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第56話 手のひら一つぶん

扉が閉じたあとも、ましろたちは廊下に残っていた。


悠太の腕には、もうノートがない。


澄は、白い札の前に立っている。


ねむは窓際から、閉じた扉を見ていた。


コン。


扉の向こうから、音がした。


白い札は動いていない。


誰の指も、廊下側にはなかった。


ましろが一歩近づく。


「入っていい?」


扉へ向けて聞いた。


返事はなかった。


ましろの手が、取っ手へ伸びる。


触れる前に止まった。


「今の音は、許可ではありません」


澄が言った。


「返事がないことも、許可にはならないわ」


レムの声が続く。


ねむは、閉じた扉から目を離さなかった。


「待つのが安全とも、まだ言えない」


誰も取っ手に触れなかった。


もう一度、音がするとも決めなかった。


廊下に、三つ数えるだけの時間が過ぎた。


内側から、取っ手が下がった。


扉が開く。


名札の持ち主が立っていた。


閉じたノートを胸に抱えている。


ましろは、部屋の中をのぞかなかった。


「入っていいか、分からなかった」


その子は、ましろを見る。


次に、澄を見る。


澄は、取っ手と、その子の手を順番に見た。


「今日、もう一度、扉の向こうからコン、と音がした時のことを、今決めますか?」


その子は少し考えて、うなずいた。


ねむが、閉じたノートを見る。


「誰が鳴らしたか分からなくても、同じ条件?」


その子はノートを見た。


それから、うなずいた。


「今日だけにしますか?」


うなずく。


「中からコン、と一度だけ音がしたら、私が『入っていいですか』と一度だけ聞きます」


澄は、そこで言葉を切った。


「三つ数えても返事がなければ、私だけが、扉を手のひら一つぶん開けてもいいですか?」


その子は、取っ手を見た。


白い札を見る。


それから、ゆっくりうなずいた。


「返事がない時に、扉を開ける許可になります」


澄が、もう一度確かめる。


その子は頷きを変えなかった。


「止める手が見えたら、すぐに閉じます」


止める時の形が、胸の前に上がった。


今は止めるためではなかった。


形を確かめるように、一度だけ見せた。


「ノートには触れません」


その子の手が下りる。


「扉を開けるのも、一度だけです」


もう一度、うなずいた。


悠太の手が、胸元へ動いた。


いつもなら、そこにわすれないノートがある。


今は、閉じた扉の向こうにあった。


「別の紙に、書く?」


その子がうなずく。


悠太は食堂へ走り、白い紙と鉛筆を持って戻った。


床に紙を置く。


名前は書かなかった。


今日だけ。


中からコン、と一度だけ音がしたら、澄が「入っていいですか」と一度聞く。


三つ待っても返事がなければ、澄だけが扉を手のひら一つぶん開けていい。


止める手が見えたら閉じる。ノートには触れない。扉を開けるのは一度だけ。


悠太は、書いた四つの行を声に出して読んだ。


名札の持ち主は、一行ずつ指で追った。


最後の行で指を止める。


それから、うなずいた。


澄は紙を受け取り、二つに折った。


「それ以外は、預かりません」


その子は、閉じたノートを抱え直した。


部屋へ戻る。


扉は、もう一度閉じられた。


廊下には白い札と、折られた一枚の紙が残った。


部屋の中には、名前の書かれた閉じた頁がある。


今日、もう一度音がした時だけ。


扉は一度だけ、手のひら一つぶんまで開けてよいことになっていた。


まだ、音はしなかった。

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