り出さねば出会えないのだ。
「私は、必ずコネカットと出会ってみせます。」
強い意志を持って宣言するアルマーオ、すると自然に彼を中心としてシーガの渦が生まれている。漏れ出す意志のみで、シーガに干渉するほどの強い願いなのだ。
「…うん。理解しているつもりだよ。 ところでアルマーオ、シーガの『操作』が甘いよ?」
瞬間的に撃ちだされるシーガの弾。すごい勢いでアルマーオの額へと飛んでいく。
「ぬぁっ!?…ぬりゃ!…うぉ?…あいたあああ!!」
父の行動に驚きつつも、迎撃のシーガを放つアルマーオ。放たれたシーガは一辺1mの正方形、曲がるなどの変化をしても防ぐ為の盾である。変化に注意し腰を落としながら様子を見る彼であったが、弾は変化をせず盾の中央に当たった。そのことに驚いた彼が気を抜いた瞬間、盾にぶつかった弾が回転を始め、盾を貫いてきた。とっさのことで避けきれず、シーガの皮膜を額に展開することだけ出来た彼は、弾に吹っ飛ばされてしまう。
「盾の硬度に問題がある、固定の練りこみが遅いね。不意をつかれた時の反応も遅い。変化を入れてないんだ、避けてくれないと困るなぁ。」
「うぅ…すいません…。」
爽やかに駄目だしを重ねる父親。父との差を感じて落ち込む息子。しかし、彼が取った行動は、普通の術師の家系にいる13歳の少年であっても出来ないだろう。幼きころより続いた訓練は、アルマーオの実力を同世代の中で1つ抜けたものにしていたようだ。
「さて、本題に移るよ。今日の練習はこれを使う。私が8ヶ月かけて用意したものだよ。」
そう告げると、彼は右手をさっと振り『隠蔽』の回路を切断する。すると、二人の前の床には、シーガで描かれた巨大で複雑な魔法陣…の銀色の『輪郭』が現れた。
「……これが、お父様の魔方陣。さすがです!お父様!!」
なぜ輪郭なのか、それは当然、中身を入れてしまえば発動してしまうからだ。普通の魔方陣であれば発動させて効果を発揮させればいいが、複雑怪奇な召喚魔法の陣が一瞬で作れるわけがない。1年かかる作業をシーガを出しっぱなしにしておくことも出来ない。そこで考え出されたのが『輪郭法』である。
「そう、これが私の魔方陣。回路が発動しないように、少しずつシーガの線を固定させて描き、その上に魔法反応水銀を垂らす、シーガを消す。それに繋がるようにまた線を固定で描く…この果てしない作業の果てに完成した、私の魔方陣だ。」
魔法反応水銀は、普通のシーガには反応しないが、人の手によって変化したシーガに触れると、その形を写し取るという特徴を持った水銀である。これを使えば、回路の暴走を生むことなく、シーガの回路を作ることが出来る。あとは、出来上がった銀色の輪郭内に、シーガを注ぎ込んでやれば回路は発動するというのが『輪郭法』だ。
(いやいや、ほんとに、ものすごい手間がかかってるんだなぁ。尊敬するよお父様。)
ひとしきり感心している息子に、少し自慢げな気持ちに浸りつつ説明を続ける。が、その説明は、アルマーオにとって青天の霹靂となる説明であった。
「この魔方陣にシーガをこめて、アルマーオの最初の召喚挑戦としたいと思うのだけど、準備はいいかな?」
「え!?ぼ、ぼくがっ!? いやいやいやいやいや!全力でお断りします!!」
一瞬思考停止に陥ったが、すぐさま再起動して父に詰め寄る。そして、全力の否定をぶつけていく。
「うぉ…いや、しかしなあ。召喚には慣れておいたほうがいいでしょ?別に問題はないんじゃぁ…」
「大有りです!!!私はぁぁ!!最初の召喚獣はあああ!!! クオォネカットォォ!!!!と決めておりますのでぇええ!!」
魂の絶叫である。父であり師でもあるケンソーは、子供のわがままだと切って捨てることも出来たが、それをしなかった。アルマーオの目に宿る、真剣な光を見たからである。
(これはアイでも無理かなぁ。まあ良いか。私と同じく、何度も失敗すれば、コネカット絶滅の事実を受け入れられるだろうし…多分。)
既に、コネカットの絶滅という事実を受け入れつつ突破する方法を所持しているとは露ほども思わずに、ケンソーは息子の意志を尊重することとした。
「…はぁ。分かったよアルマーオ。では、私の召喚魔法を良く見て、儀式の流れをその頭に焼き付けなさい。」
ため息を1つこぼすと、真剣なまなざしで魔方陣と向き合うケンソー。両の手のひらからは、一気に銀色の輪郭に向かってシーガが飛んでいく。
「くぅっ!……ま、まぶしぃ!?」
全ての輪郭にシーガが満ちた瞬間、一気に銀色の魔方陣は光り輝く。あまりの眩しさにアルマーオは驚き、手のひらをかざすが、シーガの光はその手の平を通り過ぎていく。どうやら実際の光ではないらしい。
「…んー?…組み込んだのは、火の思獣を呼び寄せる回路だったんだけど、この子は火に強いんだろうか。」
