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第55話 今朝の一度

しばらくして、澄が廊下の端に立った。


朝の点呼が始まる。


名札の持ち主は、自分の扉の前にいた。


白い札は、廊下へ何も見せていない。


悠太は少し離れた場所で、わすれないノートを抱えている。


閉じたままだった。


名前が、順番に呼ばれていく。


返事も、ひとつずつ戻ってくる。


澄は、白い札の前まで来ると口を閉じた。


昨日、その子は札を一度だけ叩いた。


けれど、昨日の一度を、今朝へ持ち越す者はいなかった。


澄は名前を呼ばない。


白い札を指さすこともしない。


名札の持ち主も、すぐには手を上げなかった。


廊下に、返事のない時間がひとつ置かれる。


澄が、その子の顔を見た。


それから、次の扉へ身体を向けようとした時。


コン。


音がした。


木の札からではなかった。


ねむの部屋の方からでもない。


悠太の腕の中にある、閉じたノートの方からだった。


悠太は動いていない。


表紙も開いていなかった。


一度だけで、続かなかった。


悠太が、腕の中のノートを見る。


「ぼくは、叩いてない」


「腕は動いてなかった」


ねむが言った。


「音はノートの方から聞こえた。それ以上は、まだよ」


レムの声は静かだった。


「開かないで」


名札の持ち主がうなずく。


「今の——」


ましろが言いかける。


名札の持ち主の手が上がった。


止める時の形だった。


ましろは、問いの続きを口にしなかった。


澄も、その音に頷かなかった。


名札の持ち主は、悠太の前まで歩く。


もう片方の手を、閉じたノートへ差し出した。


悠太は、すぐには渡さなかった。


「返す?」


その子がうなずく。


「閉じたまま?」


もう一度、うなずく。


悠太は両手でノートを渡した。


名札の持ち主は、表紙を開かなかった。


胸元へ抱え、自分の扉の前へ戻る。


止める時の形だった手が下りた。


代わりに、人差し指が白い札へ伸びる。


一度だけ、曲げられた。


コン。


今度は、木の札から音がした。


その子が、自分の指で鳴らした音だった。


澄は、その子を見た。


それから、一度だけ頷いた。


ねむは、閉じたノートと白い札を順番に見た。


「後の方は、指が動いた」


次の名前を呼ぶ。


返事が、また廊下を進み始める。


誰も、先に鳴った音を返事にはしなかった。


それでも、点呼の順番で鳴ったことは残った。


点呼が終わるまで、名札の持ち主は閉じたノートを抱えていた。


悠太が、空いた両手を見た。


「今は、自分で持つ?」


その子がうなずく。


悠太は、返してとは言わなかった。


「閉じたままでも、音がしたことは覚えておいて」


レムが言った。


その子は、杖の宝石を見てうなずいた。


点呼が終わると、その子は自分の扉を開けた。


ノートを持ったまま、部屋へ入る。


扉が閉じる。


白い札は、廊下に残った。


閉じたノートは、探さない部屋の中へ移った。


今朝、先に鳴ったのはノートの方だった。


澄が頷いたのは、その子が自分で札を叩いたあとだった。

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