輝くのを止めた魔法陣の中に現れたのは、一匹の獣。30cmほどの長さの胴体に赤い翼をもった蛇のような獣である。
『ワタシハ 「赤き炎の鞭」ノ カジャ ト イイマス アナタ ガ ワタシ ヲ ヨンダ デスカ?』
召喚術師の二人の脳裏に、やや高めのそれでいて柔らかい舌足らずな思念が響く。
「え?…今のって、このヒトの声ですか?お父様。」
「もちろんそうだよ。召喚獣は、人語を解する場合が多い。最もこの子はまだまだ幼いのか、ぎこちないけどね。」
(アルマーオの召喚獣のつもりだったから、幼い召喚獣が来るように回路を組んでいたなぁ、そういえば。)
二人の言葉に、真っ赤な宝石がはまった額をくねらせ、首をかしげる動作をするカジャ。彼は、その翼を広げているが、羽ばたきはしていない。
『カエッテ イイデスカ?』
「あぁいやいや、待ってほしい。私があなたを呼び出したケンソーと申します。ぜひ私に、あなたの力をお貸しください。」
『ボク … ワタシ ハ タタカイ キライ ダヨ?』
「…大丈夫です。私の妻は料理がうまいのですが、その手伝いをしていただけないでしょうか?」
『ンー ゴハン ワケテ クレル?』
「当然です! 我が妻は心優しき乙女ですので。それに、彼女の作る料理は、とっても美味しいんです。」
『オイシイ! ワカッタ! ボク ケイヤク スル!』
「ありがとうございます! では、失礼して…。我、術師ケンソーは、赤き炎の鞭カジャとの『契約』を望む!」
『ワレ 赤き炎の鞭 カジャ ハ ジュツシ ケンソー ノ ノゾミ ヲ カナエル』
二人の宣言と共に、光を失っていた魔法陣に、再び光が宿る。そして、空中へと昇り、解けたかと思えば一本の紐となって両者をつなぐ。もう一度紐が光った後には、何も残っていなかった。
「アルマーオ、これが『召喚魔法』だよ。」
右手から首元へとカジャを登らせて、ケンソーはアルマーオと向き合う。
「…ふぁぁ。召喚と契約、共に美しい時間でした!私も早く、コネカットと絆を結びたいと思います!!」
「…そうか、ではしっかりと修行に励もうね。アルマーオ。」
「はい!」
どこか、苦い空気を纏って、ケンソーはアルマーオに声をかける。カジャも何か言いたそうではあったが、思念は発しなかった。
「では、私はアイクウにカジャを会わせてくるから、それまでは召喚魔法陣のシーガの固定を頭の中で作っていてね。君だけの魔法陣を作り上げるんだ。」
「はい!!」
一転の曇りも無いわが子の顔を眩しそうに見つめた後、ケンソーは小屋を後にする。その途中でカジャが思念を飛ばす。
『イイノ? タブン コネカットサマハ コノ セカイノ ドコニモ モウ イナイヨ?』
「良いんだ。あの子はおそらく、自力でそれを確かめねば、諦めない子なんだ…。親として辛くはあるけどね。」
「あら?ケン。どうしたの?そんなに辛そうな顔をして、何かあったの? ってあらあら!可愛い子ね。この子がアルマーオの召喚獣?」
「いや、あの子には全力で拒否されたから、私の呼び出した召喚獣だよ。『赤き炎の鞭』カジャというんだ。戦いがキライらしいから、君の料理のお手伝いを頼もうと思っている。」
「そうなの。やっぱり拒否したのね。 …こんにちはっ。カジャちゃん!私はケンの妻のアイクウというの。カジャちゃんは、火を出せる?」
『モチロン! ヒハ ボクタチノ イノチ! イッパイ テツダウ!』
「まあ嬉しい!私はそれほど『変質』が上手くないの。頼りにしてるわねカジャちゃん! じゃ、早速行きましょうかっ。」
『オイシイ ゴハン スキー!』
二人で上機嫌に台所へと向かっていく姿を見届けるケンソー。笑顔で見つめていたが、徐々に顔つきは曇っていく。寝物語に一族の悲願を語りはした。が、召喚魔法で呼び寄せられるムジアートの世界全てから、コネカットがいなくなっている可能性が高いことが、他ならぬ彼の研究でわかっていた。突き止めるのに多くの時間を費やし、確信の持てそうなデータがとれたのは今年に入ってからだった。
「どうやって…アルマーオを納得させたものかな…はあ、気が重い。」
「むほぉぉおぉ。ここがこうで。こうなって。わかる。わかるぞ! これが「召喚術 創造」の恩恵なのですね!シンジュ様!本当にありがとうございます!!」
無意味な悩みで心底悩む父親の気持ちなど、全く気づくこともなく、アルマーオは脳内で魔法陣のシュミレーションを行っていた。興奮からか、鼻息は荒く、よだれが落ちそうになるという、とてもとても人様には見せられない表情をさらしながら。
こうして猫狂いは「これまで」の召喚魔法と出会った。「これから」の召喚魔法を創り出す糧とするために――
もう少しで、猫が登場する、予定です…。




